第十五幕・第七話 若村長としばしの休息


 俺からの報告は終わったので、ジェリドやマーティン様たちからの意見を聞いてみる。
「実は、王妃様の実家が絡んでいるっていうのは、大聖女様からの情報だけで、証拠がないんです。それなのにバラしてしまったのが、不味かったかなぁって……」
 あの時は頭に血が上っていたから、つい、な。
 だけど、ジェリドは何でもない事のように、軽く受け流した。
『証拠なら、いくらでも出てくるでしょう。マキアネス・レゾという人物に、覚えはありませんか?』
「誰だっけ?」
 首を傾げた俺に、ガウリーが教えてくれた。
「私に『隷属の首輪』をはめた、三人のうちの一人です」
「ああ!」
 たしか、神殿騎士団長と、次席大神官と、もう一人いた、そいつか。
『レゾは、バリエ侯爵家の人間ですよ』
「おおう、調べがついていたんだな」
 ジェリドの情報網すごいな。
「そういえば、エルフィンターク王国で活動している闇ギルドのアジトを、エイェルが教えてくれました。いまレノレノが調べていると思います。『ドクメント』といったかな?」
「『ドクメント』だと! あそこは手強いぞ」
「マーティン様、ご存じなんですか?」
「ご存じも何も、父上たちは、あそこの連中に殺された可能性が高いんだ」
「!」
 闇ギルド『ドクメント』は、エルフィンターク王国で活動するアングラ組織の中でも、特に精強だという。荒っぽいというよりも、冷酷なんだそうだ。
「金次第で、どんな情報でも売ってくれるし、盗み、殺し、なんでも請け負うという噂だ。ムカつくことに、貴族の顧客も多いらしい」
「それだけガードが堅いし、バラされると困るネタを握られた貴族がかばっていて、表で裁かれることは、ほぼないと言っていい」
 そこで、マーティン様とフィラルド様の視線が交わった。……そうか。数年前にサーシャ夫人が依頼を出し、その依頼を成功させることができるとしたら、『ドクメント』しかないってことか。
(レノレノ、大丈夫かな?)
 あの道化師が簡単にやられるとは思わないけれど、気をつけて仕事をして欲しいと思う。
「エイェルが憑りついている人間が、エルフィンターク王国内では一人だけ、とは限らないんです。そのことも踏まえて、王都ロイデムでの活動は、慎重にお願いします」
『わかりました。私の方からも、レノレノ殿に接触してみましょう』
 ジェリドの部下がバックアップに入ってくれるなら安心だ。
「とりあえず、エマントロリアに関することは片が付きましたので、俺はブランヴェリ公爵領内の浄化に戻ろうと思います。ノアとコッケも連れて行くつもりですが、シャンディラ周辺で、ノアでないと対処が難しいような魔獣は出てきましたか?」
「冒険者たちが頑張ってくれている。いまのところ、南の緩衝地帯を越えてきたという話は聞いていないな。それと、瘴気は出ていないが、アンデッド避けに浄化玉への魔力供給は続けさせているよ」
「冒険者ギルドにも、聞いてみた方がいいと思う。ここにいる俺たちよりも、空気感っていうか、実際に戦っているからわかる感覚ってあるからな」
 安定はしているみたいだけど、マーティン様の言う事ももっともだ。あとで冒険者ギルドに顔を出して、アイアーラたちにも聞いてみよう。
「あー、こいつは噂なんだが……一応耳に入れておいてもらった方がいいかな?」
「ああ、マルバンド地方のことだな」
 言いよどむマーティン様に、フィラルド様が頷く。
 マルバンド地方は、ブランヴェリ公爵領の北側にあり、旧国境の町ハルビスがある。いまはフーバー侯爵領になっているはずだ。
「そういえば、まだ瘴気が掃われていないと、キャロルから聞きました」
「そうなんだ。どうもフーバー侯爵が統治に失敗して、まだ瘴気が出ているらしい。しかも、フーバー家の誰かが巻き込まれたとか、バケモノが徘徊しているとか……」
「こちらには噂ばかりで、きちんとした情報は入ってこないのだけれどね。大神殿が介入しているはずだから、むこうの土地まで浄化する必要はないけれど、近くに行くなら、気をつけてくれ」
「わかりました」
 領都シャンディラの統治は、まだまだ物資が潤沢とは言えないが、冒険者ギルドも商業ギルドも支部を開いてくれたので、かなり助かっているそうだ。
「ディアネスト王国だったときの資源の分布も、ジェリド卿が調べてくれている。農地と共に、優先的に浄化してもらいたいから、あとで地図を渡そう。特に、建材になる石切り場や粘土採掘場は急いでほしい」
「はい」
「神殿の再建もするからな。エイェルに関しては、まあ上手くでっちあげるさ。別に、悪い神を善い神だと言わなくてもいいんだろう?」
「そうです。とびきり厄介で、人間の弱さに付け込む怖い神だから、きちんと敬って、お供えを欠かさないようにしましょう、という方向でいきたいんです」
「わかった。任せておけ」
 自信たっぷりに請け負ってくれるマーティン様は、なんだか悪戯をするようなノリだ。たぶん、毎日の正確な管理運営よりも、新しいことの開拓が好きなタイプだろうな。
「ジェリド卿のお戻りは、予定通りかな?」
 フィラルド様の問いに、ノアの手元から返事があった。
『はい。こちらの話し合いは終わりましたので、私は明日には出発する予定です。……リヒター殿、父があなたに礼を伝えて欲しいと言っていました。あの人が。思いがけず実利があったとはいえ、珍しい事です』
 ジェリドが少し呆れたように笑う気配に、俺も思わず頬が緩んだ。厳しい親父さんというのは聞いていたけれど、実の息子にそこまで言われるのか。ジェリドも素直に、息子が助かって嬉しいんだ、って受け取ってやれよ。
「ああ……こちらこそ、跡取り殿をこき使っているから、お礼を言わないと」
『この家の跡取りは弟ですから、問題ありませんよ。私も、楽しく仕事ができる今の環境が、気に入っているのです』
「それはよかった」
 ジェリドはシャンディラに戻ってくるが、サルヴィアとキャロルは、セントリオン王国の王都アタナスを視察してから、そのままロイデムに向かうらしい。視察っていうか、観光デートだよな!
(う、うらやましくなんてないぞ)
 ああいう身分の高い人たちは、いくらお忍びとはいっても、お付きの人がちゃんとまわりにいるからな。自由勝手に歩き回るわけにもいかんだろう。
(さすがにデートは、女装じゃないだろう)
 デンゼリンの町でオフィーリア嬢達に会った時に、あらためて思ったんだが、女性が着るドレスって、ああいう形だよなって。サルヴィアは男だと隠していないから、細身でも腕や肩がかっちりしているのがわかるし、詰め物なしの絶壁なんだよ。どこがとは言わないが。
 ……でも、物慣れないイチャイチャ未満な若者デートは覗き見したい。あのサルヴィアが、女の子とデート! くぁ〜〜、青春だなぁ!!
「たー?」
「え? ンンッ、いや、なんでもない」
 ニヤついてしまった顔を引き締める。出歯亀イクナイ!
「では、準備が整い次第、俺たちは各地の浄化に行ってきます。年を越す前には、一度戻ってくると思いますが……」
「ジェリド卿も戻ってくるし、ノアが持っているアイテムがあれば、連絡はつくだろう」
「うん! びあのにちゃまたちにも、おみやげ、いっぱいもってくるからね!」
「ははっ! 楽しみにしているぞ!」
 ノアもやる気のようだ。
「ジェリド、気をつけて帰ってきてくれ」
『お気遣い、ありがとうございます。戻ってからの仕事も、楽しみですよ』
 報告会を終わらせると、俺はまず、部屋に戻ってノアのリュックなどをチェックした。
「やっぱり、色々入っているな……」
 マジックバッグの中には、たくさんのドロップ品が入っていた。
「シャンディラのまわりは瘴気で壊滅したのに、よくこんなに、魔獣がいるもんだな」
「いっぱい、いるよ!」
 ノアが言うには、小型から中型で、空を飛べるものや足が速いもの、水中を動いてくるものなどが、瘴気から抜け出したくて、シャンディラのまわりに集まってきているらしい。
「そうか。すでに交易路ができている辺りも、これから魔獣被害が出そうだな。護衛の冒険者は稼げるだろうけど……」
「他の地域を浄化すれば、交易路にばかり魔獣が集中することも、避けられると思います」
「確かにそうだな」
 フィラルド様から地図をもらったら、天気が回復次第、すぐにでも出発したい。
「ただ、マルバンド地方のことは、気になるな」
 あのフーバー侯爵家のことだから、統治できないという可能性を見越してはいたけれど、それにしてもまた瘴気が発生しているというのが問題だ。
「ハルビスには、神殿騎士たちの墓があるのに……」
「リヒター様と大聖女様が慰霊してくださったのです。彼らがアンデッドになることはないでしょう」
「そうだといいんだが……」
 血の染みが残る石畳や建物があのままになっているかと思うと、心穏やかにはいられない。
「ひとつ、可能性の話ですが」
「なんだ?」
 俺の視線を受けて、ガウリーは自分の考えを噛みしめるように告げた。
「エマントロリア遺構がダンジョンになってしまったので、第八大隊がこちらに来るかもしれません。彼らならば、ハルビスも正常に戻せるのではないでしょうか」
「そうか……!」
 神殿騎士団第八大隊は、エマントロリア遺構の警備が仕事だった。だけど、ダンジョンになってしまったので、その武力を当面の間向けておく場所が無くなった。
 ダンジョンに関しては、冒険者ギルドを中心に各国が取り決めた法律があり、おおよそどの国でも、ダンジョンがある場所の領主が管理することになっている。あまりにも大きかったり、領主不在の場所だったりすると、自治区扱いになっていることが多いが、王家や神殿が所有することは禁止されている。王家直轄領などでダンジョンが見つかった場合は、冒険者ギルドが管理することになっていた。
 富の独占を阻害するというよりも、不確定要素が多いダンジョンを管理しきれないからだ。ダンジョン探索するにしても、危険が多い。それならば、ノウハウを持っている冒険者たちに危険を冒させ、産出された貴重品を買い取る方がマシだ。
 そういうわけで、ダンジョンを領地内に持つ領主は、『永冥のダンジョン』を持っていたカラマ侯爵家のような例外はあるものの、だいたい冒険者ギルドと仲がいい。スタンピードが起こった時には、領民を護るために領兵を出動させなければならないが、平常時にもたらされる富を加味すれば、十分に備えられる。
(そう考えると、ノーツブロー辺境伯領は、元々領兵も強いからな。良い場所だった)
 ダンジョンの中に馬を連れては入れないが、兵士の鍛錬場所として使うこともできる。……エマントロリアダンジョンは、素人が入るには難しすぎるだろうけれど。
「第八大隊のみんなの、職を奪ったことになるか?」
「いいえ。大隊の規模は縮小するかもしれませんが、職にあぶれることはありませんよ」
 魔境遠征失敗のせいで神殿騎士の数が減っているので、実力のある第八大隊所属だったというだけで、ぜひ来てほしいというところは多いそうだ。
「それに、案外自分から神殿騎士を辞めて、冒険者になる者もいるかもしれませんよ。浄化魔法を使えるならば、ダンジョン探索をする冒険者たちにも、人気が出るはずです」
「ははっ、たしかにそうだな」
 外はまだ雷が鳴って、雨が降り続いていたが、エマントロリアから帰ってきた俺たちに、しばしの休息をとらせるためだったのかもしれない。