第十六幕・第一話 若村長とキャンピングカー


 エマントロリアからブランヴェリ公爵領の領都シャンディラに帰ってきた俺たちは、台風一過の暑い日差しを遮るテントの下で、一郎ホープと会っていた。
「久しぶりだな、一郎」
「いらっしゃいませ、お久しぶりでございます。無事の御帰還お慶び申し上げます。二郎や三郎はお役に立てましたでしょうか」
「もちろん。いつも世話になっているよ」
 それを聞いてホープは嬉しそうににっこりと笑うが、糸目キャラの性か、はたまたパッシブ不運強制付与持ちのせいか、どうしても胡散くささが抜けない。三人とも同じ顔だから服装で判断するしかないのだが、今は一郎も行商人スタイルなので、ここに三人揃ったら見分けがつかないだろう。
「持ち運び可能な住居の類をお探しだと、マスターからうかがっていますが」
「そうなんだ」
 織り模様も鮮やかな布がかけられたテントはあちこちにあり、それぞれに商人や職人が客を相手にしている。ここは元王宮前広場で、綺麗に片付けられた広場の片隅には、浄化玉がはまった石碑が置かれていた。
「これから領内の浄化に行くんだけど、しばらくはあちこちに滞在すると思う。魔獣との遭遇も考えられるし、メロディと『永冥のダンジョン』に行った時に使ったバンガローか、それに似たものが欲しいんだ。ただ、あんまり現金を持っていないから、金鶏の卵か、ノアが狩ってきた魔獣素材と魔石で、物々交換をお願いしたい」
 俺の気配が目立つのか、あちこちからチラチラと向けられる視線を、ガウリーが大きな背中で、ノアがその愛嬌で、俺から逸らせてくれている。
「かしこまりました。ここでは場所が狭いので、どこか平坦で広い所に行きましょう。品物も、あまり人目につかない方が良いでしょうし」
「王宮の前庭はどうだ? ここから近いし、壊れてはいるけれど、瓦礫は片付いているみたいだから」
「では、そちらに参りましょう」
 一応、一般人は立入禁止で、公爵家の騎士が見張りで立っているのだが、俺たちは顔パスだ。
 怪魚が飛び掛かってきた堀の上を渡り、瓦礫と一緒に枯れた植木も片付けられた前庭に来ると、壊れたままのシャンディラ王宮が見えた。辺りは充分に日差しが届いて明るいが、あの激闘から、まだ数ヶ月しか経っていないし、ディアネストの再建をサルヴィアに託したガルシャフの最期を思い出して、胸がずんと重くなった。
「では、まず買取りから始めましょう。そこから予算を立てていただければと思います」
「そうだな。正直、俺じゃ価値がわからないから助かるよ。買い取れないものは、遠慮なく言ってくれ」
「かしこまりました」
「ノア、リュックの整理をするぞ。取っておきたい物はどれだ?」
 一郎が出してくれた敷物の上に、俺はノアのリュックに入っていたものを全部取り出した。まあ、すごい量だった。
「これはこれは。冒険者ギルドや商業ギルドも、欲しくても買い取りきれないでしょうな」
「魔石が大量にあるけれど、まだこれからも増えるしなぁ」
「南大陸と交易をしていたディアネスト王国の商会は無くなってしまいましたが、ジェリド卿がセントリオン王国の商会を引っ張ってくるでしょう。公爵代行閣下も、エルフィンターク王国で懇意にされている商会があるでしょうし、船と船員が揃えば、ロードラル帝国との交易を始められると思いますよ」
 ロードラル帝国では魔石が高値で売れるし、魔獣素材を求めて、ドワーフたちもこっちに来てくれるだろう。
「たしか、南大陸にもダンジョンはあったよな」
「はい。『蒼穹のダンジョン』と『霊廟のダンジョン』ですね。ただ、『蒼穹のダンジョン』は冒険者ギルドが管理する大きな自治領にあり、『霊廟のダンジョン』はタリキア諸王国の領土にあります。ロードラル帝国内には、名の知られた大きなダンジョンはありません。小さいものなら、まだいくつかあるかもしれませんが」
 同じ大陸にあっても、ロードラル帝国には、魔石をはじめとする産出品が直接入ってこないってことか。それで余計に高騰しているんだな。
 一郎は算盤をはじきながら、テキパキと明細を作っていく。うむ、ここでも鉛筆が活躍しているようだ。消しゴムを作ったら売れそうだけど、あれって何で出来ているんだったかな? 天然ゴムはあんまり消えなくて使われなくなったはずだし、プラスチックだと石油がないと……あ、バイオマスプラでも作れるのかな? はじめは採算取れるかわからないけど、樹脂の用途は広いし……。
「リヒター殿? お待たせしました。卵も合わせて、こちらすべて買い取らせていただきますと……」
「おっ、わお」
 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、いっせんま……。位がいっぱいだなー。
 ノアのリュックには、見事にノアのおやつしか残っていない。
「ノア、全部売ってしまっていいんだな?」
「いいよ!」
 大変思いきりのいい返事がきた。
「では、買取りお願いします」
「承りました。そういたしますと、こちらでご用意できる住居は、どれも予算内でご購入できますね」
「えっ、あの、メロディが住んでいたお屋敷レベルのも?」
「はい。種類は限られますが」
 メロディの本宅も、【十連ガチャ】で出た『どこでもお屋敷/C』だ。アレまで買えるのか……。
 意外と安くて俺はちょっとびっくりしてしまったが、一郎はにこやかに別の物を勧めてきた。
「ですが、あまり大きすぎても、使い勝手が良くないでしょう。それに、あの屋敷は住人のカスタムが前提で、バンガローにあるショッピングタブレットが付いておりません」
「あ、なるほど」
「今回リヒター殿は、あちこちを巡行する予定と聞きました。移動手段に関しては、もうお決まりですか?」
「いや、まだだ。そんなに急ぐ旅じゃないから、馬車を調達しようと思っていた」
「でしたら、『ホームキャリッジ』はいかがでしょう? 魔獣がいる場所に、生きた馬を連れて行って殺されてしまうと、移動手段が無くなってしまいます」
 買い取った品物を片付けた一郎が【インベントリ】から取り出したのは、幌馬車二台分はあろうかという、大きな箱車だった。
「キャンピングカーじゃねーか!!」
 しかも、海外のドラマに出てくるような大型なもので、ごついタイヤが六輪ついている。でも、もっさりした感じは無くて、スタイリッシュな形で、窓が大きいのがポイント高い。こいつはメロディの【十連ガチャ】品だろうな。どのゲーム由来かは知らないが……規模から想像するに、パーティーや少人数のチーム単位で使う、移動拠点なんだろう。
「マスターや手前どもには心得がありませんが、マスターと同郷の方でしたら、運転がおできになるかと思いまして」
「あー……どうだったかな」
 一応、知識はあるが、『俺』が運転できたかは記憶がない。
「動力は? まさかディーゼルとかじゃないだろうな」
「詳しい仕組みは存じ上げませんが、五等級魔石と魔力のハイブリッドです」
 魔石の等級というのは、大きさや品質によるもので、五等ならノアがちょいちょい拾ってくる。ゴルフボールくらいの大きさで、俺が知っているモンスターで言うと、『永冥のダンジョン』に向かう道中で戦った、マッドゴブリンとかが持っているそうだ。
 ちなみに、等級の数が大きいほど希少なんだって。肉の等級とか段位みたいな数え方だな。まあ、その方が、より高品質な物が出てきた時に、新しいランクを付けやすいか。
「魔石か魔力のどちらかがあれば、動かすことができるんだな」
「さようでございます。こちらが魔石をセットしておく場所で、こちらにある吸入口に魔力を注いでいただきますと、コンデンサに溜めておくことができます。走行距離は環境により変化しますが、カタログスペックでは時速八十キロで十時間は走り続けられますよ」
「舗装された地面じゃないから、スピードは出せないな。タイヤの交換や整備は?」
「車体に出鱈目な硬さはありませんが、動力系が破壊されない限りは、一度【空間収納】にしまえば直りますので、日常的な整備は不要です。ただし、収納するとセットしていた魔石や魔力は消滅しますので、その点だけご注意を」
「おう……」
 整備不要なんて、すごいじゃないか。素人でも荒れ地で乗り回せるな。
「居住スペースですが、最大六名でのご利用を想定しております。手動での給水が不要な水回り一式完備。また、特徴といたしまして、キッチンにショッピングタブレットが付属しており、給水用の水はこちらから購入していただくと、自動で補充されます。支払いは貨幣ではなく魔石となっております。小さい魔石からチャージして、購入できるものをご確認ください」
「この車は、なんでも魔石がいるんだな。排水は?」
「排水スイッチでタンクを空にできますが、手動でホースを付ければ、任意の場所に排水できますよ。浄水システムが付いておりますので、その辺に捨てて大丈夫です。またこちらも、【空間収納】に入れてしまえば、空になります」
「バンガローのゴミ箱と同じか。こりゃ便利だな」
 中に入ってみると、リビングスペースはゼガルノアが立っても頭がつっかえなさそうなほど、天井が高かった。キッチンも意外と広くて、使いやすそうだ。驚いたのは、トイレとシャワールームだけでなく、小さな洗濯機まで付いていたことだ。なるほど、ホームキャリッジだ。
「こちらはリースでのご利用も可能でございます。一年契約で、不要になったら返却していただくこともできますし、そのままお買い上げしていただくことも可能です。お買い上げの際は、勉強させていただきますよ」
「そいつはありがたい。リース契約にしよう。……ただその前に、運転できるか試していいか?」
「どうぞ」
 俺は車外にある吸入口に触れて魔力を補充してから、座席に置いてあったマニュアルとキーをどかして運転席に座った。うん、自動車だな。あ、後部の居住空間とフラットで行き来できるのか。これはいいなぁ。
「えっと……スターターはこれかな」
 ハンドルとシフトレバーと、たぶんこっちがアクセルで、ブレーキ……あ、これクラッチじゃなくてサイドブレーキか。オートマ車の感覚でいいんだな。
(『俺』が無免許だったらどうしよう)
 そんな俺の不安を感じ取ったのか、シートベルトを締めた瞬間、すっと手足が動いた。
(あれ?)
 スターターを押してエンジン(?)がかかると、意識する間もなく足がペダルを踏みかえ、手が素早くギアを一速に入れて、力加減に戸惑うことなくアクセルを踏みこむ。大きな車体が、すんなりと前に進んだ。
「おっ、おぉ……」
 芝生が枯れた砂地の上をゆっくりと走り、妙に慣れた手つきでハンドルをきって曲がる。無駄な加速も、急な停止もなく、静かに元の場所まで戻ってこられた。
「たー、しゅごい!!」
 車から降りると、ノアが駆け寄ってきたので抱き上げる。だが、俺の方が、ちょっと呆然としていた。
「俺もびっくりだ。すげぇ……」
 たぶん、魂の融合が進んだからだろうなぁ。車を運転したの、あれ俺じゃなくて『俺』だよな。
(大型の経験はなかった?)
 そんな思考が頭をよぎる。ということは、やっぱり前世で運転はできたんだな。
「いかがでしたか?」
「大丈夫そうだ。これを、とりあえず一年貸してくれ。もし途中で壊してしまったら、正規の売値で買い取るから」
「毎度ありがとうございます」
 にっこにこな一郎から、リース代と車を動かすための魔石を差し引いた買取り金を受け取り、浄化巡行の足と宿をいっぺんに確保することができた俺は、ほっと息をついた。
 これで、だいぶ快適な旅になるはずだ。