第十四幕・第二話 若村長と神殿騎士団第八大隊
エマントロリアに向かう俺たちの旅は、至って順調だった。
少しでも人と話す機会があれば、レノレノがデンゼリンの町であったことを大袈裟に話して回るので、すっかり聖者が汚い権力者を打ち負かすヒーローになってしまっている。ますます、水戸のご老公になった気分だ。 野盗や魔獣に襲われることもない旅で少し拍子抜けしたが、これはおそらく、俺たちの前にオフィーリア嬢達が通ってきたからだと思われた。彼女たちは王国騎士でもないのに、若手貴族の中ではサルヴィアに次ぐ強者であるそうな。襲ってきたやつを、全部倒したんじゃないかな。 そんな静けさであるから、オフィーリア嬢から貰った、エマントロリア遺構の現状に関するレポートも読むのが捗った。 「どうも、中央からの情報がほとんど入っていないようだな」 「おそらく、私が抜けてからは、大隊長が意図的に王都へ呼ばれていないのでしょう」 ガウリーがエマントロリアからいなくなって一年以上が経っているそうだが、その間の第八大隊の隊長は、マクシムさんというベテラン神殿騎士がやっているらしい。ガウリーによると、ガウリー以上に現場主義な人で、指揮官としてはともかく、あまり政治向きの人柄ではないそうだ。そりゃあ、余計に大神殿からハブられるな。 『神剣ミストルテイン』に関しても、特に新しい情報はなく、神殿騎士たちも戸惑っているようだ。まあ、剣の形をした物がたくさんあるんじゃ、そうだろうな。 「瘴気の濃度や、アンデッドの出現傾向も変わっていないようですね。若い新人以外の補充がされていないというのが、少し気になりますが」 「なんで?」 「メラーダに関して、私以外の者も知っているのではないかと、探りに来るのが普通では?」 「言われてみれば、そうだな」 事が事だけに、ガウリーはメラーダのことを部下たちに言わなかったそうだ。ガウリーがどんな仕打ちを受けたかを見れば、巻き添えにするわけにはいかないだろう。ということは、最初から大神殿派の奴が第八大隊にいる可能性が高いか。 「誰が大神殿派かなんて、わからないよな?」 「そうですね……何人か心当たりはありますが、神殿騎士団長や、オデット王妃のご実家であるバリエ侯爵家が関わっているとなると、誰が買収されているかはわかりません」 逆に、脅しや買収に屈しないと思われる人間をピックアップしてもらった。さっきのマクシム大隊長も、そのうちの一人だ。ただ、何事にも絶対はありえない。 「次のナローアが、辺境で最後の町です。その先は、小さな集落や牧場への道以外は、エマントロリア遺構に向かう道しかありません。第八大隊の人間が息抜きに来るとしたら、この町です」 「よーし。それじゃあ、ボクが偵察してくるよ★」 大神殿がガウリーの帰還を予想して網を張るとしたら、ここから先だろう。 ガウリーは馬車の中で待機して、俺と三郎が行商人のふりをしている間に、レノレノが酒場や宿屋に探りを入れに行った。休暇中の神殿騎士がいるかもしれない。 (接触するなら、なるべく友好的にいきたいけど) いきなり上層部のスパイがいるかもなぁ、なんて俺はびくびくしていたが、レノレノが連れてきた、熊みたいにでっかい男を見て、杞憂だと悟った。 「だい゛だい゛ぢょ゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛……ッ!!!」 「馬鹿者、声が大きい!」 「よ゛がっ゛だぁ゛ぁ゛!」 だばーっと涙を流しながら地面に両膝をついているのは、小隊長の一人でガイさんというらしい。彼も、買収には屈しないとガウリーが判断した人だ。 (というか、ガウリーって、めちゃくちゃ慕われてるな) 仕事ぶりも人柄もいいから当たり前なんだけど、ここまで無事を喜ばれる上司もなかなかいないだろう。 「みんな、変わりないか? 迷惑をかけてすまなかった」 ガイさんはまだ、えっぐえっぐと泣いていたが、大きく頷いて、第八大隊に連帯責任が負わされていないことを答えた。 「アイザック大隊長と一緒に行った、クロードさんとバジルさんしか帰ってこなかったから、みんな滅茶苦茶心配していたんですよ。二人とも、大隊長から神殿に逆らうなって命令されていたから、仕方なく帰ってきたって言っていましたけど……。あとでマクシムさんが大隊長に任命されたって連絡が来て、クロードさんとバジルさんは落ち込むし、勝手に大隊長にされたマクシムさんが一番怒り狂っていましたよ」 「そうだろうな……」 ガウリーは頭を抱えるが、大神殿がメラーダ取引をしているなんて軽々にしゃべれないし、証拠をつかむまでは自分一人で頑張るつもりだったんだろう。 「悪いが、マクシムを呼んできてもらえないか? みんなには、私のことはまだ言わないでくれ」 「わかりました!」 そろそろ夕方だというのに、立ち上がって敬礼したガイさんは、馬に飛び乗って町から出ていってしまった。 「もう夜になるのに、よかったのか?」 「ガイは見ての通りの男なので、じっとしていられないのです。大声で余計なことをしゃべられるよりは、体を動かす命令をした方がいいのです」 苦笑いを浮かべるガウリーに、管理職の苦労を見た気がした。黙っていろと言われても、嬉しくてしゃべっちゃうんだろうなぁ。 「……もっと信仰の方面でガチガチなイメージだったんだけど、神殿騎士って、意外と暑苦しいんだな」 「否定は致しません。特に、 お説教よりも、パワーが重宝される現場だから、仕方がないんだろうな。 (しかしなんというか……) 既視感を拭えない。ゼガルノアもそうだったけど、ガウリー、お前もか。まあ、部下に慕われているのは、そうでないよりはずっといいはずだ。 俺たちが宿をとって食事を終わらせると、すごい勢いで馬が駆けこんできた。ガイさんがマクシムさんを連れて戻ってきたらしい。 「アイザックゥ〜〜〜ッ!!!」 ばこーんと宿屋のドアを壊しかねない勢いで入ってきた、四十歳過ぎくらいのムキムキなオジサンは、宿の一階にある食事処にいた俺たちを見つけると、闘牛のような勢いで向かってきた。レノレノは楽器をかばって腰を浮かせ、俺は思わず隣にいた三郎にしがみついてしまった。 「キッサマァ、のこのこと戻ってきやがって! 大隊長職を俺に押し付けて飲む酒はうめぇかァッ!?」 「悪かったと思っている。マクシム、頼むから落ち着いてくれ」 「店に迷惑ですよ! 大隊長、ちょっと落ち着いて!」 顔を真っ赤にして鼻息も荒いマクシムさんを、追いかけてきたガイさんが必死に羽交い絞めにしている。 ガウリーは二人の分の酒と食事を注文すると、とりあえず腹ごしらえをさせ、その後で部屋に上がるよう促した。俺と三郎ホープはそれに続き、レノレノは酒場に行くと言って別れた。 「色々あったんだ」 ガウリーはこれまでにあったことを、マクシムさんとガイさんに話した。メラーダ取引を嗅ぎつけたせいで、神殿騎士団長たちに捕らえられ、「隷属の首輪」を付けられてしまったこと。役職を剥奪され、奴隷のような扱いでヴァルツァー卿が率いる小隊に入れられ、魔境に行ったこと。アンデッドの大群に轢き潰されそうになったが、ブランヴェリ公爵代行に協力している神聖魔法使いに助けられて、そのまま一緒にいたこと。 「リヒター様には、命を救われたうえに、従属アイテムも外していただいた。私は生涯リヒター様に仕え、大神殿に戻るつもりはない」 「経緯はわかった。大神殿がメラーダ取引をしているっていう噂は、ここまで届いている。先だって、トゥルネソル侯爵令嬢が来た時に、大神殿のやらかしはだいたい聞いた」 「第八大隊を差し置いて魔境に遠征して……全滅したって」 「ああ。……酷い光景だった」 血塗れの街道に蠢く臓腑たちや、カビと蛆が湧いた死体の塔などは、ガウリーにとっても強烈な記憶になっているようだ。 「だが、彼らのことも、リヒター様は仇を討ち、これ以上瘴気を出すアンデッドにならないよう弔ってくださった。これを見てくれ」 ガウリーがマクシムさんたちに見せたのは、リディアーヌ小隊長が自分の部下たちに宛てた証明書だ。大聖女様の了解があるから、俺たちの邪魔をするなっていうアレだ。 「大聖女さまの……」 「そうだ。いま、神託を受け取ったという聖女マーガレッタの進言どおりに、王国騎士団や王太子殿下がこちらに向かっていると思われる。ロイデム大神殿はそれを牽制するために、マーガレッタ嬢に女子部隊を付けて同行させるつもりだ。現に、クラリス副隊長をはじめ十名以上が、大聖女様の下から王都に召還されている」 「なるほど。 マクシムさんは眉間に深い縦ジワを刻むが、ガイさんは困惑気味だ。 「ですが、我々にはなにも命令がきてないですよね? 王国騎士団が来ることさえ、トゥルネソル侯爵令嬢が教えてくれなければ知りませんでした」 「それこそ、俺たちに王国騎士団を邪魔させる魂胆なんだろうよ。とにかく縄張りを荒らされたくない、って言うのが上の本音だ」 長く神殿騎士をやっているマクシムさんの、苦々しく言う推測は当たっているだろう。 「そこでマクシム達には、マーガレッタ嬢に付いてくるクラリス分隊長と一緒に、適当に王国騎士団をあしらって欲しい。私たちの邪魔をされたくないが、さすがに王太子殿下を危険にさらすわけにはいかない。王太子殿下に関しては、王国騎士団も同じ考えだろう」 「着かず離れず粘着して、臨機応変に対応しろってことか」 「そうだ」 「前大隊長は、本当に面倒くさいことを言いやがる」 口では悪態をつきつつも、マクシムさんの表情は面白がっている。ガウリーが自分の実力を正確に把握して、頼ってくれることが嬉しいのだろう。 「わかった、任せておけ。それで、お前は何をするつもりで、エマントロリアまで来たんだ?」 「まずひとつは、『神剣ミストルテイン』を破壊すること。ふたつめは、エマントロリア遺構のどこかにある研究施設まで、リヒター様を護衛することだ」 「王家が探しているものを、壊しちまうのか?」 文句を言われ、面倒なことにならないかとマクシムさんは心配するが、ガウリーは毅然と首を振った。 「修復不可能なまで、完全に壊す。そもそも、神託が女神アスヴァトルドからのものではない。女神はお籠りされ、使徒であるリヒター様にも神託が降りない状態なのだ」 「じゃあ、神託があったこと自体が嘘ってことか?」 「いや、神託はあったのだろう。ただ、ディアネスト王国を瘴気まみれにした、厄災神エイェルからのものに違いない」 マクシムさんとガイさんは顔を見合わせる。いままでにエイェルの名を聞いたことがなかっただろうから、戸惑っているんだろう。 「シャンディラで一度はエイェルを退けたが、今度はこの国を滅ぼして瘴気まみれにするつもりだ」 「……わかった。実際に魔境へ行っていたお前の言葉を信じる」 「感謝する」 「それで、お前が仕えているという聖者様はどこに? 一緒じゃないのか?」 「え?」 きょとんとしたガウリーから視線を向けられ、そういえば自己紹介がまだだったと思いだした。 「ああ、俺がリヒターだ。よろしくな」 その辺にいる冒険者みたいな恰好をした俺が、腰かけたベッドの上からひらひらと手を振ると、マクシムさんとガイさんはぎくしゃくとした動きで椅子から立ち上がり、床に膝をついた。 「「し、失礼いたしました……ッ!」」 そんなに畏まられると、やりにくいんだけどなぁ……。 |