第八幕・第二話 若村長と拙い大道芸


 俺たちが現場に到着した時には、ノアはメロディに抱っこされていた。
「まぁ……派手にやったな」
「ノアくんの実力からしたら、ずいぶん手加減をされていますよ」
 剥き出しの道路はボコボコになり、周囲の家屋は軒並み穴が開いて半壊していた。所々で煙が上がっているが、力任せに更地にすることだってできるのだから、ノアにとっては、これでも脅し程度だろう。
「先に手を出したのはむこうだからね」
「そうでなきゃ、ノアが人間相手に魔法を使わないよ。わかっている」
 俺はメロディからノアを受け取り、唇をひん曲げてべそべそしている、もちもちの頬を拭ってやった。
「ひっく……ひっく……」
「怖かったな。なにがあったか、俺に教えてくれるか?」
「あのね、きんけーたちとあそんでたらね、まほーうってきた」
「よし、わかった。ノアは悪くない。俺がとどめを刺してこよう」
「リヒター殿、落ち着いてください。私がやりたいです。ノアくんを泣かせた愚か者は、すべからく生まれてきたことを後悔する苦痛を味わってから死ぬべきです。絶対に、私がヤりたいです」
「ジェリドの方が落ち着け? どう、どう」
 俺よりジェリドの方が怒っていないか? 目が怖い。怖い。
「しーむとしゃんだーにね、ばーんてしたの! だめなの! しーむとしゃんだーも、きんけーも、のあの、だいしゅきな、おともだちなの!」
「そうか、友達を攻撃されたから、ノアは怒ったんだな」
「うんっ、うん……ふぐっ、ふえっ」
「よしよし。友達を軽んじられると、悔しいな。わかるぞ」
 それに、相手が人間だからって力加減をしたせいで、ストレスが溜まっているんだろう。思いっきり怒りを表せられなかったせいで、感情の行き場がなくて泣いてしまったんだ。
「怒ってもちゃんと手加減をしてやるなんて、こんなにちっちゃなノアの方が大人じゃないか」
 俺はノアの小さな背中をぽんぽん叩きながら揺すってあやし、どういう状況だったのかとメロディに視線で訊いた。
「コッケ達が珍しいっていうのと、ノアたんが自分らよりも子供だからって、舐めくさったんよ」
「なるほどな」
 そのコッケ達は無事なようで、金鶏は俺の足元から、シームルグとサンダーバードも、旋回していた空から近くの瓦礫の上に降り立って、ノアを心配そうに見ている。
「ノア、コッケ達はみんな無事だ。もう泣かなくて平気だぞ」
「ん、うんっ」
 ノアはコクコクと頷いたが、ぎゅうっと俺にしがみついたままだ。
「では、私はその不届き者たちを探してまいります。……おや、サンダーバードも一緒に来てくれるのですか?」
「コッケコッケコォーー!!」
「ありがとうございます。行きましょう」
 冷静な顔で激怒のオーラを噴き上げたままのジェリドとサンダーバードが走っていってしまったので、俺はメロディに、悪ガキたちと一緒にスヴェンがいなかったかと聞いた。
「ああ、あのお子様たちを止めようとしてた、気弱そうな吟遊詩人……」
 尊大で生意気な子供の冒険者たちと一緒に、俺と同じくらいの年齢の男が一人いたという。ただ、使用人のような扱いで、話を全然聞いてもらえてなかったようだ。
「いや、でもあれは『フラ君』のスヴェンじゃないよ」
「え?」
 絶句した俺に、メロディは無表情で首を横に振った。
 『フラ君』をやり込んでいて、【鑑定】も持っているサルヴィアはスヴェンだと言ったのに、メロディは違うと言う。
「私の【分析】は、誤魔化せないよ」
「……誰かが、化けているって?」
 声を低めた俺に、メロディは無言で肩をすくめた。
 これは、要作戦会議だな。

 ヨシュア少年を含めた冒険者パーティーは、ジェリドとサンダーバードによって、すぐに捕捉された。
 冒険者たちの集団に戻って、あることないこと喚こうとしていたが、ノアもコッケ達も俺のツレだって知られているので、逆になんてことしたんだと叱られていた。そこへ激怒のオーラを隠そうともしないジェリドがサンダーバードを連れて現れたので、ジェリドが捕縛の魔法を使う前に、大人の冒険者たちによって組み伏せられてしまったらしい。
「いてててっ!」
「なにをする! 放せっ!」
「触らないでよ!」
 罪人のように荒縄で縛られたお子様たちは四人。剣士、軽戦士、魔法使い、神官と、バランスのいいパーティーだ。それにしても、冒険者デビューしたてのお子様の癖に、いやに装備が整っている。サイズが合わない大人用や使い古された中古ではなく、それぞれの体格に合っている上に、どれも新しくて品質がいい。金持ちや貴族の子弟だと喧伝しているようなもので、いままでよく強盗に襲われなかったと感心してしまう。
「あの主人公っぽいのが、ヨシュアくんか?」
 ノアを抱っこしたまま隠密のケープをかぶって、隣にいるメロディにコソコソと聞くと、そうだと頷きが返ってきた。
「金髪剣士がヨシュア。女軽戦士がマリン。斥候役で弓が使えるね。平民だけど、スキルはいいのが揃ってる。男魔法使いがアルフレッドで、上級貴族。火と風に特性があって将来有望。神官見習いの女がセーラ。この子は下級貴族で、回復役だね。幼馴染パーティーってやつかな」
 ほーん、ありがちなパターンだな。
「問題は、あの吟遊詩人だ」
 薄緑色の長い髪をおさげにしている、後ろ手に縛られた若い男。メロディが悔し気に眉をひそめるのは、【分析】が通らないほど、相手の隠蔽能力アビリティが高いからだ。
「隠蔽っつうか、変装? 一番上から包み込むように、スヴェンの表層ステータスをべったり張り付けているんだよ。【分析】なら、そこに至るまでの人格の詳細や構成軌跡ビルドツリーが見えるはずなのに、タブがめくれない」
 スヴェン本人なら、深層ステータスだけを隠すなんて不自然だし、ゲームの時にそういった能力がある気配はなかったらしい。明らかに、上辺だけを取り繕って、誰かがスヴェンに成り代わっている。
(メロディの【分析】に対抗するほどの変装ができる奴に、心当たりはあるけど……なんでここにいるんだ?)
 俺はステータス異常……特に睡眠抵抗と混乱防止のアイテムがないかメロディに聞き、いくつかのアクセサリーを借りた。
「ついでに、これも」
「なんだこれは」
「見栄えって大事だから」
「ハッタリが効く相手ならいいんだけどな。下手すると、俺の羞恥心に大ダメージだ」
 俺は軽くため息をつきつつも、するするさらさらとした手触りの白いローブを受け取った。
「ノア、俺はサルヴィアの所に行ってくるから、ここで金鶏と一緒にメロディといてくれ」
「ん、わかった」
 サルヴィアのマナポーションをおやつに食べて落ち着いたノアは、大人しくメロディに抱っこされてくれた。
「ぶちかましてこい」
「こういうの、柄じゃないんだけどなぁ」
 やれやれと頭をかきつつ、俺はガウリーとシームルグを引き連れて、いったんその場を後にした。

「私はジューク公爵が嫡子、ヨシュアだぞ!!」
 縛られて土の上に跪かされるという屈辱に、ヨシュアは顔を真っ赤にしているが、それを見下ろすジェリドが、落ち着いた態度とは裏腹に、ブリザードのような怒りを目に宿していることを、周囲の大人たちは感じ取っている。
「だからなんです? そのジューク公爵の地位を保証する国が、すでに無いのですよ。つまり、貴方は平民です」
「へ……へいみん、だと!? バカを言うな、無礼者め!!」
「本当に、わかっていなかったのですか?」
 こちらが驚くほどヨシュア少年が怒ったので、彼のまわりにはそのことを教えてやる人間がいなかったのだろう。ジェリドも呆れた溜息が長い。
「よろしいですか、貴方がご自分で言う通り、ジューク公爵家の人間としての扱いを求めるのならば、こちらは敗戦国の要人として、捕虜にしなければならないのですよ」
「なぜだ!?」
「ブランヴェリ公爵家は、戦勝国エルフィンターク王国に所属しているからです。ディアネスト王家の人間たちが、どうなったと思っているのです? 優雅に亡命生活をしていますか? 国王一家も王家に連なる者も、国政に携わる上位の者も、あらかた処刑されたと、私は聞き及んでおりますが」
 先にセントリオンに避難していなければ、お前も処刑されていたはずだぞと言外に煽るジェリドだが、ヨシュアにはイマイチぴんと来ていないようで、もっと直接的に言う必要があると額に手を当てた。
「貴方の公子という身分は、ディアネスト王国があって、はじめて効果を持つ地位です。国が滅びるという事は、その国に住む者にとって、国に保証されていた、国民としての身分が無くなるという事です。現在の貴方は、平民です」
「そ、そんな……そんな馬鹿な!! 私はずっと、公爵家の人間で、いずれは当主に……!」
 自分のアイデンティティが、それまで蓄えられてきた親の財貨によって支えられてきたという事実は、真っ青になったヨシュアにはまだ認め辛いものがあるだろう。亡命貴族として、無聊を囲いながらも大人しく生活していれば、公衆の面前でジェリドに凹まされることもなかっただろうに。
「公爵を名乗るのは勝手ですが、空手形に敬意を払う者はおりません。現在の貴方は、ブランヴェリ公爵代行閣下に無礼を働けば、命で購う身分なのですよ」
 すらりと抜いたジェリドの剣先が、迷いなくヨシュア少年の眼前に向けられる。
「貴方がたは、私の恩人であり、ブランヴェリ公爵代行の盟友である聖者殿が保護する幼児と、聖者殿に仕える神獣たちに対し、暴力を働きました。目撃者もいますから、言い訳は無駄ですよ」
「そ、そんなっ、ちがっ……違うんだっ! そうだ、あの鳥に魔法を撃ったのはアルフレッドだ! 私じゃない! 私じゃないっ!!」
「なっ!?」
 ヨシュアの言うとおり、実際に魔法を使ったアルフレッド少年は、仲間の少女たちの視線を受けながら、いまにも気絶しそうなほど顔色を無くした。たしかに反対もしないで遊び半分でやったが、最初に「やれ」と言ったのはヨシュアだった。
「だから……ははっ、私じゃない! 私は悪くないっ!」
「……言いたいことは、それだけですか?」
 逃げようともがくヨシュアを、ジェリドは簡単に足でいなし、豪奢な金髪頭を踏みつけた。
「自称するからには、公爵家の人間らしく、上に立つ者としての責任を果たし、潔いお覚悟を」
「ひっ、いやっ! いやぁっ!! やめてぇっ!!」
 刃物の冷たさを首筋に感じて、ヨシュアは失禁しながら叫んだ。
「たすけてたすけて死にたくないぃぃ!! いやぁぁぁ!!」
 すうっと上がったジェリドの剣が、振り下ろされる。