第十一幕・第七話 若村長と魔族の王


 メロディの空間魔法と、ここからはノアの道案内で、俺たちは死せる魔族の町の階層を、一段ずつ降りていった。ノアが言うには、ここまで来れば、ゼガルノアが住んでいる場所は近いそうだ。
 利便性を重視してか、機能していない転移魔方陣の近くに、非常階段らしきものが作られていたのがありがたい。
「もう夕方だ。昼も休憩しなかったし、ここで一晩過ごそう」
「そうだな。ノア、あと一日だ。頑張れるか?」
「うん」
 俺は久しぶりに浄化玉がはまった女神像を取り出し、バンガローの前に設置した。魔力の補充は、マナ切れを起こしかけている俺に代わり、元気なガウリーがやってくれた。浄化魔法が出続けていれば、バンガロー周辺にダンジョンイーターが近づくことはないだろう。
「……気色悪いな」
 この深さまでやってくると、ダンジョンイーターの姿は、もはや苔ではなく、太い血管のように浮き出て、あちこちにしがみついているようだった。
(コイツをどうにかするのか……魔法は効くけど、その辺を浄化しても焼け石に水だ。メロディの言うとおり、本体を叩かないと)
 たぶん、いまの俺の浄化魔法なら、ダンジョン中を綺麗にすることができると思う。たとえ本体を潰した後で、その辺から次の本体が現れたとしても、ここまで育っていなければ、根絶させることができるだろう。
(なんというか、自信がついたよな……)
 魔境に入ってからシャンディラまでの激闘は、俺の魔法に対する、俺自身からの信頼をあげてくれたと思う。
(だからといって、単純な削り合いは、分が悪い。ダンジョンイーターは『永冥のダンジョン』にくっついている限り、無限に魔素を吸収できるんだ)
 こちらも永続してマナが補給できるならともかく、マナが薄いダンジョンの奥で、交代もなく魔法を使い続けることはできない。
(何かいい方法はないかなぁ)
 うーんと考え込んでいると、ガウリーに呼ばれた。夕食の準備ができたらしい。
(とにかく、明日だな。ゼガルノアやダンジョンマスターに会って、ダンジョンイーターの本体を見てからだ)
 明日の俺がいい方法を考え付くことに期待して、俺はバンガローの中へ入った。

 翌日、ひたすら階段を下りていき、三百九十階あたりまで到着した。
「こっち」
「もっと下まで降りなくていいのか?」
「うん」
 階段はまだ続いていたが、ノアの指示に従って、俺たちは綺麗な石畳の上を歩いて行った。
「カタルシス……む、かなり強く押し返されるようになってきたな」
「本体に近いのでしょうか」
「かもな」
 俺は女神像を取り出して、浄化玉に魔力を注ぎ込んだ。シャンディラほどではないが、なかなか抵抗してくる。俺のマナを嫌がっているんだろうな。
 いま俺たちが歩いているのは、ずいぶん広い道だが、そこかしこに白い死体が転がっていた。体もずいぶん大きいし、装備も良さそうなので、町の住人ではなく兵士なのかもしれない。
(庭園なのかな?)
 暗くて良く見えないが、背の低い柵や、植木のような影がある。
「リヒター、見つけた。あれはヤバいわ」
 低く呟くような声に振り向くと、苦り切った表情のメロディを、抱っこされているノアの小さな手が撫でていた。
「めろり、だいじょうぶ」
「いやいやノアたん、あれを大丈夫とは言わんでしょ」
「だいじょうぶ」
「なにを見つけたんだ?」
「ゼガルノアたち」
 あっち、とメロディが指し示すほうに歩いて行くが、そこには彫刻がされた壁がある行き止まりだった。
「ここ?」
「リヒター、もうちょっと下がれ。あと、ここにも浄化玉くんを置いて。シームルグに、周りを照らしてもらえる? 上の方」
「わかった」
 俺は少し下がって女神像を置き、シームルグが飛び上がって辺りを照らすと、ようやく、メロディが言っていることが分かった。
「…………うそだろ」
 俺が彫刻の壁だと思ったのは、全部魔族の白くなった死体だった。彼らは、ひときわ大きな魔族の周囲を固めるように、互いを土台にしていたのだ。
「あれが……魔王ゼガルノア」
 周囲の魔族と同様に、ほとんど白くなってしまったその姿は、禍々しくも美しい、巨大な石像のようだ。最後の一人になっても戦い続けている彼の、体も、翼も、髪も、今はもう白く固まってしまっていた。
「めろり、のあのりゅっくと、しゃんだる、もっててね」
「え?」
「たー。のあね、がんばってまもったよ」
「ノア?」
 ぱきっと何かが割れたような音がして、ノアの姿が掻き消えた。
「ノア!?」
「私の結界を破った!?」
 メロディの腕には、ノアのリュックとノアが着ていた服が残り、小さなサンダルがぽとぽとと地面に落ちた。
「ノア!? ノア!! ゼガルノア!!」
 振り仰ぎ見た先で、小さな光がゼガルノアの中に吸い込まれて行った。
「!?」
 巨大な像の、金色の目が、こちらを見た気がした。
「リヒター様!」
「なっ!?」
 足元に広がる魔法陣は黄金色に輝き、俺たちは抵抗することも出来ずに、その光に飲み込まれた。
「ノア!!」

 ふっと眩しい光が消えると、そこは元の暗いダンジョンではなく、薄暗い中でも妙に懐かしい光が瞬く空間だった。
「……わぁお」
 メロディが呆れたような半笑いの声を出したのに続いて、俺も辺りを見回しながらため息をついた。
「なんというか、昔の電子世界イメージだな。子供が想像するハッカーとか。SF映画に出てきそうだ」
「厨二病臭い部屋だねえ」
 透明な青黒い壁に、緑や白に光る記号や数字が流れていく。部屋の中央には、青白い正六面体が斜めになった物が、縦にいくつか連なり、それぞれがくるくると回転していた。
「これが、『永冥のダンジョン』のコアか?」
「そうらしいね」
 ノアが護り通し、俺たちに託したダンジョンコアが、目の前にあった。
「ちょっと、触ってみようか」
 メロディはノアの服を俺に渡すと、落ちていたノアのサンダルを拾い上げて、リュックと一緒に自分の【空間収納】にしまった。ノアの頼みを聞いてあげるつもりのようだ。
 俺も、ノアの小さな服を【空間収納】にしまう。ダンジョンコアを護るために、必死で頑張ってきたノアに、必ず、もう一度着せてやらないといけないと強く思う。
「ガウリーは、ダンジョンのコアルームに入ったことはあるか?」
「まさか。ありません。神殿騎士になる前に、訓練で小さなダンジョンに入ったことがあるだけです。そこでも、ダンジョンを消滅させるような攻略はしていません」
 厨二的SF風景に聖騎士の鎧姿という、すごいミスマッチに引きそうになるが、スタッフを持った俺の恰好もだいぶミスマッチだと気付いた。
「メロディ、どうだ?」
「あー、インターフェースは出てくれたんだけど、やっぱり言語がわからん。日本語か、せめて英語になってくれりゃあ……」
 この世界の人々は、方言はあるけれど、世界中ほぼ共通の言語を使っているそうだ。俺たちはこちらに転生してから、こちらの言語を学んだから問題なく、記憶を取り戻したいまなら、日本語の読み書きも問題ない。
「創世神が作ったダンジョンなら、日本語変換もできるはずだな?」
「そう願っている。私のアビリティとスキルで、なんとかなればいいんだけど」
 丸眼鏡をかけたメロディが、いつかガウリーの「隷属の首輪」を外した時のように、いくつものウィンドウを出して作業を始めた。
 それを見ようとコアに近付いた俺を、なにかが撫でていった。全身を、内臓まで隅々見詰められたような気持ち悪さに、鳥肌が立った。
「!?」
「なんだいまの!?」
 メロディも突然情報が流れはじめたディスプレイに驚いたが、俺は何をされたのか、なんとなくわかった。
「スキャンだ。いま、コアにスキャンされた」
「ああっ、『Scenario No.05 : Flower road』出てきた! 翻訳できたよ! へ? エラー?」
 一目で問題ありとわかる赤い文字に、メロディは困惑した声を上げた。
「なにが悪いの? リヒターだよ。ちゃんとリストに入っているでしょう!」
「メロディ、たぶん『俺』のせいだ」
「はぁ!? ばっかじゃないの、このコア! エラー解除してみる」
 『シナリオ05:フラワーロード』とやらでは、『リヒター』の参加は認められても、混ざりものの『俺』は異分子だ。
(くそっ、なんださっきから……やめろ。気持ち悪い!)
 べたべたと体の中を触られ、頭の中にあるページを無理やり捲られているような、そんな不快感が俺をかき乱した。
「う、ぁ、あ……や、めろ……!」
「リヒター様!」
 長杖を落としてのたうち回る俺に、ガウリーが駆け寄ってくる。
「メロディ殿!」
「わかってる! ああっ、もうっ! そこ気にしなくていいんだよ! どうしてお触り禁止だってわかんないのかな、このポンコツは!!」
 メロディが必死になってコアと対話しているようだが、かき回され、まさぐり返された俺の意識はぐるぐるまわり、正常な思考を保っていられない。
 いろいろなことが、走馬灯のように思い出される。ここまでの旅が、たくさんの出会いが、大切な思い出が。
 ガウリーの硬い手のひら、メロディの涼やかな声、ノアの柔らかな頬、ホープの底が見えない微笑、レノレノの明るい歌声、カイゼルと出会って輝いたキャロルの瞳、少しずつ元気になっていくジェリド、ドレスに包まれたサルヴィアの細い体、神獣になった三羽のもっちりコッケ……。
 ジェンやヒロゥズ、アイアーラたち冒険者、『大地の遺跡』のみんな、フィラルド様たちブランヴェリ公爵家の人達、一緒に魔境にやってきた農夫たち、王都ロイデム城外の乾いた空気、故郷の畑の匂い、田舎で生まれ育った気さくな人たち、血の繋がらない家族、山羊ヨークーコッケの鳴き声、森の中の清流、空の高い所にいる猛禽……。
俺が触れて、俺が見て、俺が聞いてきた、大切な思い出だ。
(だめだ……! これが、おれなのに……!!)

―― ブレイ ヲ ユルスナ
―― セカイ ガ ドウナロウト シッタコトカ

「ガウリー! リヒターを止めろ!!」
 メロディの声が遠く聞こえるけれど、勝手に構築されていく俺の魔法が止まらない。
「ッ……!」
「がふっ……」
 みぞおちに鋭い衝撃があって息が詰まった瞬間、がんっと顎を強打した。
(丁寧にトドメ刺したなぁ)
 などというのんきな感想を最後に、俺の意識は途絶えた。