第十四幕・第四話 若村長と妖精族の幽霊


「ここが、現在行くことができる、エマントロリア遺構でもっとも高い場所だと思われます。この先は、外に出て、外壁を登っていくしかありません」
「おぉぅ……」
 抜け落ちた天井に頭を突っ込んで見回すと、建材が覆いかぶさってはいるけれど、たしかに広い空間があるようだ。ただ、真っ暗で、俺のまわりをクルクル回っているライトの光を意図的に飛ばしてみるが、それでもよく見えない。
(足元の不確かな外壁を登るのは無理だし、ここが限界か)
 俺は天井の穴から首を引っ込め、ホープが出してくれた、踏み台代わりの木箱から降りた。
「よし。それじゃあ、ここから上を、全部吹き飛ばそう」
「また聖者くんが、すごい力業なことを言っている」
「これでも水流魔法の破壊力に関しては、ちょっと自信がある。ダンジョンの階層だって、何十枚単位でぶち抜いたからな。任せろ」
「ねえ、待って?」
 なんでそんな疑わし気な顔をするんだ、レノレノは。
「カオスドラゴンロードを撃ったの、レノレノだって見ているだろう?」
「見たよ? 聖者くんがおかしいのも知っているよ? それで、ダンジョンに穴開けたの?」
「うん。急いでいたから、こう……縦に、ズガガガって」
「……はぁぁぁぁぁ」
 なんか、すごい……特大のため息をつかれた。
「わかったよ、うん。この上も、きっと綺麗に吹っ飛ばせるんだろうね」
「ご納得いただき、ありがとうございます。あ、悪いな。妖精族ゆかりの施設なのに」
「もう、気にしないで。どうせ壊すって聞いていたし」
 レノレノの眼差しがどんどん遠くなっていってしまっている。もう夜中だし、きっと、疲れてきたんだろう。手早く片付けなければ。
「よっしゃ、やるぞぉ……」
 風化プロテクトに対抗するためにも、『永冥のダンジョン』に穴を開けたのと同じくらい気合を入れる。
 でも、周囲のマナを励起させたところで、待ったがかかった。
『×××!!』
「ぅえ!?」
 突然目の前に現れた青白い影に、俺は驚いて、二、三歩後退った。
『×××! ××××!? ×××××ーーー!!』
 それはたぶん、男性の幽霊だと思うが、すごい勢いで何かをまくしたてている。でも俺には、彼の言葉が聞き取れなかった。
「リヒター様!」
「な、なにこの人? 知ってる?」
「いいえ」
 俺を背にかばってくれたガウリーだが、この幽霊のことは知らないらしい。
「貴様がエマントロリアの主か。ここで女神の下に送ってくれる!」
 ガウリーもシャリリと剣を抜き放ったが、今度は俺たちの後ろから待ったがかかった。
「ちょっと待って! その人、妖精族だよ!」
「えぇ!?」
 「隠密のケープ」を脱いだレノレノが、やっぱり俺には聞き取れない言葉で幽霊に話しかける。すると、なんと通じ合ったらしい。
「嘘みたい……この人、自分をバッキ・オーズオーズだって言ってる! 本当に本人!?」
 レノレノはなにやら興奮しているが、俺たちには未知の人名だ。
「誰だ、それ?」
「妖精族に伝わっている、天才科学者だよ。ほら、聖者くんが、エマントロリアでは魂魄エネルギーの研究をしていたって言っていたでしょ? その研究者だよ!」
「マジか」
 大物だったらしい。
「えっ、四千年もここにいたの? 幽霊の寿命……寿命? は、四百年くらいだって聞いたことがあるんだが?」
「それは初耳です、リヒター様」
「あ、いや……」
 日本で目撃されていた関ヶ原の幽霊が、ある時期を境に激減したっていう話があって、それで、だいたい四百年くらいじゃないかって言われていたんだ。まあ、海外の幽霊や、まして異世界の幽霊の寿命は知らんのだが。
「それで、彼……いや、妖精族ではそう言わないのか。オーズオーズ氏は、何て言っているんだ?」
「奇妙な魂の人間が入ってきたから観察していたら、なにやら危険なことをしはじめそうだったから止めに来たんだって。奇妙な魂って、聖者くんのことだよね?」
「心当たりがありすぎるから、そうなんだろうな」
 それからしばらく、レノレノに通訳をしてもらって、バッキ・オーズオーズと名乗る妖精族の幽霊と話してみたところ、次のことが判明した。
 オーズオーズはエマントロリア研究所で死亡したが、現在も地下で研究を続けている。
 奇妙な魂の人間(俺のこと)が縄張りに入ってきたので観察していたら、急激にマナが励起したために、なにか事故が起こるのではないかと驚いて出てきた。
 生きている人間(神殿騎士たち)に対して、特に害意は無い。
「ふむ。じゃあ、『神剣ミストルテイン』について、聞いてみてもらえるか? 壊したいんだけど、危険がないかどうか」
 またレノレノがオーズオーズと会話して、回答が来た。
「構わないって。オーズオーズの研究成果を軍事利用されたものなんだって。興味がないから、いままで放っておいただけみたい」
「なんか、極端な人だな」
「研究者って、こんなもんじゃない?」
 言われてみれば、鳥オタクのフィラルド様とかも。たしかにな。
「それで、オーズオーズは聖者くんを調べたいってうずうずしているんだけど、どうする?」
「しら……あぁ、まあいいよ」
「リヒター様!?」
 ガウリーがびっくりしているけど、俺の本来の目的は、むしろそっち方面なんだが。
「いや、それが目的なところもあったし。研究者の意見が聞けるなら、俺としては願ったり叶ったりだ」
「じゃあ、研究所までおいでって。案内してくれるみたい」
「わかった。じゃあ、『神剣ミストルテイン』を壊してから行くか」
「あっ、この上じゃないみたいよ」
「えー」
 スタッフオブセレマを構えたまま、がっくりしてしまった。
「基地の見取り図もあるって」
「なら、そっちから先に行くか」
 俺たちはそろって、来た道を引き返していった。
「リヒター様、アンデッドの言葉を信用なさるのですか?」
 こそこそと囁いてきたガウリーの神殿騎士らしい言い方に、俺は苦笑いを溢した。
「他に手掛かりはないし、レノレノは信用できるからな。それに、神殿騎士に対して敵意が無いのは、ガウリーもわかっているだろう?」
 第八大隊所属として、十数年をエマントロリアで過ごしてきたガウリーだから、渋々といった面持ちで納得してくれた。
 瘴気を出す白い靄は、放っておくと他のアンデッドや邪妖精になってしまうので討伐するし、神殿騎士たちにもまとわりついて攻撃してくるが、オーズオーズとは会ったことがなかったのだ。オーズオーズはいまも、浄化魔法のせいでふらつくことがあっても、俺たちに対して攻撃をしてくるようなそぶりはない。
「なあ、オーズオーズ。あのエクトプラズムみたいな、白い靄状のアンデッドはなんなんだ?」
「……なんかねえ、いつの間にか勝手に出てくるようになったみたい。自分に危険がないから放っておいているって」
「お、おう……」
 本当に、自分が興味あること以外には、まったく無頓着なんだな。
 幽霊のオーズオーズの案内は、当然のことながら通行止めな場所にぶち当たることが多く、その度にガウリーが近い迂回路を探したり、俺が壊せそうなところをウォーターカッターで切ったりして進んでいった。もちろん、その間にも定期的に浄化魔法を使って、エクトプラズムをガウリーが剣技で消していく。本当に、このモヤモヤはよく出てくるな。
 半分瓦礫に埋もれた階段を下り切って、錆びついた防火扉をこじ開けて、ようやくオーズオーズの研究室がある地下階までたどり着いた。
「ちょっと、疲れた」
「もう朝なんじゃない?」
 ここまで来た道、けっこうアスレチックだったからな。
 しかし、オーズオーズに続いて、ぼんやりと光る物がある研究室に入った時、俺はあんぐりと口を開けてしまった。
「おい、これって……」
「なんとなく、見覚えがありますね。形は違いますが」
 ガウリーも俺と同じ事を思ったらしい。
 メタリックな薄緑色の光を放つそれ自体は、バスケットボール大のいびつな白い塊で、ふわふわと宙に浮いていた。よく見ると、ビスマスのように同じ形の凸凹がある。
「ダンジョンコアじゃねーか」
 『永冥のダンジョン』のコアよりも武骨な感じだが、あれと同じ雰囲気を持っている。
「エマントロリア遺構は、ダンジョンだったのでしょうか?」
「いやぁ……ダンジョンに入る時の抵抗を感じなかったぞ」
 三郎ホープも興味深げだが、俺は首を傾げた。こんなに大きなダンジョンコアなら、少しくらい異空間に入った時の抵抗を感じてもいいと思うのだが、ここまでにそんなことは一度もなかった。
 レノレノがオーズオーズに聞くと、オーズオーズの方が驚いているようだった。
「オーズオーズは、これがダンジョンコアだって知らなかったみたい。世界を巡るエネルギーの研究をしていたら、いつの間にかこれがあって、だんだん大きくなるにつれて、演算道具扱いしていたみたい」
「おう……」
 四千年前は、魔素とかダンジョンとかの概念は、一般的ではなかったんだろうな。だからって、ダンジョンコアをパソコン扱いする幽霊ってのも、なんだかぶっ飛んでいるが。
「ダンジョンっていうのは、魔素によって異空間に造られた迷宮のことだ。オーズオーズがダンジョンマスターになれば、今後討伐されるまで消滅することなく、色々な研究を続けられると思うぞ。もう飽きて消滅したいなら、俺がターンアンデットするけど」
 人間がダンジョンマスターになるには心理的ハードルが高いが、オーズオーズはすでに死んで四千年たっているからな。
「……ダンジョンマスターになるって」
「嬉しそうだなぁ」
 すごくはしゃいでいるのがわかるので、まあ、悪くはないだろう。