第十九幕・第四話 若村長と偽りの神像
「なるほどねぇ」
俺と同じ感想を抱いたのか、メロディも難しい表情になる。 いま俺は、『永冥のダンジョン』コアルームにある、メロディが滞在しているバンガローにお邪魔している。サルヴィアから届けられた薬を飲みつつ、マナ経路の回復を待っているのだが、その間に情報をメロディと共有しておきたかったのだ。話が話だけに、ガウリーには席を外してもらっている。 ちなみに、ノアに誘われたジェリドも一緒に来ており、彼らは彼らで魔族たちとの話をしに行っている。きっと帰る頃には、ジェリドはゼガルノアがため込んでいる財宝を持たされていることだろう。 俺たちはメロディの自室で、ガチャ産のコーヒーをすすりながら、テーブルに広げられたサルヴィアの手紙を眺めている。 「国王は傲慢さがもたらした因果応報とはいえ、その侍女の家族もまるごと処刑だろうな」 「すごく気の毒でさ」 「気持ちはわかる」 情状酌量の余地はあるとはいえ、関係ないルシウス殿下にまでメラーダを飲ませようとしたし、それでなくても大逆罪だ。 「国外追放くらいにして、こっそりブランヴェリ領に住まわせられないかなって思うんだけど……」 「巻き込まれた実家はともかく、本人は望まないかもよ」 メロディの言う通りなので、俺は小さく頷いた。最愛の恋人を失っている犯人なら、これ以上生きようと思っていないかもしれない。 俺は『俺』の激しさを知っているから、自分の命よりも感情を、それよりも明確な制裁を与えたいという気持ちは、よくわかるつもりだ。なにしろ、相手は通常罪を問われることも、臣下に謝罪することもない国王だ。それでも、犯した罪には罰が与えられるべきだと思うし、人を呪わば穴二つだ。泣き寝入りも、復讐の連鎖も、できることなら止めてあげたい。 「でも、リヒターの嘆願があれば、ルシウス王太子も助命考えるんじゃない? リヒターの助言があったから、メラーダの毒薬だってわかったし、ルシウス王子も間一髪で助かったんだし。……エルフィンターク司法の判断や、最終的に侍女本人がどう選ぶかは別として、減刑嘆願書くらいは出してもいいんじゃない?」 「……そうだな。やってみるよ」 メラーダを使った毒薬の入手先など、追及されることもあるだろうから、いきなり処刑されることはないと思いたい。捜査に時間がかかっているなら、その間に俺が書いた紙切れ一枚、滑り込ませる猶予はあるだろう。 俺の気持ちを汲んで背中を押してくれたメロディに礼を言うと、ひらりと片手を振られた。 「まあ、それはそれとして……マーガレッタが先王の子ねぇ、ずいぶん闇の深いことだよ」 「ああ。巡り巡って、「大公妃サーシャ」が絡んだせいで、国王は死にかけているとも言える。サーシャ夫人が自分の父親たちを殺そうとしなければ、ファインブルー家の護衛は死なずに済んだかもしれない」 「『ラヴィエンデ・ヒストリア』のお邪魔ユニット、恐るべし」 「まったくだ」 本当に国が亡びるところだったよ。 「レノレノのおかげで、エルフィンターク王家近年の闇はだいぶ晴れてきた。マーガレッタの父親であるケヴィン国王だけど、落馬事故で亡くなっているんだが、その直前は少し妙な様子だったらしい。急にテンションが上がって、自分の歳を考えずに行動するようなことが、度々あったそうだ。子供返りかと、ヒソヒソされていたらしいんだが……」 「それ、メラーダ中毒の症状じゃ?」 「俺もそう思った。ケヴィン国王は無理な乗馬をして、馬ごと転んで亡くなったらしい。だけど、本当にメラーダ中毒だったのかは不明だ。なにしろ、自分の子供くらい年の離れた、すでに人妻の従妹に誘われてOKしちゃう人だぞ」 「元々軽薄な人柄だったならば、軽率な行動をしても、あまり不自然に感じられない、か」 大神殿がメラーダの栽培と取引を本格的に始めたのは、ここ二十年くらいのことだった。これはシャンディラ大神殿と港湾都市バーレークに残されていた記録からわかっていることだ。本来の計画が何年前から始まっていたのかはわからないが、ケヴィン国王に盛るには十分な時間だ。 「……私思ったんだけどさぁ、アスヴァトルド教のトップって……」 「厄災神エイェルの支配下にある」 「やっぱり?」 「そう考えるのが自然だろう。本当かどうかは不明だけど」 俺が肩をすくめると、メロディも天を仰いだ。 ずいぶん昔の話も含まれるが、それらしい兆候はいくつもあった。 元は多神教であり、女神アスヴァトルドは主神とはいえ、その中の一柱でしかなかった。それなのに、信仰される周辺国ではアスヴァトルド以外の神々の名をほとんど聞かない。サイの話では、ディアネスト王国ではリューズィーがよく信仰されていたのに、いつの間にか廃れて、信者は弾圧さえされていたという。 「ガウリーに嵌められた『隷属の首輪』を外そうとした時、メロディ言ってただろ。アスヴァトルドとそれ以外の派閥が争っていたんじゃないかって」 「言った。『隷属の首輪』の効力を発揮するのに、わざわざ神の名を入れて作る方が稀だもの」 「たぶん、その頃はまだ、他の神々の礼拝堂があった時代だったんだろう。だけど、エイェルはこの世界に組み込まれた後だった。アスヴァトルドは自分の力が及ぶ範囲を広げておこうとしたのかもしれない。だけど……」 「リヒターが壊されてアスヴァトルドが籠ったのを機に、逆にエイェルに利用され、聖地や大神殿は乗っ取られてしまった」 「メラーダ栽培の計画が起こったのも、きっとそのくらいの時期だろう?」 「ぴったりだね」 俺たちは揃ってこめかみを揉んだが、セントリオン王国にある聖地アスヴァトルドまで、はるばる戦いを挑みに行くのは現実的ではない。 「こっちはこっちで、エマントロリアダンジョンにいるエイェルを祀って、偽アスヴァトルドの力に対抗できるようにする方が、まだ安全だろう」 「たしかに。どうしても人間が巻き込まれるのは如何ともし難いところだけど、こちらから直接武力を吹っ掛けるより、よほど平和的だね」 「そのうち、本物のアスヴァトルドが戻ってきて、偽物に鉄槌を下してくれればいいんだけどな」 まあ、俺が生きている間にはないだろう。 「なんとか、エイェル信仰も盛り上げてみるよ」 「がんばれー」 すごく他人事な応援をされたが、メロディはメロディでやっている仕事が多い。 「ジェリドに聞いたんだが、ダンジョン都市をつくるにあたって、食料供給のために周辺に村をつくると」 「そうなの」 『永冥のダンジョン』の管理権限を持つメロディは、ダンジョンコアであるプリマの了解を得て、『永冥のダンジョン』地上部の造成に着手していた。 エマントロリアダンジョンのように、元々地上部も範囲だったわけではないが、規模が大きくなるにつれて解放されたオプションらしい。 「それって、地上部もダンジョン扱いなのか?」 「正確には違うけど、半ダンジョンかな。魔獣はポップしないけど、人間も動物も自由に出入りできるし、死んでもダンジョンに吸収されることはないよ。しかも、施設の建設をコアルームからできちゃうのさ。私が持っている魔道具のレシピと、魔族たちの建築様式に準じるけどね。ここまで出来るのも、もしかしたら、私が空間魔法を使えるから、その素養のおかげかもなぁ」 「街づくりシミュレーションだな」 「それな」 メロディはすでに、近くを流れるいくつかの川から上水道を引っ張ってきて、ダンジョン入り口前に作った平地を経由した、下水道設備まで作ったらしい。その下水処理施設では堆肥が副生産され、周辺の農村に配られる予定なんだとか。 「すごいな!」 「電気やガスはないけど、水道だけはきっちり整備しておかないとね。まわりの村にも、小型の設備を引っ張ってあるよ。この先人口が増えたりしても、設備の拡充は出来るし、メンテナンスも地上でもできる。現物は、私が作った魔道具が元だからね」 マニュアルに書かれていることを確実にこなす職員がいてくれれば、半永久的に使用することが可能だという。 「まあ、このコアルームで、全部片付けも出来るけど」 「最終手段だな」 世の中、良い人間だけ、良い治政者だけではないということだ。『永冥のダンジョン』を護るため、万が一の自爆装置みたいなものだ。 「俺たちは、どこを耕せばいい?」 「後で簡単な地図を出すよ。利便性と安全面からも、リヒターには『空の遺跡』近くを担当してもらう予定。詳細な物は、ジェリドに作ってもらって」 「わかった」 「スタンピードで地上に出たダンジョン産の魔獣は、基本的に地上の半ダンジョン範囲には入ってこないから、安心して。ダンジョン産じゃない魔獣はいるかもしれないけど」 「それはありがたい。入植者や冒険者にも伝えておくよ」 「よろ」 俺たちはそれで密談を終え、ジェリド達を迎えに行くことにした。 「ところでメロディ、俺のスタッフオブセレマがバンギャ系美少女になった件だが」 「私だって、そんなこと知らなかったよ。インテリジェンスウェポンだってことを黙っていたのは事実だけど」 そういえば、スタッフオブセレマ自身も、「だった」ではなく「なっている」って言っていたな。メロディは魔法使い系の装備を持たないから、人型化するほど継続して魔力を込めたことがなかったんだろう。 「魔力が出るようになったら、メロディにも紹介するよ。いま引っ張り出すとお腹が空くって怒られるからな」 「楽しみにしてる。お腹が空くと言えば、この前拾った人間達は? ゴチソウダケ食って光るようになった」 「ああ。ここに来る前に、リューズィーの村で薬を届けてきたよ。服用の説明書も渡してきたから、一週間きちんと飲み続ければ、光らなくなるはずだ」 あの子供たちの中には、この『永冥のダンジョン』を目指す者もでるかもしれない。 「冒険者もいいけど、プリマのインパクトがなー」 「お子様の性癖歪める要素が多すぎるからねぇ」 できれば、おかしなものに目覚めず、健やかに育って欲しいものだ。 バンガローからコアルームに出ると、プリマと二郎ホープとガウリー、そしてジェリドとゼガルノアが待っていた。 「悪い。待たせたな」 「いえ、私たちも今戻ってきたところです」 ジェリドはちょっと虚ろな目で震えながら、桐の小箱のような物を大事そうに握りしめている。 「いい物もらったか?」 「はい……まさか、私が実物を手にしているなんて、実感がありません」 そんなに貴重な物だったのかとゼガルノアに視線を移すと、むしろ首を傾げつつこちらを見下ろしてきた。 「このダンジョンでは不要なものだが、ジェリドなら使いこなすだろう」 「なにをあげたんだ?」 「精霊王の 「ぶっ」 名称だけでヤバいものだとわかる。なんだ、玉璽って。それ、国で一番重要なハンコだろう。書類にスタンプされていると、誰でも「勅命である!」ってやれちゃう……中国の皇帝とかが持っているやつだ。 「『 「いや、たしかにそうかもしれないけどさ」 ジェリドが持ったら、精霊魔法無双できそうだな。 「他にも色々あったのだが、ジェリドが持ちきれないと言って遠慮する。だから、今回は一番小さいので、次はもっと大きい物にすればいい」 「一番小さくても、一番ヤバい物だったんじゃないか?」 俺が視線を向けると、ジェリドはするーっと視線を逸らせていく。そうかー、他にもこれと同じくらいヤバい物がいっぱいだったのかー。 「お手柔らかに頼みたいものです。魔族の皆さんとは、有意義なお話ができましたよ。ダンジョンの地上部か一階に、交流窓口をつくることにもなりましたし」 「出張所か大使館みたいなものか」 「そうですね」 魔族が作った商品を並べる、アンテナショップとか出来たら楽しそうだ。これからどんどん、魔族との交易も増えるだろう。見た目は怖いけど、みんないい人たちだからな。 過去の清算が忙しい王都とは違って、ブランヴェリ領では色々なことが前に進んでいるようで、俺はとても嬉しく感じるのだった。 |