第十八幕・第七話 若村長と意味のある代償
ゼガルノアの魔法によって黒い炎に包まれたティーターの体は、地上に見えている部分が一瞬で燃え散った。
「すまん、埋まっている足も燃やしてくれ!」 「当然だ」 低空飛行に移ったゼガルノアは自分の剣を銛のように伸ばし、ぐちゅぐちゅと再生しようとしている足に突き刺して地上に引っ張り出した。泥の中では光が届かないから、再生が阻害されないんだ。 俺が出した光はすでに翳りだし、辺りは急速に暗くなってきている。元々、長く持つような魔法じゃない。 「……そこの人間達、火矢をかけろ! 神聖魔法でも構わん! 急げ! また再生するぞ!」 城壁に向かってゼガルノアが叫ぶと、城壁から一斉に神殿騎士たちが現れ、地面に転がった大きな二つの足に向かって、次々に光の矢や炎の矢を射かけた。 「コッケコッケコォォォォォォォ!!」 サンダーバードの雷撃が突き刺さり、とどめとばかりにゼガルノアの炎が巻き付くと、黒炭のようになった塊がいくつにも割れ、やがて灰の山になった。 「……やったか?」 「わかりません。行ってみましょう」 俺とガウリーが、泥が溢れ出ている所までたどり着いたときには、辺りは再び夜闇の中に沈んでいた。あちこちで松明やトーチの魔法が焚かれている。 「コッケコッケコォォォー!」 「サンダーバード、お疲れ様」 普通サイズになって舞い降りてきたサンダーバードによると、もう反応は無いらしい。 「金鶏を呼んでも大丈夫そうか? わかった。……金鶏、戻ってこい! 終わったぞ!」 「コッケコッケコオォォ」 遠くから金鶏の声が聞こえて、がさがさと下草を揺らす音と共に、金色の淡い光が、ぴょこりぴょこりと近付いてくるのが見えた。 「リヒター、我はやったぞ」 「ああ、ゼガルノアもお疲れ様。おかげで倒せたよ。ありがとう」 「うむ」 羽を畳んで地面に立った魔王は、得意げに胸を張る。 「しかし、倒すのが大変だったのに、何も落ちないのはつまらんな」 「ははっ、メロディみたいな事を言うな」 ゼガルノアらしい言い草に思わず笑うが、さすがに疲れてしまっている。そんな俺の疲労原因に気が付いたのか、ゼガルノアは軽く目を瞠りながら聞いてきた。 「リヒター、あの空が光る魔法はなんだ? 温かかったぞ?」 「ああ。あれは、なんちゃって人工太陽だ。リューズィーにお願いして、重水素と三重水素を空の高ぁ〜い所で核融合させたんだよ。太陽と同じ仕組みだから、アスヴァトルド様にもお願いしてみたんだけど、聞いてくれたのかなぁ……。設備も何もないし、詳しい知識だってないし。魔法が成功するか、それでトロールが石化するか、最後まで自信はなかったけどな」 俺が知っているのは、反応させるにはすごく速いスピードと熱が必要で、ものすごいエネルギーが出るけど、放射線は出ないってことだけだ。応用技術が電気自動車に積めるかもって研究されていた記憶があるから、一瞬くらいならいけるかなーって思ったんだ。 (これ、【身代わりの奇跡】使ったかなぁ?) さすがに魔力だけでどうこうできる魔法だとは思えない。まあ、徳ポイントはたまっているようなことをリューズィーは言っていたし、もう『俺』の魂を削るようなアビリティじゃなくなっているし、いいだろ。 「説明されてもさっぱりわからなかったが、リヒターがおかしいことは理解できた」 「おい」 「あんな魔法は、我が持っている魔法にもない。誇れ」 ゼガルノアからの意外な言葉に、俺は思わず笑みを浮かべた。そうだな、勝ったことが重要だ。 そこへ、シームルグの光と神殿騎士たちの影がこちらにやってくるのが見えた。 「リヒター様は、コッケ達とお休みください。神殿騎士たちとは、後片付けを含めて、上手く話しを合わせるよう相談しますので」 「わかった。悪いな。……ああ、ぬかるみには、まだ近づかないようにな。ティーターだから脛ぐらいまでしか埋まらなかったが、人間だと頭まで沈んで浮き上がってこられない底なしだ。気を付けろよ」 「かしこまりました」 ガウリーに後を任せて、俺たちはハルビスの町から少し離れたところまで戻って、キャンピングカーを出した。 「シームルグ、ありがとうな。助かったよ。ゼガルノアがお前にって、お土産を獲ってきていたんだ。いま食べて行くなら、出してもらうといい。俺はちょっと……疲れた」 「コッケコッケコォォ!」 俺はゼガルノアに巨大ゴカイが入っている手提げバッグを渡すと、簡単にシャワーを浴びて、ミネラルウォーターのペットボトルを片手に、行儀悪くベッドにダイブした。 「しんど……」 これがマナの枯渇か。初めてなったが、脱力感が強くて、軽いめまいがする。 (だけど、エマントロリアで『俺』と統合が始まった時ほどじゃないな) シャンディラ攻略や、『永冥のダンジョン』攻略時にもならなかったのに……。この程度で済んでいるのは、先にマナポーションをがぶ飲みしておいたからかな。やっぱりあの魔法は、人の領域を超えるものだったのかも。 (でも、あのトロールになったティーターは、岩になっている状態で壊しても、魔石がないから夜になったら復活したかもしれない。最低でも、 お供え物を弾まなくてはいけないな。たしか、お茶とお茶菓子だったな。 (……なんだかな) あのティーターがこの世にいないという事実が、ちょっと実感がない。俺が転生者という自覚を持つきっかけになった強奪事件が、ずいぶん昔のように感じる。 (根っからの傍若無人さはあったかもしれないけど、ちゃんと躾けられて育てば、もうちょっとマシな人生を送れたのかもしれないのに) たらればを考え出せばきりがない上に、俺にはどうしようもなかった。それに、あの時の拳が、蹴りが、すごく痛かったし怖かった。俺たち領民がこうむった被害は、農村だけじゃなく、町の商店や屋敷の中でも変わらなかったらしい。 (まあ……来世にご期待ください! だな) 領民を鞭で殴って虐待する貴族が、この世から減ったことには変わりない。そう考えると、少しは俺の胸が晴れて、口元が緩んだのがわかった。 「リヒター様。……大丈夫ですか?」 「おう、おかえり」 戻ってきたガウリーから報告を聞くために、俺は起き上がってペットボトルから水を飲んだ。ついでにマナポーションも取り出して飲んだが、なんとなく違和感があった。 「あれ?」 「どうしました?」 「いや、なんとなく、いつもと違う感じが……マナポーションじゃなくて、俺の体の方が」 たぶん、マナが枯渇している状態だからだろうと伝えると、ガウリーの眉間が渋く寄った。 「まったく、無茶をなさる」 「ハハッ。それで、どういう話になった?」 「それなのですが、ジェリド卿にも同席していただいた方がいいかもしれません。夜中ですが……」 「いや、あいつならすぐ起きるだろう。俺たちが今夜起きているのを知っているし」 ゼガルノアとコッケ達もキャンピングカーに入れると、すぐにロイデムにいるジェリドと通信が開いた。 「悪いな、こんな時間に」 『いいえ。そろそろ来ると思っておりましたよ。その様子ですと、撃破されたのですね』 「なんでわかるんだ……」 通信機の向こうで小さく笑う気配がしたが、ジェリドには俺の行動なんてお見通しなのだろう。 ガウリーによると、ハルビスの町は相変わらず廃墟で、大きな宿や駐屯所など、ほんの少ししか手が入った様子はないらしい。やはり、フーバー家の統治は失敗……どころか、統治にすらなっていなかったようだ。 「フーバー侯爵家の人間が誰もいないので、今後しばらくは第八大隊が駐屯して、町の復興に当たるそうです。とはいっても、新しいものを作るわけではなく、現在瘴気を出しそうになっている物を処理するということなのですが」 「まあ、まずは片付けからだろうな」 「フーバー・ティーター、及びイシュターヴ夫妻については、他の人間と同様、行方不明という事にしました。巨大な人型のバケモノがいたが、町の外に逃げて行った、という事に」 「うん、それがいい」 『そうですね』 マルバンド地方だけなら、第八大隊だけでもカバーできるとみなされる規模だから、領内にいないと言えば、ブランヴェリ公爵領で討伐された可能性が高いとされるだろう。 『瘴気によって人がトロールになるなど、まったく特異というべきでしょう』 「ゼガルノアの予想では、フォールしかけて踏みとどまったせいじゃないかって。頭が三つあったんだ」 『……なるほど。融合したのち、どれかが抵抗した可能性ですね』 ジェリドの声が、頭痛を堪える様な感じになっている。実録として文献に載っていたとしても、眉唾だと思われかねないことだ。 「しかも、素が人間だから魔石が体の中に存在しない。そのせいで、昼間岩になっているのを砕いても、殺しきるのが無理かもしれない。そういうわけだから、なんちゃって人工太陽を作って 『待ってください』 ゼガルノアの手元から、凄く大きなため息が聞こえた。 『……太陽を、作った? あなたは平気なんですか? そんなことをして』 「さすがにマナが枯渇中だ」 『当たり前です、お馬鹿さん!』 ジェリドにお馬鹿さんって言われたぞ!? なんかすごいな! 「ま、まあ、それは置いておいて。戦闘跡地であるハルビスの南門の前に、沼ができちゃっているんだ。トロールの足止め用だったんだけど、人間にとっては底なしと変わらない深さだから、あとで修繕してもらうとして、それまでは近寄らないように」 『わかりました』 おっ、怒られるかと思ったけど、大丈夫だった。その前に怒られたせいかな。それとも、 「とりあえずこれで、リルエルの町周辺まで瘴気が来ることはないはずだ。俺は一度リューズィーの村に戻って、トゲネグサがどのくらい育ったか見てこようと思う」 リューズィーの村に預けっぱなしになっているが、薬草が育っていれば収穫して、ホープたちにお願いしてサルヴィアに届けてもらわないといけない。 『そうですね。こちらもちょっと大きな動きがありそうなので、きりのいい所でシャンディラに戻ってきてください』 「なにかあったのか」 俺の問いに、ジェリドは簡潔に答えた。 『サーシャ夫人が危篤です。マーティン卿に続いて、フィラルド卿もロイデムに向かう事になっています』 「は……!?」 俺はしばらく、その事実を飲み込むのに時間を要した。 |