第十四幕・第七話 若村長とエマントロリア遠征部隊


 あれから俺は、三日ほど寝ていたらしい。
 その間に、ガウリーはマクシムさんと何度か会って、今後の打ち合わせをしたようだ。エマントロリア遺構がエマントロリアダンジョンに改造されている最中で、頻繁な出入りはもちろん、不用意に敷地内へ入ることも危険だったから、第八大隊は全員、外の駐屯地で待機させたらしい。
 ……ただ、ガウリーがコアルームに戻った後、第八大隊のメンバーの内、数人が行方不明になっているそうだ。マクシムさんもガウリーも、くれぐれも入るなって言っていたらしいんだがなぁ。追いかけちゃったんだなぁ。誰かの命令があったのかなんてわからないが。
「敷地内は、地上も地下も掌握済みです。マスター権限とは便利ですねェ、こぉんなに好き勝手に改築してしまえるのですから」
 オーズオーズは髑髏メイクを不気味にほころばせている。よほど楽しかったらしい。生まれ変わったエマントロリアの3Dワイヤーフレームを見せてもらったが、まるで別物になっていた。
「なぁ、これ……」
悪夢みたいな・・・・・・ダンジョンだよね? まったく、最高に楽しそうじゃないか」
 ドン引きな俺に、メロディは笑いをこらえきれないように、色々説明してくれた。
「ボク、自分たちの御先祖様が怖くなりそう」
「落ち着け、レノレノ。おかしいのは、たぶんオーズオーズだけだ」
 トラウマになりかけて、泣きそうになっているレノレノを慰めるイベントが発生したが……まあ、同情はする。
 こんなに殺意が高い遊園地・・・・・・・・なんて、ホラーゲームでしか見たことがないからな。
「では、ミスタ・リヒターの依頼通り、『ミストルテイン』の破壊を片付けましょう」
「それなんだが、あいつら、それが『ミストルテイン』だって、納得するかなぁ?」
「うん?」
 メロディは困惑した顔を見せたが、ガウリーとレノレノは気付いたようで、はっとしていた。
「彼らは、『ミストルテイン』が剣の形をしていると思い込んでいるはずです。いくら我々が、本物の『神剣ミストルテイン』だと言っても、聞かないかもしれません」
「ああー、なるほど。『神剣』が剣の形をしていないなんて、信じないか。神託にあった神器を本当に壊されたというのも、プライドが許さんだろうな。王家として示しがつかん」
 ガウリーの説明に、メロディも納得した。
「では、こういうのはいかがでしょう? そのまま、剣の形をしていると思い込ませておくのです。そうすれば、少なくとも神剣は壊されていないから、壊したと主張する聖者を咎めることも出来なくなります。せいぜい、嘘つき呼ばわりするくらいでしょうか」
「あ、それいいな。それなら、エマントロリアダンジョンに定期的に人が来るだろう」
「よくありません。リヒター様が嘘つき呼ばわりされるなど……」
 オーズオーズの提案は、俺にはいいアイディアだと思ったのだが、ガウリー的にはダメらしい。
「でも結局、その可能性の方が多いんじゃない? こっちの言い分を丸呑みしてくれるような人が王族派にいれば、違うのかもしれないけれど」
「ボクも姐さんの言う通りだと思うよ。庶民の考えは変えられるけど、貴族やその上は、メンツってものがあるからねえ。黒でも白と言い張らなきゃいけないのさ★」
 メロディとレノレノの言う事にも理があると、ガウリーは渋々顎を引いた。
「よし。それじゃあ、わかってくれる人の前で、ド派手に壊すとしよう。石頭は勝手に踊ればいいさ」
「かしこまりました。ド派手にいきましょう」
 方針を決めた俺に向かって、黒く塗られた髑髏の眼窩の中から、灰色の目が悪戯っぽくウインクをした。

 エマントロリア遺構と呼ばれる辺境の遺跡の前では、怒り散らすアドルファス王子と血気盛んな王国騎士を、やる気がなさそうな第八大隊のメンバーが、のらりくらりと押しとどめていた。
「いいからそこをどけ!」
 金髪碧眼の整った容貌を赤くして、アドルファス王子は動かない大人たちに喚き散らす。
「ですからぁ、我々としても、ロイデム大神殿から何も命令を受けておらんのですよ。ここ数日で、急に遺構の内部が変化してしまいまして、まず大神殿への報告をして、判断と命令をいただき、その後の我々の調査を待っていただきたいのです。すでに、勝手に入ったと思しき隊員の何人かが、戻ってこんのです。現場判断だけで、このような危険な場所に、王太子殿下をお連れするわけには……ねえ」
 マクシム大隊長が視線を向けたのは、聖女マーガレッタを護衛する……というより、なんとなく集団の端にいるだけの、女性神殿騎士たちだ。そのうちの何人かは、明らかに暴行を受けたと思われる、青痣や腫れが残る顔面をしていた。
「我々は、マーガレッタ様の護衛を命令されたにすぎません。エマントロリア遺構内部に関しては、同じ神殿騎士としても第八大隊の判断が最優先されます」
「ほらねぇ?」
「ですが、王太子殿下の行動に関しては、我が分隊に制止の権限がありません。マクシム大隊長の御判断に従っていただきたいとは思いますが」
「クラリス分隊長、どっちの味方なんだよ」
 漫才のような遣り取りをしているマクシム大隊長とクラリス分隊長が、視線のみで互いの意図を察し、時間稼ぎをしていることに気付いた者は、同じ神殿騎士たちの他には、その場に二人しかいなかった。
「王太子殿下、ここは一度王都に戻り、国王陛下と大神官殿の御判断をいただくべきではないでしょうか」
「貴様は黙っていろ、リチャード!」
 アドルファス王子が指を突きつきて怒鳴ったのは、この場に二人しかいない、近衛騎士だった。着ている鎧が、明らかに他の王国騎士とは違っており、デンゼリンで王妃たちの護衛についていた者たちと同じに見える。
 しかしながら、リチャードと呼ばれた初老の近衛騎士は、落ち着き払った態度を崩さず、重ねてアドルファス王子に進言した。
「この度は、不測の事態が起こっております。大きな被害が出る前に、まずは専門家の調査を待つべきです」
「その調査を我々がするのだ! 腰抜けの神殿騎士どもは、まったくやる気がないようだからな!」
「心外ですなぁ。我々は無駄な被害を抑えるために、規律を遵守しておるだけですが」
 慇懃な態度ながら、まったく敬意を感じられないマクシム大隊長の言い方に、今度は王国騎士団の方が怒りをあらわにした。
「マクシム大隊長殿、不敬であろう!」
「そうは申されましても、そちらの近衛騎士殿の言う通りでございますので。冷静に、現実的に、物事を考えることができなければ、いくらワガママに喚いたところで、良い結果など出せませんぞ」
「キッサマァ〜〜!」
「それが殿下に対する態度か!」
 神殿騎士にしておくのがもったいないほどの煽りを見せるマクシム大隊長。マクシム大隊長も一応貴族のはずだが、いくら相手の身分が高くても、ノータリンな王子や実践経験の乏しい王都のお飾り騎士など、屁でもないと思っているのだろう。
「よろしいですかな! 我々神殿騎士団としましては、王太子殿下はもちろん、聖女さまを危険にさらすなど、ありえない事なのです!」
 これ見よがしに大きな声をあげたマクシム大隊長が視線を向けた先には、贅を尽くした豪華な箱馬車が停まっている。整備された石畳を小回りが利くように走らせるために、頑丈さを捨てて軽く作られた細い車輪と車軸では、こんな辺境の田舎道を来るのは大変だったことだろう。
 そして、窓にカーテンをおろした箱馬車は沈黙したまま。聖女マーガレッタが乗っているそうだが、いっこうに降りてこないし、護衛であるはずのクラリスたちも近寄らない。
「神託を受け取った聖女様でなければ、どれが『神剣ミストルテイン』であるか、わからないでしょう。一緒に入って探索されるのですか? それとも、王国騎士だけで探索し、聖女様にはここで何日も留まっていただくのですか? ご覧になられたならばおわかりでしょうが、エマントロリアは広大なのです。ここには、第八大隊の補給物資以外は届きませんから、十分に食料等を用意していくようにと、大神殿より、事前にそう説明を受けたのではありませんか?」
 マクシム大隊長は懇々と当たり前のことを聞くが、アドルファス王子は呆れたように吐き捨てた。
「なにを馬鹿なことを。お前たちが世話をするに決まっているだろう。食事など、辺境伯に任せればよいではないか」
 えっ、今聞きましたが? みたいな顔をした青年が、ノーツブロー辺境伯だ。よく食べる成人男性百五十人分を一日三食提供するなど、そうすぐに用意できるものではない。領民の為の備蓄を充てるにしても、一週間で三千食以上にもなる。そのうち、王太子と聖女には、毎回それなりの料理を提供しなくてはならないだろう。第八大隊が使っている駐屯地のキッチンを借りることができればいいが、食材の運搬にかかるコストだって馬鹿にならない。
 辺境伯の傍にいた近衛騎士のリチャードも眉をひそめ、マクシム大隊長などはぽかんと口を開いた。
「えー、あー……まことにもって恐れ入りますが、そのような命令は受けておりませんので、殿下のご期待には副えませんな」
「また命令がないか!! いい加減にしろ!!」
「いい加減にして欲しいのはこちらでございます。大神殿を通して、ご命令ください」
「もうよい!! お前たち、行くぞ!」
「「「ははっ」」」
「殿下、お待ちください!」
 豪華な箱馬車に戻ったアドルファス王子は、マクシム大隊長の制止を振り切って、王国騎士たちと共に、数日前とは様変わりしたエマントロリア遺構へと侵入していく。
「あっ、クラリス分隊長たちは、ちょっと待って。せめて、これまでのエマントロリア内部の概要を知っておかないと」
「たしかにそうですね」
 マクシム大隊長に止められて、クラリス分隊の一人が、王国騎士団の指揮官のところまで走っていき、すぐに戻ってきた。
「問題ないそうです」
「よしよし。偽聖女は、殿下の騎士たちが護ってくれるでしょう」
「マクシム大隊長、それは、どういう意味でしょうか」
 リチャードともう一人の近衛騎士、それにノーツブロー辺境伯たちが第八大隊の傍に寄ってくる。
「あの神託は、女神アスヴァトルドからのものではない、という見方が濃厚でしてな」
「やはり……」
「大神殿はそれを知っているのですか!?」
 近衛騎士たちは額を押さえ、まだ三十歳になったばかりの若い辺境伯などは目を丸くしている。
「ロイデム大神殿は、まだ知らないんじゃないかな。実際の神託を確かめたわけじゃないけれど、状況から言って、おそらく、デニサス二世に憑りついて、ディアネスト王国を瘴気まみれにした、厄災神エイェルからのものだ。今度はこの国を滅ぼす気らしい」
「そんな恐ろしい事が……って、誰ですかぁー!?」
 いつの間にか隣にいた俺に、ノーツブロー辺境伯はわかりやすいリアクションをしてくれた。いや、俺とガウリーはかなり前からいたよ? 「隠密のケープ」をかぶっていたけど。
 「隠密のケープ」を脱いで姿を現した俺たちに、マクシム大隊長をはじめとする第八大隊のメンバーが次々と膝を折って畏まる。
「第八大隊のみなさんには、無茶なことを言って申し訳ありませんでした。楽にしてください」
「もったいないお言葉です、聖者様」
 アドルファス王子に対するものとは明らかに違う、真面目で真摯な態度と表情のマクシム大隊長を見て、この場に残った人たちの表情が変わる。速やかに、俺という存在が理解されたようだ。
(あれれー? まだ「啓示の聖衣」は着ていないんだけどな?)
 近衛騎士を含めた全員が跪いた光景を、俺はちょっと引き気味に眺めることになった。