第十五幕・第六話 若村長と報告会


 俺とガウリーが、久しぶりにシャンディラへ戻ると、当地は大嵐の真っただ中だった。
「リヒター様、こちらへ!」
「だぁああっ! 屋根のある所を指定しておけばよかった!」
 雷がバリバリ鳴る土砂降りの雨の中、俺たちは泥をはね上げながら走り、ブランヴェリ公爵家の仮屋敷まで急いだ。
 くっそぅ、ホープの姿が見えなくなった途端に不運強制発動これだよ!!
「ただいま!」
「聖者様!? おかえりなさいませ!」
 ポーチに駆け込んできた俺たちに、守衛は驚いて屋敷の中に報せに行った。
「せっかく着替えたのに、またびしょびしょになった」
「ひどい大雨ですね。リューズィーの仕業でしょうか」
 河川の氾濫を心配したのだろうガウリーの言い方だったが、俺は構ってもらえなくて拗ねたリューズィーを思い浮かべて笑いがこぼれた。
「ははっ、雷が鳴るのはいいことだぞ。空気中の栄養分が、雷によって土に還る。豊作の予報だから、リューズィーに感謝しないと」
「そうなのですか!」
 この世界に、ハーバー・ボッシュ法があるのかわからんしなぁ。あれも諸刃なところがあるけれど、俺は切実に、窒素肥料が欲しい。
「おかえりなさいませ。すぐに湯浴みの準備が整います」
 髪や服の水気を絞っていると、マーティン様の執事であるイヴァンさんが、柔らかい布を持ったメイドさんたちを引き連れて来てくれた。イヴァンさんは、もうお爺ちゃんなのに、若者よりもシャキシャキしている。
「ただいま戻りました。公爵代行閣下か、ジェリド卿は?」
「お二人とも、セントリオン王国へ行っております」
「え?」
 なんでそっちに行ったんだ? しかも、二人そろって。
「キャロル様の養子縁組の件で」
「あぁ〜」
 そうか、そうか。ついに婚約の話になったのか。
 それなら、現在平民状態のキャロルを養女にして、サルヴィアの結婚相手に相応しい侯爵令嬢にしてくれる予定の、ジェリドの実家であるフライゼル侯爵家に挨拶しに行かないといけない。うん、めでたいな。
「ジェリド様のお戻りでしたら、二週間ほど後の予定でございます」
「わかりました。では、身なりを整えてから、マーティン様とフィラルド様に、エマントロリアの件をご報告に参上したいのですが」
「かしこまりました。伝えてまいります」
 俺とガウリーはそれぞれ部屋に案内され、温かい湯を使ってから、貴族に会うための服に着替えた。
(ガウリーは護衛騎士用の部屋なんだよなー)
 俺はたしかにサルヴィアの盟友で、瘴気を浄化したっていう功績はあるけれど、貴族じゃない。綺麗な部屋でお世話のメイドさんが付いて、っていうのが、やっぱり落ち着かないんだ。
「……」
 それになんか、メイドさんたちの視線というか、態度というか、なんか前と違う気がするんだよなぁ。そんなに『俺』の気配が漏れているのかな?
「たー! おきゃえり〜!」
「ノア、ただいま!」
 髪を乾かし、飲み物をもらってくつろいでいると、三羽のコッケと一緒に、ノアが俺の部屋にやってきた。この時間はいつも昼寝だが、俺が帰ってきたのに気付いて起きてきたらしい。そろそろおやつの時間でもあるので、ノアの分の飲み物とおやつを用意してもらう。
「コッケ達も、留守番ご苦労様」
「コッコッコッ」
 三羽とも元気そうで、俺たちのまわりを歩き回る。あ、メイドさんの邪魔になったらいかんな。こっちに固まっていてくれ。
「ノア、いい子にお留守番できて偉かったな。……お? ちょっと大きくなったか?」
「むふふ。えーまがね、いっぱい、ふくくれた!」
「そうか、よかったな」
 抱き着いてきた体は、この夏で少し背が伸びたようだ。ノアの成長と、ゼガルノアの体格に合わせて、エルマさんが、たくさん服を用意してくれたのだろう。彼女は今、サルヴィアと一緒にセントリオン王国にいるはずだ。
 ふさふさの赤毛を撫で繰り回すと、ノアはにこにこと笑う。
「たー、きらきらね!」
「キラキラ……ノアにはそう見えるのか」
「うん! しゅごいの!」
「ははは……」
 前々から、力のある人外には見つかりやすい魂をしていたが、いまはそれに輪をかけて派手になっているようだ。せめて、人間には「普通の人間」に見える程度には制御したい。……できるのなら、の話だが。
「ノアは狩りができたか?」
「あのね! おっきなとりがね、あと、おっきなおにくもね!」
 あちこちに飛ぶノアの話を聞くと、やはり平地にも大型魔獣が少しずつ姿を現しているようだ。なお、ノアの一番の戦果は、特別うるさかった大きなコウモリらしい。
(あとでリュックや手提げバッグをチェックしてやらないと……あー、でも【鑑定】持っている人がいないや。一郎ホープなら、価値がわかるかな?)
 アイアーラたちが一緒の時は、領都に出来立ての冒険者ギルドに持ち込んで換金していたそうだが、それ以外は気まぐれに人にあげるだけで、全部マジックバッグに放り込んでいたようだ。
「びあもじぇーも、おでかけしてて、つまんない」
「そうだな。今日からは俺たちがいるぞ」
「うん! あ、たーがかえってきたらおしえてって、じぇーにいわれてたんだった」
「教えて?」
 どうやって教えるのかと思っていたら、ノアは襟元から紐を引っ張り出した。ペンダントのようだ。
「じぇー! たーかえってきたよー!」
 小さな手で握りしめたペンダントトップから、小さな光がこぼれ出るとともに、ラジオから出る様な音声が聞こえてきた。
『聞こえますか?』
「ジェリド!?」
 ノアがジェリドから預かっていたのは、精霊の力を借りた遠距離通話用のアイテムだった。携帯電話のようだが、通話、特に発信にはそれなりに魔力が必要らしく、精霊の助力があるジェリド以外は、ノアくらいでないと、国境をまたぐほどの距離は届かないらしい。
「これからマーティン様たちに報告するんだ。この通信がもつなら、聞いていくか?」
『もちろんです』
「ノア、あとどのくらい、繋いでいられる?」
「ずっと、だいじょうぶ」
「そいつは心強い」
 マーティン様たちの準備が整ったとイヴァンさんが呼びに来たので、俺たちは揃って立ち上がった。
 ノアと手を繋いで廊下を歩いていると、ガウリーと合流した。
「がうりー!」
「ああ、ただいま戻りました」
「だっこ!」
「はい。……ノア殿、前よりも少し重くなりましたね? 体が成長するのは、いい事です」
「むふふふっ!」
 抱き上げてくれたガウリーに褒められて、ドヤッとした顔をするノア。可愛いなぁ。
『……』
 自分がいま抱きあげられないからって、やきもちを焼くな、そこのノア至上主義賢者。
 ガウリーはゼガルノアの姿を知ってはいても、ノアに対する態度が変わらない。ノアもそれをわかっていて甘えているのだろう。ダンジョンの魔王をやっていると、部下がアレで……ああ、それでガウリーもノアを甘やかすのかな。
(同類の憐れみ……)
「リヒター様?」
「いや、なんでも?」
 きちんと甘やかして、しっかり褒めてくれる人がいるのは大事だと思うよ、うん。
 俺たちは広いお屋敷の中をイヴァンさんに先導されて、マーティン様たちが待っている部屋に来た。
「失礼します。ただいま戻りました」
「おかえり……ぃ!?」
「無事に戻られてよかっ、た……」
 マーティン様とフィラルド様、どうしてお二人そろって俺をガン見したまま固まるのかな? そんな椅子から立ち上がりかけの中腰なんて、辛いでしょうに。
「んんっ、失礼します。色々ありましたので、一切合切、ご報告させていただきます」
「あ、ああ。そうしてくれ」
「あー、待て待て。俺はサルヴィアや兄貴たちみたいに頭が良くないんだ。長くなるなら、紙に書きながらにするぞ」
 ガウリーが進行してくれたおかげで、フィラルド様の硬直が解け、マーティン様は紙と鉛筆を持ってこさせた。
「鉛筆……?」
「ああ、この辺りは、思っていたよりも湿度が高いんだよ」
 使えることは使えるのだが、羊皮紙はカビやすく、紙は柔らかくなって書きにくく、しかもインクは乾くのが遅い。そこで、炭を練って作った鉛筆の登場となる。
「セントリオンの庶民が使っているらしいが、意外と便利なんだぜ」
 輸入品なんだな。俺も買おう。
 大理石のテーブルのまわりに着席した俺たちの前に、ハーブティーが置かれていく。通信アイテムを握っているノアは俺の膝の上、コッケ達は用意してもらったクッションに収まっている。
「この報告は、通信アイテムでジェリド卿も傍聴しております」
『はい。質疑なども、問題ありませんよ』
「では、いくつかに分けてお話しさせていただきます」
 俺も人に説明するのは得意じゃないから、要点を先に話して、後から質問を受けることにした。
 大神殿勢力の内、大聖女様と女性神殿騎士、それから第八大隊との関係は良好に結べたこと。
 王妃たちの暴走と、第一王子であるルシウス殿下から謝罪を受けたこと。オデット王妃の実家であるバリエ侯爵家が、メラーダ取引に関与している疑いがあること。同時に、近衛騎士のリチャード卿にメラーダを使った毒薬に注意を促したこと。
 エマントロリア遺構で妖精族の幽霊オーズオーズを味方にして、エマントロリアダンジョンを作ったこと。エマントロリアを領地に持つノーツブロー辺境伯のエドガー卿は了承しており、ダンジョンの利用について助言してあること。
 無謀にもエマントロリアダンジョンに突入した、王太子アドルファス王子とその手勢、及び聖女マーガレッタが、散々にやられて王都ロイデムに逃げ帰ったこと。
 マーガレッタについていた、厄災神エイェルの一部を、天狐エイェルとして神獣召喚し、オーズオーズの協力をもってエマントロリアダンジョンに半ば封じていること。いずれはブランヴェリ公爵領でもエイェルを祀る約束をしたこと。
「これらのことは、道化師レノレノも知っているので、ロイデムでいい感じに噂をばらまいてくれることでしょう」
 あと何か言い忘れたことはあったかなぁと考えていると、フィラルド様とマーティン様は固まったままで何も言わない。ノアの手元から、ジェリドの半笑いな声が聞こえてきた。
『……さすがは、聖者殿。ところで、リヒター殿の、本来の目的は、果たされたのですか?』
「あっ、それ言うの忘れてた。両方とも、オーズオーズのおかげで大体解決しました。『神剣ミストルテイン』は完全破壊。俺たちの魂も、融合が進んでいます。完全な融合には、もう少し時間がかかると思いますが」
「しゅごいんだよ! たーね、きらきらしてるよ!」
『それはすごいですね。早くお会いしたいです』
 ノアが興奮気味に言うと、ジェリドの声もデレデレしたものになった。
 うーん、俺のこの状態は、早く見てもらった方がいいんだろうか? もうちょっと、落ち着いてからでもいいんじゃないかなぁ……。