第十五幕・第二話 若村長と『神剣ミストルテイン』


 第一王子のルシウス殿下は、サルヴィアと友好的だし、反戦派だったから、できれば味方でいてほしい人なんだよな。
(別に俺も、本気でエルフィンターク王国に滅びて欲しいわけじゃないし)
 国民にとっての善政を敷いてくれる人がトップに来てくれるのなら、それで構わないんだ。いつか民主化する時が来るのだとしても、できれば穏やかにして欲しいと思う。
 俺はリチャードさんから、専用ケースにしまわれていた、ものすごく立派なお手紙を渡された。うわすごい、この紙、透かしが入ってる。
「どれどれ?」
 丁寧に開封して読んでみると、そこには綺麗な文字で百点満点の謝罪文が書かれていた。王妃たちが無礼を働いたことの詫びに始まり、魔境を浄化した功績をたたえると同時に、そんな俺たちの邪魔をする気は毛頭ないこと、そういうことが、ルシウス殿下の名前で書かれていた。
「さすがに国王の名前では出せないか」
「陛下は……昨年より政の席に玉体をお運びにならないことが増えております。ご病気という事になっていますが」
「お医者さんはなんて?」
「こちらからの問いかけに対する反応も鈍く、ほとんどの内臓が機能低下を起こしているはずなのに、陛下御自身は元気そうにしているところが解せないそうです。御典医殿の薬でも神官の回復魔法でも、いまひとつ効果がみられず、原因不明と」
「あやしいぃ〜」
 王族を診察するお医者さんなんて、国で一番のお医者さんってことでしょ。当然、人に害を与えるための薬についても知っているはずだし、その人がわからないって、ものすごく珍しい病気か、まだ知られていない病気ってことになるんじゃ?
「聖者様、御典医殿はロイデム薬学院の所長も務められたことのある方です。おそらく、製薬に明るい公爵代行閣下も、お名前を存じ上げていることでしょう」
「少々気難しい方で、貴族の派閥にも属しておりません。また、陛下の診察には、近衛騎士を含めた複数人が同席する決まりになっております。同席した者によると、陛下のご気分の揺れが大きい以外に、おかしなことはなかったと」
 ふーむ。そうすると、主治医がなにかやっているって線は薄いか。
「陛下たちの様子が変わられたのは、一昨年あたりからです。それで……ルシウス殿下は、王妃殿下たちによる、各地への慰問を増やしたのです」
 リチャードさんの言い回しに、俺は片眉を上げたくなった。「陛下たち」って言ったね。つまり、おかしくなったのは国王だけじゃな……あー、そういうことか。
「あの母娘の仕業じゃないかってことか。国王と王太子を取り込まれられたら、一番邪魔に思われる人間は、決まっているな。王妃様たちが怖がっていたのは、そのせいか」
「……」
 近衛騎士のリチャードさんの口からは、はっきりとは言えないだろうな。
 マーガレッタがサーシャ夫人の養子になって、王立高等学院に入学。まずアドルファス殿下をたらし込んで、次に社交界にも出入りするようになる。サーシャ夫人はブランヴェリ公爵家の直系であるから、一緒に国王にも挨拶をする機会があるだろう。
(だけど、それだけで病気を疑われるほど、人格や心身に影響を及ぼすことができるだろうか?)
 俺は『大公妃サーシャ』の仕様やステータスを知っているが、そんな呪いや妖術じみたことはできなかったはずだし、サルヴィアみたいに薬学に長けてもいなかった。娘のマーガレッタは『フラ君V』の主人公で、補正もサーシャ夫人からのバフも強力だとわかっているが、それは主にアドルファス王子に向いている。
 次に、国で一番薬学に精通した主治医がわからない症状について。地球ほど医学が発達しているわけじゃないけれど、それでもこの世界の病気については、俺よりもずっと詳しいはずだ。
(毒薬なんて知り尽くしているだろう。当然、医薬品による不利益な症状だって知っているはずだ)
 人体にとって薬というのは、基本的に異物だと言われている。医薬品は良い効果をもたらすように作られるが、同時に望まない効果をもたらすこともある。一般的に、副作用と言われるやつだ。例えば、頭痛薬や鼻炎薬では望まれない眠くなる副作用を持つ成分を使って、主な効果を持つ薬として作られるのが睡眠導入剤だ。だから、薬師はひとつの素材から得られる、さまざまな効果を知っておく必要があるし、症状から素材を類推する技能も持っている。
 御典医がそんなことを知らないはずはないし、アングラで流通するような毒薬だって、症状を見ただけで成分を言い当てるだろう。
(ん? まてよ。もしも、御典医殿が知らない、新薬だったら?)
 そんなものが簡単に出回るものか、と否定したいところだが、ひとつ心当たりがある。
「いくら御典医でも、それがご禁制薬物を使った、新しい毒の症状だったら……?」
 俺の呟きに、ガウリーとリチャードさんの顔が強張った。
 とっさに浮かんだ思いつきだが、まったく可能性がないとは言い切れないはずだ。なにしろメラーダには、強力な精神作用があるらしいからな。内臓の痛みぐらい、気にならないのかもしれない。
「以前、ご禁制の魔道具については、賢者でも詳しくないと言われた。そもそも流通しているはずがない物だと、専門家でも実際に触れた機会が少ないはずだ」
「たしかに、そうでしたね」
 深く頷いたガウリーは、自分にはめられた「隷属の首輪」を外すために、俺たちが頭を悩まし、メロディを頼ったことを知っている。
「俺の思いつきぐらい、高名な先生ならとっくに気付いているかもしれないが、万が一という事もある。そっちの調査から、色々明るみに出てくることも、あるかもしれないな」
 まあ、俺の知った事じゃないが。
「ルシウス殿下も、『疲れが取れる』『頭がすっきりする』などと言われて、普段とは違うものを提供されて、うかつに摂取しないよう、気をつけられた方がいいだろう。知らないうちにメラーダ中毒にされるだけにとどまらず、醜聞や罪を擦り付けられかねない」
 真っ青になったリチャードさんは、もう言葉も出ないらしく、ガクガクと頷くばかりだ。早く王都に帰って、伝えてあげるといい。
「お手紙は確かに頂戴しました。こんな場所では、お返事をしたためることはできないのが残念です。ルシウス殿下の誠実なお人柄を窺えて、とても嬉しいとお伝えください。女神さまのご加護がありますように」
「「は、ははっ!」」
 リチャードさんともう一人の近衛兵が、感激したように跪いて頭を下げてくれる。
 うんうん、俺は王妃たちを許すとは言っていないけれど、王家にとっては、かろうじて首の皮一枚繋がったと判断できるだろうな。
「ああ、それと『神剣ミストルテイン』についてでしたね。いま出すんで、ちょっと場所を空けてくださ〜い」
 俺は集団から抜け出たところで、【空間収納】に両手を突っ込んで、ボロボロの金属塊を引っ張り出した。
「よいっしょおっ!」
 どしん、ガラゴンゴン、と地面に転がったのは、あちこちに土や木の根っこをくっつけたままの『ミストルテイン』だ。なんと、三台もあった。俺よりも大きなガウリーがすっぽり入ってしまうデカい筒と、その土台は、白い塗料がほとんど剥がれて、赤錆が浮いていた。
「これが、四千年ほど前に、ソルヴァレイド協商連邦が開発した『ミストルテイン』、その砲台と砲身部分です。神託では神剣と言われているようですが、『ミストルテイン』は手に持つ剣ではなく、対空光学兵器です」
 オーズオーズがダンジョンマスターになったことで、エマントロリアの敷地内にある物は、自由に動かすことができるようになった。おかげで、丘の下に埋もれていた『ミストルテイン』の残骸を取り出すことに成功していた。
「ソルヴァレイド協商連邦は、人間の魂魄をエネルギーとして使える技術を持っており、この『ミストルテイン』の動力になっていました。えーっと……現代風にわかりやすく言うと、死者の魂を使って、ものすごく強い光魔法を撃つ兵器です。当然のことながら、魂を使われた死者は、女神さまの下には行けません」
 あんまりぺらぺらしゃべっても理解が追い付かないかなと、一度口を噤んでみた。案の定、まったくわかってない顔をしているのが半分くらいで、もう半分くらいは、なんかわからないけどとにかくヤベェみたいな顔になっている。
「女神さまの下に、行けない……?」
 それはクラリス分隊長の声だっただろうか。とても小さくて、呆然とした声だったけれど、聞こえた人間の脳に劇的な効果を上げたようだ。
「そ、そんなものを……?」
「やっぱり、女神さまから神託じゃなかったのか!」
「静粛に!!」
 どよめきが大きくなりだしてしまって、次を話し始めるきっかけを見失っていると、ガウリーが大きな声を出して静かにさせてくれた。ありがとう。
「この古代技術についてですが、現在は知識のみ保有する者がおりますが、再現する技術は失われていますので、むやみに恐れる必要はありません。詳しく知りたい方は、エマントロリアダンジョン最下層にいるダンジョンマスター、グリム・リーパーのオーズオーズを訪ねるといいでしょう。……辿り着けることができたら、の話ですが」
 エマントロリアの方に視線を向けると、なにやら騒ぎが起こっているように見える。エマントロリアダンジョンから引き返すことができた者が、第八大隊の駐屯地に逃げ込もうとしているようだ。
「では、『神剣ミストルテイン』を破壊させていただきます。残骸から再現してしまう技術者がいないとも限りませんから」
 まあ、いつかは似たような物を作る人間が現れるだろうけれど、いまはその時期じゃないと思う。
 俺は『ミストルテイン』を、置いてある石ころだらけの地面ごと、水の塊で包み込んだ。
「ミキサー!」
 ぎゃぎゅごごごご、ぎゃぎゅごごごご、と耳障りな音が、茶色くなった水流の塊から響く。やがて、金属が砕ける音がしなくなったところで、俺は魔法を解いた。
「うおぉっ!?」
 ばっしゃぁぁ、と飛び散る泥水から、慌てて飛びのく。もうちょっと考えて、離れたところでやればよかった!
「うひぃ、びしゃびしゃになった……」
「お怪我は!? あぁ、こんなに泥だらけに。すぐに戻って、お着替えになりませんと。本当に風邪をひきますよ」
「うん、そうする。どうかな、粉々になった?」
 ガウリーに水浸しの地面を確認してもらったところ、ところどころに金属片があるものの、原形を辿れる状態ではないとのことだった。
「よぉし、これにて、一件落着! さっ、帰るか」
「はい」
 俺がエマントロリアまで来た目的は、両方とも達成することができた。さっさとブランヴェリ公爵領に帰らないとな!
「マクシム大隊長と第八大隊の皆さん、お騒がせしました。クラリス分隊長たちも、お気をつけて。大聖女様によろしくお伝えください。辺境伯様、リチャード卿、後はよろしくお願いします」
「「「「はいっ」」」」
 うんうん、皆さん、良い返事だ。王侯貴族、聖職者との面倒ごとを片付ける苦労は、他人に任せるに限る。
「女神さまのご加護があらんことを」
 無詠唱ブレッシングシャワーでお礼を兼ねた聖者プレイの演出をして、俺とガウリーは転移スクロールを使って、エマントロリアダンジョンのコアルームに戻った。
 ふぅ、かっこつけながらの聖者っぽいお仕事は、やっぱり疲れるな。