第十幕・第四話 若村長と降臨した神


 自分たちの都合で好き勝手に争い合う貴族たち、終わることのない膨大な仕事、生まれついての虚弱な肉体、そして、健康で優秀な従弟の存在。そのすべてが、デニサス二世には疎ましかったことだろう。
 ガルシャフもなんとか国王を補佐したかったのだが、自分が動けば王位を狙っていると、敵からも味方からも誤解され、混乱を招く。不本意ながら国王の死を待つという、動くに動けない状態が、何年も続いていたそうだ。
「いっそのこと、簒奪してしまった方がよかったのだろうか……」
 そうすれば、デニサス二世は療養に専念でき、国民もより安定した国政に護られたことだろう。しかし、それには多くの貴族を敵に回すことになり、簒奪者と誹りを受けるガルシャフが歩む道も、けっして平穏とは呼べなかっただろう。
 多くの無念と後悔を抱いたまま処刑されたガルシャフであったが、不死者としてよみがえり、魔境を支配するつもりなど毛頭なかった。
「公爵をよみがえらせたのは、国王であるとお考えですの?」
「わからぬ。私はここにずっといたが、瘴気の中をすべて見えるわけではない。時折、何者かが王宮の中を歩き回り、ここにも来ていたようだが……。それが誰なのか、皆目見当がつかぬ」
 瘴気の中を歩き回り、精神力の高いガルシャフすらも縛りつけられる存在など、どう考えても危険すぎる。
「ゴドリーをよみがえらせたのも、公爵じゃなかったのか」
「なに、騎士団長まで?」
「国宝の鎧に憑りついてイキっていたけど……その……」
 ボコボコにしました、とは言いにくく視線をそらせると、ガルシャフも察してくれたようだ。
「死んでも直らなかったか。仕事は出来る男だったのだが……」
「ええ、あぁ……はい」
 ゴドリーは曲がりなりにも、スタンピードでボロボロになった騎士団を、エルフィンターク軍の前に立たせられる程度には立て直したのだから、ガルシャフの言う通り仕事は出来たんだろう。ただ、自分をよみがえらせたのがガルシャフではないとわからないくらいには鈍い、鎧フェチのイキリストだっただけで。
「サルヴィア、様。なぜ公爵がここから動けないと思……います?」
 思い出したように無理やり敬語にした俺を、変なものでも見る様に眺めながら、サルヴィアは深くため息をついた。
「おそらく、公爵を元凶として注目させ、わたくしたちの目を逸らせたいという狙いがひとつ。もうひとつは、王宮の地下にある、『護国の鯨の封印』の生贄かしら」
「なぜ、それを……王家の者しか知らぬはず!」
 ガルシャフが驚き、サルヴィアが知っているということは……あれか。
(『フラ君』の何かだろ。Uが『永冥のダンジョン』だから、初代のイベントかな)
「その封印を解くのに、王家の血がいるとかそういう感じの?」
「そういうアレよ」
 うわぁ。イベント失敗すると、攻略対象が破滅する系のアレだ。王族ってことは、ジャレッド王子攻略でやるのかな。
「だいたいわかった。ここで公爵をターンアンデッドしちゃうと、王宮が崩れるとかありがちだな」
「そうなってほしくはないけれど、ここまで瘴気で傷んでいるのではね。生きている者でなければ封印は解けないと思いますけれど、慎重を期す必要があるわ」
「まったく、面倒くさいことを……」
 万が一のとき、少しでも被害を減らすために、まずレノレノとブランヴェリ家の騎士たちを王宮の外に退避させることにした。それから、精霊でこちらの状況を把握しているだろうジェリドたちと急いで合流し、はぐれたノアたちを見つけなくてはならない。ガルシャフの葬送と黒幕探しは、安全を確保してからだ。
「では公爵、一時お暇させていただきますわ。必ず、良い解決方法を見つけてまいります」
「すまない、サルヴィア殿」
「おや、もう帰ってしまわれるのか」
「「「!?」」」
 王座の後ろから現れた青年に、俺たちは本能で飛び退った。
「公爵!」
 俺たちが立っていた場所に、バチリと何かが弾け、ガルシャフと俺たちを分断した。バリアか、それに類する何かかと思われるが、直接触れるのは躊躇われた。
「サルヴィアど、の……!」
「ガルシャフ、君もずいぶんとおかしな真似をするね? あれは敵じゃないか」
 青年の手が縄の痕が残るガルシャフの首に巻き付き、黄金の冠をその黒髪の上に載せる。
「へ、いか……!?」
「「「!?」」」
 ガルシャフよりも薄い褐色の肌をした青年は、ストレートのプラチナブロンドを撫でつけ、群青色の目をしていた。その服装は、王族に相応しい煌びやかなものだ。
「急いで身支度を整えたのだがね。なにぶん、侍従もいないものだから、待たせてしまったようだ」
「あれがデニサス二世? ずいぶん元気そうだな」
「本当に」
 クスクスと笑うその頬には肉があり、足取りは確か。目には光があり、髪も艶やかだ。これのどこが、今にも死にそうな重病人なんだ。
「おかしいわ。首に痕がない」
 サルヴィアの囁きに、俺もよく観察してみると、たしかにデニサス二世と思われる青年の首には、斬り落とされた痕も、縄の痕もない。
「死ぬ直前に、堕落フォールしたか!」
 ガウリーがあらためて俺たちの盾になって身構えた。
 アンデッドになられることよりも、より厄介なのが、この堕落フォールだ。例を挙げるなら、ハエの化け物になったミュージャ公女。生きながらにして、妖魔や悪魔を身に宿すらしく、その能力は未知数といわれている。まさに、初見殺しの怪物だ。
「無礼者が。だが、頭の固い神殿騎士が言いそうなことだ。余がこの身に宿したのは神。堕落フォールではなく、降臨アドヴェントだ」
 は? と呆けたのは、俺たち三人だけではなかった。
「なにを寝ぼけたことを!」
「あれ? 信じてくれないのかい、ガルシャフ?」
「……信じるとも。貴様が陛下ではないという事はな!」
 王座に座らされたまま、ガルシャフは傍らに立つデニサス二世を睨む。
「陛下は……兄上は、私をガルシャフとは呼ばぬ!」
「あぁ……あっはははは、ははははは! そう、そうだったな!」
 一瞬目を丸くしたデニサス二世は、大口を開けて笑い転げた。
「『下賤の血』『隠され子』『闇色髪』『使えないスペア』あと……なにがあったかな、バーミィ?」
「……」
「本当に、使えないスペアだ。さっさと先に死んでしまうし、頭に蛆の湧いた娘はどこかに行ってしまうし。これでは封印が解けない。本当に、困った弟だ」
 自分の王冠を被せたガルシャフの頭を、青年は鷲掴みにする。
「っ……」
「せめて、余の身代わりに討伐されればよかったものを……役立たずが」
 さんざんにガルシャフを罵倒するデニサス二世だが、ガルシャフはこんなのでも国王だと敬っていたのか。
「……実の兄弟だったのね」
 サルヴィアが険しい表情で呟く通り、彼らは従兄弟ではなく、兄弟だったようだ。
 知能や健康にはさほど問題がなくとも、素行に問題があった先代のゴンドル三世が、『下賤』な身分の女性に産ませたのが、ガルシャフだったのだろう。だからガルシャフには、近親婚による悪影響が比較的少なかったのだ。血縁としては叔父である、病弱な(おそらく子供を望めなかった)先代アフダヤン公爵の息子として育てられ、国王のスペアとして、貴族たちに保管・・されてきたのだろう。
「ベッドから出るのも一苦労な兄と、優秀で御しやすいとは言えないが後ろ盾のない弟。貴族たちにとっては、いいお飾りだったろうな」
「他人事のように言っているがな、貴様。なぜ生きているのだ。実に不愉快だ」
「……」
 デニサス二世のラピスラズリのような目に睨まれ、俺はすんなり理解した。こいつは確かに、神に類する者なのだろう。
「赤ん坊の『リヒター』を殺そうとしたのは、お前か」
 サルヴィアが息をのみ、事情を知らないながらもガウリーから気づかわし気な気配がする。
「アスヴァトルドが作った貴様がいると、なにかと邪魔だったものでな。万が一ガルシャフに忠誠を誓われて、あのアビリティを使われたら、どこで余の計画が破たんするか、わかったものではないわ」
「ちっ」
 思わず出た舌打ちは、『俺』のものだ。ゆらゆらと湧き上がる怒りは、誰のためのものかわからない。
「以前に、一瞬だけ王都に現れた気配。気のせいではなかったようだ」
「ああ。やっぱりあの瘴気の大波は、俺を恐れてやったのか。そんなに、俺が怖かったのか」
「戯言を」
 俺はスタッフオブセレマを構え、ブレス、マイティガードと、立て続けにバフをかけた。
「サルヴィア、あいつ倒せるか?」
「【鑑定】阻害が激しくて、わからないわ。出来るとしたら、肉体を消滅させる事かしら」
「神殺しは無理か」
「それに、あのバリアも厄介ね!」
 バリバリと紫色の電撃が走り、謁見場に建材の破片が散る。
「国王の座は、譲ってやろう。その身に、一身に民の憎悪を受けるがよいぞ、バーミィ。フッ、フハッ、フハハハハハハ! アハハハハハハハハ!!」
 デニサス二世の姿をした何者かは、ガルシャフの頭を掴んだままゲラゲラと笑う。
「あ、にうえっ……ぐっ……ぁ、あぁああッ!!」
 ガルシャフが苦しみだすと同時に、俺は巨大な瘴気の塊を感知した。それはこの場ではなく、外だ。
「なんだ!?」
 くぐもったサイレンのような音がエコーを伴って響き、その衝撃波は劣化した宮殿の壁すらも突き壊した。

 オオオオオオオオオオオオォンンン!!!

「ぐっ、ぅっ!!」
「きゃああぁっ!」
 飛んでくる建材の塊を盾で防ぐガウリーの後ろで、サルヴィアも縮こまるしかない。
「女神よ、我らを護りたまえ! キリエエレイソン!」
 城門の外で使った時よりも、よく魔力を練って、できるだけコンパクトに展開させる。厚みや耐衝撃を考えた構造をイメージすれば、壁や柱の塊も防ぎ切ることができた。
「怪我は?」
「な、なんとか」
「ありがとうございます、リヒター様」
 二人ともちゃんと立って歩けそうだ。だけど、一撃でこれだけ壊されるとなると、ボロくなった宮殿はあまり長くはもたないかもしれない。
「まずは退避し……」
 言いかけた俺の目は、シャンディラの空を飛ぶ、巨大な影に釘付けになった。てらてらとした黒い体、長い尾、大きく羽ばたく皮膜の翼。その頭には、冠をかぶったままのガルシャフが埋め込まれていた。
「カオスドラゴンロードだわ……」
 サルヴィアの呆然とした呟きだけが、風通しの良くなりすぎた謁見場に漂って消えた。