第十九幕・第三話 若村長と最新情報


 各勢力が頑張ったものの、結局半分近くを一郎ホープに買い占められていた。俺としては、売れればなんでもいいんだ。
「これは、だめなの。まーちんにちゃまにあげる、おみやげなの」
 ノアがそう言って売るのを拒否したのは、マクスケリスラクスを倒した時に落ちた宝箱から出た片手剣らしい。なんでも、宝箱は超レア品が入っている確定演出なんだとか。ダンジョン産魔獣って、そういうところあるんだな。
 片手剣はショートソードと言っていい長さで、大型ナイフよりは長いが、騎士が佩く剣よりも短い。良く切れそうだし、柄にも鞘にも装飾があって、貴族が護身用に携帯するなら見栄えがするだろう。
「さすがはゼガルノア様、お目が高い。マーティン卿も喜ばれましょう」
「そんなにいい物なのか?」
「もちろんです」
 一郎ホープが言うには、このショートソードは魔法剣の一種で、そのままでももちろん強いが、水を纏わせると刀身が長くなるらしい。雨の日最強だな。
「ほぷ、これとどけて」
「かしこまりました」
「悪いな。薬も届けてもらうし、輸送費を払うよ」
「お気遣いなく。手前どもも、十分に儲けさせていただいておりますので」
 サービスです、と一郎は微笑を浮かべるが、ホープたちの笑顔は微妙に怖いんだよなぁ。いくら共有スキルのおかげで自分たちの長距離移動は無いとはいえ、安全かつ確実に届けてもらえる信頼って、この世界じゃお金を積んでも不確かなことが多いからさ。
「じゃあ、またメロディが喜びそうな料理のレシピを用意しておくよ」
「それは嬉しいですね! ええ、お待ちしております」
 明らかに機嫌が良いホープのために、薬が届いた時にレシピを渡してやるとしよう。
 ノアが他にも売らなかったのは、一冊の図鑑と、枝にとまった黄色い小鳥の刺繍が入ったハンカチが一枚。ハンカチはやはり宝箱から出たものだが、片手剣よりはレアリティが落ちるものなんだとか。
「ごほんは、ふぃりゃるどにちゃまの。はんかちは、みぃあちゃんの」
「こ、これはぁ……ッ!! ありがとう! ありがとう、ノア!」
「えへへっ」
 フィラルド様が震えながら抱きしめている図鑑には、『永冥のダンジョン魔獣図鑑・鳥の仲間』とある。
「とりをかると、たまにでる」
「なるほど」
 そういえば、マルバンド地方をまわっている時に、小さな鳥の群がやたらと襲ってきたな。ノアとサンダーバードが片っ端から撃墜していたけど。ドロップ品拾いのために、俺の腰がきつかった。
「こちらのハンカチも、貴族子女が持つなら一級品ですよ。悪意のある者が近づくと、ひどく汚れて見えるのです」
「ほー。これもマジックアイテムなのか」
 俺にはさっぱり価値がわからないので、一郎に解説してもらえると助かる。
「おみやげ、やくそくしてたから!」
 ちゃんといい物獲ってきたぞと言わんばかりに、ドヤァと胸を張るノア。大きいサイズを知っていても、初めて会った時よりも体が少し大きくなっても、可愛いものは可愛いな。
「……」
「ジェリドも、お土産欲しいって言っとけ」
「わ、私はなにも……っ!」
 ノアから・・・・(ここが大事)お土産をもらうフィラルド様を、羨ましそうな目をしておきながら……格好つけというか、強情な奴め。
「ノア、ジェリドのは?」
「リヒター殿っ!」
 滅茶苦茶動揺したジェリドの顔が赤くなっているが、ノアはぱちくりと目を瞬き、マジックバッグの中を覗き込んだ。
「うーん、じぇーのは、こんど」
「ええ、お気になさ……」
「じぇーにあげたいの、のあのおうちにいっぱいあるから、こんどきて」
「へ?」
 俺はこんなに間の抜けた賢者殿の声を聞いたのは初めてだ。
「すごいな、ジェリド。魔王様の宮殿にご招待だ。宝物庫かゼガルノアの自室か知らないが、俺でも入ったことないぞ」
「え? はい? 待ってください?」
 なんだかとんでもないことになった、と冷や汗が出ていそうなジェリドだが、まあいいんじゃないかな。
「魔族さん達との交易や交流もあるし、一度はジェリド自身が『永冥のダンジョン』に行く必要があるだろう。そのついでに、ゼガルノアのお宝をもらっておけばいいんじゃないかな」
「さりげなく仕事を絡めて私が行きやすいように誘導しないでください。いくら私でも、心の準備があります。ちょっと、笑っていないでください!」
 ノアがジェリドにあげたい物ってなんだろうなぁ。何十年か何百年か知らないが、魔王が溜め込んだ物なら、さぞ目玉が飛び出る様なシロモノだろうよ。いっぱいあるってさ。やばい、ニヤニヤが止まらない。
 いつも俺を非常識な存在みたいに評価しているんだから、たまにはジェリドも非常識な体験をして、見たこともないお宝に埋もれてみればいいんだ。ノアからのプレゼントなら、例えそれが金塊だろうと泥団子だろうと、ジェリドは喜びこそすれ、文句なんて言わないだろうしさ。
 ノアのリュック類の中身がすっきりさっぱりしたところで、俺の【空間収納】からマクスケリスラクスの甲羅を取り出したが、やはり大きすぎるので、折を見てウィンバーの町のはずれに場所を作って、そこで加工することになった。それまでは、俺預かりだ。
 今回も大変よく売れて、俺の手元にはがっぽりと金貨が入ってきた。それをまとめて、ジェリドに渡す。
「この前、ホープに換金してもらった分が、まだ残っているからな。ノア、いいだろ?」
「いいよ!」
 相変わらず、いいお返事だ。
「おかげさまで、我が領は財政難からは程遠い状態ですよ。助かります」
 ジェリドはそう言うが、金はあっても、必要な物資をここまで持ってくるのが大変なのだ。もちろん、先立つものがなくてはそれも出来ないが、買い付け先であるエルフィンターク王国やセントリオン王国では、品薄からの物価高になりそうだな。
 早いところ、ブランヴェリ公爵領でも色々な物を自給できるようにしないと、売り渋りをされてしまうかもしれない。値を吊り上げられたりしたら、いくら金があっても足りなくなるだろう。
(つまり、俺があちこち浄化して、人が住んで作物が採れるようにしなきゃいけないんだけど……)
 はやく魔法が使えるように、治さないとな。サルヴィア、頼むぞ〜。


 ドロップ品買取り大会があった翌日には、フィラルド様とミリア嬢は、随員を連れてシャンディラからロイデムに向けて出発していった。ノアからミリア嬢にプレゼントされたハンカチが悪意探知機だと知って、ミリア嬢は感激するし、これから危険な場所に行く自覚があるフィラルド様も喜んでいた。みんな、無事にブランヴェリ領に帰ってきてほしい。
 それから五日後には、公爵家の仮公邸に、薬草や手紙を預けていた一郎が訪ねてきた。
「もう出来たのか!」
「そのようで」
 サルヴィアから返ってきたのは、体が光る原因であるゴチソウダケの排毒剤と、俺のマナ経路を修復するための回復薬。一緒に届けられた手紙には、服用の仕方も書いてある。完璧な仕事だ。
「ありがとう。これがレシピだ」
「おおっ、感謝いたします」
 俺が渡したレシピは、タコライスやガパオライスなどエスニック系ご飯物の他に、タケノコとアラメの煮物や芋の煮っころがし、山菜のおひたしや大根もちといった、和食系というかおつまみにもなる小料理、薬味やあんかけ、ソース各種の作り方もある。ついでに、ショッピングタブレットにあるオススメ調味料一覧も付けておいた。メロディは食べ物に大嫌いな物は少ないが、ねばねばぬるぬる系が苦手だ。それを避ければ、大抵美味しく食べてくれる。
 俺が渡したレシピの紙束を大事に抱えて一郎ホープが帰ると、俺はサルヴィアからの分厚い手紙をじっくり読んだ。
(むこうも、色々あったんだな……)
 セントリオン王国にあるジェリドの実家に行った時に、ついでに王都アタナスも観光デート……もとい、視察したが、貧困層を中心にメラーダ中毒を疑う者がちらほらいたらしい。金もないのに麻薬を買えるのかと思ったが、彼らには麻薬を摂取しているという意識はなかった。なんと、教会で配られる食糧に混じっていたのだ。
(そういうことか。教会の人間も、上から栄養剤だと言われていれば、メラーダなんて思いもしないでスープに混ぜるだろうよ)
 完全にできあがった・・・・・・人間は、司法の目が届かない大神殿の荘園や、危険な職場で死ぬまで働かせる。出される食事で気持ちよくなるんだから、歯向かう奴なんていないだろう。
 メラーダの販売先は他にありそうだが、そこまではわからなかったらしい。セントリオンの宮廷にも、聖地アスヴァトルドと癒着している者がいそうだが、その辺はジェリドの父親であるフライゼル侯爵が慎重に立ち回って、厳しい調査をするよう国王様たちを焚きつけているようだ。
 王都ロイデムの貧困街など、エルフィンターク王国内も調べてみる必要があるとサルヴィアは言っているが、そこは他の人に任せた方がいいだろう。サルヴィア自身が乗り込むのは危険すぎる。
 危篤と聞いていたサーシャ夫人だが、どうも悪性腫瘍を患っているらしい。医者の見解もサルヴィアの見立てでも、もう末期だそうで、意識もほとんどないらしい。意外なことに、サーシャ夫人の周辺にはメラーダの影はなかった。医者から処方される痛み止めも、正規に生産されたアブモダから作られたものだった。
 そして、好奇心の赴くまま、ジェリドから大量の資金をもらって、エルフィンターク王国のアンダーグラウンドに探りを入れていたレノレノから、信じられないような情報がザクザクともたらされていた。
(マーガレッタが先王の子だって!?)
 そりゃあ、先代ブランヴェリ公爵も尻尾を掴めなかっただろうよ。まさかのまさかだ。
 現国王グレアムの祖父に当たる、先々代エドワール大王の妻ミレーヌ王妃は、先代ブランヴェリ公爵ヘリオスの年の離れた姉だった。つまり、サーシャ夫人は自分の父親と同じくらい年の離れた従兄弟である、先王ケヴィン陛下とごにょごにょして、マーガレッタを生んだということだ。
(てことは、現在の国王様と腹違いの妹になるマーガレッタとアドルファス王子とは、叔母と甥になるのか?)
 うえっ、気持ち悪くなってきた。サーシャ夫人も何考えているんだ。おかしすぎる。
(こりゃあ、王家にとっても大スキャンダルだし、ブランヴェリ公爵家だってただじゃすまないぞ)
 どうにか言いくるめて、先王の御落胤が見つかりましたって持って行けたとして、ダブル不倫の結実では、いくらなんでも外聞が悪すぎる。これは見なかった、聞かなかったことにして、封印するしかない。
(となると、マーガレッタの身分は教会にも預けられないな。大神殿がこの事実を知ったら、こっちを攻撃してくるのはわかりきっている)
 サルヴィアはこの重大事実を、苦労人ルシウス殿下へ即座に伝え、マーガレッタをアドルファス王子の婚約者から外さないことに決定したそうだ。
 ケヴィン前王は数年前に落馬事故で無くなっており、サーシャ夫人がマーガレッタを引き取る時に、秘密を知っている関係者は全員口封じに殺されている。これは闇ギルド『ドクメント』に所属する、先代ブランヴェリ公爵たち殺害も請け負った腕利きの暗殺者チームが証言しているので確からしい。
(アドルファス王子もマーガレッタも、生活は保証されても、離宮から一生出られない監禁生活というわけだ。野垂れ死ぬよりは、ずいぶんマシだな)
 彼らの子供ができたとしても、闇に葬られることになるだろう。
 そして、俺とジェリドが頭をひねった、現国王たちに恨みを持つ者だが、意外な人物が浮かび上がった。殺害されたロディアス様の護衛だった、ファインブルー家の子息、その元許嫁だ。国王が彼の結婚相手を決めると言い出したせいで、本人達はいい感じだったのに、親同士の約束を白紙にしなくてはならなかった。しかも、幸せになるならまだしも、彼は国王に呼び出されていたせいで任務を全うできなかった事を苦に、自ら命を絶ってしまった。
(それが、メラーダ毒を盛った、オデット王妃の侍女。恋人を死に追いやったのに、のうのうと生きている王族を苦しめて殺したかった、か……)
 なんとも、やるせない話だ。