第十一幕・第二話 若村長の打ち明け話
二郎ホープの御者というか運転で、青銅埴輪馬に曳かれた幌馬車は、街道を爆走していく。風防範囲から手を出すとかなりの風を感じるので、時速六十キロ以上出ているだろうか。本物の馬のギャロップと同じくらいだから、その速度を何時間も維持して、しかもあまり揺れないのは、こちらの世界基準では明らかにハイエンドだ。燃料は知らないが、たぶん特大の魔石でも積んでいるんだろう。
分かれ道は時々あるが、後から来る冒険者にもわかりやすいように目印を付けることもない。なにしろ、俺たちが通った後には、瘴気で荒野になった場所にも、青々とした草が生えてきたからだ。 「リヒターって、生きた春だな」 「俺じゃなくて、シームルグのせいじゃないか?」 死んだように枯れた土地が息を吹き返してくれるのはありがたいが、俺は普通の人間でいたい。 予定通り、バルザル地方に入ったところにある、リョーシャンの町と思われる廃墟群に到着して、俺たちは今一度地図を確認した。街道沿いはまだいいが、この先は田んぼが多くて、つまり川や水路が多い。道や橋が壊れていると、場合によっては回り道をする必要がある。 抉れた道や潰れた建物に残された大きな足跡にビビりながら、俺は金鶏のオタカラセンサーを頼りに、冒険者ギルドらしき廃墟で地図を見つけてきた。 「リブルって書いてあるから、ここが領都だと思うんだが」 「そうだね。まわりの道や村もちゃんと書いてあるし、この地図をいただいていこう」 シャンディラで戦ったカオスドラゴンロードみたいな影が空を横切ったり、遠くの田んぼが噴水みたいに泥水を噴き上げたりするのを眺めながら、俺たちの幌馬車は、ひたすら街道を南西に向かって走った。 「足止めが無いのはありがたいけど、あんまり魔獣を見かけないな」 「おそらく、見通しが良すぎるからではないでしょうか」 「なるほど」 背の高い草木が無いし、地面もぬかるんでいる場所が多いせいで、生息できる魔獣も限られるのだろう。例えば……。 「まぁたデスポイズントードだ! うっざいなぁ」 とか言いながら、メロディが蹴り飛ばしている、軽自動車くらいのデカさがある赤いヒキガエルや、全長が三メートルくらいありそうな青いイモリくらいしか出てこない。 「どれもダンジョン産か?」 「そうだね。ただ、あんまりぬかるみには入らない方がいい」 そう言ってメロディは、遠くに落ちてしまった魔石などのドロップ品をあきらめた。あのぬかるみの下に、カエルとイモリ以外の何かがいるのは、俺でもわかる。メロディは、実入り以上の面倒を避けたのだ。 いくつかの村や町を通り抜け、俺たちは無事に領都リブルに到着した。良いペースで進んできたはずだが、時間は夕方前のはずなのに、厚い雲に覆われた空は真っ暗だ。 「うわ、降ってきた」 「町の探索は明日以降にしよう。入って、入って!」 すぐに強まってきた雨を避けてバンガローに入ると、大きな雨粒が滝のように窓の外を濡らし始めた。 「そろそろ雨期だから、いきなり雨になることも増えそうだなぁ」 「そうなのか」 リューズィーにお祈りする時に、瘴気で植物が枯れているから水害が起きないようお願いしておこう。日照りは植物によくないが、根が張られていない大地に大雨は危険だ。 今日の夕食は、骨付き肉のポトフだった。雨に濡れた体があったまるな。 メロディが風呂に行くと、俺はノアを抱えたまま、ダイニングテーブルにガウリーを誘った。気を利かせたホープが、俺たちのお茶の用意だけして、自室に引っ込んでくれた。 「これからも俺についてきてくれるなら、話しておきたいことがある」 「私は生涯、リヒター様の盾であります。どのようなお話でしょうか」 真面目なガウリーが信じてくれるかどうかは不安だったが、これはサルヴィアとメロディと相談して決めたことで、二人の許可も取ってある。時間のある今、話しておくべきだろう。 厳つい聖騎士の真っ直ぐな眼差しを見詰め返し、俺は自分が転生者だという事を打ち明けた。 「俺の半分は、この世界で生まれた『リヒター』で、もう半分は、こことは違う別の世界で死んだ『俺』だ。ここにいる俺は、二人分の魂が混じっているらしい」 「それは……先日、デニサス二世の姿をした者が、言っていたことでしょうか」 「うん」 厄災の神エイェルによって、女神アスヴァトルドの使徒という役目を持っていた『リヒター』の魂が、赤ん坊の時点で壊され、死に瀕していた。だが、我が子を失いたくない母親が、 「対価を支払って起こされた奇跡を実現させるためには、『自分であることを放棄した魂』が必要だったようだ。それが、むこうの世界で死んだ『俺』らしい。自分の魂を分解したせいで、むこうでの自分に関する記憶が、今はほとんどないけどな」 その他にも、条件はあっただろう。例えば、創世神が参考にしたゲームのプレイ経験がある、とか。そう考えると、俺って、かなり厳しい条件をクリアしたんだな。 「異世界から……渡ってこられたのですか」 「そうだな。でも、俺だけじゃないぞ。メロディもサルヴィアも、中身は同郷だ。死んだタイミングは、何年かずれはあるだろうけどな」 「は!?」 「ときどき、あるよ」 「「え?」」 驚くガウリーに続いて、俺の腹のあたりからのぽろっと発言に、俺もびっくりした。 「ノアは、俺たち以外の異世界人に、会ったことあるのか?」 「うん。ずっと、まえ」 「そうだよなぁ。ゼガルノアはずっとダンジョンで暮らしているし、俺とメロディの間だって、数十年の開きがあるもんな」 たまに忘れるが、ああ見えてメロディの歳は三ケタ近いらしい。全然そうは見えないが、ハーフダークエルフって長生きだな。 (でも、むこうで死んだタイミングは、せいぜい数年から十数年くらいの差だろうな) そうでなきゃ、同じゲームを知らんだろう。ここは創世神が作ったばかりの世界だし、むこうとこっちで時間の流れが違って当然だ。 「俺たち異世界人の役目は、厄災の神エイェルがばら撒いた災いの種を潰し、この世界を平和に保つこと、らしい。正直、つい最近まで、そんなこと知らなかったけどな。エイェルが暴れなければ、今も知らなかったかもしれない」 一国を滅ぼし、受肉までしてしまったのだから、リューズィーたちも俺たちを護り、さらに働いてもらうために、世界の根源に繋がる情報を渡さざるを得なくなったのだろう。 もちろん俺は、現地人であるガウリーに、この世界の成り立ちまで話すつもりはない。災いの原因がエイェルであり、それに対抗するための異世界人だと理解してもらえれば十分だ。 「エイェルが『リヒター』を狙った理由のひとつが、女神アスヴァトルドの神託を受け取ることができるということ。もうひとつが、俺が母親から受け継いだアビリティ【身代わりの奇跡】だ。これがあれば、あのスタンピードでさえ抑え込むことができたかもしれない」 「そういえば、あのデニサス二世……エイェルは、リヒター様がガルシャフ殿に忠誠を誓ってしまう事を、ずいぶん恐れていましたね」 俺の心ひとつとはいえ、これ一発でリセットさせることが出来てしまう、ちゃぶ台返しアビリティだからな。 「【身代わりの奇跡】については、他言しないでくれ。これを知っているのは、看破系能力を持っているサルヴィアとメロディとジェリドの三人……と、ノアだけだ。そもそも俺がサルヴィアに協力してきたのだって、このアビリティと、 「現状、リヒター様の存在が、余計に目立っているように思えますが」 「俺を知っているから、そう思うだけだ。こちらを知らない連中からすれば、俺は今でも、もぐりの神聖魔法使いだ」 そのために、サルヴィアに表立ってもらっているんだからな。 「このアビリティを持っている人間は、権力者からすれば、喉から手が出るほど欲しいものだ。自分の不利を、他人の命を対価にして解消できてしまうんだからな。なんとかして俺を囲い込みたがるはずだ」 「……」 「サルヴィアは、俺が知るよりも先に、このアビリティを知っていたけれど、俺には『絶対に使うな』と言ってくれた」 ガウリーの表情に、驚きと理解の明るさが広がった。そうだろう、サルヴィアは 「俺はこの魔境の瘴気を掃い、サルヴィアの庇護の下で静かに暮らす。それが、俺とサルヴィアが交わした盟約だ」 「これほどの功績がありながら、公的な評価をいっさい受けないと?」 「俺がやったぞって発表したところで、俺の不利益にしかならないじゃないか。俺は仕事の対価をサルヴィアにもらえれば、それでいい」 地上で暮らすのが難しければ、カイゼルのダンジョンで暮らすこともできるだろうし。……あそこを耕しても、また魔素野菜しか収穫できないかな? 傾国桃樹農家になるのもいいな。収穫方法が問題だけど。 「つまり、俺が生きていると知られたいま、今まで以上に、厄災の神エイェルに付け狙われる可能性が高い。人間からはサルヴィアに匿ってもらうつもりだけど、サルヴィアにだって、どうにもならないことはあるだろう」 俺はできるだけ、隠れて、静かに暮らしたいんだ。 「……俺のアビリティを使えば、エイェルの計画を潰すどころか、エイェル自身を滅ぼすことができるかもしれない。確かではないけどな。だから、エイェルは俺を恐れる」 「……」 「でも俺としては、自分の命を犠牲にしてまで、アビリティを使ってエイェルを滅ぼしたいとは思わない。それでは、いままで俺を護って、生かしてくれてきた人たちを裏切ることになると思うからだ。魂を提供した『俺』も、せっかく生かした『リヒター』に死んでほしくはないだろう」 「その通りです」 身を乗り出すように頷くガウリーに、俺は小さく笑った。俺が助けた人に対する責任も、俺にはある。 「俺は一生、外の人間との関係を持てないかもしれない。それにガウリーをまきこんでしまう可能性が高い。……ごめん」 「なにをおっしゃいますか……!」 先に謝る俺に、ガウリーは椅子から立ち上がり、どっしりとした低い声で力説し始めた。 「エイェルがこちらの世界の神であるならば、率先して対応しなければならないのは、我々この世界の住人です。貴方がた、異世界人におんぶにだっこでは、あまりに情けのうございます。お供させていただけることこそ、 堅苦しく胸に手を当てて頭を下げるガウリーに顔をあげさせ、俺は心の荷物をひとつ降ろせたことに、ほっと息をついた。 「水神リューズィーが言うには、現状、女神アスヴァトルドはお籠りになられ、神々のとりなしすら拒んでいらっしゃるようだ。『リヒター』を壊されたのが、余程ショックだったらしくてな。こちらから呼びかけて、なんとか元気を取り戻していただきたいが、混ざりものの俺では、どこまで声が届くことか……」 「リヒター様のお声ならば、必ず届きましょう。大丈夫です、心配はいりません」 「ありがとう」 なにも確証なんてないのに、それでもガウリーは俺の力を信じてくれる。俺よりもずっと信仰心が篤いガウリーが、大丈夫だと言ってくれる。それが、俺にはとても心強く、嬉しかった。 俺には、自分がどのくらい力を持っているのか、いまいちよくわからない。一般人よりは強いらしいが、神族を相手に、どれほど通用するのだろうか。 (まあ、お祈りは毎日やろう) 一年前、育った村の粗末な礼拝堂で光に包まれたあの日が、なんだかずいぶん昔のように感じられた。 |