第十二幕・第三話 若村長と原初の迷宮
それから五日ほどかけて、ダンジョンイーターを十分に弱らせたのち、俺たちはコアルームから出て、ダンジョンイーターの本体が露出した階層に降りていった。
「おお。ボロッボロになってるね」 「これなら、俺たちだけでもいけそうか」 「大丈夫でしょ。なんなら、リヒターの魔法だけでぶっ飛ばせるんじゃない?」 『永冥のダンジョン』三百九十八階。魔素が噴き上げてくる真上にあり、緩やかな螺旋階段の始まりがあるこの場所は、シームルグの光によって元は鮮やかなタイルで装飾されていたことが見て取れた。 そのフロア全体に、べったりと張り付いた、腫瘍のような巨大な菌根。末端はグズグズに崩壊し、いまも再生と自己捕食を繰り返している。これが、ダンジョンイーターの本体だ。 「それじゃあ、いっちょやりますか」 「いつでも」 メロディが火竜を模った防具に覆われた拳同士を打ち付け、剣を抜いたガウリーが盾を構えつつ前に立つ。その後ろで俺は、自分を含めた全員にバフをかけた。 「ここまできて怪我をしないよう、じっくりいこう。ブレッシングシャワー。トリプル・マイティガード。ガウリー!」 「はっ。いざ、参る!」 ダンジョンイーターの本体めがけてガウリーが走り、その正面に陣取った。 「ネメシスブレイド!!」 神聖属性が乗った聖剣技が、気味の悪い菌根を切り裂く。ばっくりと割れた切り口だが、じくじくと再生しているようだ。 「まだ自己回復力があるようです!」 「大丈夫! 効いているよ!」 メロディの火炎属性をまとった拳が突き刺さる。 「オラオラオラァッ!!」 ボンボンッズバンッとラッシュが決まり、黒く焦げた凹みを見せる。 「サンダーバード」 「コッケコッケコォォォォーーー!!」 雄々しい鳴き声に続き、暗いフロアを稲妻が駆け巡る。 焦げ臭さが鼻に届くと同時に、周囲の壁からダンジョンイーターの触手がばねのように飛び掛かってきた。 「ウオォォォォォォ!!!!」 ガウリーのウォークライでフロア全体の空気がビリビリと震え、ダンジョンイーターの攻撃目標を、サンダーバードからガウリーへと無理やり変えさせる。触手はガウリーの盾に弾かれ、剣に叩き切られ、攻めあぐねたように壁に戻っていく。 だいたいはこの繰り返しで、俺たちはじりじりとダンジョンイーターを削り取り、一時間もすると、やがて触手も動かなくなり、菌根は次第に黒ずんでいった。 「リヒター、上下各三フロアが収まるくらいの浄化魔法やって!」 「おう! ……カタルシス!!」 ダンジョンイーターにとって逃げ場のない、マナだらけの空間を張る。 「ナンセイ流舞闘術第五式、一輪挿し!」 ズバァッとメロディの片脚が蹴り上がり、ダンジョンイーターの本体が壁から削り取られて宙に舞う。 それを、ガウリーの剣が一閃。 「ハァッ!!」 真っ二つになったダンジョンイーターの本体は、地面に落ちて黒く干乾び、そしていくつもの魔石をばらまきながら、塵になって消えた。 「や……やったぁ!」 「よっしゃぁ!!」 「お疲れ様でした」 「「コッケコッケコォォォォォォォ!!」」 俺たちは両手を打ち付け合い、肩や背中をたたき合い、ダンジョンイーターとの戦いに終止符を打てたことを喜び合った。 「それじゃあ、コアルームに戻ろう。正常に戻ったか確認しないとな」 「オーケー」 メロディが呼びだした端末を操作すると、俺たちはコアルームに転移した。 「おかえりなさいませ」 「コッケコッケコォォーー!」 「「ただいま!」」 明るく変わったコアルームで待っていた二郎ホープと金鶏に勝利を報告すると、すぐにガーデンテーブルセットが出てきて、温かいお茶が供された。俺も、よく働いてくれたコッケ達に水を出してやる。 「いやぁ、なんとかなったな」 「はじめは、どう手を付けたもんかと思ったけどねえ」 ダンジョンのほとんどが侵食されてしまって、いい魔法を思いつかなければ危ないところだった。 「どうだ、ダンジョンイーターはまだくっついているか?」 努めてそちらに顔を向けずに問えば、妙に艶っぽい女の声が返ってくる。 「いいえ。ダンジョンイーターによる浸食率はゼロパーセント。正常です、ご主人さま」 「ん。よかった、よかった」 「……」 メロディとガウリーの視線を感じるが、俺は知らんぷりしてお茶を啜った。何も見ていない。俺は何も見ていない。 「リヒターさぁ……。別にいいじゃん」 「よくねえよ! 俺にその趣味はねえ!! メロディに任せた!!」 「私の管理権については、すでにご主人さまよりメロディ様に移譲され、問題なく運用されております」 「じゃあ、そのご主人さまは止めてくれ!」 「拒否します。ご主人さまが、私を縛ってくださったのです。無知蒙昧なる私を強く縛って屈服させ、正しい認識を鞭で叩きこんでくださったのです。ご主人さまに命令されることが、私の喜びです。愚かなメス豚を、どうぞ罵ってくださいませ」 情熱的にきっぱりと言い切られ、俺はぞぞぞぞっと全身に立つ鳥肌をさすった。泣きたい。 「リヒターが扉を開いてしまったんだ。責任を取りたまえ」 「勝手に扉を開くな! 調教したのはメロディじゃないか! 俺はなにもしてねえぇッ!!」 俺がいくら喚いても、ダンジョンコアの傍で両手をついて額を床にこすりつけるように、深々と土下座をしている金髪ボンテージ美女は動かない。彼女が、『永冥のダンジョン』のインターフェースアバターだった。 重ねて言うが、俺には断じて、その趣味はない。 話は、ダンジョンイーターを倒す前にさかのぼる。 混ざりものの俺を精査しようとして、『俺』に逆襲された『永冥のダンジョン』は、その機能のほとんどを停止させて、俺の手中に落ちた。厨二病的SFチックな闇と光が溢れていたコアルームは、いまはオフィスショールームのようなモダンな色合いと明るさに満ちていた。 ただ、俺にはダンジョンに関する諸々の知識がなかったので、メロディに管理を委任することにしたのだ。 「ダンジョンの作成者名が入っているけど、読めないな」 「そこは創世神だろう。でも、作っただけでほったらかしになっていたなら、実質的な管理権所有者とか作って、登録できないかな?」 「ふむふむ、なるほど……しかし、これわかりにくいな。私もプログラマーだったわけじゃないし……対話型インターフェースにならんかな」 「あー、オッケーなんとかとか、ヘイなんとかな。ゼガルノアが口頭で意思を伝えられたみたいだし、音声認識できるだろ。このダンジョンに意志があるなら、出してくれるんじゃないか? 『永冥のダンジョン』コア、しゃべれる奴出してくれ」 すると、メロディが見ていたモニターに返事があった。 「お?」 「おお?」 そして、いまはほとんど動いていない、縦に連なったダンジョンコアにかぶさるように、うっすらと女性の姿が映し出される。 「イメージはそうかもしれないけど、すごく倒錯的だな。端的に言うとエロい」 「……」 俺は顔を覆ってしまったが、メロディの言う通り、現れたのは鎖でがんじがらめになった肉感的な美女だった。豊かな金髪が波打ち、口元にほくろが見える白い肌の顔に、しっかりと目隠しがされている。そしてなにより、出るところは出ていても全体的に引き締まった印象のメロディと比べて、むちっとして柔らかそうなグラマラスボディで、すごく目の毒だ。 「どうしよう……」 「童貞かよ」 「うるせえな。どうせこの世界で子孫を残す気はねーよ」 メロディには呆れられたが、アレを直視しながら会話するのは、ちょっとな。視線をそらせたまま、必要なことを済ませることにした。 「主任管理者をメロディにして、彼女に従ってくれ」 『待機中。……主権者リヒターに要求。当施設のメインタイトルが空欄になっています。すべての指示に必要です』 「メインタイトル?」 「名前を付けろってことじゃない?」 「『永冥のダンジョン』じゃないのか?」 「それは、シナリオ『フラワーロード』のみで使われるんでしょ。このダンジョン自体は、まだ無名なんだよ、きっと」 なんだと。創世神は名前すら付けずに、ほったらかしにしていたのか。それはなんだか可哀そうだな。 「うーん、『俺』さんは、原初の迷宮って言っていたけどなぁ」 「オリジンとか、ジェネシスとか?」 「なんか可愛くないな」 アバターがあれだけの美人なので、もうちょっとゴツくない名前にしてあげたい。 「プリマ、はどうだ?」 『登録完了。当施設メインタイトルは、プリマ。プリマは主権者リヒターに帰属します。主任管理者メロディ、ご命令をどうぞ』 ……というやり取りがあったのだが、なにをどうしたらこうなるのか、メロディが調整しているうちに、プリマがM嬢みたいになってしまったのだ。 どこの世界に罵られたいと言うダンジョンコアがいるんだ。ここにいるが。 「服装は、どっちかっていうと女王様なんだけどなぁ。看守のコスプレ的な」 「知らんのか、リヒター? ダンジョンって、元々はお城の地下牢という意味だぞ」 地下監獄のマスターなら、そりゃあそうなるか。 「あー、えっと……とりあえず、ダンジョンイーターは駆除できたわけで、ゼガルノアたち住人の蘇生と、『永冥のダンジョン』自体の修復状況は?」 「今後十二時間以内に、魔石を確保できた住人の内、一割程度の蘇生が完了します。また、蘇生を優先しているため、施設の修復は下層を中心に二パーセントほどの進捗です」 「よし。ゼガルノアたちの回復を待ってから、帰るか」 「ああっ、せっかくご主人さまに縛っていただいたのに……いえ、放置プレイに関しましては、プリマには五千年のキャリアがございますので問題ございません。ありがとうございます。施設の復旧はお任せください」 「……」 本当に、どうにかしてくれ。 |