第十幕・第三話 若村長と憂国の公爵
カオスディメンターは、不死者ではなく妖魔という分類になっている。大量の死体を触媒に、呪術で召喚する魔物の一種らしい。ぶよぶよした肉塊のくせに、妙に甘ったるい化学薬品のような臭いがするのが気持ち悪い。これもデバフの原因になるそうだ。
そういうわけで、俺は攻撃をみんなに任せ、顔付き肉塊がザクザク斬られてバンバン燃やされるのを眺めながら、マナの回復に努めている。 あのデスボイスは俺が封じているとはいえ、カオスディメンターは超重量級の肉体をしているし、腐食溶解液などを飛ばしてくる。しかも、自己再生能力が高く、上位妖魔に相応しい、そうとう手強い敵らしいのだが……。いま俺の目の前では、見たことのないスキルや魔法が飛び交い、裂けた肉塊から謎の体液が噴き出し、悲鳴が上がっている。「ネメシスブレイド」とか「光覇斬」とか、必殺技っぽく剣を振るう、普段アタッカーしないガウリーとジェリドの、強いこと、強いこと……。 それにしても、爆散する肉塊がグロい。顔がいっぱいついているのが、かなりえぐい。 「うえぇ。吐きそう」 「気持ち悪くなるし、見ない方がいいよ。聖者くん、ここまでけっこう無茶な力圧しで浄化し続けてきたでしょ。あと、マナポーションを飲みすぎ。少し休んだ方がいいよ」 愛弟子の死を表情の読めない泣き笑いメイクに飲み込み、俺の隣に一緒に座って涼し気な曲を奏でているレノレノの言う通りだ。 神様たちからの加護のおかげで、俺に精神攻撃は効かないのだが、肉体が若干ついていけていないような気がする。野良仕事や行軍に使う基礎体力と違って、俺には戦闘行為に適したスタミナが、それほど多くないのだろう。普段は平気でも、疲れているとゴア描写の多い映画が見られない、みたいな状態だ。 スヴェンの歌がなくなったことで、ようやく瘴気のブーストが消え、俺が常に魔力を込め続けなくても、ある程度浄化範囲が保たれるようになった。王都の大部分を浄化し続けながら戦うのは無理だったから、第一段階クリアといったところだ。 「それにしても、不気味だねえ」 「ああ。あれが、ガルシャフか?」 「そうじゃない? ボクも直接会ったことはないからなぁ」 謁見場の奥、階の上にある王座に、その男は無言で座っていた。 肌の色は浅黒く、髪は黒色で、彫りは深いが意外とすっきりとした顔立ちをしている。俺と同じくらい若くて、逞しい体格のイケメンだ。むしろ、俺よりも乙女ゲーの攻略キャラっぽい。すごくモテそうだ。死んでいるのを知らなければ、いっそ健康そうに見える。それくらい、精気というか覇気のある表情をしていた。 (いくら人間に見えても、あれは死者だ) だからこそ、不気味に感じる。王座に静かに座っているガルシャフ(仮)は、俺たちが持っていたイメージ……先入観ともいうが、それからあまりにもかけ離れていた。 「なんていうか、もっとギラギラしたのをイメージしていたんだけどな」 「わかる。あれはちょっと、俗悪な権力志向の雰囲気じゃないよねぇ」 見た目によらないのかもしれないが、それでも違和感はぬぐえない。 (それに……なんで動かないんだ?) スヴェンの時も、カオスディメンターが倒されていくいまこの時も、王座に居座る彼は、ただ黙って眺めているだけだ。 「でも動かないってことは、それだけ王座に執着しているってことか?」 「そうかもしれぬな」 「「!?」」 うおっ、びっくりしたぁ。 「あんた、しゃべれたのか」 王座に座った褐色イケメンがしゃべった。ちゃんとこちらを認識しているらしく、薄く笑った薄黄色の目と合った。 「吊られたせいで、私の首の骨は砕けたはずなのに、不思議なことだ」 なんだか会話が成立しそうだったので、俺とレノレノはみんなの邪魔にならないように、こそこそと階まで進んで、そこに座った。 「王都に蔓延る瘴気を浄化せし者、名を聞こう」 「リヒターだ」 レノレノは会話に参加する気がないのか、お気になさらずと言いたげに背を向ける。 「……あんたは」 「ガルシャフ。……ガルシャフ・バーマンガム・セデ・アフダヤン」 やっぱり、ガルシャフだった。ということは、俺の中でますます違和感が大きくなる。 「王様の従弟の、公爵様だな。俺たちは、あんたがこの瘴気の発生源だと思っていたんだが……」 「間違ってはおらぬ。ただ、私だけではない」 「そうみたいだ」 この国を覆う大量の瘴気のほとんどは、カオスディメンターたちが出していたものだ。それを、スヴェンがブーストしていた。 各地の戦場跡や、強力な個体からの瘴気も出ていたが、シャンディラをボロボロにした瘴気は、間違いなくこの謁見場から出ていたものだ。ガルシャフからも瘴気が出ているが、カオスディメンターほどではないし、何より理性的に話ができそうだ。 「あんたは、よみがえってまで、何をしたいんだ?」 「なにも」 「なにも?」 いぶかしむ俺に、ガルシャフは困惑の表情を浮かべて、逆にたずねてきた。 「王宮前広場の絞首刑台で死んだはずなのに、気が付けばここにいた。私が死んだ後、この国はどうなった? 民は無事なのか?」 「なんだって。アンデッドとしてよみがえり、この国を瘴気まみれにしたのは、あんたの仕業じゃないのか」 「私の意思ではない」 なんてこった。俺たちが予想していた前提が、全部ひっくり返っちまった。 「黒幕がいるってことか」 ここにいるガルシャフの言う事を、全て素直に信じる気はなかったが、それでも俺はいままで勝手に持っていたイメージを捨てることにした。 「あの者たちは、エルフィンターク軍ではないのか?」 「ちょっと待ってくれ。俺たちの認識にずれがあるようだ」 俺はサルヴィアたちがカオスディメンターを全て倒すのを待って、あらためて話し合うことにした。 「お初にお目にかかります、アフダヤン公爵。わたくしは、エルフィンターク国王グレアム陛下より、この地を治めるよう仰せつかりました、サルヴィア・アレネース・ブランヴェリと申します」 「なに。貴公がサルヴィア殿か!」 堂々とカーテシーをするサルヴィアに、ガルシャフはむしろ好意的に表情を和らげた。 「貴公の助言を活かしきれず、誠に申し訳ない。立つこともままならぬ情けない姿での無礼、お許しいただきたい」 「お気になさらないでくださいませ。それよりも、なにがあったのですか? わたくしどもは……失礼ながら、王位に未練のある公爵が、この地に瘴気をまいたのだと思い込んでおりました」 「王位か……たしかに、未練はあった。私に、もっと力があればと」 ガルシャフが語ったのは、ディアネスト王家を巡るおぞましい権力争いの実態だった。それによると、ディアネスト王家よりも、周囲の貴族たちの力の方が大きいという事だった。王位継承権がある王子を、それぞれの派閥が担ぎ上げ、法律や王子当人たちの意思や能力を無視して、勝手に争い合っていたそうだ。 「じゃあ、あんたがデニサス二世を毒殺しようとしていたっていうのは?」 「そういう噂が流れていたことは否定せぬが、私が陛下を弑し奉ることなどありえない。……陛下、及びディアネスト王家に体が弱い者が増えたのは……おそらく、近親婚のせいだ」 「「「はあっ!?」」」 初めて聞く情報だった。それもそのはずで、派閥の貴族同士が養子のやり取りなどをして、名目上は別家系なのに、実際は近い血縁同士で結婚しているということが、割と頻繁にあったらしい。王家はそれを取り込んでいる中心なので、まさにカオスだ。 「歴史ある家の令嬢との間に生まれた私の末の娘も、五つになるまで生きられないと言われ、その通りになった」 「ん?」 俺は自分の頭の中にある家系図と比べて、名前を聞いた。 「末娘って、サリマ公女? もう亡くなっているのか?」 「スタンピードがあった年の末に」 「じゃあ、俺たちが戦った、あのハ……女の子は誰だ?」 新聞の似顔絵によく似た少女だと言うと、ガルシャフは少し考えて、サリマ公女の姉である、ミュージャ公女ではないかと答えた。 「ミュージャは処刑の難を逃れたはずだが……幼い心では、人間として死ぬことを選べなかったか。哀れなことだ」 誰だって、死ぬのは怖い。それが小さな女の子だったなら、なおさら死とは別の選択をするだろう。 「娘を偽りの生から解き放ってくれたこと、感謝する」 「……」 化け物になった娘を殺してくれてありがとう、なんて言わなきゃいけない父親の心情は、理解は出来ても、俺には重すぎる。 (こんなに理知的で精神の強い男が、この災禍を起こしたなんて考えにくい) ガルシャフは、たしかに王として相応しい知能と精神をもっていた。見る限り、健康にも問題がなかったことだろう。血筋も正統性があり、国王に望まれるのもわかる。 (だけど、本人は従兄である国王を敬愛していたようだし、対立する国王派の貴族の邪魔がなければ、有能な政治家としてこの国を引っ張っていっただろう) 「そういえば、マハム伯爵は?」 「宰相なら、そこにいた息子と共に吊られた後は知らぬ。そなたたちが倒した、カオスディメンターの中に混じっていたのではないか?」 そういえば、張り付いていた顔は、貴族っぽいのが多かったな。 「マハム宰相は、柔軟さには欠けるが、勤勉で確実に働く、陛下の忠実な臣だった。ただ、同じ国王派の貴族たちからやっかまれることも多いようだった」 うーん、ほかに原因になりそうな人はいないか……。 「少し話は逸れるけど、二十年以上前にとり潰された、ナイトハウル伯爵家について、何か知っているか?」 「いや……。たしか、婚約に関するトラブルが原因だったと記憶しているが。婚姻に関しては、先ほども言ったように、派閥が絶対的な拘束力を持っていた。似たような事案は、当時も珍しくなかったのではないだろうか」 やっぱり、自分が生まれたくらいの昔のことは、詳しく知らないか。 「それじゃあ、大神殿がメラーダを栽培していたことは?」 「なんだと!? 馬鹿を申すな!!」 激しく怒りと驚きを示して瘴気を噴き上げるガルシャフに、俺はサルヴィアと顔を合わせ、会話のバトンを渡した。 「アスヴァトルド教の大神殿が、大規模なメラーダ栽培と取引をしているようなのです。その栽培地は、シューガス地方にあると」 「そんな……そんな馬鹿な! ……まったく、あずかり知らぬことだ!」 「ええ。メラーダの危険性をわかっている者ならば、公爵閣下のような反応をして、栽培の許可など出さないはずです。ですが、これには聖地も関わっているらしく、おそらくその栽培地は、かなり大規模なはずです。お心当たりは、ございませんか?」 「…………そういえば」 ギリギリと歯ぎしりをしながら眉間にしわを刻んでいたガルシャフが、ふと忙しく眼球を動かした。 「シューガス地方には、王家が所有する、広大な狩猟林があったはずだ。あそこは、王家の者しか入ることが許されず、地元の者も近付かぬ。先王は狩猟にまったく興味がなく、陛下はあの通りの御病状ゆえ、数十年は放置されているはずだ。そうだ、王太后陛下の御兄弟に、大神官がおられたはず!」 それを聞くと、サルヴィアから目配せされたジェリドがリオンを連れて、素早く謁見場から出ていった。王家が所有する、不動産に関する資料を探しに行ったのだろう。 「大神殿が、勝手に王家の所有地を開墾できるのでしょうか?」 「いいや。それどころか、国王の許可なしには、管理人すら入ることができないのだ。逆に言えば、陛下がお出しになった許可状があれば……」 王族の興味が狩猟に向かない限り、好き勝手出来るという事だ。 「デニサス二世陛下は、それをご存じだったのでしょうか?」 「まさか……いや、だが……」 必死に否定しようとガルシャフは首を振るが、その仕草に力はなく、憔悴しきった表情を浮かべ、やがて肩を落とすように視線を下げた。 「私がこの世に、この国に未練を多く残していたのは、間違いない。だが、この世を最も憎んでいたのは……おそらく、陛下であろう」 |