第十幕・第七話 若村長と次の旅立ち
旧王都シャンディラ攻略の報は、すぐに後方へと伝えられた。きっと、フィラルド様やミリア様も喜ばれることだろう。
そして、サルヴィアの強力な助っ人が、西の港町ウィンバーからシャンディラに到着した。 「マーティン兄様!」 「よう、待たせたな」 にかっと気さくに笑った青年は、マーティン・ラス・ブランヴェリ。フィラルド様の弟で、サルヴィアのひとつ上の兄、『フラワーロードを君と V』での攻略対象でもある。柔らかな癖のある黒髪と灰色の目という、落ち着いた色彩をしているが、サルヴィア曰く、性格はもっぱら脳筋らしい。 彼らはウィンバーから浄化玉を使って少しずつ進んできたが、シャンディラが攻略されて瘴気がほとんど消えたので、一気に街道を踏破してきたそうだ。道中にはいまのところ危険はないそうなので、物資の輸送も大いに捗ることだろう。 「ただ、これからは辺境に押し込められていた魔獣が、平野部にも出てくると思う」 「そうね。入植前に、十分に警戒が必要だわ」 マーティン様はサルヴィアには及ばないものの、王国騎士としての力量は確かで、ブランヴェリ家の騎士たちをまとめるのも問題ない。シャンディラを中心に、治安維持の仕事を任せても大丈夫だろう。 「わたくし達はまず、メラーダの件をなんとかしなければ」 「王家の狩猟林の場所はわかりましたが、その狩猟林が広すぎました」 ジェリドによると、ガルシャフが言っていた狩猟林は、山を五つほども抱え、当初は、そのどこにメラーダ畑があるかを特定するのが困難と思われた。ただ、シャンディラ大神殿に残された極秘資料を見つけることに成功しており、大体の見当は付いているとのこと。 「証拠書類は押さえましたので、大神殿がメラーダ栽培をしている疑いがあることは、すでに発表済みです。どうせシャンディラ大神殿の独断として切り捨てられるでしょうが、ブランヴェリ家が所有していると難癖をつけられるのは避けねばなりません。あとはエルフィンターク王国の検察部に見せる実物の証拠として、ある程度現地で確保次第、残りすべてを焼却処分します」 先代国王ゴンドル三世の直筆サインが入った、狩猟林立入許可証も見つけたそうだ。 「そこで、部隊を分けます。シューガス地方へは、私とリオン、サルヴィア嬢が向かいます。リヒター殿とガウリー、メロディ殿、ノアくんは、『永冥のダンジョン』に向かってください」 「三人だけで大丈夫か?」 シャンディラより南側は、スタンピードで溢れ、瘴気に晒された魔獣が多くいるはずだ。それに、大神殿からの刺客も、相変わらずサルヴィアとジェリドを狙っている。 「むしろ、三人だけの方が身軽に動けていいわ。緊急時に撤退するにしても、三人ならスクロールで脱出できるし」 「たしかにそうだな」 まだ瘴気が掃いきれていない場所もあるだろうが、元凶を倒してしまったので、浄化玉だけでも短時間で浄化できるそうだ。 「シャンディラは、イヴァンとハワードに任せておけば大丈夫よ。お兄様は脳筋だけど、この二人がいれば問題ないわ」 なんでも、マーティン様の執事イヴァンさんは、サルヴィアの祖父である先代ブランヴェリ公爵の執事を務めたそうで、主人のお世話から社交や領地経営まで、その手腕は家臣の中でピカ一なんだとか。騎士隊長のハワードさんといい、ブランヴェリ公爵家の家臣団の重鎮が二人もいるならば、たしかに問題ないだろう。 「おそらく、メラーダの件を片付けているうちに、夏を過ぎてしまうでしょう。そうすると、サルヴィア嬢が『永冥のダンジョン』に行くことは不可能と予想されます」 サルヴィアは年明けまでにエルフィンターク王国の王都ロイデムに向かい、領地を平定したことを喧伝し、国王預かりになっている爵位を取り戻さなければならない。そのための準備には、当然時間がかかるし、ロイデムまで行くにも時間がかかる。不測の事態に備えても、領主があえて危険なダンジョンに行くことはできなかった。 「任せておけ。すぐにゼガルノアを救けて戻ってくる。そのためにも、シャンディラで冒険者たちのバックアップをしていてくれ。『永冥のダンジョン』の近くにも、キャンプがあると助かるだろうし」 「わかったわ」 俺たちはテキパキと担当を割り振ると、次の行動の為に準備に取り掛かった。 瘴気から解放されたシャンディラは、戦勝気分もあって、流入する物資と共に日々活気を取り戻していった。それは喜ばしい事ではあったが、サルヴィアが忙しく、それぞれが出立する前にと俺たちが揃ってメロディから話を聞けたのは、激闘から一週間も経ってからだった。 「あの時、なにがあったんだ?」 「どこからどう話したらいいもんか……」 メロディも上手くまとめられないらしく、まず王宮ではぐれた後に、リューズィーと会ったことから話し始めた。 「金鶏に案内されてドアを開けたら、滝がある神殿の中っていう不思議空間で、寝椅子でくつろぐ青肌のお兄さんがいたからびっくりさ」 水神リューズィーが語ったことは、要約するとこの世界の成り立ちと、災厄の神エイェルのことだった。 この世界は、生まれたばかりの幼い創世神が、先達の神々に見守られながら作ったものらしい。いくら創世神でも、いきなり世界を創れと言われても難しい。無軌道にとんでもない物を作って、他の神々の迷惑になってはいけないからと、習作は他の創世神が作った世界……この場合、俺たちが前世で過ごした世界だが、その世界で作られたものを参考にしてよいという事になった。 「で、創世神ちゃんは、人間が楽しむ『げぇむ』の世界を、とても気に入ったそうだ」 「それで、こんなにちゃんぽんされて、あちこち融合しているのね」 幼い創世神はとても満足して、楽しく世界を 「女神アスヴァトルドも、そのうちのひとつらしいよ」 「リューズィーは?」 「創世神ちゃんの……身内? 先輩? 雰囲気は、孫を見守る爺様だったけど。あれだ、ヒーローごっこで怪獣役をやってくれる大人みたいな」 「神話での立ち位置はさておき、味方なんだな」 「うん」 二重に神様がいてややこしいので、創世神たちを「神」、「神」のアバターとしてこの世界で崇められているアスヴァトルドたちのことは「神族」と呼ぶことにしよう。 ところで、楽しく世界を創っている幼い創世神に、余計な手出しをした神がいたらしい。『予定調和だらけで何も起こらない、つまらない世界だ』と言って創世神を挑発し、『じゃあ面白くなるようにしてみろ』という言質を取って、厄災の神エイェルを作って投入してしまったらしい。 「うっわぁ、いますわよね、そういう馬鹿」 「その神が、厄災の神そのものじゃないか」 「それな」 エイェルをすぐに取り除くことができればよかったのだが、焦った創世神は、その状態で世界を動かしてしまい、正常だと観測されてしまった。俺たちのゲーム感覚で言うと、間違ってドアを開けたことでチェックポイントを踏んでしまい、オートセーブされて戻れなくなってしまったようなものだ。 「その話聞いて、本当に気の毒になったわ」 メロディの眼差しが遠くなり、サルヴィアは扇を広げて目を瞑った顔を隠している。幼い創世神が、可哀そうでならない。 せっかく作ったお気に入りの世界が滅茶苦茶になりかけて半狂乱になる創世神を、他の神々が慌てて宥めて修正を試みたが、どうにもならなかった。そこで、『げぇむ』を知っている異世界人を送り込んで、エイェルの活動を抑え込もうとしたらしい。 「なるほど。それで俺たちの出番というわけか」 「話が繋がったわね」 「ところが、エイェルはそこにも干渉してきた」 「初代『フラ君』の主人公を出現させなかったり、リヒターの魂を壊したりしたのか」 「特にリヒターはアスヴァトルドの使徒……創世神ちゃんの神託を受けたりする人間として用意していたから、もう完全に拗ねちゃって、天岩戸状態らしい」 エイェルとやらは製造した神と同様、余計なことしかしないな! 創世神には、なんとか元気になってもらいたい。 「エイェルはそうやって、世界のあちこちに厄災の種を蒔き散らしているんだけど、時々現れる異世界人によって、これまで未然に、または早い段階で刈り取られていた。ところが、今回はたまたまディアネスト王国で根が張って芽吹いてしまった」 その結果、エイェルはデニサス二世の肉体を手に入れ、この世界で自由に動きまわれるようになりかけた。 「エイェルは、ノアが倒したのか?」 「いんや、逃げられたって。ただ、デニサス二世の体は破壊できたし、大幅に力を削ぐことは出来たみたい」 レノレノが古い妖精族の歌で、エイェルの知覚速度を下げられるだけ下げることで、神族に対しては弾かれる確率が高いホープの【抗えぬ不運】強制付与を通す。相乗効果によってあらゆる攻撃を 俺はレノレノとホープだけは、絶対に敵にしないよう心に誓った。エイェルが受肉したおかげで、そういうことができたらしいが、神族の極大魔法をファンブルさせるとか、ありえない。恐ろしすぎる。 「それじゃあ、エイェルがすぐに行動するとしたら……」 「まだダンジョンイーターっていう手駒が残っている、『永冥のダンジョン』だろうね。次点で、エルフィンターク王国かな。こっちに対して、恨み骨髄だろうし」 「急がないと!」 顔色を無くすサルヴィアに、メロディは頷いてみせた。 「準備は終わっている。シャンディラの『星の遺跡』から、ダンジョン傍の『空の遺跡』に飛んでもいいけど、むこうの様子がわからないんじゃ、ちょっと危険すぎる。遺跡は安地だから、キャンプにするのはいいかもしれない。私の馬車に乗って行けば速いし、道中の瘴気も掃えるし、冒険者も続いてこられるでしょ」 「最速で最深部に向かうつもりだけど、場合によっては、また魔獣がダンジョンの外に溢れ出るかもしれない。あとから来る冒険者たちには、そのつもりでいてもらえるよう、注意喚起をお願いする」 「わかったわ」 俺たちは情報を共有し、十分に意見を出し合うことで、それぞれがやるべきことを理解した。 出発は、三日後とされた。 俺たちが南に向かう日、北に向かう一人とは、お別れになる。 「お世話になったね★」 「こちらこそ。レノレノがいなかったら、こんなにスムーズにシャンディラを取り戻せませんでしたわ」 スヴェンを解放するまで、という約束でついてきたレノレノは、また放浪の旅に戻るそうだ。 「レノレノがいてくれて、助かったよ。これは、俺たちからの気持ちだ」 「わたくし達からの感謝と、友好の証として、受け取ってくださいませ」 俺がレノレノに手渡したのは、光の当たり加減で金色っぽい遊色が出る、赤い綺麗な宝石がトップになっているペンダントだ。 「えっ、これ魔宝石じゃ!?」 「それだけじゃないぞ。魔力を込めてみてくれ」 「!?」 レノレノがあんぐりと口を開いたのも、無理はない。小指の爪ほどもないサイズだが、この魔宝石には、俺の浄化魔法が刻み込まれている。 「新商品、『爆速浄化宝玉くんEX』だよ。ペンダント加工はドワーフ製の一級品さ」 また珍妙な商品名だが、メロディが作った浄化玉の上位互換だ。基材を魔晶玉から魔宝石にすることで、スタッフオブセレマを持っている俺の浄化魔法とほぼ同じ効果を出すことに成功した。つまり、『最低半径一キロメートルを即座に浄化する』だ。 「妖精族は瘴気に弱いだろ? 厄災神エイェルから恨みを買っただろうし、放浪を続けていれば、またいつ瘴気と出くわすかわからないからさ」 「いいの? こんなに高価な物……」 実際、レノレノが色々な情報をもたらして、戦闘にも参加してくれなかったら、シャンディラ攻略はもっと難しかったはずだ。謝礼としては、相応だと思う。 「れろれろ、またね〜!」 おどけた仕草で礼をし、手を振って北へ去っていく道化師を、俺たちは初夏の風を感じながら見送った。 |