第十二幕・第四話 若村長と古代遺跡
バンガローで食事をしたり風呂に入ったりしてくつろいでいると、外でコッケがやかましく鳴き始めた。誰かがコアルームに来たらしい。
「お?」 一応の警戒としてガウリーが先にバンガローの外に出て、その後ろから俺が出る。そこにいたのは、ガウリーやメロディよりも背が高い、赤毛の美青年だった。 「ゼガルノア、か?」 「ガウリー、リヒター」 おおう、最高級顔面から、すごいイケボが出てきた。 (精神攻撃完全耐性あるのに、グラッときたぞ。さすがにガウリーも、びっくりして動けないか) 同性でも惚れそうな、低くて滑らかないい声をしたゼガルノアは、背中の皮膜の翼は畳まれていたが、美術品の彫刻のようにぱっきりと浮き出た隆々とした肉体を、鱗のようなよくわからない素材の服で覆っていた。黒が混じった長い赤毛の中から、ねじれた二本の黒い角が飛び出していて、見た目からして魔王だ。 (石化していたのは、巨大変身バージョンで、普段はこのサイズなんだろうな) それでも、百九十センチ以上ありそうで、見上げてしまう。 線の太い顔立ちのなかで、力強い金色の目が俺を見下ろしてくる。そして、ひょいと抱き上げられた。高い高いだ。 「おわぁっ!?」 「リヒター、感謝する!」 くわぁっ、眩しいっ! 笑顔が眩しいッ!! くそぅ、『フラ君U』の攻略キャラなだけはあるな! え、俺は別にいいんだよ。 「マスターもダンジョンの住民も助かった。ありがとう。リヒターを頼って良かった」 「わかった! わかったから、降ろせ。恥ずかしい! あと、イケメンの笑顔が眩しすぎる!」 抱き上げられたまま、クルクル回られたが、俺はノアではないので楽しいとは思わん。ゼガルノアの力が強いだけだが、そんなに小柄でも華奢でもないはずの俺の心が地味にダメージを受ける。 「おおっ、ノアたん、ちょーイケメンじゃーん!」 「メロディか。世話になったな」 「いいの、いいの。あぁ、こっちの恰好に合うマジックバッグが必要だねえ」 「作ってくれるのか?」 「任せなさい」 メロディが胸を張ると、これまたとろけるような笑顔をゼガルノアが浮かべる。 「嬉しい」 「くっ……すっごい破壊力だな。目がっ、目がぁっ……!」 「なぁ、メロディ。俺は、ゼガルノアの笑顔だけで世界征服ができると思うんだ」 「やめたまえ。女だけならまだしも、むさくるしい集団が寄ってくる」 あー、それは嫌だなぁ。 「むさくるしい集団なら、すでにできている。奴らは煩いから、我はリヒターと行きたい。金鶏たちと魔獣狩りをして暮らす」 俺をぷらーんと抱き上げたまま、ゼガルノアは言い放つ。なんだかノリが、異世界で気ままにスローライフをしたい、みたいなんだが? 「もしかしてその煩いのは、部下とか家臣とか四天王とかそういうのでは?」 「知らん。勝手に我を王だと言っている」 ごく最近、似たような経験を俺はしたぞ? 「とりあえず、ダンジョンコアと話ができるようになったから、許可を取ろうか?」 「なんだと」 ゼガルノアは俺を持ったまま、つかつかとダンジョンコアの所に行く。いい加減におろしてくれないかな。 「マスター、我はリヒターと行く」 どどーんと言い切ったゼガルノアの前に、むちむちナイスバディをエナメルボンテージで包んだプリマが現れる。 「私に毎日ご主人様レポートを提出してくれるのなら許可します」 「ストーカーか、てめーは! おかしなことができないように、また制限掛けるぞ!」 「あぁっ、ありがとうございます。どうぞ、もっと罵って、もっときつく縛ってくださいませ!」 「もうやだ、この変態ダンジョンコア!」 俺がジタバタと暴れても、ゼガルノアはびくともしない。だが、俺がプリマの変態さを嫌がっていることは酌んでくれたようだ。 「……リヒターが嫌がっているし、月に一度ではどうだろうか? それから、移動や事件があれば、都度報告する」 「ご主人さまを不快にさせては、下僕として失格ですね。仕方ありません、いいでしょう」 「うぅ〜っ」 月一で行動を下僕に報告されるご主人さまとは。 (でも、ゼガルノアの戦力は欲しいからなぁ) 少し我慢するか。 「あっ、ねえねえ。私、しばらくここに残っていいかな?」 「えっ、メロディ残るのか?」 はいはーいと手を挙げたメロディを見ると、彼女はニコニコと楽し気だ。 「ダンジョン整備に手を出したいんだよね。環境の設定や、生息魔獣の選別とか調整とか、楽しそうだし。それに、いままでなんとなく大きくしていただけで、いろんなオプションが解禁されているみたいなんだよ」 メロディによると『永冥のダンジョン』は巨大だが、大きくて強い魔獣がいるだけで、さほどこったギミックや構造はしていないらしい。 「派生ダンジョンを作れるみたいなんだよ。東大陸の『ダンジョン都市』みたいに、この辺に小さいダンジョンをたくさん作れるみたいなの。その設定も、自由にできるっぽい」 「マジか」 『永冥のダンジョン』は、創世神が最初に作った、文字通り原初の迷宮だ。長い年月をかけて成長し、プリマも複数のゲームタイトルを取得してはいたが、使われていない機能がたくさんあるらしい。 「じゃあ、魔素が濃くなりすぎるっていうのも、緩和できる?」 「できると思う。初心者用のダンジョンとか、踏破用のダンジョンをいくつも作って、魔素を消費できるよ」 「あとは、人間がここまでの道を整備したりすれば……」 「ばっちり、金儲けになる」 指でコインのサインをするメロディに、俺も思わずニヤニヤとした笑いがこぼれた。 「サルヴィアとジェリドに教えてやらなきゃ」 「頼んだよ。いい感じに作っておくから」 「任せた」 かつてゼガルノアがノアを俺の下に送ったように、コアルームからは、ダンジョン外の『空の遺跡』に転移することが出来る。帰りは『空の遺跡』から『星の遺跡』に転移すれば、一瞬でシャンディラに戻れるので、行きほどの苦労はないはずだ。 俺たちが帰りの計画を立てていると、バンガローから手紙を持ったホープが出てきた。 「マスター、三郎からです」 「おや?」 エルフィンターク王国の王都ロイデムにいるはずの、三郎ホープからの手紙らしい。何かあったのだろうか。 「ぇっ……」 文字列を目で追いながら小さな声を出して眉をひそめたメロディは、厚い唇にぎゅっと力を込めて唸った。 「どうした」 「不味い。エイェルが動いた」 「なんだと」 一瞬で血の気が退いた。あの厄災の神エイェルが、次はどんなことを仕掛けてきたのだろうか。 三郎によると、サルヴィアの妹で王太子の婚約者であるマーガレッタが、女神アスヴァトルドからエマントロリア遺構にある『神剣ミストルテイン』を探すよう神託を受けたらしい。 「女神からの神託は降りないはずでは?」 「ああ。それに、マーガレッタは女神の使徒ではない……はずだ」 「なんと罰当たりな」 女神の名を騙ることに憤るガウリーに、俺も同意する。これにはアスヴァトルドこと創世神も、いい加減にキレるんじゃないか? 「問題は、『神剣ミストルテイン』だ。こいつはヤバい。うちらの天敵だ。ロイデムに行ってしまう前に、早くサルヴィアに伝えないと……!」 頭を抱えるメロディに、俺は首を傾げた。 「ミストルテインって、たしか北欧神話の神殺しだろ? 俺たちの天敵なんて設定がついたタイトル、あったのか?」 「その北欧神話が、大問題なんだよ!」 メロディは忌々し気に腕を組んで、俺にもわかるよう教えてくれた。 「いいか、神話に登場する『ミストルテイン』はふたつある。ひとつは、リヒターが言った、有名な『神殺しのヤドリギ』。ラグナロクのきっかけになった、光の善神バルドル殺害に使われた物だ。だけど、これは矢だ」 「矢?」 ヤドリギの枝は投げられ、矢として使われたらしい。だが、今回神託として言われたのは、剣だ。 「もうひとつの『ミストルテイン』は、英雄フロームンドが手に入れた剣で、勇士ヘルギを倒している。ヘルギは、ワルキューレの一人と結ばれた後に一度死んで、転生しているんだ」 そこで俺は、呼吸を忘れるほどの衝撃を受けた。理解した俺に、メロディは悔しそうに顔を歪ませながら頷いた。 「そう。剣のミストルテインには、『転生者を倒した』という逸話があるんだよ」 「俺たちの天敵って、そういうことか!」 『神剣ミストルテイン』の実物がどんなものかはわからないが、転生者である俺たちに対して絶大な威力を持つアイテムである可能性が高い。 「リヒターは、エマントロリア遺構って、知ってる?」 「ガウリーの元勤務地だ。アンデッドが日常的に出没するらしい」 「たしか神話のミストルテインも、墓場で亡霊の王と戦って手に入れたんだよなぁ」 ますます、それっぽいな。 「ガウリー、心当たりはあるか?」 「えっと……心当たりといいますか……」 ガウリーは珍しく言いよどみ、困ったように指先で頬をかいた。 「あそこには、剣と呼べる形状のものがたくさんありまして」 「「はぁっ!?」」 「さらに申し上げますと、どれも人間が持てる大きさではありません。だいたい、全長が三メートルから、大きいもので五メートルほどになるかと」 「……」 五メートル? 誰がそんなデカい剣を振るうんだ? ガン〇ムかよ!? 「正直申し上げまして、どれが神剣かと聞かれても、常人には区別がつかないかと」 エマントロリア遺構にいたガウリーがわからないんじゃ、俺たちにわかるはずがない。 「しかし、参ったな。どうやって阻止すればいいんだ」 止めに行きたくても、俺、メロディ、サルヴィアは危険すぎる。特にサルヴィアは、まだこの情報を知らない。 「お話し中に失礼します、ご主人さま」 「なんだ、プリマ?」 プリマの妖艶な美貌の中で、鮮やかなチェリーピンクの目が輝いた。 「エマントロリア工廠は、ソルヴァレイド協商連邦の重要軍事施設です。ソルヴァレイド協商連邦がダレス海底火山爆発の影響で滅びた後も、民間人が長期間にわたってリガドラ帝国に抵抗し続けられたのは、豊富な地下資源とエマントロリア工廠があったからです。あそこには、装甲巨兵に関する設備があり、研究所が併設されていたはずです」 エマントロリア遺構って、墓場じゃなくて工場だったのかよ。しかもなんだ、装甲巨兵って。古代にそんなものがあったのか。 「エマントロリア研究所では、以前ご主人さまが気にされていた、魂の拡張等の研究を行っていたはずです」 「は……!?」 この瞬間、俺のエマントロリア行きが決定した。 |