第十八幕・第二話 若村長と絡み合った害意


「しかしながら、エルフィンターク宮廷内においては、いまだに情報が欠落して、わからない事も多いのです」
 指先で膝を弾きながら、ジェリドは眉間にしわを寄せる。
「というと?」
「誰が何のために、国王をメラーダ漬けにしたのか。その理由です」
「犯人は見つかったんだろ?」
「たしかにオデット王妃の父であるバリエ侯爵は、大神殿のメラーダ取引に噛んでいて、レゾという神官を駒に持っていました。メラーダを混ぜた飲食物を国王に渡していたのはオデット王妃の侍女ですが、わざわざ国王を亡き者にする必要はありません。この時点では、王太子はオデット王妃の子供なのですから」
「言われてみればそうだな。瘴気さえ出なければ、ロイデム大神殿よりも先に、メラーダの栽培地を押さえられたかもしれない。そのチャンスを潰された腹いせ……にしては理由が薄いか」
 どうしてもいますぐに、アドルファス王子に王位を継がせなければならない理由でもない限り、バリエ侯爵家には国王を退位させる必要が無い。
「国王をメラーダ中毒にさせた濡れ衣を、王位継承権のあるルシウス殿下に被せ、失脚を狙う……のも、アドルファス王子が王太子である限り無理があるな」
「そうなのです。むしろ、グレアム陛下かオデット王妃を恨む、第三者、第四者の思惑が差し込まれた結果ではないかと思うのです。どこかに綻びがあるはずなのですが、現状の我々では王城内の調査に介入することができません」
「話を聞く限り、王妃の侍女が滅茶苦茶怪しいけど、直接関係ない俺たちじゃなぁ」
 こればかりは、エルフィンターク王国の司法機関に任せるほかないだろう。
「国王様の容態は?」
「メラーダの効果が切れたせいで、ひどく苦しんでいるそうですよ。時折、錯乱状態になっているようです」
 近衛騎士のリチャードさんに聞いた話によると、だいぶ内臓をやられているみたいだし、そんな中で麻酔が切れたようなもんだからな。離脱症状もあわされば、そりゃしんどいだろうよ。
「目に見えてヤバいなら、まわりの貴族たちも退位に納得するか。でも、よく王太子が替わったな」
「メラーダの件そうですが、国王暗殺疑惑がかかっているのが、オデット王妃の実家ですからね。当然、その子供であるアドルファス王子も、罰せられる可能性は別として、次期国王には相応しくないと考える貴族は多いでしょう。母の実家の不祥事を覆せるほど、ずば抜けて有能ならば、かばう勢力もいるかもしれませんが……」
「それもそうか」
 マーガレッタに誑かされて浪費するし、派手な装飾をしただけの金属棒を『神剣ミストルテイン』だと思って持ち帰るし、国王の代わりに仕事をこなせるルシウス殿下と違って、元々あんまり評判よくなかったのかもな。
「今後の対立軸としては、アドルファス王子派……もといマーガレッタ嬢派と、ルシウス王太子派になると思われます。マーガレッタ嬢にはサーシャ夫人がバックにいますし、世代を問わず多くの貴族が魅了されているでしょう。対するルシウス殿下には、ダニエル卿をはじめとした、現在の国政を直接運営している良識ある貴族たちがつくでしょう。現宰相など国王派及びアドルファス王子派は、斜陽と言って過言ではないかと」
 ジェリドの分析に、俺も頷いて同意する。
「俺が凹ました王妃様たちは、いまどうしてる?」
「オデット王妃もアデリア王妃も、ルシウス王子によって蟄居ちっきょを命ぜられているようです。そうやって自分の母親にも甘い顔をせず、公人としてきちんと対処できる姿勢が、ルシウス王子に支持がある理由のひとつかもしれませんね」
「そうだな。まあ、散々脅した俺が怖いのかもしれないが」
「国民の支持まで失ったら、いくらルシウス王子でも王家を支えきれませんからね」
 レノレノがばら撒いた噂によって、エルフィンターク王家への好感度が急降下したのをジェリドは知っているらしい。
「蟄居って、王城にはいるのか」
「アデリア王妃は自室を出され、後宮の一角に軟禁です。オデット王妃は父親が大罪を犯したこともあり、城内の塔に監禁されています。本人は何も知らなかったとはいえ、下手人が侍女では極刑でもおかしくありません。地下牢に入れられていないだけ、温情でしょう」
 後宮は王妃ではなく、妾扱いになる人が使う所らしい。側室とはいえ王室の正式なファミリーとして実権があったアデリア妃には、屈辱的な辛い処分と言える。それでも、ほぼ罪人扱いのオデット王妃の処遇よりは、はるかにマシだが。
「監視が付いている方が、身の安全が確保できるか……」
 そう思った俺は、なにかもやっとした、嫌な予感を感じた。
(マーガレッタか……)
 まだロイデムまで帰りついていないので、どう処遇が変わるのかはわからない。王太子妃候補でなくなるのは確実で、上手くいけば聖女でもなくなるかもしれないが、こちらの望み通りに行くとは限らない。
 エマントロリアでオーズオーズによって、付けられていたエイェルの末端を剥がされていたが、王都に戻ればサーシャ夫人がいる。サーシャ夫人がエイェルに憑りつかれているのならば、またすぐに傀儡にされるだろう。
「……ルシウス殿下は、独身だったな」
「そこに気付かれましたか」
 目を細めるジェリドに、俺もうんざりとため息をついた。
「婚約者が廃嫡されて、マーガレッタが大人しくしているか?」
 あの『大公妃サーシャ』の娘なら、王太子妃という地位にしがみつくはずだ。どんな手を使ってでも、ルシウス王子に取り入ろうとするだろう。気持ち悪いことこの上ない。
(それか、そのままエルフィンターク王国が滅亡するよう動くか……)
 ルシウス王子が王太子になったことで、かろうじて破滅カウントダウンが止まっている状態だろう。あの母娘をどうにかしない限りは、相変わらず危険なのだ。
「あ……」
「どうしました?」
「いや、さっきジェリドが、国王か王妃に恨みを持っている奴の可能性を言っていただろう?」
「はい」
「サーシャ夫人も候補だ。若い時に、王妃候補に挙がったけど、先代ブランヴェリ公爵によって阻止されている」
 これは大聖女クレメンティア様に聞いた話だ。リアタイ勢のクレメンティア様なら、確実性が高いだろう。
「当時の詳しい状況はわからないけど、人間関係や出来事によっては……」
「ありえる話ですね。ですがそうすると、今回のようにアドルファス王子まで失脚してしまいます」
「そうだよな」
 娘のマーガレッタを使ってエルフィンターク王国を支配したいなら、アドルファス王子まで破滅するようなやり方はしないはずだ。
「うーん、よくわからないな」
「ええ。もう少し情報を集めながら、様子を見ましょう。我々が第一に考えなければならないのは、この地を治めるブランヴェリ公爵家ですから」
「そうだな」
 俺たちはいったんこの話題から離れることにした。
「アドルファス王子の話になってしまったけど、俺が考えていたのは別人のことだ」
「おや、それは失礼しました」
「いや、いいんだ。王太子が替わった話も聞けたし」
 俺が考えていたのは、これから行く、現フーバー侯爵領マルバンド地方にいるかもしれない人物についてだ。
「シャンディラでマーティン様が言っていたんだ。統治に失敗したフーバー侯爵家の人間が、発生した瘴気に巻き込まれた噂があるって」
「フーバー家ですか」
 ジェリドが意外そうに目を瞬いたのは、たぶんジェリドにとって、フーバー侯爵家は取るに足りない勢力だからだ。滅亡まで秒読みな一族なのだから、放っておいてもいいと思っているのだろう。
(まあ、ジェリドに比べたら月とスッポンどころじゃない頭の出来だからなぁ)
 俺も正直、どうでもいいとは思っているんだが、懸念は残る。
「キャロルに求婚しようとしていた、ティーターっているだろ? たしか、四男だったかな」
「いましたね」
「……俺がまだ、故郷で村長をやっていた時だ。あいつに殴り殺されそうになったんだ」
「はい?」
 唖然としたジェリドに、俺は恥ずかしくて片手で顔を覆った。これはたしか、ジェリドには話していなかったはずだ。
「え? ティーターという人物は、たしかキャロル嬢と同い年ですよね?」
「ああ。その時の俺はもう二十を超えていたし、相手は子供だ。だけど、ティーターは子供とは思えない体格をしているんだよ。腕力もあるし……」
「……」
 成人男性を殴り殺せそうな十代前半の少年は、さすがにジェリドでも想像しにくかったようだ。
「頭の中身がヨシュアよりお粗末な程度のオークだと思ってくれ」
「理解しました。ご苦労されていたんですね。よくぞご無事で」
「ありがとう。あの時は、本気で死にかけた」
 まあ、そのおかげで前世の記憶が戻って、ステータス開いて回復魔法が使えることを発見したんだけどな。
 世間知らずな子供の体に貴族の傲慢さが詰まったのが、元ディアネスト王国貴族であるヨシュアだ。あの程度の幼稚な知性が、残忍な精神と怪力を持つオークの肉体に宿ったならば、と想像したら、ジェリドにもティーターのヤバさが伝わったようだ。
「そういうわけでな。あれでも一応人間のはずだが、瘴気の影響でどうなったか、最悪なことを考えれば、堕落フォールしたらどうなるのか……。まあ、本人が今どこにいるのか俺は知らないし、王都で相変わらずワガママこいているのかもしれんし」
「リヒター殿の懸念は、よくわかりました。少し探りを入れておきます」
「無理のない範囲でいいからな」
 そう言っておいてなんだが、瘴気の中でフーバー家の郎党とかち合う可能性が、まったくないとは限らないと思い直した。
「もしも瘴気の浄化をしている途中で、生きているフーバー侯爵領の人間を見つけたら、どうしよう? 保護してリルエルの町に送って大丈夫か?」
「……そうですね、死んでいなければ、放っておくよりは保護した方がいいでしょう。保護する人間の基準はリヒター殿にお任せします。使い道は、こちらで考えますので」
「了解だ」
 下手に保護したせいで、ブランヴェリ公爵領の住民が不幸になってはいけない。助けるか助けないかの判断をこっちによこしてくれたのは、ずいぶん信頼されているなと苦笑いが出そうになった。
「夕方には森を抜けられるはずです。我々も少し休んでおきましょう」
「そうだな」
 着いたとたんに戦闘という事になってほしくないが、このガタゴト揺れる馬車の中にいるだけで疲れてしまう。俺たちはノアに並んで、まだ青い匂いのする飼葉を枕にした。