第十四幕・第一話 若村長と妖精族
粗野な空気が濃い田舎町の酒場に、古い流行曲が流れている。竜に捕らわれた星の姫を助け出す英雄をうたった、叙事詩をモチーフにしたものだ。
弦楽器を奏でる見目のいい吟遊詩人は、酒場の女将や女給仕たちから好意的な視線を送られるたびに、にこにこと穏やかな笑顔を見せている。 「リフが、彼と敵対したくないと言っていた意味が分かりました」 「だろ?」 スヴェン・マハムの姿をしたレノレノを眺めて嘆息するガウリーに、俺はジョッキ片手に微笑んだ。 現在、エルフィンターク王国の市井には、王家と大神殿に対するネガティブな噂が急速に広がり、反比例して、サルヴィア・アレネース・ブランヴェリ公爵代行とその一党、及び聖者と呼ばれる一人の神聖魔法使いに関する好感度が上がっていた。 (これだから、『道化師レノレノ』は怖いんだ) 自分たちに都合の良い噂をばらまく腕にかけては、レノレノは世界一だと思っている。ネズミ算式に増えていく不信感と悪感情を抑えるために、貴族や聖職者たちは躍起にならなくてはならないだろう。 「第一王子のルシウス様とサルヴィアは仲がいいみたいだし、エルマさんもアデリア妃の侍女だったらしいから、ギスギスが残らないといいんだけど」 「トゥルネソル侯爵令嬢がフォローすると言っていくださっていましたし、大丈夫でしょう。……それに、私は妃殿下たちの傲慢さや、聖者様への無礼を許してはいけないと思います。聖者様が拒絶したのは当然のことですし、宮廷でのこととは別に考えねばならないでしょう」 「それはそれ、これはこれ、ってことか」 「その通りです」 いつもの重装備な鎧姿ではなく軽鎧だけで、護衛の冒険者にしか見えない格好のガウリーは、真面目腐った表情で頷いた。俺も質素なローブ姿で、同じパーティーの魔法使いに見えることだろう。 デンゼリンの町で王妃たちを追い払った俺とガウリーは、リンドロンド商会が手配した……というより、リンドロンド商会の募集を逆手にもぐりこんできた、三郎ホープとレノレノと一緒に、馬車でエマントロリア遺構に向かっていた。 ちなみに、俺に見つけられやすいように、最初に出していた『メロディ工房』のロゴが入った馬車はしまわれ、いまは何処にでもある地味な馬車を使っている。俺たちは商人の三郎ホープに雇われた護衛としてふるまい、王国騎士団や大神殿の追跡を逃れていた。 俺たちは現地の人に紛れて、普通の旅人のように、こうして庶民的な酒場で食事をして、ほどほどの宿に泊まっていた。 「三郎は、王太子たちのところにいると思っていた」 「恐れ入ります。しかし手前どもも商売でございますから、ツケが重なるような時は、仕入れに向かう事にしております」 「ぶはっ!」 王太子がツケとか、笑えるなんてもんじゃない。素寒貧かよ。 「なにを売ったんだ?」 「よく売れたのは宝飾品ですね。他には、珍しい魔獣素材でしょうか」 そう言ってホープがあげた魔獣素材は、ブランヴェリ公爵領ではさして珍しくないものだった。プリズムバードの尾羽とか、ブルースネークヘッドの鱗とか、大型魔獣を狩るついでに、ノアがよく獲ってきたなぁ。 「あれは珍しいものだったのか。村の倉庫に、箱いっぱいにしまわれていたけど」 「たぶんねぇ、聖者くんの感覚が壊れてるだけだよ★」 レノレノの評価が容赦ない。なんでも、どれもドレスなどの服飾材料になる、高級品なんだとか。 キングヒポポタンクの角のような、武器などに加工するものではない素材なので、ノアが獲ってきたものをサルヴィア経由でメロディが買取り、それをアドルファス王子やマーガレッタに売りつけていたらしい。 「なるほど、搾り取るだけ搾り取ったんだな。そうか、それで王太子は、少なくとも仕事をしないといけなくなったわけだ」 マーガレッタを婚約者にして、サーシャ夫人まで養わなくてはならなくなったアドルファス殿下の懐事情は、かなりひっ迫しているとみていいだろう。 「国庫から出ているお小遣いだけでは足りず、自分の領地の税率をあげようとしたら、大量の離反民が出たらしく、さすがに宰相たちから怒られたそうです。どうも、先年は長雨が続いて、特に実りが乏しかったようで……」 「おいおい」 アドルファス殿下の領地っていったら、俺が育った村を含む旧フーバー侯爵領だ。以前、税率を下げようとした新しい代官が王子の不興を買ったと、フィラルド様が教えてくれたが……。 (みんな、無事だろうか) 心配が顔に出たらしい俺に向かって、三郎ホープは囁くように続けた。 「そういった民は大抵、もっと豊かな土地か、中央の権力が及ばない辺境へと逃げるものです」 「そうそう。例えば、ブランヴェリ公爵領とかね。こっそり手引きしている商人や、金持ちがいるみたいよ?」 レノレノも、スヴェンの顔にうっすらと笑みを浮かべて囁く。 こちらでは、ルトー公爵家のダニエル様や、リンドロンド商会が移動を助け、むこうでは、フィラルド様やマーティン様が、受け入れ作業をおこなっているという。ブランヴェリ公爵領では、難民だったディアネスト王国民だけでなく、エルフィンターク王国で食い詰めた民も、移民として吸収しているらしい。 「そうか……」 「もう、相変わらず甘い人だねえ。まあ、そこが聖者くんのいい所なんだけど」 レノレノに肘で突かれ、俺も苦笑いを浮かべる。助けたい人を助けられる人間になりたい俺としては、素直に褒め言葉として受け取っておこう。 「レノレノは、どうしてこっちに?」 「うん、実はボクも、エマントロリアに行こうと思っていたんだ。それで、ロイデムまでたどり着いたら、シャンディラにいるはずのホープにそっくりな人を見かけてね」 二郎ホープとしか会ったことのないレノレノは、さぞ驚いたことだろうな。 「まえに、ブランヴェリ公爵家がエルフィンターク王家と仲が悪いとか、そういう話をキミと話したじゃない? 閣下や賢者くんからもちょっと聞いてはいたんだけどさ、近くで見ている三郎の話を聞いていて、俄然面白くなっちゃったわけ。そうこうしているうちに、あの聖女の神託があったでしょ。これは絶対にブランヴェリ家からアクションがあるってアタリを付けて、三郎にくっついてきたんだよぉ★」 「こちらには、マスターから聖者殿が行くから、できるだけサポートをするように、と連絡がありましたので」 「そうだったのか。ありがたい、メロディにも礼を言わなきゃ」 正直言って、俺とガウリーの二人だけでは、追跡を振り切って旅をするのが大変だった。三郎ホープに出動を命じてくれたメロディには、頭が上がらないよ。 「レノレノ殿は、エマントロリア遺構に用があったのですか? 一応、一般人の立ち入りは禁止されているのですが……」 エマントロリア遺構の警備をしていたガウリーだが、レノレノなら忍び込んでくることが想像できて、複雑な表情になっている。 「うん。あそこって瘴気があるでしょ? それで、ボクはいままで入るのをあきらめていたんだけど、コレをもらったから、行ってみようと思ったんだ」 レノレノは魔宝石のペンダントを手のひらに乗せて、嬉しそうに微笑む。メロディが作った、『爆速浄化宝玉くんEX』は、魔力を込めさえすれば、周囲の瘴気をすぐに浄化することができる。 しかし、道化師として人の多い所で商売をするレノレノが、どうしてアンデッドが徘徊する遺跡にわざわざ行こうとするのか。そこが結びつかなくて、俺は首を傾げた。 「エマントロリア遺構って、古代の兵器工場と研究所だろ? そんなところに行ってどうするんだ?」 「おお、よく知っているね。じゃあ、あそこが妖精族ゆかりの地だっていうのは?」 「は!?」 「ええっ!?」 ガウリーと俺の驚き方に満足したのか、レノレノはくすくすと笑い声をあげた。 「たぶん、キミたちじゃ、あそこに書かれている文字が読めないんじゃないかな。ボク、また役に立っちゃうよ」 「マジかよ。ありがとう! 助かる!」 「どういたしましてー★ ボクも、アンデッド相手に戦える人がいてくれるのは心強いからね」 たしかに、四千年前の文字が俺たちに読めるかどうかは怪しい。しかも、妖精族の言語では、もっと難解だろう。 (現地に行っても文字が読めない可能性があったのか。こいつは盲点だった。危なかったな) 無駄足とはいかないまでも、欲しい情報を手に入れなかったかもしれないと思うと、胃のあたりがヒヤッとなった。 「四千年前に栄えたというソルヴァレイド協商連邦は、妖精族の国だったのか?」 「いや、人間達の国だよ。ただ、当時は妖精族も数が多くて、人間と共存していたんだよ」 レノレノが言うには、東にいた巨人族たちが衰退し、リガドラ帝国が勢力を拡大することで、妖精族と共栄していたソルヴァレイド協商連邦と衝突するようになったらしい。 「海底火山の噴火でソルヴァレイドが滅びると歩調を合わせるように、妖精族も散り散りになって、今じゃほとんど見かけなくなったね。ボクも、両親以外の妖精族には、いままでに二人しか会ったことがないよ。大昔に他の大陸に渡って、エルフやドワーフの祖先と混じった連中もいるらしいね」 「すごいな。そんなに深い歴史があるのか」 どうりで、賢者ジェリドも妖精族に関しては、文献の中でしか存在を知らなかったはずだ。他の大陸に移ってしまったこともあって、この大陸に残っていても数が少なくなっていったんだな。 (なるほど、彼らの科学力がこの大陸に伝わっていないのは、そのせいか) 知識も技術も、妖精族と共に散逸してしまったわけだ。 「妖精族はもともと、目に見えないエネルギーを操ることに長けていたんだ。現在で言う、マナや魔力、あるいは引力や斥力といったものだね」 妖精族って、オカルト系だけじゃなくて、物理にも強かったのか。羽が生えた森のフェアリーというより、サイキッカー集団なイメージになった。……あー、それでメカ物のタイトルがアンロックされたんだな。 (まだ古代なのに、いきなりSFをぶっこんでしまったのか) さすがは生まれたての創世神。とても自由奔放でいらっしゃる。まあ、もう片方のリガドラ帝国はスチームパンク系らしいし。 「じゃあ、魂魄エネルギーを研究していたっていうのも、本当なのか」 「え、本当に? それ、ボク伝承でしか聞いたことなくて、それも確かめに行こうと思っていたんだけど」 びっくりして目を瞠るレノレノに、俺は少し考えた後、俺が聖女の神託の件とは別に、エマントロリアを目指す、もう一つの理由についても話すことにした。 「細かい事は省くけど、俺は二人分の魂を持って生まれてきたんだ。現状、混ざり合った状態なんだけど、それを完全に統合したい。その方法が、エマントロリア研究所にあるんじゃないかと思っているんだ」 「省かれたところも大いに興味があるけど、なんでエマントロリアのことを知っているんだい? 現代では、学者でも正確なことは知らないだろうに」 「プリマ……『永冥のダンジョン』の、ダンジョンコアに聞いたんだ。あいつは、五千年以上前から存在しているらしい」 ぽかーんと口が開いたままになったレノレノに、俺は肩をすくめてみせた。プリマを目の前にしたら、もっと驚くだろうな。 |