第十七幕・第二話 若村長と厄災からの生存者


 翌日の俺たちは、ゼガルノアが見つけてきた農村まで足を延ばした。キャンプしていた場所から、意外と近かったんだ。
(瘴気で荒れているけど、いい村だな)
 水利もいいし、日当たりのいい田畑は広々としている。
 ただ、アンデッドのシャドウウォーカーや、カワウソ型魔獣の変異種ルベルドラがうろついていた。この辺の討伐が完了しないと、安心して住めないだろうな。
 午後はキャンプ地も引き払って移動して、ユユイ湖の隣にあるラサ湖に到着した。ラサ湖はこの湖沼地帯で一番大きな湖で、湖周辺には人が利用していた廃墟がいくつもあった。
「湖畔の道が整備されているのが救いだな」
「それでも、場所によっては、かなり狭いですね」
 馬車が通るには十分均された道だったが、時々枯れ枝が車の側面に当たっていく。
 ぐるりと一周してわかったが、この湖は広すぎて、俺の浄化魔法では中心まで届かない。場所によっては、対岸が見えないほどの広さだ。飛ぶか、船に乗って湖上まで行く必要がある。ちなみに、貴族の水上茶会会場と思われる、豪華な施設は見つけた。外から見てもボロくなっていたけど。
 それはそれとして、湖の中になにが巣くっているのか、もしくは何もいないのか、湖畔からではまったくわからない。ラサ湖全域を浄化するために、ゼガルノアかサンダーバードにお願いして、俺を連れて飛んでもらったとして、無防備なところを水中から攻撃されないとは限らない。いまの時点で、危険を冒してまで完全を急ぐことはないだろう。
(ジェリドに報告して、今後のスケジュールに反映させてもらおう。船を用意するにしても、水上の護衛を用意するにしても、それなりに準備が必要だ)
 俺たちが三人と二羽だけで浄化してまわっている利点と目的は、一般人には刺激が強いメロディの【十連ガチャ】品を使ってでも、普通の人間が入れる場所を素早く広げ、本格的な再開発に着手できるようにすることだ。瘴気を掃うことが目的で、開発地の調査や生息している魔獣の殲滅は、俺たちの仕事ではない。
 もちろん、マクスケリスラクスのような超大型魔獣や、強敵である堕落の怪物は倒していくけれど、ガウリーもノアも、浄化活動をする俺の護衛が役目なのだ。
(ゼガルノアは暇かもしれないけどな)
 あれからゼガルノアは、人目を気にすることがないので魔王形態でいる事が多くなった。ノアのリュックの中には、ノアのお世話をしてくれていたメイドさんたちが、ノアの物だけでなく、ゼガルノアサイズの服も入れておいてくれてあった。さすがはエルマさんだと唸る上質な服ばかりだったが、ゼガルノアはわざわざ服を着るよりも、デフォの魔王衣装でいる方が楽なようだ。そりゃそうだよな。
(でも、人間の服も嫌いってわけじゃなさそうだから、今後のことも考えると、ひとまず安心だな)
 広いラサ湖を一周したところで日が暮れたので、俺たちは先に見つけておいた広場に駐車して、その日のキャンプ地にすることにした。

 その次の日は、ラサ湖近くにあるはずの、粘土採掘場を目指すことにした。
「それにしても、道標がないなぁ」
「地元の人間しか、行き来をしないからでしょうね」
「さっきの道って、どこに繋がっているんだろうな?」
「おそらく、採掘場で働く作業員たちの町ではないでしょうか」
「ああ、そうか」
 道路標識がない道が、こんなに不安になるものだったとは。ほとんど一本道だけど、車だとあっという間に分かれ道を過ぎちゃうから、「あれっ、今のところか?」ってなりがちなんだよなぁ。
 資材の採掘場からの道は、効率や事故防止のためにも広く整備されていて当然ではあるが、必ずしもすべてがそうとは限らない。だが俺たちはとりあえず、今回は迷わずに、粘土採掘場の入り口まで到着することができた。
「広いなー!」
 木々がないせいで、薄く瘴気がけぶった空でも広く感じる。湿度も高いし、直射日光の下での真夏の作業は、過酷だろうな。見渡す限り剥き出しになった地面は削り取られ、あちこちに作業道具が放置されたままになっている。
 公爵家から渡された資料によると、ディアネスト王国時代の最盛期には百人近くの労働者が作業に従事して、毎日馬車十台分生産していたらしい。残された荷台の大きさを見ると、五〜六トンくらいだろうか。多くても、前世で見た中型ダンプカー一台に積める程度だろう。重機なんてなくて、採掘も運搬もほぼ手作業って考えると、本当にすごいな。
(だけど、そんな力のある肉体労働者なら、真っ先に戦争に駆り出されそうだ)
 ここは比較的、王都だったシャンディラに近い。スタンピードの被害も皆無ではなかっただろうが、それでも健康で戦える人間は、防衛に引っ張っていかれただろう……。
「あまり期待できませんが、貯蔵庫に採掘済みの粘土が残っていれば、すぐに建材にまわせるかもしれません」
「そうだな。とりあえず、全域を浄化してしまおう」
 俺は思い切って浄化魔法を発動させ、辺り一帯の瘴気を掃った。
「よっし。今日明日ぐらいはここにいるか。その間に、ガウリーは運転の練習な」
「ありがとうございます!」
 ガウリーが嬉しそうに顔をほころばせた。俺の役に立つために、自分ができることが増えるのが、そんなに嬉しいか。なんというか、健気な漢だなぁ。
(でもまあ、乗り物の運転が好きな人はいるしな)
 騎乗スキルを持っていて、馬車の運転もこなすガウリーだ。車の運転は勝手が違うとはいえ、すぐに覚えるに違いない。これだけ広ければ、大型キャンピングカーの運転の練習も問題ないだろう。
 昼食の後で、ゼガルノアはコッケ達を引き連れて、いつものように探検に行った。俺たちはまず、採掘場の事務棟など、情報が残っていそうなところを探索し、それが終わってから車の運転について教えることにした。
 そして予想通り、ガウリーは車の運転を覚えるのが早かった。やっぱ運動神経がいい奴って、両手足をバラバラに動かすのが上手いよな。空間認知能力も高いし、もう縦列駐車とかやらせてもできそうだ。
「こんなに簡単な操作で、こんなに大きな乗り物を動かせるなんて、面白いですね」
「ガウリー上手いよ。俺の説明だけで、よく動かせるな」
「わかりやすい説明でしたよ。いままで隣で見ていましたから、具体的な仕組みが分かれば、なんとか」
 六輪の車体がどう動くか、ギアの役割、速度メーターの見方など、この世界で生活していて馴染みのうすいものを理解すれば、ガウリーはほぼ合格ラインの運転ができるようになった。
「これはなんでしょう? リヒター様が運転されるときは、時々動かしておりましたが」
「それはウインカーだ。左右に曲がる時に、周囲にこの車が動く方向を知らせるランプを点灯させる機能だな。この先の分かれ道で、この車は直進せずに右に曲がるぞ、あるいは左に曲がるぞって、後続車や対向車に知らせるんだ。スピードが落ちるから追突にも注意しろよって。道路を車が列をなして走っていないこの世界では、あまり必要ないから……癖だな」
 実際に、チカチカと点灯させているところを車外で見せると、感心したように何度も頷いていた。
「なるほど。馬車にもこのような機能があれば、周囲の人間にもわかりやすそうですね」
 ガウリーの顔が少し曇ったのは、奥さんが亡くなった事故を思い出したのかもしれない。勢いよく走ってきた馬車と接触し、打ち所が悪かったせいでそのまま……と聞いている。
 この世界でも、交通整備が進むといいなぁ。基本的に、身分が上の人ほど優先される、馬車を避けない歩行者が悪い、って状態だからさ。
「リヒター」
 上からかけられた声に振り仰げば、サンダーバードと一緒にゼガルノアが帰ってきたところだった。片腕にマジックバッグと金鶏を抱えているが、もう片方の腕にも何か抱えていた。
「なにを持ってきたんだ?」
「人間の生き残りがいた」
「「えっ!?」」
 俺とガウリーが驚いて固まっている前に、着地したゼガルノアは痩せ細った人間を放り出した。
「子供じゃないか!」
 垢がこびりつき、土埃だらけに汚れていたが、たぶんまだ十歳かそこらの子供だ。男の子に見える。怯え切って悲鳴も出ないのは、ゼガルノアが怖すぎるからだろう。
「あの瘴気の中を生き延びたのか……!」
「まだいたぞ。逃げられたが」
「なんだと。詳しく話してくれ」
 ガウリーが俺たちのためにお茶を用意してくれている間に、俺はゼガルノアから詳しい状況を聞くことにした。
 ゼガルノアによると、この辺りには頑強なクレイゴーレムや、風の邪妖精シュトルムが、たくさんいるらしい。採掘場の奥は岩盤が剥き出しになって行き止まりになっているが、その近くに掘っ建て小屋があり、この子供はそこにいたらしい。
「俺はリヒター。キミの名前は?」
「……」
「大人は一緒にいないのか?」
「……」
 うむ、まったく取り付く島がない。
 俺もしゃがんで視線を合わせようとしているのだが、子供は地べたに座り込んだまま、こちらを見ようともしない。
「我々では体が大きくて怖いのでしょう。特に、最初のエンカウントがゼガルノア殿では、大人でもひっくり返りますよ」
 お茶を持ってきてくれたガウリーが苦笑いで言うが、さて、困ったな。
「子供ならいいのだな」
 ゼガルノアはそう言うと、するすると小さくなって、ノアになった。子供が口と目を開けて固まっている前で、リュックから取り出した服をいそいそと身に着ける。自分で服を着られるようになって、とても成長を感じるな。
 ノアは最後に音の鳴るサンダルをはくと、ガウリーに両手を伸ばした。
「のむの、ちょーだい」
「はい、どうぞ」
 ノアはお茶が入ったカップをひとつ手に取ると、キュッキュッと子供の前に歩いて行き、差し出した。
「はい」
「……」
 さすがに自分よりも小さいノアに差し出されたカップを受け取らないわけにはいかないのか、痩せて骨が浮いた手がカップを持った。
 ノアはまたキュッキュッとサンダルを鳴らしながら、ガウリーからカップを受け取り、子供の傍に戻って、隣に座り込んだ。
「のむの。ふーふーすれば、あちくないの」
「……」
 ノアが言葉通り、ふーふーとカップに息を吹きかけてから、くぴくぴとお茶を飲んだ。実際はたいして熱くないので、子供でもごくごく飲むことはできるだろう。
「……」
 尻を地面につけて座り、カップを両手で持ってお茶を飲むノアと、自分のカップを交互に見詰めた後、汚れた子供は恐る恐るカップに口を付けた。
『栄養状態は良くないですが、完全に飢え切っているようには見えませんね』
『不思議だよな』
 丸一年以上、食べ物のない場所、しかも高濃度の瘴気に満ちた場所で生き延びるだなんて、考えられない。ゼガルノアが言うには、この子以外にも子供がいたらしいし、なにかしら秘密があるに違いない。
 俺とガウリーはひそひそと言葉を交わし、とりあえず、この子がいたという掘っ立て小屋に行ってみることにした。