第十三幕・第七話 若村長の聖者としての矜持


 予想通り、俺たちの馬車がデンゼリンの町に入ったところで、騎士たちのお出迎えがあった。
「何事でございましょうか?」
「王妃様方が、その馬車に乗っておられる方をお呼びだ」
 王妃たちの護衛は、いわゆる近衛騎士団や、抜擢された女性騎士が受け持つ。旅行先とはいえ、精強さと煌びやかさがにじみ出た騎士は、なかなかの威圧感がある。
「おそれながら……この馬車はお嬢様のお迎え用でして、誰も乗っておりません」
「なに」
「どうぞ、あらためていただいても……」
 アルダスさんに言われて、騎士が馬車をあらためるが、たしかに誰も乗っていない。
「逃げたか……!」
「よろしいでしょうか? お嬢様を迎えに、この先の宿まで行かねばなりません」
「……行け」
「失礼します」
 馬車は動き出したが、騎士の半数は町の門に留まり、半数は馬車についてきた。俺たちに接触しないか、疑っているのだろう。
「近衛騎士って、意外と馬鹿だな」
「リフを侮りすぎなのです」
 そうやって騎士を引き連れながらやってきた馬車を、デンゼリンで一番高級な宿の窓から見下ろし、俺は鼻で笑った。「隠密のケープ」があれば、この程度の侵入は朝飯前だ。
「魔獣やアンデッドが跋扈する魔境を浄化されているのですから、並々ならぬ胆力をお持ちであるとは思っていましたが、まさかこれほどとは」
「お褒めにあずかり光栄ですが、俺は単に性格が悪いだけですよ、トゥルネソル侯爵令嬢」
 俺が微笑みかけると、サルヴィアの同級生である令嬢三人が頬を染めた。
 完璧なドレス姿で金髪ドリルなのが、トゥルネソル侯爵令嬢オフィーリアさん。明るい赤茶髪をひっ詰めて、動きやすい格好をしているのがガルデア子爵令嬢ロビンさん。青い髪で眼鏡をかけた、ちょっと垢抜けない感じがするのが、リンドロンド商会会長の一人娘ティアベリーさん。この子が、サルヴィアの兄のマーティン様の彼女だ。
 それぞれ方向性は違うが、三人ともとても整った容姿をしている。さすがは乙女ゲーのライバルキャラたちだ。
 俺は彼女たちに向き直り、深く頭を下げた。
「この度は、我々に多くの情報をもたらすためにご尽力いただき、感謝いたします。どうか、これ以上は御身を大事にしていただきたい。そうでないと、俺が閣下に怒られます」
「まあ、おやめください。わたくしたちの方こそ……こんなことになってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
 わざわざ立ち上がって謝る令嬢たちは、俺みたいな農夫と違って、サルヴィアのように国家権力に近い所にいる。彼女たちが、王妃や近衛騎士団に歯向かえるはずがない。
「貴女がたが無事でよかった。さあ、お迎えもきましたし、王都へ。公爵代行閣下とマーティン卿も、そちらへ向かっているはずですから」
「はい、聖者様。女神さまのご加護がありますように」
 三人は俺に丁寧に礼をすると、扉の外に控えていたメイドさんたちと一緒に、宿を出ていった。彼女たちは夏季休暇が終わったら、重要な学校行事が詰まっている。時間的猶予は、少しでも欲しいくらいなのだ。
(それなのに、夏休みを使って俺たちの為に動いてくれていた。感謝しかない)
 マーガレッタたちとぶつかる可能性を考えてメロディから借りてきた、威圧効果抜群の「啓示の聖衣クロス」と、いつものスタッフオブセレマを【空間収納】から引っ張り出し、俺は令嬢たちとのお茶会以上に心を引き締めた。
「やるぞ」
「はっ」
 王妃たちはトゥルネソル侯爵令嬢たちが俺と会うはずだと思っていたらしく、先の予定通り王都に帰ろうとする一行に驚いていた。しかし、令嬢たちの馬車には何も異常はなく、彼女たちの家から過度な不満を向けられるわけにもいかないため、そのままデンゼリンの町を出るにまかせた。
「さて、俺たちが乗る馬車は、どこかな」
 令嬢方や王妃たちが逗留している宿から、俺とガウリーが堂々と出てきたのを見て、悔し気に令嬢たちの馬車を見送っていた騎士たちは驚いていた。
 俺はフードを目深にかぶり、ガウリーはマスクをしている。だが、「啓示の聖衣」の威圧効果に合わせて俺が魔力を放出すれば、騎士たちは跪き、呆然としていた通行人もひれ伏し始め、それが波紋のように広がっていく。
(わぁ、映画みたい)
 俺は心臓に毛が生えているわけじゃないので、気合を入れて、気難しい高飛車聖者ムーブを心掛ける。ゲームでのリヒターはツンツンしていたらしいからな。
「……で?」
「……!」
 宿の前にたむろしている騎士たちの中で、一番偉そうなやつの前に立ったが、青い顔に脂汗を流すばかりで答えてくれそうにない。
「恐れながら、聖者様。王妃殿下たちは、聖者様をお迎えするにあたって、おもてなしの準備をされているのではないでしょうか?」
 予定通りのセリフを棒読みで言うガウリーに、俺はにこやかな声で答えた。
「ほう、それは痛み入る。だが、俺を呼びつけるとは無礼な奴だ。ここ・・に呼んで来い。三分だけ待ってやる! いーち、にーぃ……」
 どこかの悪役みたいなことを言って跪いた騎士を蹴飛ばすと、俺は騎士たちが宿にかけ戻っていく間、並んだ馬車を眺めて、一台の変わったデザインの幌馬車を見つけた。驚いたが、一発で俺たちを迎えに来たとわかった。
 宿の前の広い道を、完全に麻痺させてしまったまましばらく待つと、騎士と一緒にドレス姿がばたばたと宿の外に出てきた。
「濃い金髪がオデット王妃、淡い赤毛の方がアデリア妃です」
 ガウリーが囁いて教えてくれたとおり、侍女とは違う、ひときわ立派なドレス姿が二人いる。ガウリーは続けて、むこうがなにか言う前に怒鳴った。
「頭が高い、控えおろう! 魔境から瘴気をお掃いくださった、徳高き聖者様の御前であるぞ!」
 さすがに王妃たちは少しためらうそぶりをしたが、全員が地面に膝をついた。ふふん、気分はちりめん問屋の隠居爺だ。葵の紋所は持ってないけどな。
 俺は魔力で威圧したまま、できるだけ冷たい声を出した。
「怠惰で愚かなエルフィンタークの王妃が、俺を探すために、我が盟友の友人たちに迷惑をかけていると、風が噂話をしていた。……実に、不愉快だ」
「っ……!」
 出合い頭に、自分の方が身分が下だの、怠惰だの愚かだの言われ、さらにはっきりと不愉快と言われて、一国の王妃のプライドはズタズタだろう。
「俺は忙しい。挨拶も名乗りもいらないから、用件を言え」
 王妃たちは、怒っているような怯えているような、なにやらすごく引きつった形相で睨んできたが、さすがに元の造作は悪くないようだ。俺よりも十は年上だろうし、若づくりをしていたとしても、澄ましていれば美人だろう。
「恐れながら、聖者様には、この国を覆わんとする暗雲を払っていただきたく、お願いに参上いたしました。王城は今や、慮外者や狂信者が溢れ、陛下も日々の政務にも障りが出るほどでございます」
「なにとぞ、お力添えをいただきたく存じます」
(こいつらは何を言っているんだ?)
 俺は彼女たちが何処に羞恥を感じる人間なのか内心首を傾げつつ、心の底から馬鹿にした声を出した。
「ハァ? それって、お前たちが王妃としての義務を放棄したからだろう? こんな所で優雅に這いつくばっていないで、さっさとロイデムに帰れ」
「恐れながら! 人知の及ばぬものが影響を及ぼしているとしか思えず、聖者様の御力と御威光をもって……」
「ハッ、なんだ。サーシャ夫人本人どころか、娘のマーガレッタにすら太刀打ちできないのか。個々人では魅力も能力も劣っているのを棚に上げ、権力を見せつければ、俺という外部勢力が何とかしてくれると? ずいぶんと都合のいい謎理論だな。お門違いも良いところだ」
 宮廷内の仲良しごっこは、そっちだけでやってほしい。
「そもそも、いま俺が、誰の尻拭いをしていると思っている? 貴様たちエルフィンターク王家がやらかしたせいだ! 俺に何か頼みたいのならば、無残に亡くなったディアネスト王国民数十万人と、徴兵されたせいで巻き込まれた無辜のエルフィンターク国民に対し、死んで詫びてからが筋というものだ!! 恥を知れ!!」
 思わず腹の底から怒鳴ってしまったが、とりあえず俺が怒っているという事は伝わったようだ。
 王妃たちはプルプル震えながら泣き出してしまったようだが、俺の知った事ではない。そんなに悔しいなら、最初から本気で王妃業に取り組めばよかったんだ。
「慮外者とは自己紹介か。オデット王妃の実家であるバリエ侯爵家が、大神殿の御禁制植物メラーダ栽培に一枚噛んでいること、知らないとでも思ったか」
「「えっ」」
 王妃が二人そろって、呆けたように顔を上げ、アデリア妃がオデット王妃を見ている。なぜか、オデット王妃も知らなかったらしい。もちろん、近衛兵やまわりの野次馬も初耳だろう。俺もつい最近、クレメンティア様のこっそりお手紙で知ったばかりなんだけど。
「古いディアネストの血を引くバリエ侯爵家が、なぜ侵略に賛成だったのか、なぜ王妃が王を止めなかったのか、不思議だったんだよな。奪ったディアネストの地をバリエ家がもらい、大神殿が隠し持っていたメラーダ畑を独り占めしたかったんだ。ブランヴェリ公爵家から名誉と財貨を奪っておきながら、公爵代行が魔境を完全に平定したら、王家は何かと理由を付けて、その成果すらも取り上げるつもりだろう!」
「そんな……そんな嘘よ! 知らないわ! アデリア、信じてちょうだい!」
「オデットさま……」
 実家が天下に顔向けできない犯罪に手を出していたと知って、オデット王妃は激しく取り乱すが、俺は哀れにも思わなかった。
「まさか、知らなかったなんて、親からも使えない娘だと思われていたのか。王妃になって王子を生んだだけで、それ以上は役立たずだという証明だな。どちらの王妃も、侵略戦争を始めるという国王を止められなかった時点で、王妃失格だが」
「いくら聖者様とはいえ、あまりに無礼ではありませんか。陛下の御心に副うのが、王妃としての役目ですわ」
 第二王妃のアデリア妃が、こちらを睨んでなにやら殊勝そうなことを言うが、まったく理解していないようだ。
「だから、役立たずなんだよ。納税者である国民の役に立たないなら、貴族も王家も、必要ない」
「なんと……なんという不心得な!」
「貴方のおっしゃりようは、矛盾しております! ブランヴェリ公爵家がどうなっても良いというのですか!?」
 こいつら、本当に頭が悪いんだな。
「天下の往来で、王族が脅迫まがいか? だいたい俺は、ブランヴェリ公爵家の部下でも家臣でもない。俺が望むものを提供してくれるから、手を貸しているだけだ。俺は別に、ブランヴェリ公爵家がどんな道を進もうと、知った事ではないな。それは、当主がどうにかする問題だ」
 例えエルフィンターク王家が、「聖者が無礼を働いたぞ」とサルヴィアに文句を言ったとしても、サルヴィアは「へえ、それで?」で済むんだ。俺たちには、主従関係も雇用関係もないからな。
「欲深く愚かなエルフィンターク王家など、厄災神エイェルに踊らされるのがお似合いだ。俺が助けてやる義理などない。潔く、滅びるといい」
 王家が滅びたところで、俺の胸は一ミリも痛まない。もしも旧フーバー侯爵領の人達が生活に困るのならば、喜んでブランヴェリ公爵領に移住を勧めるだけだ。
「行くぞ」
「はっ」
 俺は「啓示の聖衣」をひるがえし、ガウリーを従えて『メロディ工房』とロゴが書かれた幌馬車に向かった。御者台には、気弱そうな顔をした男が座っており、その胸には、赤い魔宝石が付いたペンダントが揺れている。
「やっほー、聖者くん。かっこよかったよぉ★」
「まさか、ここで会うとはな」
「さ、乗って乗って」
 俺とガウリーが荷台に乗り込むと、そこにはこの馬車の持ち主がいた。出会えば不運に見舞われると言われる、見慣れた糸目の笑顔。
「はじめまして、聖者殿」
「リヒターと、ガウリーだ。よろしくな、三郎」
「毎度御贔屓をいただき、ありがとうございます」
 俺たちが乗った馬車は、エマントロリアに向かって、ゆっくりと動き出した。