第十七幕・第五話 若村長と魔族の薬草


「それで、数日ぶりの再会だが、なにかあったの? ガウリーも連れないで」
 ガーデンテーブルセットに腰かけ、二郎ホープが淹れてくれたお茶を飲みながら、俺はシャンディラに帰ってから粘土採掘場までのことを、かいつまんで話した。
「ああー、あったな、キャンピングカー」
「便利に使わせてもらっているよ」
 あの『ホームキャリッジ』は、VR型惑星探索ゲームの課金アイテムらしい。それでSFチックなシェルター機能がついていたんだな。
 俺と『俺』が完全統合されたのは、一目見てわかったらしい。
「さすがは【分析】持ち」
「【分析】なくても、わかるわい。明らかに常人じゃない雰囲気出してたの、自覚ないっしょ」
「えぇ……。まあ、『啓示の聖衣』着てないのに、ゼガルノアみたいな威圧状態になっていたのは、知ってる」
「だいぶ激しかったんよ。それがいまは、まあまあ収まってる。設計に無理があって配線から火花噴いてる爆弾と、安全装置がついてしっかりパッケージされた爆弾くらいの差がある」
「どっちも危険物じゃないか」
「自分が危険物である自覚をもとうな?」
「どういう意味だ」
 まったく、ひどい言われようだ。ただ魂が二人分あって、その経緯に絡んで二柱の神様からの加護があるだけなのに。俺は爆発なんてしないぞ。
 しかしメロディは、真面目な顔でため息をついた。
「私たち転生者は、この世界にとって、十分危険物だよ。創世神によってハチャメチャな文明や歴史にはなっているけど、私たちはそれをさらに変革させる可能性がある」
「それは、理解する」
 エイェルがもたらす厄災への対抗策として放り込まれたのが、転生者である俺たちだが、同時に神々に期待されている以外の、技術や思想を人々にもたらすこともできる。無思慮なことをして、エイェル以上の厄災をこの世界にもたらすことは、避けねばならない。
(この世界は、生まれたばかりの創世神の「習作」なんだ)
 エイェルが組み込まれてしまった時に世界が終わらなかったように、おそらく何らかの条件があって、創世神の一存だけでいきなり世界が終わってしまうことはないと思いたい。俺たちは、転生者がいなくても、この世界の住人だけでエイェルと共存していく道筋を作り、創世神のやる気を削がない為にも、それ以上のことには極力手を出さない方がいいだろう。
「私やサルヴィアは、その認識と自律があればいいんだ。だけど、リヒターは違う。私たち以上に、この世界の根幹に関わる“加護”を持っている」
「……無意識のうちに、強い影響を振りまいてしまうってことか」
「そういうこと。特に、前世の人の魂は桁違いだった。魂魄をエネルギー源としか見ていないオーズオーズですら、あの人の魂には敬意を払って、慎重になっていたでしょ。リヒターの魂を修繕するために呼ばれた人の魂は、それだけ、特別だったの」
「……」
 いまは俺の中に永眠ねむる『俺』が、苛烈なところを持っていたのは知っている。彼に俺を助けさせるために、神々は交渉に応じ、その事実が「加護が厚い」とみなされた。
 俺も、彼も、神々から手を入れられて、一人の人間として生まれ、やがて統合されてここに成った。俺たちは元々二人で一人だが、特に完全統合されたことで、二人分の“加護”が常時働くようになってしまった、ということらしい。
 いままでは、『俺』が“加護”により得た力を揮おうとすると、俺が昏倒するか、準備のための間が必要だった。それが無くなったばかりでなく、何もしなくても人々に対して威圧状態になっていたように、“加護”が厚いせいで神の使いに見える俺に「従わなくてはならない」と無意識に思わせてしまうのだろう。
「わかった。いままで以上に、慎重に行動するよ」
「うん、それがいい。まあとにかく、解決の方法すら不明だった問題が、綺麗に片付いたのはいいことだよ。……それで、ゴチソウダケだっけ?」
「ああ。これなんだが」
「ほー」
 俺が取り出したゴチソウダケをツンツンと摘まみ、眺めまわして、メロディは感心したように頷いた。
「これは面白いね」
「さっき一欠片食べてみたけど、ハンバーガーの味がした」
「マジか!」
 私も試そう、とメロディもゴチソウダケを小さくちぎり、口に入れた。
「……うむ、とんこつラーメンの味がする!」
「本当に節操がない味だよな」
「たぶん、このキノコ自体の味は同じなんだよ。熱に弱い胞子かエキスかが、私たちの味の記憶を刺激しているんだろうね」
 なるほど、それで火を通すとただのキノコの味になってしまうのか。
「でも、非常食にはいいよね。生食して、食中毒にならないならの話だけど」
「毒があるのか? ノアくらいの小さな子供も食べていたし、ゼガルノアにも大丈夫って言われたんだが」
「私らの前世にあったような毒じゃないね。つまり、体が光るのが、この毒のせい」
「そういうことか。食べ続けたせいで光ってしまう体を治す薬が欲しいんだ。魔族さんたちが作れるらしいんだけど、材料の薬草が生えているかなって」
「ん、調べてみよう」
 『永冥のダンジョン』はプリマとメロディによって修復中だが、それは主に壊れてしまった構造やギミックなどが中心だ。ダンジョン内に自生する動植物に関しては、まだ調整が進んでいない。
 まずは俺が持ち込んだゴチソウダケが、ダンジョンにある物とどのくらい違うのか、または別物なのか、プリマに調べてもらった。
「魔素の含有量が違うだけで、どちらも同じ物です」
「ということは、対応する薬草も同じ物で大丈夫かな?」
「毒素排出による発光状態の解除は保証されますが、魔素の含有量が人体に及ぼす影響に懸念があります。できれば、ダンジョンの外で栽培されたものを使った方がよいでしょう」
 あー、そういえば、リューズィーの村がまだ魔素まみれだった頃に作った薬草が、ノアのおやつにしかならないってサルヴィアが言っていたな。
「うーん……とすると、時間がかかるな」
「薬を飲むのが、子供と老人だしなぁ。余計に安全を取った方がいいでしょ」
「たしかにそうだ。でも、そうすると薬ができるまで、シャンディラには行かせられないか?」
 シャンディラは日に日に人が増えている。ブランヴェリ公爵家の人達だけじゃなく、冒険者や商人、それに戻ってきたディアネスト王国民だった人たちもいる。シャンディラ攻略の時から一緒にいた人たちならまだ理解があるだろうが、瘴気やそれに関することに偏見を持っている人たちから、体が光ることについて心ない攻撃を受けるかもしれない。
「リューズィーの村は?」
「それがいいか。薬草もリューズィーの村で栽培してもらおう」
「リヒター、薬を作る過程にも魔素が混じる可能性がある。作り方を聞いておけば、外でも作れるだろう」
「いいのか?」
「聞いてくる」
 そう言うと、ゼガルノアはコアルームを出ていった。魔王様が久しぶりに戻ってきたら、魔族さんたちはさぞ喜ぶだろうが……。
「王様にレシピを提出しろって言われたら、嫌とは言えんだろうな」
「なにか、お礼を……」
「人間との文化交流の橋渡しになってあげて」
 申し訳なくなって頭を抱える俺に、メロディはカラカラと笑った。ここで生活しているうちに、けっこう仲良くなったらしい。
「魔族はダンジョン内で社会が完結しているからな。ダンジョン生まれなら、魔素がある限り、食事も必須じゃない。いまは多少の明るさを作っているけれど、少し前までは真っ暗だったから、ようやく色彩に関する興味が出てきたところなのさ」
 魔族の目は暗闇の中でも見通せるが、ほとんど白黒らしい。たしかに、可視光線がなければ多色には見えないか。
「それでね、ここの人ら、家具とかの工芸品作るのが上手くて、特にステンドグラスがすごいのよ。地上の人に宣伝してよ」
「マジか。それはいいな」
 異種族間の交流でも、高価な交易品があるのはだいぶ強い。
「食べなくても平気なせいで食文化は貧弱だけど、嗜好品や服飾品には興味があるんじゃないかな。地上に出るようになれば、食べ物にも興味が出ると思うけど」
「そうだな。ノアなんか、カレーが好きすぎて、甘口を食べ終わったら、俺たちが食べていた大人用を食べる為に、魔王形態に戻ったからな」
「ぶはっ。美味しかったんだねえ。……いいな、私もカレー食べたくなってきた」
 メロディがそわそわし始めたところで、ゼガルノアが戻ってきた。
「早かったな」
「作り方を書いておく物がない。石板は重いだろう?」
 おう……それは困ったな。そうか、暗すぎて筆記用具も発達しなかったのか。
「わかった、わかった。私の紙とペンを貸す」
「そういえば、シャンディラで鉛筆が使われていたぞ。セントリオン王国製らしい。消しゴム用の樹脂を作れたら、大儲けできると思う」
「ありがとう、リヒター。その儲け話いただいた」
 メロディが儲けると庶民まで便利になるからな。良いことだ。
 紙とペンを持って出ていったゼガルノアが、再びコアルームに戻ってきた。
「これだ」
「どれどれ……おう、けっこう難しそうだな」
「そうなのか?」
 メロディに渡された紙を見てみるが、記号や専門用語らしきものが並んでいてわからない。単純に乾燥して煎じて、ってだけで作れるものではないらしい。
「人間の薬師で作れるか? これ、魔族語じゃないよな?」
「意味はだいたいわかるよ。サルヴィアなら作れるんじゃない?」
「あいつ、いまジェリドの実家に挨拶しついでに、セントリオンの王都でキャロルとデートしてるぞ」
「リア充だぁぁぁ〜〜。うらやましくなんてないんだからね!!」
 言葉とは裏腹に、ギリギリと歯ぎしりをして地団太を踏むメロディ。
「くっそぅ、見たかった」
「そのうち、シャンディラでも見られるようになるんじゃ?」
「期待しよう」
 しかし、困ったな。サルヴィアくらい薬学に精通した人でないと、作れないか……。
「地上で薬草を栽培して、材料を揃えて……その間に、薬師を探すか」
「それか、ホープ便でサルヴィアに作ってもらえば? 三郎がロイデムにいるし。材料が揃う頃には、サルヴィアもロイデムにいるでしょ」
「その手があったか」
 メロディにチェックしてもらったところ、その薬草以外は地上でも揃うらしい。ゼガルノアが持ってきた薬草の現物を【分析】したメロディに育て方を教えてもらって、プリマから種をもらった俺が薬草を栽培することになった。
「ありがとう。助かったよ」
「ああ、帰る前に、ちょい待ち。ゼガルノア、カモン」
 ゼガルノアを呼び寄せたメロディは、腰の辺りに、なにかを装着させていった。
「ゼガルノア用の、マジックバッグが完成したよ。これなら、両手も空くし、羽の邪魔にもならないでしょ」
 ゴツゴツした黒いドラゴン革製のベルトポーチは、ゼガルノアの禍々しい魔王スタイルにもとけ込んで、なかなかかっこよかった。
「見た目はそんなに大きくないけど、容量は私が作れる最大、時間停止付き。超大型魔獣のドロップ品も入るようにしておいたよ」
 これからますますゼガルノアが魔獣狩りをする機会が増えることを見越して、大きめに作ってくれたらしい。
「メロディ、ありがとう!!」
「うひっ。イケメンの抱擁……あ、あざす!」
 満面の笑みを浮かべたゼガルノアに抱きしめられて、さすがのメロディも照れ臭そうに顔を赤くしていた。
 よかったな、二人とも。