第十五幕・第三話 若村長と悪夢の遊園地
観覧車のハブに腰かけたオーズオーズは、自分が作った遊園地を見下ろし、調整が必要なところを探していた。ところが、あまりにも侵入者が弱すぎたせいで、有効なサンプルになりそうもなかった。
ダンジョンの入り口で、六人から十人くらいをひとつのパーティーとみなし、各アトラクションに振り分けて飛ばしているのだが、どいつもこいつも同じように蹂躙されていくばかりだ。 「まさか、ろくな遠距離攻撃手段を持たずに入ってくるなんて。困りましたねェ……」 オーズオーズの時代では、ビームブラスターやコイルガンが一般的であったせいで、まさか近距離装備だけで突っ込んでくるとは思わなかったのだ。しかも、慎重な偵察をしないものだから、あちこちでトラップに引っかかっている。 ただでさえ瘴気が漂っているのだから、人間が本来の能力を発揮しづらいという事もわかりそうなものなのだが、侵入者たちはまったく考えていないように見える。 「メロディ女史が言うような、雷属性や神聖属性の魔法で吹っ飛ばされると思っていたのに、アテが外れてしまいました。まあ、こちらとしては、たくさんのスピリッツがストックできるので、決して悪いとは言えないのですけれど……」 期待した結果が出ないのには慣れているつもりだが、肩透かしを食らったような結果では、苦笑いで頭をかきたくなる。 空を瘴気で覆い、昼だというのに地上は薄暮の暗さ。そこに、ぽつぽつと外灯の光が見える。さっきまで、兵士たちが持つ松明の灯りが見えていたのだが、もうどこにも揺らめくものがない。 「おや、もう終わりですか?」 各アトラクションが無人になり、侵入者はエマントロリアダンジョンの出入り口に向かう者ばかりになったので、オーズオーズはリザルトを確認し、大いに嘆くことになった。 「えぇっ!? バニーガーデンの撃破率八十パーセントはいいとして、スイーツハウスの百パーセントってなんですか! あそこは迷路風とはいえ、行き止まりすらない一本道ですよ!? 二十四人で入って、全滅したのですか!?」 はぁぁぁぁぁ、とため息をついて、オーズオーズは額を押さえた。自分の遊び心のなさに幻滅したようだ。 「仕方がありません。とにもかくにも、八十七名分のスピリッツが回収できましたので、勝利のパレードをしなくては!」 本当は三十人分いったら、ささやかにお祝いするつもりだったのだが、三倍近くも回収できてしまったので、今回は盛大に勝鬨を上げねばならないだろう。 オーズオーズはすっくと立ち上がり、瘴気の天井にむけて両腕を広げた。 「本日は、開園したばかりのエマントロリア・パークをお楽しみいただき、ありがとうございました!!」 パパパパッ、カカカカッ、とあちこちにライトが灯る。オーズオーズがいる観覧車、お茶会テーブルがある庭園、古城を模したアスレチック、飛行船が勝手に離れて飛び回るオービター、時々コースが消えるジェットコースター、ぽんぽん膨らむお菓子の家……それらが色とりどりの電飾によって、キラキラと闇の中に浮かび上がった。 そして、観覧車がゆっくりと回り始め、ジェットコースターがカラカラと坂を上っていく。どこからか、連続して花火が上がった。 「おかげさまでスピリッツがたまりましたので、スペシャルパレードタイムとさせていただきます!」 本来は鮮やかな色レンガが敷き詰められた地面が、灯りに照らしだされたいまは、赤く塗りたくられていた。そこかしこに転がる死体は、五体満足なものなどひとつもない。 楽し気な音楽が鳴り響き、血塗れの着ぐるみたちが愛想よく手を振りながら練り歩いて行く。 「またのお越しを、心よりお待ちしております」 にっこりと、死神が笑みを浮かべた。 コアルームに戻って濡れた服を着替えた俺は、エマントロリアダンジョン地上部の惨劇をモニターで眺め、顔が引きつるのを止められなかった。 「えっぐ……。おい、メロディ。これ止めなかったのか?」 「オーズオーズを? 止めるわけないじゃん。ドロップ品の価値を考えたら、このくらいでちょうどいいって。攻略法だってちゃんとあるんだし」 メロディの言う事ももっともだが、これじゃあジェノサイドだ……。 見慣れたくはないが、死体なら魔境でたくさん見た。だけど、それは腐っていたり骨だったり内臓だけだったり、明らかに人間じゃないとか、死亡してからだいぶ時間が経ったものが多かった。こんな、ついさっきまで生きていましたっていう状態の肉片はキツイ。 「冒険者や軍人なら当たり前にやる警戒をしないとか、さすがに私でも予想できん。瘴気が漂っているのに、どうしてすぐ引き返さないのかな? エマントロリアに第八大隊がいた理由、忘れているみたいだし。あれは本当に正規軍なのか?」 「おそらく、アドルファス王子の側近というか、手勢のような部隊だったのではないでしょうか?」 メロディの疑問に、ガウリーが答える。たしかに、その可能性はあるだろうな。もしかして、先の戦争で、まともな訓練を受けた騎士がいなくなってしまったのだろうか。 「それにしても、オーズオーズも煽るな」 「オーズオーズに依頼されて作ったパレード曲が、こんな風に使われるとは思わなかったよ……」 キラキラチカチカと華やかな電飾が照らし出す惨状を、レノレノも俺と同じように、なるべく見ないようにしている。そうだな、これ以上トラウマになるといけないからな。 オーズオーズは、エマントロリア遺構の地上部をほとんど更地にして、遊園地を作った。襲い掛かってくるアトラクションやキャストは オービターから飛び立つ、丸っこいフォルムの飛行船は、なぜか小型ミサイルや機関銃を装備しており、空中からの一斉掃射で、遮蔽物に隠れもしないで突っ立っている騎士たちを挽肉に変えた。 お茶会が開かれている庭園を徘徊するウサギの着ぐるみたちは三種類いて、『撲殺人参メイス』か『撃殺人参ドリル』か『滅殺人参パイルバンカー』のどれかを装備している。既製品の鎧なんか役に立たない。 可愛らしいお菓子の家の中は、回遊通路こそあれ、ほぼ一本道のお子様用迷路だ。ただし、片腕で持てるくらいの大きさの、マカロンやマシュマロなどの形をした物が、コロコロ転がったり弾んだりしながら追いかけてくる。攻撃などで接触すると、大爆発して人体を血の染みにするので、あれはなんだとメロディに聞いたところ、自走爆雷の類らしい。…… アンデッドがいるアトラクションは、英雄王の古城アスレチックで、ここにはリビングアーマーやシルキーなどが待ち構えている。『神剣』を探すアドルファス王子とその周辺をまとめてここに送り込んでおり、これ見よがしに大小の剣が展示されている。なお、一番奥の王座に突き刺さった、ライトに当てられて光り輝く、いかにもアヤシゲな宝剣を抜くと、人間の倍サイズほどに縮小された装甲巨兵が現れて襲い掛かってくる。ちなみに宝剣は、レプリカとも言い難い、錫とガラスで出来た玩具だ。持ち帰る意味はない。 他にも色々あるそうだが、今回はこの辺りが活躍したようだ。 「おっそろしいな……。現状の装備なんて、役に立たないんじゃないか?」 「ガウリーの鎧や盾くらいの強度があれば防げるよ。弓での攻撃は、 「それを誰が持っていると思うんだ?」 「作らせりゃいいんだよ。材料も職人も、ブランヴェリ公爵領にあるし。あっ、カーボン素材だけは、こっちのレア品にしておこう」 「……なるほど」 ダンジョン関連は、もうメロディに全部任せるとしよう。俺が口出ししなくても、勝手にブランヴェリ公爵領が潤っていくわ。 「ミスタ・リヒター、戻っておいでですね。ちょっと、見てもらいたいものがあるのですが」 「おかえり、オーズオーズ。なにがあった?」 スペシャルパレードタイムは終わったらしい。コアルームに戻ってきたオーズオーズが持っていたのは、ピンポン玉くらいの紅色をした小さな光だった。 「なにこれ?」 「それが、わからないのです。生きている人間から剥ぎ取ってみたのですが、これはスピリッツではありません」 剥ぎ取った……。いったい、オーズオーズにはどんな力があるんだ。 「メロディ、わかるか?」 振り向いた俺が見たのは、眉を寄せて顎を落としているメロディだった。なんだ、そんなにヤバいものだったのか? 「誰から剥ぎ取ったんだ?」 「侵入者の中にいたレディですね。はじめはスピリッツに混ざっているのかと思ったのですが、ただ張りついているだけのようでしたので、こう、ベリベリッと」 何かを掴んで引き剥がすジェスチャーをする黒い革手袋。そんな簡単に、人間の魂魄まわりを弄れるのか、グリム・リーパーってやつは。 「そういえば、そのレディと王太子は、無事に帰したんだよな?」 「 ……まあ、いいか。 「リヒター、これを使ってみて」 「うん?」 メロディから渡されたのは、白い紙を人型に切り抜いた物。形代って、自分の厄を移して燃やしたり流したりする物じゃなかった? 「俺には、神道や陰陽道の心得は無いんだが?」 「スキルの神獣召喚があるでしょ」 「あるにはあるけど……」 コッケ達を神獣にして以来、まったく使っていないし、使い方もよくわからない。レベルだけは最初からカンストしているけど。 「とにかく、これに憑依させればいいんだな」 俺は形代を紅色の光にかざし、乗り移るように念じた。 「神獣召喚!」 ぽんっと、いささか間抜けな音がして、白い煙を吐きながら形代が大きくなった。 「うおっ!?」 「のじゃぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!」 の、のじゃぁ? 「なんだ、どうなった?」 「さすがリヒター。成功だ」 「こんの、無礼者がぁ〜〜〜!!!!」 キンキンした少女の声が下の方から聞こえて、俺は煙を払って足元を見た。 「 俺の足をゲシゲシと踏みつけているのは、ノアよりも小さな巫女風装束の幼女だった。なんか、ケモミミとふっさふっさの尻尾が生えていたが。 「天狐だな。ちゃんと神獣のカテゴリに入ったぞ」 「そうか。よしよし、お嬢さん。こっちにおいで。お話は聞くから、その前に、美味しい 俺はケモミミ幼女を小脇に抱え、三郎が出してくれたガーデンテーブルセットに座った。 「今年収穫した傾国桃樹だ。みんなで食べよう」 「傾国桃樹!? 聖者くん、そんなものまで育てているの!?」 「おおっ! 食べる食べる! 三郎、切ってきてくれる?」 「かしこまりました」 俺が【空間収納】から傾国桃樹の実を五つほど出すと、ガウリーが三郎を手伝ってロッジまで運んでいった。 「ミスタ・リヒターの力には恐れ入ります」 長い脚を組んでガーデンチェアに座ったオーズオーズの視線は、ケモミミ幼女から外れない。自分を捕まえた髑髏メイクにガン見されて、じたばたと暴れていたケモミミ幼女も少し大人しくなった。 「それで、お嬢さん、お名前を聞いていいかな?」 俺の目を狙って繰り出された小さな握り拳をひょいと避け、俺はまっすぐな黒髪に覆われた頭を撫でた。 「きぃぃ〜〜!! 撫でるな、無礼者め!! 儂はエイェルじゃ! 厄災の神、エイェルとは、儂のことじゃぁああああ!!!!」 「「は……?」」 シャンディラで直接戦った俺とレノレノは、キャンキャン騒ぐ幼女を見詰め、微妙な顔になるのを止められなかった。 |