第十八幕・第三話 若村長と貴族の結婚


 ジェリドが言っていたように、夕方近くなって森を抜け、ミルバーグ村に到着した。
 村の中も道路が整備されたようで、森の出口からリルエルの町に向かう道だけは、広く均され、石畳で舗装されていた。
「何家族か暮らしているようだな」
 『大地の遺跡』で暮らしていた農民だけではなく、若い人や家族単位で暮らしている人もいて、思っていたよりも賑やかだ。
「ええ。まだシャンディラに向かう道と、ウィンバーからシャンディラに向かう道の周辺以外は、人が住むには危険です。自分が行きたい土地が浄化されるのを、働きながら待っているのですよ」
「あー」
 俺の仕事待ちか。ジェリドは申し訳なさそうな顔をするが、こればかりはなぁ。
「……急ぐよ」
「申し訳ありません」
 ここから人が抜けても、また入ってくる人がいるので、畑や住居は引き継ぎながら使われているらしい。いつかはその中から、定住する人も出てくるだろう。
 広くなった道の周囲に懐かしささえ覚えつつ、俺たちが乗った馬車はリルエルの町に入っていった。ここも一部建物が取り壊されるなどして道を広くし、物資を積んだ馬車の往来が楽にできる様になっていた。
「やあ、ここに来るのも久しぶりだな」
 今夜の宿の前で荷台から降りると、ノアも辺りをきょろきょろと見回している。見覚えはある場所だけれど、知らないものが増えたせいで落ち着かないのかもしれない。
「まずは食事にしましょう。その後で、周辺状況の確認ですね。私とリオンは、明日の朝にも、先行させている本隊を追いかけて馬で出ます」
「わかった」
 セントリオン王国から持ってきた物資を積んだ馬車の列は、すでにシャンディラに向かっているそうだ。
「この馬車を使いますか?」
「いや、移動手段は持っているから平気だ。それに、下手を打った時に、馬を瘴気の犠牲にしかねない。馬車は安全な場所でのみ使いたい」
「了解しました」
「おんましゃん、またね〜!」
 ぱかぽこがらがらと厩舎に引かれていく馬車に手を振るノアと俺は手を繋ぎ、今年の春に見た時とは比べものにならないほど綺麗に整えられた宿に入った。


 リルエルの町の人達から聞いた話では、ここ一ヶ月ほどの間に、急激に浄化玉に込められた魔力の減りが激しくなったそうだ。
「なるほど」
 シャンディラに向かうジェリド達と別れた俺たちは、リルエルの町にある浄化玉の範囲が終わる場所に立って、げんなりと肩を落とした。
「浄化前のシャンディラのようですね」
「まっくらー」
 目の前には瘴気がたちこめた空間が立ち塞がっており、明確に危険地帯であることを知らしめている。以前は……少なくとも、シャンディラ攻略のために立ち寄った春の時点では、辺境ということもあり、ここまでひどくなかったはずだ。
「住人達には、我々が戻るまでは、絶対に近寄るなと言ってあります」
「ありがとう。浄化されたからってこの先に進んで、俺の浄化魔法が切れたらヤバいもんな」
 浄化玉の範囲に逃げ込めなければ、この濃度の中、まず助からないからな。
「よし。とりあえず、一発かますぞ」
 俺はシャンディラを浄化した時のように気合いを入れて、使い慣れた黒い長杖をかざした。
「カタルシス!」
 ざぁぁぁっと開けていく視界には、荒涼とした寂しい街道が続いていた。左右には枯れた畑や雑木林が見えるが、さしあたってアンデッドなどの脅威は見えない。
「……なにもいないな?」
「私の索敵スキルにも反応がありません」
「だいじょうぶ」
「「コケッ」」
 二人と二羽からお墨付きが出たので、キャンピングカーを出して魔力を補充した。すぐにしまうことになりそうだから、魔石は入れないでおく。
「ガウリー、運転してみてくれ。ゆっくり行こう」
「はいっ」
 キャンピングカーに乗り込んだ俺たちは、濃い瘴気に包まれた方角に向かって、慎重に出発することにした。
「この辺には、来たことないんだよなぁ」
「そうですね。ハルビスの町へは、いつも森の中の道を使っていましたから」
 リルエルとハルビスの間には、町と呼べるものはない。それぞれの町に繋がる村の畑が、街道から遠くに見える程度だ。
 ガウリーのゆっくりとした安全運転のおかげで、辺りの様子は車内から出もよく観察できたが、やはり魔獣の影もなければ、アンデッドの気配もない。
「静かすぎて不気味だな」
 何度か浄化をしながら進んだが、まったく何にも会わなかった。
「リヒター様、あそこは『大地の遺跡』に行く小道の、出入り口ではありませんか?」
「本当だ。え、もうここまで来た?」
 以前よりも濃い瘴気のせいで、北の森の端まで枯れかけている。見覚えのある入り口に近付いてみると、一頭立ての小さな荷馬車が通れる程度の広さを確保しつつ、葉が落ち始めた森の中に向かって、凸凹した道が続いていた。置きっぱなしにしてあった、浄化玉付きの女神像が見える。
「もうフーバー領に入っていますが……」
「だよなぁ……ここまでなにもないと、逆に困ったな」
 国境の町ハルビスは、マルバンド地方の東端にある。ここから西にむかっては、ディアネストにしてはやや乾燥した小高い土地になっていて、ハルビスから西南方向の街道を進めば、やがて『風の遺跡』が近くにあるウィンバーの港町に着く。
「とりあえず、ハルビスの手前まで行ってみて、なにも出てこなければ、もっと西に行ってみよう」
「わかりました」
 ついでだからと、森の入り口に置いてあった女神像の浄化玉に魔力を満タンにしてから、俺たちは差に先へ進んだ。
「……」
「ひどいもんだな」
 街道が途切れた個所は、夏の間に茂っただろう草花が枯れて、地面を覆っていた。俺は石碑にはまっている浄化玉に魔力を注ぎ、特にねんごろに慰霊の祈りを捧げた。
 ノアの焼却魔法と女神の威光のおかげか、いまのところアンデッドが発生していないが、ここにはかつて、神殿騎士たちの体の中身からできた這いずる臓腑が蠢いていた場所だ。濃い瘴気に晒されて、何もないと言い切れる場所じゃない。
「この辺りの街道整備も、まったく手付かずのようですね」
「そうだな。町中だけで精いっぱいなのか、そもそもやる気があるのか……」
 俺は首を振って、ため息をついた。
 フーバー侯爵家は、エルフィンターク貴族の中でも、それなりに歴史のある家のはずだ。なにしろ、侯爵の位を得ているくらいだから、初代やそれに続く当主たちは、国に貢献した優秀な人だったんだろう。
(父さんと縁があったっていう先代も、悪い人じゃなかったはずだ)
 赤ん坊の俺を連れて戻ってきた養父を、快く迎えて村の運営を任せてくれたんだから。
(ただ、今の当主とその家族がなぁ……)
 何事も人任せというか、甘やかされて育ったのか、誰かが何とかしてくれるという基本姿勢なせいで、危機対応どころか領地の運営すらもなおざりだった。昔から仕えている人たちがいなかったら、旧フーバー領はとっくに破綻していたはずだ。
(利益だけを吸い上げて、自分で領地を運営する気概がないんだろうな)
 四人の息子と二人の娘がいるはずだが、彼らにしても「自分がやる!」と頑張っている話など聞かないので、お手上げだ。
(三男はこの前の戦争で亡くなったって聞いたな。長男と次男は結婚しているけど、長男は奥さんと死別したはず。長女はどこかに嫁に行ったはずで、次女はまだ小さかったと思うが……)
 兄弟の中でも領地内をよく動き回っていたティーターの顔はわかるが、他の家族とは村長時代にも会ったことがない。
 兄弟に年齢幅があるが、フーバー侯爵の前妻の子と後妻の子になる。前の奥さんは、四人目を生んだ後に体力が戻らないまま、流行り病にかかって亡くなったと聞いた。ティーターと末っ子のフランが、後妻の子だ。
(よくあの家に嫁いでくる、嫁に迎えてくれる家があるって、みんな首を傾げていたけど、キャロルみたいな例を見ちゃうとなぁ)
 自分の意思ではない、不本意な結婚を強いられた可能性もあるということだ。
「そんな配偶者じゃ、できるだけ関わらないように、小さくなって生活するだろうな。一緒になって偉そうにしているなら、同類ってことか……」
「なにか?」
「いや……」
 独り言が口から出ていたらしい。聞き返してきたガウリーに首を振って、俺は少し気になったことを聞いてみた。
「その家の都合や内情なんて、外からじゃわからないよなって。あのフーバー家の連中でさえ結婚しているのに、ブランヴェリ公爵家の長男……亡くなったロディアス様だけど、既婚だったとか婚約者がいたとか、そういう話を聞かないから」
「そうですね。当時でも、二十歳を過ぎていたはずですから。貴族の男子であれば、婚約者くらいいてもいいと思いますが……」
 とはいえ、現王太子のルシウス王子も、俺と同い年で結婚していないからなぁ。
「これは私の、個人的な予想と言いますか、感じたことですが」
「うん」
「ブランヴェリ公爵家自体が、貴族の娘が嫁入りするにしては、かなり微妙な家だったのではないでしょうか」
「ほう?」
 ロディアス様は公爵家の跡取りだったのに、そんなに微妙な物件だったのかな。
「まず、先代公爵が実権を持っていましたが、その娘はサーシャ夫人です。先代が亡くなれば、爵位は婿のアーダルベルト卿を飛び越えてロディアス様に行くとはいえ、公爵代行閣下たちが毛嫌いするような方が義母になるのです。そして先代公爵は実力主義者で、娘の婿に優秀とはいえ下位貴族を迎えています。……公爵家に釣り合う娘を出せる高位貴族家が、二の足を踏むのも仕方がないのではないでしょうか」
「……言われてみれば、そうだな」
 よほど心身がタフで、貴族子女として優秀かつ社交界で人望がなければ、まったく務まりそうもない。娘の方が望んでも、娘の両親が「いやぁ……やめといた方がいいんじゃないか」って言う相手だ。いくら夫が最高にいい男でも、その他で苦労するのが目に見えている。
 権力志向の高い親でも、剛毅と称えられる先代と家族同士のお付き合いができるかって言うと、ビビり散らかさない保証はない。
(それに、高位貴族ほど、アーダルベルト卿を見下していただろうからな。いまさら娘を嫁に差し出すなんて、って渋った可能性もあるか)
 まったく、貴族の結婚なんて、平民以上に面倒ごとが絡むんだなぁ。