第十四幕・第三話 若村長とエマントロリア遺構


 翌日、まだ太陽が昇る前の薄明るい中を、マクシムさんとガイさんは帰っていった。俺たちはもう少し準備をしてから、夕暮れに紛れてエマントロリア遺構に忍び込むつもりだ。緯度の関係もあって、この辺は夏になると、太陽が出ている時間がかなり長いんだ。
「エマントロリア遺構のほとんどは地下にあります。といっても、地面の下というわけではなく、巨大な施設がまるごと山の中に入っていると思ってください」
 ガウリーが描いてくれた簡易的な図は、ジェリドの精緻な地図とは比べものにならないが、要所を掴んでわかりやすかった。
「外からは、そこに建物があるって、わからないようになっているんだな」
「そうです」
 ガウリーによると、エマントロリア遺構は確かに広いが、崩れて通れなくなっていたり、扉が開かなかったりで、人が入り込める場所も限られているそうだ。
「俺とサルヴィア様が持っている前世での知識を用いるならば、『神剣ミストルテイン』は山頂付近か、あるいは南から東に面した斜面にあるはずだ」
 大型レーザービームなんだから、格納されていたとしても、その辺りだろう。
「俺の水流魔法で壊すのはいいんだが、遺構内に人がいると被害が出る可能性がある。完全破壊を確認するためにも、なるべく、場所を特定してから、集中して壊したいな」
「そうですね。正直言いまして、私たちでは、何処が何をするための施設なのかわかりませんでした。現地に行ってから、レノレノ殿に解読してもらって進むことになると思います。ただ……文字らしきものも、ほとんど消えてしまっているのですが」
 エマントロリア遺構は、この町の門を出ると見える。小さな丘が連なっている中で、明らかに不自然な形をした峰があるのだ。一見すると森のように見えるので、一発で当てた俺にガウリーは驚いていたが、たぶん、最初からあの形を見慣れているからだろう。
(長い年月をかけて、崩れた場所に土埃や草木が重なっていったんだな)
 馬を飛ばせば一時間もかからないが、歩いて行くと結構な距離がある。だけど、馬車で行くとなると、むこうでの馬の世話が問題になる。
 俺は三郎に、ここで待機してもらおうと思ったのだが、彼の返事はノーだった。
「馬車はこの町で売ります。元々王都で買い求めたものですし、王太子殿下たちには手前の顔も知られておりますので。帰りは転移スクロールで、どこにでもお送りしますよ」
 そう言って出されたのは、『永冥のダンジョン』に行くときに乗せてもらった、ロードラル帝国製ゴーレム馬車だった。
「何台持っているんだ?」
「手前どもの活動に支障が無い台数、とだけ。マスターは税金対策と言っておりましたが」
 ブルジョアめ!!!!
「そうか。ここまでありがとう。良い飼い主に買われてくれよ」
 俺は荷台を引っ張ってきてくれた二頭の馬を撫で、商業ギルドに引き取られていくのを見送った。
「それでは、参りましょう」
 俺とレノレノが荷台に乗り込み、ガウリーの案内でホープが馬車を操る。
 ゆっくりと暗くなっていくなだらかな丘を爆走する馬車が、目的地に到着するまではすぐだった。

 そして、辺境の町ナローアを挟んで俺たちの反対側には、王家と大神殿の紋章を掲げた騎馬の一団が迫っていた。


 ガウリーが案内してくれたのは、第八大隊の駐屯地からだいぶ離れた場所だった。下草の中にわずかな道があり、目を凝らすと遠くに牧柵が見えるので、時々は人が通るのだろう。
「遺構の中を探索している時に、ここに繋がる道をたまたま発見しまして」
「なるほど」
 人の腰丈ほどに、よく茂っている下草をかき分けながら進むと、ぽっかりと口を開けたコンクリートっぽい廃墟にたどり着いた。ほとんど木の根に潰されていて、奥までたどり着く道が繋がっているのか、少し不安になる。
「薄気味悪いねえ」
「まだ瘴気は感じられないけれど、慎重に行こう。カタルシス。ライト」
「照らせ、トーチ」
 俺の邪妖精除けとガウリーの魔法の光を頼りに、俺たちはガウリーを先頭にしてエマントロリア遺構の裏口から侵入していった。
 さすがに数千年も経過しているせいか、金属部分は錆でボロボロになっていて、コンクリートを突き破った木の根が、あちこちに顔を出している。
 前世の記憶では、安普請な建物などに、ひびの入ったコンクリートがあったが、実はコンクリートって、配合する素材や比率によってはかなり長持ちする建材だ。なにしろ、古代ローマ時代には、染み込んだ水にカルシウムを溶かしださせることで、自動でひび割れを修復するコンクリートもあったらしい。紀元前に造られた巨大構造物が遺っているのは、中に錆びる鉄筋が入っていないからだけでなく、そういう理由もあるんだとか。
(だけどここは、軍事施設だったみたいだし、攻撃で壊されてそのままになってしまったのかな)
 それでも、金属建材がまだ遺っているのは解せない。
(俺の知らない、この世界独自の素材が使われているのかもしれないけど)
 もしかしたらエマントロリアも、ゲームに登場したイベントの舞台かなにかで、ファストトラベルシステム用の遺跡や、リューズィーの村のように、風化に対するプロテクトがかかっていたのかもしれない。
(とすると、『神剣ミストルテイン』を俺の魔法で壊せるのか……)
 大丈夫だとは思うけれど、ちょっと不安な気持ちもある。リューズィーの加護を信じるしかない。
 折れ曲がった鉄筋を潜り抜け、滴り落ちてくる水が作る水溜まりを跨ぎ越し、慎重に進む。途中では半開きになったドアや、崩れて先に進めない曲がり角などもあったが、ガウリーは迷わず、ぽっかりと開いた壁の前で立ち止まった。
「ここから上に登ります」
「エレベーターだ……」
 縦に伸びた空洞を見上げ、俺は呟いた。いま踏んでいるのは、エレベーターのカゴ部分だろう。ワイヤーは無くなっているし、劣化した天板を踏み抜いてしまいそうで怖いが、壁に沿って上から縄梯子が垂れているのが見えた。たぶん、ここを去る前にガウリーが設置しておいたものだろう。
 二階分ほど上がって、上半分を塞がれた出口から這い出すと、やはりコンクリートむき出しの廊下が続いている。ドアが無くなった部屋をのぞいてみると、暗くてよくわからないが、なにかの残骸が、あちこちに小山を作っていた。
「たぶん、こっちが研究所だな。それか、資材管理とかをする事務棟だろう」
「よくわかるね?」
「装甲巨兵とやらは、こんなに小さい部屋に収まるものじゃないだろう? それに、作戦指揮所って雰囲気でもない。施設案内板とか残っていればいいんだが」
「ボクが読めるものがあるといいなぁ」
 レノレノと囁き合いつつガウリーについていくと、『待て』とハンドサインをされて、黙って立ち止まった。ガウリーがその先を探りに行って戻ってくると、眉間にしわが寄っていた。
「妙に騒がしいです。たぶん、我々の侵入がバレました」
「えっ、なんで?」
「おそらく……リヒター様の浄化魔法のせいかと」
「ん? ……あっ、そうか!」
 俺のカタルシスで浄化してしまうと、大神殿で教えている浄化魔法が効かなくなるんだった。
「すまん。もうちょっと、ちまちまやればよかった」
「いえ。では、プラン変更ですね」
「そうだな。聖者プレイは疲れるから、あんまり長続きできないんだが」
 俺は【空間収納】から「啓示の聖衣クロス」を取り出して着替えた。そして、レノレノとホープに、俺たちの「隠密のケープ」をかぶってもらう。二人とも、ここで面が割れると、商売に差し支えるからな。
「それじゃあ、とりあえず天辺まで行こうか」
「かしこまりました」
 俺たちは神殿騎士の姿が見えなくなったタイミングで、隠れていた通路から滑り出し、灯りがともされた通路を堂々と歩き始めた。
 当然、巡回している神殿騎士から誰何はされるけれど、威圧……じゃない、聖者オーラ放っている俺を連れて歩いているのがガウリーなので固まってしまう。
「え?」
「だ、大隊長……?」
「マクシム大隊長の指示に従い、総員退避せよ。誰もエマントロリア遺構に近寄らせてはならん!」
「「は、はいっ!!」」
 ガウリーの勢いに負けて従ってくれる人がほとんどだったが、わざわざ追いかけて制止してくる人もいる。まあ、職務に忠実でいいことなんだけど……。
「止まれ! アイザック、なぜここにいる!」
「そこ、危ないぞ」
 俺が指摘した時には、息を切らして走ってきた三人が、白っぽいぼんやりしたものに包み込まれて悶絶している。これがエマントロリア遺構のアンデッドか。靄みたいに不定形だけど、ゴーストに近いのかな。
「ターンアンデット。……ふーん? ゴーストにしては、なんか人の気配を感じないな」
 一応、俺の神聖魔法も通用するようだが、なんだか手応えがいつもと違う。生きていた人の霊魂というより、単なるエネルギーの塊のような感じがするのだ。
(ゴーストっていうか、エクトプラズム? これが、研究所の成果物なのかな? まあ、後でいいか)
 とりあえず、『神剣ミストルテイン』の破壊が先だ。
「危ないから、外に避難していてくれ。ガウリー、行こう」
「はっ」
 俺たちは適度に浄化魔法を使いながら、てくてくとエマントロリア遺構の中を歩いて行く。シャンディラの時のように、押し返されることは無いのだが、いつの間にかエクトプラズムっぽいものが現れ、瘴気が漂い始めるだ。正直言って、きりがない。
「レノレノ、大丈夫か?」
『大丈夫だよ。それにしても、変なものが出てくるんだねえ』
 すぐそばで囁き返してくる声に、俺は同意の頷きを返した。
「ホープは、いままでにこういうのを見たことがあるか?」
『いいえ。ロードラル帝国にいた頃も、見たことがありません』
「そうか」
 ホープも見たことがないってことは、やっぱりエマントロリア遺構独特の存在なんだろうな。
「こいつらが湧いてくる原因を叩こうにも、崩れた先までは捜索ができないもんな」
「はい。下手をすると崩落の危険がありますので。かといって、瘴気が出ているのに放置もできませんから」
 重機で慎重に解体という事もできないし、よくわからない遺跡を魔法で破壊してしまうのも躊躇われるし、悩ましいところだな。
 塞がれた道を迂回して、開いたままのドアをくぐると、そこは大きな窓がある指揮所だった。ただの四角い穴になった窓の向こうには、三階分くらいをぶち抜いた、巨大な格納庫になっていた。ただし格納庫は、三分の一ほどは天井から崩れていて、その下にあったと思われる車両や装甲巨兵を押し潰していた。
(わぁ……たしかに、『サイレンス・ドーン』っぽいな)
 俺たちがいるのは、三階部分の指揮所だが、そこから見下ろせる範囲には、人間が搭乗できそうなほど大きい、人型のロボットに見えるものが、いくつも残骸をさらしていた。巨大な銃やミサイルポッドらしきものもあったが、風化が激しく、そうと知らなければわからないだろう。
(どういう原理で動いていたのかは気になるけれど、今は先を急ごう)
 俺はガウリーに続いて、格納庫の指揮所にある別のドア穴を潜り抜けていった。