第十六幕・第三話 若村長と文明の利器
さて、領内の浄化に行く旅の準備が整い、俺たちはシャンディラの東から出発することにした。ただその前に、ちょっとしたハプニングはあった。
「え、ここに残りたいのか?」 「コケッ」 三羽のコッケの内、シームルグがシャンディラに残りたいと伝えてきたのだ。 「たしかに、まだまだ物資は少ないし、サルヴィアも俺もいないとなると、怪我人が大量に出た時に困るか……」 シームルグは癒しを司るが、同時に豊穣の恵みももたらしてくれる。俺と一緒に各地を回ってほしかったが、シームルグが留まることで、人の多いシャンディラ周辺が肥沃になるのは、悪いことではない。 「まあ、巡行が一回で済むとは限らないし、いいか。わかった。またフィラルド様にお願いすることになるな」 いつもコッケ達の世話をお願いしているので、なにかお礼をしようとは思っているのだが……。 「そういうわけで、申し訳ないのですが、またシームルグの世話をお願いしたく……」 「えっ、ここにいてくれるのかい!? ありがとう!!」 喜色満面のフィラルド様に、むぎゅうと抱きしめられて、まんざらでもない顔をするシームルグ。あっ、意外とフィラルド様のことを気に入っているんだな。 (俺があんまりかまってやれてないし……) 鳥オタクのフィラルド様は、コッケ達を大事に大事に扱ってくれるからなぁ。お世話のお礼をしようにも、一番喜ぶのがコッケとの触れ合いなので、困ったもんだ。 「いつもすみません」 「とんでもない! コッケ達はミリアと共に、私の癒しだ。もちろん、任せてくれたまえ」 「コッケコッケコォォォ!」 フィラルド様の腕に飛び乗ったシームルグが胸を張り、留守番を主張する。うん、大丈夫だろう。 「では、行ってきます」 「頼んだよ」 「気ぃつけてな!」 俺たちはフィラルド様とマーティン様に見送られ、まずはシャンディラの城壁の東側を目指して歩き出した。人目につくところでキャンピングカーを出すわけにもいかないし、まだまだ片付けられていない道路も多いからな。 そんな理由から、シャンディラを出るだけで、結構な時間がかかってしまった。見張りの領兵がいるだけで、城門は開いている。俺たちは公爵家が発行している通行手形を見せて、徒歩でシャンディラの東城門を通り抜けていった。 「さて、けっこう歩いたな」 「ここまで来れば、城門からも見えにくいでしょう」 「うん。まずはお昼ご飯にしよう」 「ごはーん!」 辺りはいまだに荒野が広がっているが、敷物の上に公爵家で持たせてくれた昼食のバスケットを広げると、いい天気なのも相まって、平和なピクニックのようだ。 「コッコッ……」 コッケ達は地面をつついているが、虫はいるのだろうか。 森の木々は立ち枯れたままで、まだ雑草も生えていな……ん? (歩いてきた道沿いに、緑が見える様な……) 敷物の端をちらりと見ると、地面から小さな双葉が、ぴょこりぴょこりと顔を出すところだった。 (シームルグは、連れてきてないんだけどなぁ?) きっと、この前の雨のおかげで、芽が出始めたんだ。『永冥のダンジョン』に行く途中もこんな感じで、もっと勢いよく生えていたけど、あれは明らかにシームルグの影響だしな! 俺は萌え始めた地面を見なかったことにして、バスケットの中に手を伸ばした。 「ん、美味い」 サンドウィッチの具は、野菜の酢漬けや小魚のオイル漬けなどの保存食が多いが、たくさんの種類があるので贅沢に感じる。物資が少ないからって、フィラルド様やマーティン様も粗食で過ごされているらしい。 「急いで浄化をして、働いてくれる人をたくさん呼び込まないとな」 「しかし、リヒター様が倒れられては困ります。土地勘のない場所をまわりますし、慎重に行きましょう」 「そうだな」 腹ごしらえを済ませると、俺はノアに頼んでジェリドを呼び出してもらった。 「悪いな、いま平気か?」 『大丈夫ですよ。何か問題が?』 「いや、例の事件で、護衛がいなかった話なんだけど」 『ああ、何かわかりましたか』 シャンディラを出て、ブランヴェリ公爵家の人が聞いている心配が無くなったので、俺は大聖女クレメンティア様から聞いたことを話した。先代ブランヴェリ公と、婿と孫が殺された夜、その護衛達が、それぞれの理由で護衛対象から離れていたことを。 『なるほど。三人が三人とも、どうにもならない理由があったのですね』 「そうなんだ。エマントロリアに行く途中で、ガウリーや三郎からもちょっと聞いたんだけど、ちょうどその年は天候不良が多くて、道が寸断されて集落が孤立したり、病気が流行ったりしたらしいんだ。だから、ハワードさんが派遣されていたのも、トマスさんに休暇が出されていたのも、不自然じゃない」 ディアネスト王国でスタンピードがあった二年後、いまから四年前になるか。思い返せば、大嵐のせいでガーズ大河とその周辺で洪水があったり、冬も早くて大雪が降ったりした年だ。その年に、ガウリーの両親も流行り病で亡くなったらしい。 「クレメンティア様は、噂の域を出ないから、あまり本気で受け取らないで欲しいとは言っていたけれど、それでもロディアス様の護衛が自殺しているのは事実だ。……そうだ、ファインブルーって! 近衛騎士のリチャードさんの親戚か!」 エマントロリアでアドルファス王子に真っ当な意見を言っただけで、逆ギレされていた人だ。そうか、どこかで聞いた家名だと思ったんだよな。ロディアス様の護衛をしていた人も、ファインブルー家の人だった。 『ファインブルー侯爵家は、武門の名家ですね。一族の内から、騎士団長や近衛騎士を、何人も輩出していると聞いています』 「ルシウス殿下の使いとして、ファインブルー家のリチャードさんに会ったよ。そうか、一族でエリート騎士だったのか」 それなのに、護衛対象であるロディアス様たちをみすみす殺されてしまって……悔しかっただろうな。国王に呼び出されていたから仕方がないとはいえ、一番近くにいたのだから、もっとやりようがあったのではと、自分を責めたのかもしれない。 『しかしながら、タイミングが良すぎます。ブランヴェリ公爵家の兄弟が、母親を疑うのは、無理なからぬことと思いますよ』 「サーシャ夫人だけが、その夜会を欠席したっていうからな。そのぶん、護衛の人数も少なくてすむ」 文官だったアーダルベルト卿は置いておいて、剛毅と称えられるヘリオス様や若いロディアス様は、王国騎士としての技量も持っていたという。その三人を瞬殺できたという事は、よほどの腕があるとみていい。 「やっぱり、『ドクメント』の暗殺者か」 『サーシャ夫人か、あるいはその協力者が、金を出したのでしょうね』 「そこまでして、マーガレッタを呼び寄せたかったのか」 『あるいは、明るみに出そうだったのかもしれません。その前に、邪魔者に退場願ったのかと』 「バレたらタダじゃすまないもんな。先代公爵の人柄を鑑みるに、少なくとも、王都で贅沢に暮らすことはできなかっただろう」 噂に聞く先代公爵なら、不肖の娘を領地の屋敷に閉じ込めるくらいしそうだ。 『お手数をおかけしました。こちらでも、引き続き調べておきます』 「俺も知りたかったことだから、かまわないよ」 たまたまクレメンティア様に聞く機会があったから、よかった。ブランヴェリ家の中では、聞きにくいからな。 『そういえば、もう出発されましたか? どこから浄化していきます?』 「さっき、シャンディラを出たところ。手始めに東側の湖沼地帯をまわって、粘土採掘場と釣り場を解放しようと思ってる」 粘土は建材になるし、湖が使えるようになれば、魚を獲って食料にできるだろう。水源の浄化を後回しにすると、健康被害が出かねない。問題は、どれだけ魔獣がいるかってところだが。 「そこから北側を、シャンディラを中心として、少しずつやっていくつもりだ。辺境と南側は後回しだけど、いいかな?」 『それで大丈夫です』 南側は『永冥のダンジョン』や、最大級の交易港バーレーク、デアリングモスの繁殖地になっているメラーダの栽培地もあるけれど、まだ人間の方が準備できていないからなぁ。 「そういえば、ハルビスの町のことなんだけど」 『はい』 「俺たちは行く予定ないけれど、もしかしたら第八大隊が派遣されるんじゃないかって、ガウリーが」 『大神殿がエマントロリア攻略にこだわらなければ、あり得るでしょうね』 古代兵器の『ミストルテイン』は俺が壊したが、大神殿が聖女マーガレッタと神託に固執するならば、 「諦めてくれないかなぁ」 『ロイデム大神殿の、マーガレッタの扱い如何ですね。目に見える実益があれば、こちらが誘導することも可能ですが。いまは聖地もセントリオン王家とやり合っている最中ですから……メンツが絡むと、どう転ぶか。神殿関係は特に、予測が難しいですね』 「実益かぁ……。大聖女様の荘園みたいに、ハルビスか、マルバンド地方の何処かを、大神殿の所領にできる、とか?」 『一考の余地はありますね。フーバー侯爵家が滅びるのも、秒読みでしょうし』 おう、フーバー家は、もうそんなに落ちぶれているのか。 『その辺りは、ブランヴェリ公爵領に害が出ない限りは、急がなくても大丈夫でしょう。まだ静観で構いません』 「わかった。俺たちはとにかく、資源のある場所の浄化を進めるよ」 『はい、よろしくお願いします。私もシャンディラに戻ったら、あらためて連絡しますよ』 「ああ、気をつけて帰ってきてくれ。それじゃ」 ジェリドとの通信を終えると、俺たちはピクニック用品を片付けた。お腹がいっぱいになったノアが、眠そうに目を擦っている。 「それじゃあ、車を出すぞ」 【空間収納】からにゅるんと引っ張り出した大型キャンピングカー……一郎が言うところの『ホームキャリッジ』。魔石と魔力を満タンにして、俺たちは乗り込んだ。 「ノアは寝てていいぞ〜」 「ううん、おきてる!」 運転席後ろのソファに、コッケ達と一緒に座らせたノアは、初めての乗車に目がパッチリになっているが、俺の運転が荒くなければ、どうせすぐに寝てしまうだろう。ガウリーはナビと警戒のために、とりあえず助手席に座っていてもらう。……うーむ、鎧が邪魔そうだなぁ。 スターターを押してエンジンがかかると、すぐにエアコンから涼しい風が出てくる。外の蒸し暑さがうそのようだ。 「文明の利器、最ッ高!!」 ありがとう一郎、この車を勧めてくれて! 「それじゃ、行くぞ。出発、進行!」 「おー!」 俺は気分も軽く、アクセルペダルを踏みこんだ。 |