第十四幕・第六話 若村長と???の決心
エマントロリア遺構を掌握し、本格的にダンジョン化させるために、オーズオーズとメロディが作業に入る間、俺たちは三郎が出してくれたロッジで休むことにした。
「あのスキャンは、どうも、疲れるな」 ここまで瓦礫を乗り越えながら、夜通し歩いてきた疲れもあるが、なにより魂のスキャンが一番疲れる。静かにしている『俺』を起こしてしまうせいだろうか。 「おやすみ〜」 俺は二段ベッドの上にもぐりこむと、下段にいるガウリーの返事を待つことなく眠りに落ちた。 そして、ぱちりと目を開く。 「お?」 そこはロッジの中ではなく、延々と広がっている荒野。所々に立ち枯れた細い木が見える以外は、砂埃が地面を撫でていくだけ。キッチリと引かれた地平線より上の空は、ただ白い。 そこに、俺は一人で立っていた。 「殺風景なのは変わらないけれど、こっちの方が荒んだ感じがするなぁ」 見下した生白い肌には、相変わらず肉色のボコボコが付いている。しかし、濃い背景色が付いたせいか、以前よりもよく観察できるようになった。 「んん?」 俺の魂は、たしかに修復されている。だけど、その傷が完全に消えているわけではないらしい。 (ひび割れの痕があるな) 細かなひび割れにも、隙間を埋めるように肉色が見える。壊れた陶器人形を直すために充填された接着剤のようだ。 『容量以上のものを詰め込めば壊れると、なぜ思わないのかな』 「魂って、そんなに固い物じゃないと思うんだよ」 『俺』の呆れた声が聞こえるけれど、俺は気にしない。 『……仮に、俺を吸収できたとして、その後に奇跡を起こしたくなったらどうする? 本当に、エイェルを滅ぼさなくていいのか?』 大切な人たち、護りたいものが、いまの俺にはある。だけど、そういったものを危機から護るのに、定められた犠牲を伴う奇跡頼りは、違うと思うんだ。 「『俺』さんが、俺に言っただろ。助けたいものを助けろって。俺は、これからも、『俺』さんと一緒に生きたい」 『……』 「この世界に生きる俺たちは、この世界で起きる困難を、俺たち自身の手で乗り越えるべきだ。それは、エイェルへの対応も同じだと思う」 『永冥のダンジョン』に向かう途中でガウリーに話したように、俺は俺を生かし、護ってくれた人たちに背くわけにはいかない。俺を大事に思ってくれる人たちに対し、誠実に自分を護る義務がある。 「なに、奇跡を起こしたくなった時の為に、たくさん善行を積んで、徳ポイントを貯めるさ。だから、俺は俺のやりたいようにする。……『俺』さんが、迷惑でなければだけど」 『迷惑、ではない。ただ、戸惑ってはいる』 苦笑うような声は、なんだか微笑ましいものを見ているような雰囲気がある。 (うーむ、たしかに俺は、赤ん坊のころから見守ってもらっているわけだし) 子供が粋がっているように聞こえるだろうか。 「生意気なことを言っているね、俺」 『いや、嬉しい、と思う』 しばらく沈黙した『俺』さんは、ふと問いかけてきた。 『もしも、お前のまわりが、この風景のようになったら、どうする?』 「世界が滅びたら、ってこと?」 『そうじゃなくて……誰も、お前を認識しなくなったら、ということだ』 「……?」 俺は首を傾げ、『俺』が何を言いたいのか考えた。 (世界の中から、俺だけが取り残されたら、ってことかな?) サルヴィアやメロディたちが、俺を忘れてしまったら……? ガウリーやジェリドが、俺がいない事を当たり前だと思い始めてしまったら? ゼガルノアが、コッケ達やカイゼルと最初から知り合いだったと思い込んでいたら? それはたしかに、こんな荒野のような気持になるかもしれない。すごく悲しくて、ショックだとは思う。だけど……。 「大丈夫。俺には『俺』さんがいるもん。寂しくないよ」 『……』 「それに、俺のアビリティを考えると、誰からも認識されない方が、都合がいいよ。あと、自慢じゃないけれど、痩せた土地でも耕して生きていける自信がある」 神様たちの加護を得た農夫を舐めてはいけない。任せろ。魔素いっぱいの土地でも、一応、野菜は生る。 『……お前という奴は……。せめて、魔境を浄化した人間を忘れるとは何事だ、ぐらい怒れ』 「えへへ」 『俺』が何を思ってこんなことを言い出したのかはわからないけれど、俺にはあまりダメージになっていない。だって、俺には赤ん坊のころからずっと、『俺』がついていてくれたからね。 『はぁ。……リヒターに任せる。好きなようにやれ』 「うん、もちろん」 俺は触れられない相手を抱きしめるように、自分自身に腕をまわした。 「俺、自分のこと大好きだから。俺を好きでいてくれる人を大事にしたい。つまり、俺は、『俺』と一緒にいたい」 『甘ったれが』 「ふふっ、この前、誰かにも言われたな」 いいんだ。俺は俺の理想を求めたいし、それが甘くてもいい。キツキツに厳しくて、現実にあることばりを見詰めて、最初からあきらめる様なことはしたくないんだ。 『……お前を助けてよかったよ。それに、いい奴に育った』 「そう? ありがとう」 頭を撫でてもらったような感触を最後に、俺は目覚めに向かって意識を浮上させていった。 『エイェルには、あの方法しかないだろうな』 「ああ」 やっぱり、『俺』も同じことを考えていたか。俺は嬉しさに満足して、唇をほころばせた。 「んにゃ?」 目を擦り、口の端のヨダレを拭って、俺は起き上がった。 「んう……」 なんだか、体がだるいというか、火照っているような感じがする。 (あれ? 風邪でも引いたか?) 俺はよろよろと二段ベッドのはしごを下り、トイレと洗面所を経由してリビングにむかった。 「リヒター様!?」 「おう、ガウリー……」 やばい、なんか寒気がして、目眩がする。足元がおぼつかない。 俺が目に見えて不調なものだから、俺を支えてくれようとするガウリーも表情が硬い。 「風邪ひいたかなぁ? 喉は、痛くないんだけど……三郎に、風邪薬売ってもらおう」 「ここに座っていてください」 「んー。もう一回休む前に、外の様子を知りたい」 「まったく……」 ぶつぶつ文句を言いながらも、ガウリーは俺をロッジの外に連れ出してくれる。俺のわがままに、慣れてしまったようだなぁ。 「聖者くん、大丈夫?」 「どうした、リヒター?」 「悪い、レノレノ、メロディ。風邪ひいたかも……三郎が風邪薬持ってないかなぁ」 メロディの手が俺の額や首筋に当てられて、熱を測っている。 「ちょっと熱いか? 咳はなさそうだし、どこか痛いとか、吐き気は?」 「ない。暑いような寒いような感じと、目眩がする」 ちょっと疲れが出たのかなぁ? 「んんんんーーーー!?!? ミスタ・リヒター!? ミスタ・リヒター!! オウ! ファンタスティーーック!!」 「ふぉぇ?」 レノレノとメロディを押し退けて目の前に来たオーズオーズが、俺を上から下まで何度も見詰め直し、その度に拳を握りしめて感動を表した。 「イエスッ! 素晴らしい……素晴らしいです! エ・ク・セ・レ・ン・ッ!! 魂の統合が進んでいます!! 何があったのですか、ミスタ・リヒター!? 素晴らしい! ッンマァァーーヴェラァァス!!!」 「お、おうぅ?」 ヒャッハーーー!! とテンション爆上げなオーズオーズの見立てによると、俺の魂の統合が進んだための不調のようだ。 「そっかぁ、ちょっと心当たりはある。休んでいれば、慣れるかな」 「治療法なんてないだろうしね。こっちはこっちで上手くやっておくから、しばらく安静にしてな」 「ん……わかった」 俺はガウリーに半ば担がれるようにロッジに戻り、三郎が作ってくれたリゾットを食べて、ガウリーと交換して下段のベッドに入った。 「うぅ……」 「大丈夫ですか」 「想定よりは、酷くない」 『俺』が言っていたように、俺の容量がいっぱいいっぱいなんだろう。 「平気、平気。魂は柔らか。俺は柔らかい。柔軟仕上げ済みだ。驚きの柔らかさだ。もちもちぷよぷよなノアのほっぺくらいの柔らかさだ」 「……本当に、大丈夫ですか?」 ガウリーが、なんだか違う意味で心配そうに聞いてきたけれど、俺はたぶん大丈夫だ。自己暗示は大事だ。 「なにかあったら起こして」 「わかりました」 あいるびーばぁっく。すぴょー……。 ……今度は夢も見ずに眠って、なんとなく騒がしさを感じて目が覚めた。 (お、いい感じだ) 特別、火照りや寒気を感じないし、目眩もしない。体は少し重い感じがするけれど、どこも苦しくない。 (寝すぎたかな?) 俺が寝てから、どのくらい時間が経ったのかなぁと思っていると、寝室のドアが小さくノックされ、静かに開いた。 「!? リヒター様、お目覚めでしたか……!」 「おはよう、ガウリー。……いまが、朝か夜かわからないけど」 「昼前です。お加減は?」 「だいぶ楽になった。普通に出歩けると思う。……なにかあったか?」 ガウリーがまとう、どことなく緊迫した空気に、俺も頭をしゃっきりさせる必要を感じて目を擦った。 「王太子殿下と王国騎士団が一個中隊。それと、この辺りを治めているノーツブロー辺境伯の兵と、近衛騎士も来ました」 おおぅ、近衛まできたか。王妃様たちを煽ったの、けっこう効いたかな。 「んんーっ。よし、いっちょやりますか」 俺は背伸びをして、ベッドから飛び出した。 |