第十五幕・第一話 若村長と聖者っぽい仕事


 エマントロリア遺構前に広がる平原にて、目の前で跪く人たちを眺めまわし、俺は内心、かなり引いていた。
(俺、まだ何もしてないんだけど……!)
 ちょっと聖者プレイ中だけど、魔力出してないし、「啓示の聖衣クロス」着てないし、威圧してないよ!? まだ!!
「えっと、とりあえず……」
 俺は女性神殿騎士たちの所へ向かい、腰をかがめた。
「クラリス分隊長ですか?」
「はっ!」
 クルミ材のような優しい色合いの真っ直ぐな髪の下、目のすぐそばに、紫色の酷い痣が見えた。
「もし、証拠の為にそのままにしているのでなければ、あなたたちを治療してもいいでしょうか?」
「!?」
 女性神殿騎士の内、何人かは、すぐにそれとわかる青痣や腫れを顔に作っている。手で殴られたんじゃなくて、なにか硬い物……例えば、扇や日傘のようなもので殴られたに違いない。傷になっているところを放っておいたら、膿んでしまったり痕が残ってしまったりすることもあるだろう。
 神殿騎士だから、誰かしら回復魔法が使えてもおかしくないのにそのままにしているってことは、そのままにしておけと命令されているのでなければ、虐待を受けた証拠の為だろう。
「余計な申し出であるならば、断って構いませんし、治療のために女性神殿騎士であるあなたたちに触ったりはしません」
「これは、その……治してしまうと、再度、同じように」
「あー、そういうことか。本当に性格悪いんだな」
「っ……!」
 低い声が出てしまったが、女性神殿騎士たちを責めているわけじゃないので、そんなに怯えないで欲しい。
「マクシム大隊長」
「はっ!」
 立ち上がるのはいいけど、わざわざ敬礼しなくてもいいよ?
「護衛対象からの暴行について、大神殿は関与しないのかな?」
「はい。ですが目に余るようならば、たとえ身分の高い方でも口頭で自重をお願いすることはあると思います」
「やってもその程度か。ふむ……」
 これからずっと警護しなくてはならないのに、それは地獄だな。
「じゃあ、あいつをさっさと聖女から引きずりおろせばいいんだな。そうすれば、護衛任務しなくてすむ」
「聖者様……」
 なんだよガウリー、そんな呆れた声を出して。
「ダメか?」
「ダメではありませんが、マーガレッタ嬢の聖女認定はロイデム大神殿がしておりますし、彼女は王太子妃候補でもあります。護りは硬いかと」
「ふふん。それなら、大神殿にも王家にも、マーガレッタに構っていられないほどのダメージを与えればいいだけのことだ。あいつら、これだけ不祥事を起こしておいて、まだ足掻く元気があるかな」
「……」
「セントリオン王国の偽聖女事件、神殿騎士なら知っているだろう? なったばかりで実績もなければ、まして利益よりも不利益をもたらす聖女なんて、大神殿にとっては『間違いでした』って切り捨てられる程度のものなんだよ」
 ジェリドが致死の呪いを受けたあの事件だって、聖女は大貴族の隠し子って噂があったんだ。それでも切り捨てられた。マーガレッタだって、やりようによっては取り消させることができるはずだ。
「それじゃあ、治してもいいかな?」
 俺に問われたクラリス分隊長が自分の部下たちを見回し、了承の頷きをあちこちからもらうと、あらためて俺に向かって頭を下げた。
「……はい。お慈悲に、浴させていただきます」
「うん」
 癒しの翼をかけて、さっと治療してしまう。たぶん、顔だけじゃなく、見えない所も怪我をしているだろう。女の子が虐められた傷痕を残しておいちゃいけないと思うんだ。
「はい、綺麗に治ったかな」
 クラリス分隊長たちは互いに顔を見合わせて、傷が残っていないことを確認できたみたいだ。
「ありがとうございます!」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
 泣くほど喜んでもらえるとは思っていなかったけど、痛いのが無くなっただけで、心もだいぶ楽になるはずだからね。
「それで、さっき言ったように、マーガレッタを失脚させる予定なんだけど……ガラ、あれを」
「はっ」
 リディアーヌ隊長からクラリス分隊長に宛てた、大聖女様の意向であるから俺の好きにさせるように、っていう証書だ。それをガウリーから受け取ったリディアーヌさんは、証書を読んだあと、きびきびとした動作で立ち上がって証書をガウリーに返した。背筋を伸ばし、びしっと敬礼をする。
「証書を確認いたしました。我が分隊は証書を有する方に対し、いかなる干渉、妨害も致しません。女神さまのご加護があらんことを」
「ありがとう。なるべく、あなたたちが責められないようにするつもりだけど、迷惑をかけたらごめんね」
「お気遣い、感謝いたします」
 これで、現場の神殿騎士たちは、俺に干渉しないという大義名分が手に入った。
「それで……ここの領主さまにも、謝らないといけないことがあるんだ」
「は、ひゃひゃい!? わ、わわ私が、ノーツブロー辺境伯でっす! エドガーと申しましゅ!!」
 膝をついていたエドガーさんが、ビヨヨンと立ち上がる。いちいちリアクションが面白いな、この辺境伯は。
「エマントロリア遺構は、エマントロリアダンジョンに生まれ変わりました。領地内に勝手にダンジョンを作ってしまい、申し訳ありませんでした」
「えっ、えぇっ!? ダンジョン!?」
「はい。これでたぶん、エマントロリアの管理が辺境伯に移ると思うのですが、ダンジョン内について、簡単に説明した書類と、実際に手に入るアイテムを少し用意しました」
 地上部だけを描いたマップと、出現モンスターの簡易説明書きを一束と、それから金属部品をいくつか、エドガーさんに渡す。
「これは?」
「ボルトナットと、コイルスプリングです。職人さんに渡せば、使い方を研究してくれると思いますよ。これは例えば、複数の金属板に穴を開けて通すことで、重ねて固定することが可能です。このほかにも、エマントロリアダンジョンでは、古代に栄えたソルヴァレイド協商連邦で使われていた、工業部品が手に入るはずです」
 オーズオーズが作ったドロップ品リストには、他に素材と厚みが違う高品質な板金があったし、地下エリアでのレア品にはベアリングとか大型レンズとかもあったはずだ。特にネジなんかは、ダンジョン産を基準に規格を統一して生産すれば、汎用性の高い金属部品を大量に用意することができるだろう。
「ソルヴァレイド協商連邦が栄えていた頃には、あちこちに鉱山があったそうです。掘り尽くされていなければ、まだ使える鉱床が残っているかもしれませんよ」
「それは……遊牧民たちのおとぎ話だとばかり……」
 エドガーさんは呆然としているが、四千年前の話が断片的にでも伝わっていたことが俺にはびっくりだ。
「最近、ブランヴェリ公爵領に南大陸のドワーフ族が移り住んできています。技術者を招くにしろ、こちらから技術を学びに行くにしろ、チャンスですよ」
「あ、ありがとうございます!!」
 大陸の南側にあるブランヴェリ公爵領の情報が、反対側のノーツブロー辺境伯領に届くには時間がかかる。辺境の領主としては、技術革新の可能性がある情報を拾い損ねるわけにはいかないだろう。
「ただ、エマントロリアダンジョンは攻撃力が高くて、物理的に硬い敵が多いので、難易度で言えば、かなり難しい部類になると思います。探索に入るには、それなりの腕と装備が必要です。詳しくは、先ほどの書類をご確認ください」
「は、はいっ」
「それから……」
 まだあるの? みたいな顔をエドガーさんにされたので、俺は笑いながら周囲の兵士や神殿騎士たちに呼びかけた。
「この中で、神聖魔法を使える人、もしくは瘴気を浄化する魔法に興味がある人はいますか?」
 すると、ほとんどの神殿騎士や兵士が起立したので、俺は声が届きやすいように近寄ってもらった。はい、みんな楽に座っていいからねー。おや、近衛騎士の二人まで近くにいるな。
「いまから教えるのは、魔境の瘴気を浄化した、俺のオリジナル魔法です。大神殿で教えている浄化魔法とはちがうので、この魔法で浄化されたところに、通常の浄化魔法を重ねて発動させることはできないようです」
 俺は水の状態変化を例えに、瘴気はマナの一形態であるにすぎず、瘴気を消す・・のではなく、身近なマナに戻す・・ことを説いた。ついでに、明るい気持ちで発動させると効果が高いという事も付け加えた。
「魔境では、音楽を聴いて、歌いながら行軍するのが当たり前だったんだ。だから、楽しい事を考えながら浄化魔法を使うことは、恥ずかしくないよ。慌てないで、好きな歌を歌うこと!」
 説明しているうちに聖者プレイがどっかに行ってしまったが、みんな真剣な顔で聞いてくれている。まあ、あとは実践あるのみだな。
「それじゃあ、練習はエマントロリアダンジョンでやってね。スタンピードが起こりさえしなければ、ダンジョン内の瘴気が外に出てくることはないから。あっ、そうだ。この魔法なんだけど、誰に教えても構わないからね」
「「「「「「!?」」」」」」
 どうしてそこで、みんなぎょっとした顔をするのかな。
「え? 独占なんかしても意味ないよ? 俺がブランヴェリ公爵領で教えるし。あ、大神殿的に不味かった?」
「聖者様、私を含めてここにいる者は、値千金の知識や技術が、身分に関係なく広く無償提供されることに、慣れていないのです」
「え、あぁ、そういうものか」
 ガウリーに解説されて納得した。俺にとっては何でもない事だが、こっちの世界の文化的には、まだ驚かれるようだ。
「まあ、いいじゃないか。使える人が多い方がいいんだから」
 問題ない、問題ない。
「あー、えーっと、他に言い忘れていることはないかな?」
「特にないと思います」
「よし。質問がなければ、これから『神剣ミストルテイン』をぶっ壊すぞー。大神殿と王家が泡噴くかもしれないけど」
 さっと手が上がったのは早かった。
「はい、どうぞ」
 すちゃっと立ち上がって敬礼したのは、アドルファス王子に正論を言ってキレられていた、ベテランっぽい近衛騎士だ。この人はまともそうだよな。
「自分は近衛騎士団所属、リチャード・アレックス・ファインブルーと申します。恐れながら、ルシウス殿下より聖者様へ、謝罪の言葉を預かっております。また、『神剣ミストルテイン』の破壊についても、その理由をお聞かせいただければ幸いにございます」
 ん? ファインブルーって、どこかで聞いたような? いや、いまはそれどころじゃない。
「すみません! ルシウス殿下からの使者殿でしたか。お待たせして申し訳ありません」
 王妃たちともめた俺を、デンゼリンから追いかけて来ただけかと思ってたよ!
(もう王都からの使者が来たのか)
 それも、第一王子直々の謝罪ときた。トゥルネソル侯爵令嬢あたりの仕事が早かったんだろうな。
 俺の反応が意外だったのか、リチャードさんはちょっとびっくりした顔になっていた。