第十四幕・第五話 若村長と研究者の見解
オーズオーズがダンジョンコアに触れて、マスターになることを承認したらしく、暗かった研究室が、一瞬で殺風景だが明るいコアルームへと変化した。む、半透明なオーズオーズの姿が見えにくいな。
「よし。原初の迷宮である、プリマにアクセスしてみてくれ。場所はこの大陸の南西の端だ。リヒターの名前を出せば、応えてくれるだろう」 ビスマスの塊みたいなダンジョンコアが煌き、緩やかに明滅を繰り返す。少し時間がかかるかもしれないな。 「……リヒター殿、マスターから手紙です」 「お?」 三郎ホープから手渡された紙切れには一言。 ―― そこの転移スクロールを三郎に渡して 「了解」 俺は無記名の転移スクロールに、エマントロリアダンジョンのコアルームを登録すると、三郎に渡した。 そして数分も経たないうちに、『永冥のダンジョン』のコアルームに滞在しているはずのメロディが転移してきた。寝起きらしく、でっかいあくびをしている。 「なぁにやってんの。また面白そうなこと始めちゃって」 「いやぁ、なりゆきというか……」 「リヒターって、割と多いね、そういうの」 「流され属性って奴かな」 「“持ってる”っていうのよ」 そう言われると、なんだか照れるな。 「いま、ダンジョンの基本知識と現代語をプリマが叩きこんでいるから、その間に朝ご飯にしよう」 叩きこんでいるって、強制ダウンロード的な? オーズオーズ、大丈夫かな。 「三郎、バンガローかロッジある?」 「すぐにご用意いたします」 オーズオーズのことはちょっと心配だが、俺たちは三郎が出した「天峰の 三郎が作ってくれた朝食で腹を満たし、コーヒーで徹夜の眠気を飛ばしていると、外から奇声が聞こえてきた。 「な、なんだ?」 「天峰の山小屋」は「キノコの下のバンガロー」より少し小さめだが、不可視機能がない代わりに、かなり頑丈らしい。生半可な攻撃では壊れないそうだが、俺たちは何事かと外に飛び出した。 「ファァァンタスティィィーーーッッック!!! フォォォォーーーーーーッ!!!」 眉毛を潰したスカルメイクのハードロッカーがシャウトしていた。 「……妖精族って、みんなああいうメイクが好きなのか?」 「職業道化師のボクと、科学者なはずのあの人を一緒にされるのは、なんだか心外だよ?」 休憩がてら、吟遊詩人スヴェンの恰好から、いつもの道化師ファッションに戻ったレノレノだったが、迷惑そうな目を向けられた。 「あー、オーズオーズ?」 「ミスタ・リヒター、感謝しますねッ!!」 「お、おう」 長髪を振り乱して突撃してきたオーズオーズが、黒い革手袋に包まれた手で俺の両手を握りしめて、ぶんぶん振ってくる。そうか、そうか。よかったな。 「レノレノもいい子ですね。妖精族の子孫に会えて、とても嬉しいですよ」 「ボクも、まさか伝承の中の人に会えるとは思ってなかったよ」 「ダンジョンマスターになったけど、まだゴーストなのか? リッチには見えないけど、なんか、しっかり触られたな」 「ンンッ、ワタシはリッチではなく、グリム・リーパーとなったようです。そんなに人を殺しまくった記憶は無いのですがねェ」 顎に指先を当てて首を傾げる格好は、なかなか様になっている。長身で肩幅のかっちしりた体を包んでいるのは、ダーク地にビビットな差し色が入ったお洒落なスーツであり、どう見ても科学者というよりはミュージシャンだ。 「この体も、魔素で構成されているようです。あぁっ、また肉体に重力を感じられる日が来るなんてッ!! ファァッッビュラァァァスッッ!!!」 「「「……」」」 テンション高い人だなぁ。いや、こっちが徹夜明けでローテンションなのか? 「マスター・プリマのおかげで、だぁいたいのことは把握しましたね。『神剣ミストルテイン』の破壊は承りました。これが、現在のエマントロリアです」 オーズオーズの手がさっと翻ると、空中にモニターが現れ、当時のエマントロリアと、現在のエマントロリアの構造が、3Dワイヤーフレームで表示された。おぉ、ハイテクだな。 「……しかし、だいぶ壊れているな」 「いままでも広いと思っていましたが、本来の規模は、こんなにも大きかったのですね」 畏怖するようなガウリーの言葉に、俺も頷いた。 当時のエマントロリア工廠には、レーダーなのか大きなアンテナもついていたし、敷地自体がかなり広かったみたいだ。滑走路もあったようだが、現在は地面の下に埋もれてしまっている。さっき俺たちが天辺だと思ったのは、出来上がった装甲巨兵や武装を保管しておく格納庫の上部で、実際に兵器を作っていた工場部分などは、完全に無くなってしまっていた。 「 オーズオーズが示した『神剣ミストルテイン』の設置場所は、俺たちがいる棟とは別で、建物が崩れてしまった現在は、その辺の丘に埋もれているみたいだ。 「ディアネスト王国に封印されている『護国の鯨』が、古代人が作った戦闘能力のある飛空艇だとサルヴィアが言っていた。もしかしたら、リガドラ帝国の船かもしれないな」 「帝国の航空機団は、とても強力でした。南東の空に、いつあの影が群れをなしてくるかと、我々はとても恐れていました」 やや解像度の荒い映像が映し出された。これは、オーズオーズの記憶だろうか。ゴツゴツとした巨大な飛空艇が、何十隻も空から圧すように飛んできて、撃ち出された火球が地表を焼いていく。栄えていた街は、一瞬で廃墟になった。 意気揚々と隊列を組んで飛んで行こうとする飛空艇の群に、その時、白い光が突き刺さった。横薙ぎの一線で、飛空艇の半分以上が爆散していく。 「同時に、彼らは我々の『ミストルテイン』を恐れていたことでしょう。出力が大きい代わりに、消費も多かったので、そう何度も撃てるものではありませんが、当てることさえできれば、このように飛空艇も墜とすことができました」 『ミストルテイン』の凄まじい威力に、俺たちは声も出ない。ヤバすぎだろ。しかしながら、俺はふと首を傾げた。 (あれ? THELって、低コストなイメージがあったんだけどな?) 地球での知識によると、赤外線を使った光学兵器で、波長を変えることによって、宇宙でも大気圏内でも使えるものだ。具体的な比較数字は知らないが、一発にかかる費用が少ないと聞いた覚えがある。 「『ミストルテイン』は、何を消費して撃っていたんだ? というか、当時のエネルギーは電気じゃなかったのか? 原子力発電とか知らないか?」 「 「「ふぁァ!?」」 俺とメロディが、そろって変な声を上げた。 「おや、ご存じありませんか? 生物に宿る魂魄、特に人間の魂というものは、非常に効率の良いエネルギーでありながら、肉体から離れると霧散して消えてしまうのです。もったいないでしょう? どうせ当人は死んだ後なのですから、有効利用しなくては」 「「……」」 「なんと、後世には伝わっておりませんでしたか!? 嘆かわしいことですねェ」 効果音が付きそうな勢いでオーズオーズは残念がるが、俺としては遺失した技術で本当に良かったと思う。 「……すっげぇサイコだな。文句なしのマッドサイエンティストじゃん」 「オーズオーズが 小さく呟くメロディも苦笑いだし、俺も自分の魂が燃料にされると思うと寒気がする。 (そうか、『神剣ミストルテイン』が転生者の天敵って、こちらの世界ではそういう意味か) 魂を消費されたら転生できないもんな。それに、むこうの世界の魂を持っている俺たちにしたら、実際にこの技術があったら魂を奪われるという嫌悪感や危機感もある。 「しかし、その研究成果が実際に運用されていた時代があったっていうのが、また恐ろしいな」 いまはマナや魔素が使われているが、当時は生き物の魂の方が扱いやすいものだったのかもしれない。 「まあ、その時代に合った技術だったんだろうな。オーズオーズは、その専門家だったということか」 「そうです。ミスタ・リヒターの魂についても、ノンプローブレム……と、言いたいところですが、ワタシの研究ではお役に立てそうにありません」 「そうだろうな。オーズオーズのやり方だと、吸収ではなく消費になってしまう」 「はい」 俺は、自分からはみ出ている部分の『俺』を吸収したいが、オーズオーズが研究していたやり方では、 「ですが、ミスタ・リヒターの恩に報いたいです。ワタシも方法を探しますので、少し触らせていただいてよろしいですか?」 「ああ、スキャンだな。そっとで頼む」 「もちろんです」 すすすっと近寄ってきたオーズオーズの黒い革手袋が、俺の額にそっと触れる。骨っぽくて指が長い手の感触がした。 (お、今回は平気そうだな) 前回プリマにやられた時のような、暴力的な感じはしない。ひんやりした波動が、頭のてっぺんから足の裏まで何度も通っていく。そして、小さな先端のマニピュレーターに、頭の中や体の中を、ちょこちょこ触られているような感じがする。少し、くすぐったい。 「んっ……」 じりっと焙られるような熱が熾り、俺の中で『俺』が睨んだような気がした。そこで、オーズオーズのスキャンが離れていった。 「ホウ……凄まじい。このような魂魄は見たことがありません」 あんなにエキセントリックなオーズオーズでさえ、『俺』の荒っぽさには畏れを抱いたように手を引っ込め、深くため息をついた。 「ミスタ・リヒター、あなたは 「そうだ。……あの人は、オーズオーズから見て、どういう状態なんだ?」 オーズオーズは背筋を伸ばして、ぴっと人差し指を立てた。 「お答えします。 「そうだな、主に知識については、かなりもらっている」 ただし、彼の個人的な情報や思い出に類する記憶は、ほぼゼロだ。 「 俺は深く頷いた。『俺』はそうやって、自分自身を【身代わりの奇跡】に使う気だ。 「次に、ミスタ・リヒターの状態は、現在の条件であるならば極めて良好です。安定している、と言ってよいでしょう。 オーズオーズの目がマッドな科学者の気配を帯びたが、すぐに理性を取り戻したようだ。 「最後に、あなたが望む、吸収、統合についてですが、ワタシからは確かなことを申し上げられません。ですが、可能性がゼロだとも言えません。あなた方は、互いを認識しながら、反発することなく寄り添っています。もっと柔軟に、もっと深く融け合うことも、できるかもしれません」 それを聞いて、俺は希望が消えなかったことに安堵した。 「ありがとう、オーズオーズ。頑張ってみるよ」 「恐れ入ります。良い結果になることを、願っていますよ」 |