第十五幕・第五話 若村長の希望的願望
俺とガウリーはシャンディラに帰るし、オーズオーズはどちらかというとお世話される方だろう。メロディはまだ『永冥のダンジョン』に住んでいるし、三郎は商売がある。レノレノはロイデムに行き、逃げ帰った王太子たちやサーシャ夫人にも探りを入れたいらしい。 「では、とりあえず執事とメイドを何人か作りましょう。いやぁ、魔素というのは便利ですねェ」 オーズオーズがコアにむかい、ぱっぱと何か操作を始めた。 ダンジョンになる前のエマントロリア遺構に出没していた、あのエクトプラズムみたいなものだが、やはり魔素が混じっていたらしい。コアはあるのにダンジョンになりきれないまま、オーズオーズというゴーストがいる場所で長い時間が経っていたので、ああいうアンデッドでありつつ魔獣未満な、中途半端なものになっていたそうだ。 「はい、できました。みんな、お願いしますね」 「「「お任せください、ご主人さま」」」 そうしてコアルームに新たに現れたのは、羊の角が生えた紳士と、牛耳角と猫耳尻尾のお姉さんだった。執事さんはピシッと三つ揃えを着ていて、メイドさんたちはシックなロングスカートに真っ白なエプロンをしている。 (もしかして、オーズオーズってお坊ちゃんだったのかな?) 性格はエキセントリックでサイコだが、身なりや所作は上品だからな。当時でもお金を持っている家で育って、研究者への道に進んだのかもしれない。 ……それにしても、ご主人様呼びに若干のアレルギーが出たのか、なんだかゾワッとして、あちこちが痒い。俺が呼ばれたわけじゃないのになぁ。 「ダンジョンの地下部分の建設は、まだ時間的余裕があるでしょう。まずは、居心地の良いリビングを作らなくては。それから、リトルレディの部屋も整えなくてはね。大きなクローゼットを用意しましょう」 オーズオーズは機嫌よくコアを弄って、新しい部屋を作っているようだ。 「……りとるれでぃ、とは、儂のことか?」 「他におりませんでしょう?」 「……」 オーズオーズに見詰められて、眉間と顎にしわを寄せるエイェルだが、言いたいことを上手く言えないようだ。 「他の呼ばれ方がいいのか?」 「儂は、神であるからして……いや、こう呼べというものも、特に無いのじゃが……」 ああ、憑依や受肉した人間として呼ばれたことはあっても、エイェル本人を指して呼ばれたことが、今までになかったんだな。 「エイェル様、でなければ、お嬢様、でいいんじゃないか?」 「ふむ……そうじゃな。このサイズと姿は、本当に、本当に、不本意なのじゃが!」 現在の自分を見下ろして、エイェルは頬を膨らましながらも納得したようだ。 「どういう姿がいいんだ?」 「それはもちろん、絶世の美女じゃ! それか、すべての者がひれ伏さずにはいられない、ナイスバディな高身長美男子じゃ!!」 あぁ、ガルシャフ……ディアネスト王国のアフダヤン公爵と国王デニサス二世の兄弟も、高身長イケメンだったな。病んでいる美人がいいとか、憑りつく相手にも求める理想がたけーな、この厄災神は。 「そうかぁ。信仰されてパワーアップしたら、体も成長するかもな」 「本当じゃろうな?」 「知らんけど」 「知らんのか!」 俺は神様じゃないしなぁ。痛い、痛い。叩くな、ケモミミ幼女。 「では、こちらへどうぞ。レディ・エイェルのお好みに合うよう、お部屋を作りますからね」 「当然じゃ!」 俺の膝からぴょいと飛び降りると、エイェルはてしてしと小さな足で駆けていき、コアの前で優雅に椅子に座っているオーズオーズの膝の上に乗せられた。……結局、誰かの膝の上であることは、問題ないんだな。 「それじゃあ、俺たちは帰るか。オーズオーズ、世話になったな」 「こちらこそ、ミスタ・リヒターには感謝してもしきれません。いつでも遊びに来てください」 「私は調整も兼ねて、ちょいちょい様子を見に来るよ。ゲート設定頼むわ」 「かしこまりました。『永冥のダンジョン』と『リューズィーのダンジョン』の両方と、ゲートを繋げておきます」 それはありがたい。ブランヴェリ公爵領からここまでは遠くて、行き来が大変だからな。 「では手前は、状況が落ち着き次第、領都バラードへ行き、辺境伯にこのダンジョンの新機能をお伝えすると同時に、エイェルの神殿を建てるよう勧めておきます」 「ああ、すまない、三郎。助かるよ」 「お任せください。手前もその方が、商売になりますので」 ホープたちは誰でも、商魂たくましいな。 「ボクはロイデムに直行かな。逃げ帰った王太子と聖女の動向が気になるし」 「あ、そうじゃ。道化、ロイデムに行くなら、いい事教えてやるぞ」 「なぁに、お嬢?」 「おじょ……様を付けんかい!」 オーズオーズの膝の上でキレるエイェルだが、すぐに目を眇め、やや気まずそうに続けた。 「まあよいわ。おぬし、エルフィンターク王国の地下情報が欲しければ、ブリュー通りのヨッフェン靴工房に行ってみよ。あそこが、闇ギルド『ドクメント』のアジトじゃ。ただし、ロイデムには他の儂もおるのじゃ。せいぜい気を付けるが良いわ」 ぽっかーんとなったのは、レノレノだけじゃない。俺やメロディだって、まさかエイェルが寝返るとは思ってもみなかった。 「あ、ありがとう?」 「ふんっ」 レノレノの礼もつんけんと無視し、エイェルは部屋のレイアウト指示にもどっていった。 『……どういう風の吹き回し? 信じられる?』 コソコソと囁いてきたメロディに俺は目配せをすると、今後の細かい打ち合わせをしようと、ロッジに誘った。 俺、ガウリー、メロディ、三郎、レノレノが入ってきたところで、俺はロッジのドアを閉め、肩をすくめてみせた。 「たぶんね、ロイデムにいる他のエイェルの邪魔をしたいんだと思うよ。自分が伸し上がるために」 地下茎に例えたように、エイェルの本体は個人のようでいて、その意識は分裂し並列して存在できている。 「たとえエイェル同士が対立するようなことがあったとしても、それは間違いなく人間社会を巻き込んでのことになる。厄災の神としては、なにも矛盾していない。本質的なところは変わらないんだよ」 「なるほど。他のエイェルに、心当たりは?」 「十中八九、サーシャ夫人……サルヴィアたちのお母さんだね」 サルヴィアの顔を見れば、すごい美人だって想像がつく。 「ただ、最近になって、少し気になることができた」 「なに?」 「マーガレッタの父親が誰かってこと。俺はいままで、勝手に平民だと思っていた。だけど、十四、五歳まで育てるのに、先代のブランヴェリ公爵たちに隠れて、サーシャ夫人の力だけで出来るだろうか?」 先代ブランヴェリ公爵……サルヴィアにとっては祖父に当たるが、大聖女クレメンティア様も言っていたように、剛毅かつ厳格な人だったらしい。そして婿に迎えたアーダルベルト卿も、実務処理能力に優れた堅実な人だったという。そんな人たちから隠れて妊娠出産し、信頼できる里親を探せるだろうか? 「先代ブランヴェリ公爵たちに、怪しまれながらも最後まで尻尾を掴ませなかったのだとしたら、それなりの力を持った協力者がいると思う」 「なるほどね……。その理論だと、浮気相手が大貴族か、仮に平民だったとしても、女貴族の協力者がいておかしくないってことか」 「ただそうすると、サーシャ夫人との力関係が問題になる。公爵家の娘であるサーシャ夫人よりも身分や権力が高い人間は限られているし、完全支配できるような下位の人間では力不足が生じる」 「難しいな」 転生前はあまり身分差のない社会で生き、こちらの世界でも平民としてやってきた俺やメロディでは、貴族社会の機微や習慣はわからない。 「最悪なことを考えれば、エイェルの特性から、憑りつかれている人間が一人とは限らない。マーガレッタのように、分身体を付けていることだってあるんだ。さすがにあのエイェルも、誰がそうなのかまで教えるつもりはないようだし……」 それでも、祀ると言った俺たちに協力する意思は見せてくれた。 「それじゃあ、あとはボクの腕の見せ所ってやつだね。何かわかったら、三郎か閣下に直接持っていくよ。どうせロイデムに来るんでしょ?」 「ああ。冬になる前には、ロイデムにいるはずだ。……十分に気をつけてくれ」 「わかったよ」 俺も早くシャンディラに戻らないと、サルヴィアたちと入れ違いになってしまうだろう。 「……」 これは俺の、完全に個人的に感じた、勘のようなもので、願望といってもいい。 (スヴェンを利用したことの、詫びのつもりかな) エイェルは、スヴェン・マハムが道化師レノレノに師事していたことを、たぶん知っていた。そして、アンデッド化して歌い続けさせられている弟子を救うために、瘴気に弱い妖精族であるにもかかわらず、レノレノがシャンディラまで来たことを、弟子を辱められて怒っていたことを、その身に妖精族の歌を受けたことで理解したはずだ。 厄災の神であるエイェルが、人間に対して罪悪感を覚えるとは思えない。ただ、あの幼女のエイェルは、俺が「神獣・天狐」として召喚したエイェルの一部だ。本体のエイェルとは違う感覚を持ち得るようになったのかもしれない。 (そうだったら、いいな) たとえそうだったとしても、愛弟子を失ったレノレノにとって、エイェルの所業は許せることでも、忘れられることでもないだろう。だから、俺はこのことを言葉にするつもりはない。 レノレノも、幼女エイェルに対して糾弾するような態度をしていないのだ。 (災害には、罪悪感も忖度する都合もない。でも、エイェルという感情を持った個人が歩み寄ってくれるのなら、俺たちは共存できるという可能性が出てくる) 俺は、自分の願望が、いつか間違いじゃなかったと証明されるような未来を作ろうと思う。 「メロディ、余っていたらでいいんだが、バンガローを売ってくれないか? これから、領地内の浄化のために、あちこちに行かなきゃいけないと思うから」 「いいよ。一郎がウィンバーからシャンディラに移動しているはずだから、色々見て決めるといい。大きさや性能によって、値段付けてくれると思うから」 「ありがとう」 普段はメロディの本宅を管理している一郎だが、ドワーフたちと一緒にシャンディラに向かっているらしい。 それに、メロディは魂の融合が進んだ俺のことを、ちゃんとわかってくれているようだ。 (あんな反応をされるんじゃな) 地上での様子を思い出して、俺は内心でため息をついた。ゼガルノアのように、何もしていないのに周囲に対して威圧状態になってしまうのでは、人の多い所に留まっていられないだろう。せめて、自分でコントロールできようになるまでは、なるべく人のいない所を放浪していようと思う。 でもとりあえず、報告には戻らないとな。 「ガウリー、シャンディラに帰ろう」 「はっ」 ロッジを出た俺たちは、それぞれの行先を指定した転移ゲートや転移スクロールを使い、エマントロリアダンジョンを後にした。 |