第十七幕・第七話 若村長と因縁の地にて再びの予感


 北の森の中を歩いてリューズィーの村に到着すると、すぐに村人たちが走ってきてきた。
「リヒター様!? おかえりなさいませ、リヒター様」
「お邪魔するよ。しばらくの間、この人たちを匿って欲しいんだ。小さな子供もいるし、世話をお願いしたい。詳しいことは、ジェリドからも指示があると思う」
「はっ、わかりました」
 俺に対して恭しい態度の村人たちによって、サイと子供たちはテキパキと宿泊所に案内されて行った。これから風呂に入れられるんだろうな。
「ゼガルノアも風呂に入ってくるか? ノアになるなら、服も持っていけ」
「そうする」
 一晩中ダンジョンで遊んでいたらしいゼガルノアは、マジックバッグのベルトポーチとリュックを交換して、共同の風呂場に向かっていった。
 俺とガウリーは、ジェリドが待っている村の集会所に向かう。この村に最初からあった、一番大きな建物だ。
「ジェリド、リオン!」
「リヒター殿!? あ、あぁ、ガウリー殿」
 ジェリドにすごく驚かれた……。ガウリーとチラチラ目線で会話しやがって、なんで納得したように二人とも頷き合っているんだよ! 固まっているリオンの方が、まだ可愛げがあるってもんだ。
「……シャンディラを出てからも、色々あったんだ」
「そのようです。こうして顔を合わせるのは、久しぶりですね」
「ああ」
 エマントロリアに行く前だからな。二ヶ月ぶりくらいか? ジェリドも従者のリオンも元気そうだ。
「リヒター殿もですが、ガウリー殿まで……なんですか、その見たことのない能力アビリティは。【龍神の加護】……総合すると、これまでの防御力の二割増しはかたいですよ。リヒター殿の支援があったら、常人では打ち抜けないのではありませんか?」
「その……リューズィーより神託を受けまして。リヒター様の魂の統合がなりましたお祝いの、ご相伴というか……」
 ジェリドにジト目を向けられたガウリーも、恥ずかしそうに目を逸らせている。自力で得たものだとは思っていないから、突っ込まれたくないんだろうな。
 半分俺のせいみたいなものなので、助け舟を出してやることにした。
「あー、それで、緊急事態か?」
「あなたが心配していた、ハルビスの町です。瘴気が強くなったらしく、ついに領地の境界を越えて急速にリルエルの町に迫っています。いまはまだ浄化玉で持ち堪えていますが、街道沿いに被害が出始めました」
 思わず呻き声をあげた俺は、額を手で覆った。
「おいおい……ヤバいものが爆誕したってことか?」
「確認はまだとれていませんが、瘴気が濃いと冒険者や兵士では対処ができません。まずは浄化と調査をお願いします」
「わかった」
 旧国境の町ハルビスは、現在フーバー侯爵領になっており、ロイデム大神殿が浄化活動を担っているはずで、俺たちが勝手に手を出すことはできない。だが、越境して被害が出ているならば、手を打たねばならないだろう。
「リグラーダ辺境伯領はどうなっているだろうか」
「おそらく、神官を常駐させて対応しているのではないでしょうか。あそこは門を閉じてしまえば、人里からも離れていますし、しばらくはもつでしょう」
 ハルビスの町を挟んで、ブランヴェリ公爵領とは反対側のリグラーダ辺境伯領には、領都ラベラに立派な教会があり、神官が何人もいる。すぐそばで瘴気が発生しても、少しは持ち堪えることはできるだろう。
「リグラーダ辺境伯もやっているでしょうが、こちらも公爵代行閣下を通じて大神殿に使いを出しております。我々にまた手柄を取られるよりは、第八大隊を派遣してくるでしょう」
 いま王都ロイデムには、エマントロリア遺構から撤収した神殿騎士団第八大隊が向かっているはずだ。
「……わざと俺たちに片付けさせて、不法侵入などの罪を追及してくる可能性は?」
「ありえる話ですが、そもそも大神殿の管理不足が招いたことで、我が領民に被害が出たと言い返せば、大きな態度はできないはずです。我々も、ハルビスの町までは進攻せず、せいぜいその手前までを戦場として設定するべきですね」
「少なくとも、ハルビスの町の中は大神殿に任せる。街道やその辺に出てきたやつで、脅威になりそうだったら片付ける。これでいいか?」
「はい。どこかが何か文句を言ってきても、私が抑えます。領民の安全を第一に優先してください」
「了解だ」
 ジェリドの交渉能力を疑うことはない。俺は任された仕事をするだけだ。
「すぐに向かいたいところだが、こちらもジェリドの耳に入れておきたいことがある」
「はい」
 俺は地図を出して指でたどりながら、ユユイ湖とその周辺であったことと、ラサ湖の広さ、それから粘土採掘場であったことを、すべて話した。
「やはり、堕落の怪物が……絶対にいないとは思っていませんでしたが、実際に遭遇すると恐ろしいですね」
「道を歩いていた奴は片付けたけど、ユユイの町や湖の中には、まだ鱗の生えた水死体みたいな化物がいるかもしれない。十分に注意してくれ。それと、慰霊碑も頼む」
「わかりました」
 俺とジェリドが話し合っている隣では、リオンがガウリーから道中で遭遇した魔獣の話を聞き取って、メモをしている。そうそう、巨大化したゴカイの話もしておいてくれよ。
 俺は【空間収納】から、もらった薬草と種を取り出してみせた。
「この薬草なんだが、知っているか? 魔族さんたちはトゲネグサと呼んでいるらしい」
「そうですね……根にある特徴的な棘の形状や効能からみるに、モリーネというハーブに似ています。サルヴィア嬢なら違いが分かるかもしれませんが、今はひとまず、分けてもらった種を育てた方が良さそうですね」
「自然に育つかどうかはわからないが、ゴチソウダケが生えている洞窟の入り口にも、少し種を蒔いてきた。ほとんどをこの村で育てるつもりだったんだが、ハルビス方面の様子を見に行くとなると、ここに住んでいる人に世話をお願いすることになる。頼めるか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」
 リューズィーの村に住んでいるのは、元々セントリオン王国に住んでいたジェリドの家の領民だ。
 すでに自分たちの食糧の自給を確立させているほど、優秀な人の集まりだ。ダンジョン産の植物も、頑張って育ててくれるだろう。
「サイ導師については、私も同意見です。ぜひシャンディラ大神殿をお任せしたいですね」
「なんとか説得頼む」
「お任せください」
 ユユイ湖やラサ湖周辺について報告を済ませると、リュックを背負ったノアがやってきた。風呂に入ってさっぱりしてきたようだ。
「ノアくん!」
「じぇー、おきゃえり」
「はい。ただいま戻りました」
 デレデレしながらノアを膝に乗せるジェリド。こいつは本当にノアが好きだな。
「たー、ぽーちのなか。りゅーじいがでた」
「へ?」
 ゼガルノア用のマジックバッグを開けてのぞいてみると、たしかに、魔獣のドロップ品とは別に、なんか入っている。
「これ、けっこうでけぇな!?」
 ポーチの中から取り出して床に置いたのは、水神リューズィー人型バージョン等身大像(木製)だった。ニヒルな表情に格好つけたポーズだが、逆立った髪や、ずるずるした着物も良く表現されている。
「作れとは言ったけど、出来上がるの早くないか? まだ三日くらいしか経っていないんだが?」
「……リヒター殿、これは?」
 ジェリドがドン引きしているが、これは言っておかなきゃいけない事だろう。
「リューズィーの像だ。そのうちシャンディラに神殿建てるから、作って欲しい姿を像にして、カイゼルのダンジョンで落としてくれって、俺が頼んでおいたんだよ」
「え、ああ……リューズィーは、人型にもなるのですね」
「逆に俺は、龍の姿を見たことがねーわ。そのうち、龍姿バージョンも落ちるんじゃないかな」
 あんまりデカいと、ダンジョンから持ち帰るのが大変だ。その辺のことを考えて……いないだろうな、あいつ。
「とりあえずこれは、この村の礼拝堂に飾っておこう。龍の像がだいぶ古かったからな」
 これも村の住人にお願いしておかなきゃな。
「俺たちは明日にでもリルエルの町に向かう。ジェリドはシャンディラに直行だろ?」
「ええ、お手伝いしたいのは山々なのですが」
 ジェリドがシャンディラに帰らないと、マーティン様がロイデムに向けて出発できない。マーティン様もそろそろ出発しないと、雪が降る前にロイデムに到着できなくなってしまうだろう。
「構わない。シャンディラから東側の整備に集中してくれ。こっちはなんとか上手くやるよ」
「お願いします」
 俺たちは一日リューズィーの村に留まり、畑の一部を借りてトゲネグサの種を蒔いた。
 この辺りはシャンディラ攻略前に俺たちがいたから、領都周辺よりも断然植物の育ちがいい。ダンジョン産の薬草も、十分に育ってくれると期待しよう。
「ノア、これから俺たち、またアンデッドと戦うかもしれないから、ジェリドとシャンディラに戻るか?」
「んー」
 三つに増えた自分のマジックバッグを抱えながら、ノアは首を傾げる。その両隣から、もっちりとした金鶏とサンダーバードが挟んでいる。どっちでも、ノアと一緒に行きたいのだろう。
「たーといく」
「わかった」
「またふぉーるがでたら、あぶないからな」
 ナチュラルにゼガルノアの口調が出てきてびっくりしたが、俺たちを心配してくれるのは嬉しい。
「頼んだ」
「うむ。そのかわり、かれーがたべたい」
「わかったよ」
 人がいない所でキャンピングカーを出して、カレーを作ってやるか。