第十六幕・第二話 若村長と冒険者ギルド


 それからコッケ達のご飯を買うなど、ホープたちでないとできない売買を済ませた俺たちは、キャンピングカーを【空間収納】にしまって、王宮前広場のマーケットに戻った。
 一郎ホープと別れて、今度は旅先で必要になりそうなアウトドア品を、他の商人たちから買い求める。現金がないとホープたちとしか取引ができないが、貨幣があるなら、なるべく商業ギルドに所属している商人たちと取引をしようと思っている。地道に経済をまわさないといけないからな。
 買った物は、例えば、ロープとか、バケツとか、ハンマーとか、ハンドアックスとか。あとは、丈夫で清潔な麻布や裁縫道具なんかだな。ショッピングタブレットにはない商品で、人里離れた場所で、あれば困らない物ばかりだ。すぐに使わなかったとしても、全部俺の【空間収納】に突っ込んでおけばいい。
「お、S字フックじゃないか。これ十個ください。あと、このナイフの手入れをお願いできますか?」
「ま、毎度あり! 光栄だねぇ、すぐにやるよ」
 ドワーフの鍛冶屋だと、こういうちょっとした便利小物が置いてあったりする。故郷の村を出るときに餞別にもらったナイフも、解体や細かい作業で結構使い込んでいたから、この機会に研いでもらうことにした。
「ガウリーの装備の手入れは?」
「すでに頼んであります。メロディ殿が作成を依頼した鍛冶師も、シャンディラに来てくれていましたから。明日には引き取れると思います」
「そかそか。俺も付いていっていい?」
「ええ、もちろんです」
 ガウリーは自分で出す気みたいだけど、装備のメンテ代くらいは俺が出してあげないとな。いまだに給料らしいものを渡していないし、その辺もちゃんとしたいんだけど、俺自身の収入がノアの狩り成果頼りだからなぁ。
(早く農業やって、稼ぎたい……)
 手入れが終わったナイフを引き取ると、今度は冒険者ギルドに向かった。
 冒険者ギルドは早期に再開発が始まった大通り沿いにあり、建材の石が足りないせいもあって、けっこう立派な木造の建物になっている。濃密な瘴気に長く当てられた石材は、ボロボロのスカスカになっているので、その辺の建物を取り壊しても、そのままじゃ建材に使えないんだ。
「こんにちはーっ!」
「おっ、ノアちゃんだ」
「いらっしゃい、ノアくん。あれ? 今日はアイアーラさんと一緒じゃないのか?」
 ノアが元気よく冒険者ギルドに入っていくと、冒険者や職員さんらしき人たちから温かい声をかけられた。ノアの年齢では冒険者登録ができない……というか、魔王なのに冒険者になったら、認知がおかしくなりそうだな。とにかく、アイアーラたちとよく出入りして、顔は知られているらしい。
 ちゃんと、こんにちは・・・・・が言えるようになったのか、と俺は少々感慨に浸ってしまったが、普段からゼガルノアの姿で一般人を威圧していないようでよかったと思う。
「んーん。きょうはね、たーと、がうりと、いっしょ!」
「失礼します。支部長さんか、責任者の方はいらっしゃいますか?」
「ヒッ!?」
 ノアじゃなくて俺の方が怖がられた……。
「リヒター様、お気を落とさずに」
「うぅ……ありがとう、ガウリー」
 カウンターの向こう側では、俺を視認したほとんどが中腰の警戒態勢で、数人は腰が抜けたのかひっくり返っている。屋内にいた冒険者にも遠巻きにされている。ここに来られる冒険者はそれなりのランクの人ばかりのはずだから、そんなに怖がらないで欲しいなぁ。
「えっと……出直した方がいいかなぁ」
「何事ですか。みっともない」
 奥から出てきたのは、少しきつい印象の老人……というには、背筋が伸びた筋骨逞しい男だ。髪や髭は白くなっているが、しわの奥にある青緑色の眼光は鋭い。
 その目が俺と合って、深々と礼をされた。
「大変失礼いたしました。私がシャンディラ支部を任されている、エルヴェと申します。マーティン卿よりお知らせをいただいております、聖者様。どうぞ、こちらへ」
「お邪魔します」
 エルヴェ支部長に案内されて、俺たちは冒険者ギルドの応接室に入った。
 なかなか立派なソファセットが用意されていたが、それよりも俺が目を引いたのは、青々と葉を広げた観葉植物の鉢だ。あんなに瘴気まみれだったシャンディラでも、緑が生きられるようになったのだ。
(地面に直接植えても大丈夫にしていかないとな)
 ブランヴェリ公爵領においての、食糧の生産は急務だ。
「魔獣の出現地域と、その分布でしたな」
「はい。領兵は復興作業や警備に割かれているので、冒険者ギルドの方が、直接戦っている分、肌で感じることもあるだろうと」
「さようですな」
 現在ブランヴェリ公爵領にいる冒険者は、主に輸送隊の護衛と、人が住んでいる周辺での魔獣討伐をしている。公爵家の兵士は瓦礫撤去や施設の建設、物資や人材の受け入れなど、居住可能な場所を広げる作業に追われていた。
 だから、街道沿いでの出来事に関しては、冒険者ギルドが一番情報を持っているはずだ。
 エルヴェさんはブランヴェリ公爵領の簡単な地図を広げ、街道に沿って指を滑らせた。
「各地に置かれた浄化玉は、現役で使われています。瘴気は薄れてきているとはいえ、かつての浄化範囲の外では、アンデッドや邪妖精が度々目撃されています。付与用の聖水があればいいのですが、そうでなければ神官崩れでもいないと対処が難しいので、深追いはさせておりません」
 そういえば、キャロルが作っていた聖水は、もう生産終了になったのかな? どっちにしても、これから公爵夫人になるのだから、聖水ばかり作っているわけにもいかないだろう。
 回復魔法を使える人は市井にもいるが、神聖魔法を使える人は、だいたい神殿所属になっているからな。何か理由があって所属を外れた人が冒険者になる以外は、神聖魔法使いがうろうろしていることはない。……俺のような例外は別として。
「辺境に向かうほど魔獣が多くなっています。これは瘴気があったころからの傾向で、瘴気が無くなったことで平野部など人目に付きやすい所に出てきたと思われます。ですが、北の森周辺は、初期からの討伐で、大型魔獣の目撃は減っているようです。西のウィンバー港周辺は、元々中小サイズの魔獣が多く、今も生息数は多いものの、性格的に人間が住んでいる場所に出てくることは稀です。臆病で警戒心が高いのですな」
 ふむふむ。
「現状では、ランクB以上の冒険者であれば、パーティーを組んである程度の仕事をこなせられる危険度とされています。シャンディラ以南に生息する超大型魔獣に対しては、Sランクか、ノアくんのような存在でなければ対処できません。……『永冥のダンジョン』に関しては、とても魅力的だとは思うのですが」
「あそこは……少しずつ攻略していければと思います。俺たちも、強行突破してきたようなものですから」
 とうぶんは、ノアの遊び場になっているだろうな。常人が踏み込んでいい場所じゃない、修羅の世界だった。
「北側はどうです? ハルビスへの道が、まだ浄化されていないと聞いていますが」
「そのことについては、慎重な対応をしております。リルエルの住人は、行ける場所が限られてしまうので、多少の不満はありましょうが、ハルビスはフーバー侯爵領ですから」
「フィラルドさまからも、大神殿が介入しているはずだから、浄化はしなくていいと言われております。政治的なことが絡むと、厄介ですね」
「ええ。下手に徘徊しているアンデッドを刺激して、リルエルの町が襲われても困りますし。我々も浄化玉の効果範囲からは絶対に出ないよう、厳に指導しております」
「ぜひ、そのままでお願いします」
 ハルビスが使えるようになれば、物流もずいぶん楽になると思うんだが……。
(でも、クソ高い関税かけられそうだな)
 フーバー侯爵ならやりかねない。
 その時、外からワイワイドカドカと賑やかな音がして、応接室の扉がどんどんと叩かれると同時に開いた。
「邪魔するよ!」
 アイアーラたち『赤き陣風』のメンバーだった。だが、俺を見た瞬間に固まった。それでもアイアーラはすぐに動いて、まじまじと俺を見下ろしてきた。
「どうしたんだい、リヒター。その……なんだい」
「色々ありまして。アイアーラさんたちも、元気そうで良かった」
 アイアーラは俺からソファの後ろに立つガウリーに視線を移す。
「アンタ、こんなのの傍にいて、大丈夫なのかい? よく平気だね?」
「慣れました。リヒター様の規格外なところにいちいち驚いていた頃の自分が、懐かしく感じられます」
「そうかい……アンタも、苦労したんだねぇ」
「ひどい言われようだな!?」
 しみじみと同情しないでくれるかな、アイアーラ? 俺がガウリーに苦労を掛けているみたいじゃないか。……かけているかもしれないけれど。
「あいあ!」
「ノア坊、良かったね。リヒターが帰ってきて」
「うん!」
「ノアがお世話になりました。冒険者ギルドで顔パスになっているとは思わなかったけど」
「なぁに、ノア坊とコッケたちがいると、アタイたちも助かったからね」
 最初の硬直はどこに行ったのか、遠慮も何もなく俺の隣に座りながら、アイアーラはニヤリと笑う。ノアとコッケ達がいることで、単純な戦力増強と回復、それにオタカラセンサーが魔獣の場所を教えてくれたんだろう。
 アイアーラは、向かいに座るエルヴェさんに向かって首を振った。
「ヨッカが大慌てでアタイらの所に来たよ。噂の聖者様を見ただけで大袈裟な、って思ったんだけどね。こりゃ仕方がない」
「アイアーラも知らなかったのですね?」
「アタイらとシャンディラここに来た時は、もうちょっとマトモな人間だったよ!」
 さっきから失礼だぞ。なんだ、いまはマトモじゃないとでも?
(自覚はあるけど……)
 思わず目元を手で覆ってしまう。いや、魂の統合は、俺自身が望んだことだけどさ。
「そう警戒しないでください。俺もしばらくは、浄化のためにシャンディラから離れるんで。またシャンディラに戻ってくる頃には、もう少し制御できていると思います」
「……」
 なんで疑わしそうな目をするのかな。アイアーラだけじゃなくて、『赤き陣風』のみんなまで。
「もっとヤバくなって戻ってくる方に、一杯」
「俺も」
「俺も」
「私も」
「俺もだ」
 次々と上げられる仲間の手に、アイアーラは呆れた声を出す。
「なんだい、賭けにならないじゃないか」
「アイアーラさんも俺を信じてくれないんですか」
 ちょっと……いや、だいぶ凹んだが、アイアーラの大きな手がバシバシと俺の肩を叩く。痛い。ヒール。
「アハハハ! まあ、まあ。それで、浄化範囲を広げてくれるんだね?」
「はい。採掘場や農地が優先ですが。それも、シャンディラの北側を先にやるつもりです。南の緩衝地帯の様子はどうです?」
「このひと夏で、魔獣は増えてきたよ。だけど、アタイらで抑えきれないって程じゃない。週に二、三回くらい、大型と出くわすくらいだ。連戦、連戦だった、スタンピード直後や、北の森の中に比べりゃ、全然問題ないよ」
 ノアがいないと難しい超大型は、まだ出てきていないようだ。『永冥のダンジョン』に行く途中でも、かなり南下しないと、超大型は見かけなかったからな。
「じゃあ、しばらくは大丈夫そうだな。年末には戻ってくる予定です」
「わかったよ」
 二ヶ月半もあれば、それなりにまわれるだろう。