第六幕・第七話 若村長と聖騎士の誓い
足元から寒さが絡みついてくる頃には、かなりリューズィーへの信仰は高まったと思う。
というのも、メロディが「こういうのは形から」とか言い出して、キャロルにひらひらしたドレスのような衣装をプレゼントして、難民キャンプに連れて行ったことから始まる。 「かわいい……」 「なんだ、サルヴィアはああいうのが好きだったのか」 「わたくしには、ああいう魔女っ娘的なアイドル衣装は、ちょっと似合いませんもの。キャロルは髪が長い時も可愛かったので、ちょっともったいないですわね」 あー、言われてみれば、日曜日の朝に見かけそうな服だな。メロディは水の巫女的なイメージだとか言っていたが……。なんでも、デフォで布教Lv1が付いている、マジカルな装備らしい。一応ロングスカートだが、内側にミニ丈があるシースルーなので、この季節はちょっと寒そうだ。 キャロルにはその格好で、慰霊碑や女神像の浄化玉くんに魔力を込めて行ってもらい、キャンプの飲み水や開墾した畑への水やりを手伝ってもらうなど、半分慰問を兼ねた布教活動をしてもらった。 そして、ウィンバーの町での慰霊式はカンペを手にした俺がやったが、女神アスヴァトルドと水神リューズィーとの連名で祈りの言葉を上げた。さらに、ドワーフたちが造っている新しい船の船首像を、リューズィーの姿で作ってもらえることになった。 「そもそもリューズィーは、雨をもたらす水神ですから、乾燥した南大陸に住んでいた人には受け入れやすいのでしょう。嵐を呼ぶリューズィーを崇めて船首像にすれば、かえって嵐を避けられると考える船乗りも多そうです」 エリックさんが用意した神話の本の挿絵には、力強く荒々しい龍が雨雲を纏っていた。うーん、村のリューズィー像は、かなりデフォルメされた姿だな。 リューズィーは雨をもたらすが、洪水を起こして田畑の作物をダメにしてしまう性質があるから、陽と豊穣の女神アスヴァトルドと対立しているという話だ。ただまぁ、眷属がアレなので、俺としてはイマイチ威厳を感じにくい。 セントリオン王国からは、ジェリドの部下が村にやってきた。ロータスさんが選出しただけあって、みんなジェリドに忠誠を誓った有能な人ばかりだった。 「リオン、よく来てくれた」 「ジェリド様、よくぞご無事で。ご快癒、心よりお慶び申し上げます」 リオンはジェリドの幼馴染で、腹心と言っていい従者だそうだ。セントリオンでの聖女巡礼からジェリドに会えないままで、ずっと心配していたらしい。今回、村人となるべくやってきた人たちの、まとめ役でもある。 リオンたちのおかげで、中途半端にボロかったリューズィーの村も、あっという間に綺麗に建て直され、新しい家も出来た。大きな宿舎は、後々宿屋にするためらしい。 「ジェリド様を見捨てた大神殿に、いかほどの未練がありましょうか。異端呼ばわりも破門も、どうという事はございません」 物腰は柔らかなのに、なかなか苛烈な性格をしているリオンが、率先してリューズィーの教会に礼拝してくれるので、新しい住民の中にリューズィー派が広がるのも早かった。 「ねーねー、たー。かいじぇるがね、もういいよって!」 最近は金鶏とキャロルと一緒に、リューズィーのダンジョンまで散歩に行くのが日課になったノアが教えてくれたので、俺はメロディに連絡を取った。 「ようやく、忌々しい首輪を外せるな」 その日、俺とメロディとキャロルとガウリーの四人は、リューズィーのダンジョンに向かい、カイゼルが作った祭壇の前で成功を祈った。 「それじゃ、始めるよ」 ガウリーを挟んで俺とキャロルが向かい合い、メロディの誘導に従って、それぞれの神に助力を請う。 丸眼鏡をかけたメロディのまわりには、淡く発光するウィンドウが何枚も宙に浮かび、メモを片手に独り言を呟きながら作業している姿は、普段からは想像できない技術者そのものだ。 その時、俺の目の奥に、火花が散るような衝撃があった。 「うっ……」 「すまん、ちょっと我慢して」 女神の力を借りた制約を解除するのに、反動がこちらに来たのだろう。ズキズキとこめかみと目が痛んだが、深く息をして堪える。 「クソッタレが。面倒くさい物を作りやがって」 「まぁ、そう言いなさんな。私らに当時の事情はわからんし、物に罪はない」 メロディの言う事がいちいちもっともで腹が立つ。 (こんなものを使わなくてはならないほどの重要ごと、か) 王都にいるなら、ガウリー一人を暗殺するくらいできそうだと思うのだが、ガウリーのレベルは87もある。神殿騎士たちが来てジェリドが【人物鑑定】した際に、一番レベルが高かったのが、ガウリーだ。正直、俺を暗殺する方が簡単なほど強すぎる。大隊長という役職と実直な人柄を鑑みても、強引に処刑なんてしたら、他の神殿騎士たちの動揺が大きすぎると判断されたのだろう。 「ぅぐッ……!」 「頑張れ。もうちょっとだ」 心臓を突かれたような苦しさに思わず咽たが、キャロルとガウリーの心配そうな視線を見たくなくて、長杖に縋るように額をつけて目を瞑った。 (自分にかけられた加護の主を、真っ向から否定しているようなもんだから、なっ……) 俺自身の信仰心は、普通だと思う。農民の生活に根差した神様だし、子供のころから養父に連れられて、毎週の礼拝は欠かさなかった。人並みに、女神を敬愛していると思う。 ゲームでの『リヒター』は、十代で聖者と称えられるほどの力と信仰心を持っていたらしいが、その狂信的なまでの素直さは、いまの俺にはない。育った環境のせいなのか、リヒターの魂を繋ぎ止めた『俺』の前世の性質なのか、そこはわからない。 熱狂的ではないが、現実にあるものを受け入れ、利用していることは否定しない。感謝はしているが、だからといって不都合なことまで受け入れるほど、精神的マゾではない。 (ん? どこかで……) なにか、似たような体験をしたような……。 ―― オレ ノ ジャマ ヲ スルナ ! 「あぐっ!?」 ばちん、と頭の中の何かが弾け、一瞬で上下感覚が無くなり、視界がホワイトアウト。息が詰まって空気を吸えず、頭の中が熱くてぐるぐると定まらない。感覚が遠い手足に硬い物を感じたが、顔だけ、ぼよんと柔らかい物に当たった。 (だ、れ……) 知らない声が叫んでいて、力が入らなくて、暗いところに引き込まれていく。 強い、強い、憎悪。狂おしい、悲しみ。吠えて、叫んで、全部……全部、壊れて、しまえば……。 ―― 面白き! 面白き! ―― 気に入った! (え……?) ふと目を開けた俺は、自分が何処にいるのかわからなかった。眩しいのに暗くて、硬い物に触れているのに、柔らかい物に触っている。 「リヒター! リヒター! 私がわかるか?」 頬を、温かい手が触っている。褐色の肌と、紫色の目……。 「め、ろ、でぃ……」 口の中が渇いて舌が上手く動かないが、息はしているようだ。 (あれ? なんで俺、生きて……?) うん? なんで死んだはずなんて思ったんだ? 「よかった……。ごめん、リヒターのニコイチになっているアレも、女神の力が作用しているの、忘れてた」 「ぁ、あー……」 いつもの不遜で勝気な表情をくしゃくしゃにして、ごめん、ごめんと謝るメロディに、俺は力の抜けた笑いを返した。 「は、は……。きに、するな。俺、も、わす、れてた……」 そりゃあ、ヤバいはずだわ。もう一回俺の魂がバラバラになるところだったなんて、笑い事じゃないが、済んだことは笑い話にできる。 「……えっ、と……ぅ」 あれからどうなったのか、瞬きをして辺りを見回そうとして、目眩で断念した。まだダンジョンの中で、床に寝ていたようだ。どうりで背中が、ごりごりと痛いはずだ。 ぷにょん、と冷たい感触が顔に当たった。 「ソンチョー……」 「ふふっ、ありがとう、カイゼル。気持ちいい」 目を閉じたまま息を整えると、俺の手を握って回復魔法をかけてくれているのが、キャロルだとわかった。俺のノーマルヒールよりはるかに回復量が少ないが、冷泉に浸かっているような、爽やかな気分になる。 「ありがとう、キャロル。もう平気だ」 「ですが……!」 キャロルの声が半泣きになっているが、俺の目眩はだいぶ治まってきている。起き上がれそうだ。 「大丈夫だ。それより、ガウリーは? 隷属の首輪は、どうなった?」 失敗してやり直しとか、ガウリーが負傷して再起不能とか、シャレにならんぞ。 「これだよ」 よろよろと体を起こした俺の前に、金属が織り込まれた鈍色の首輪が差し出された。 「外れた、のか」 「うん」 メロディの手にあるそれは、壊れているようには見えない。留め金も綺麗なままだ。 「天才魔道具師の、面目躍如たる仕事ぶりだな」 「当然さ」 やっと微笑んだメロディの肩を借りて立ち上がった俺の前で、首回りがさっぱりした、逞しい男が跪いていた。 「ガウリー、無事か。よかった」 「……一度ならず、二度までも、御身を顧みることなく助けていただき、感謝の言葉もございません」 そこまで身を挺した覚えはないんだが、声と肩を震わせるガウリーに対して訂正する気はおきない。まあ、恩に感じてくれたなら、サルヴィアの部下になって、ビッグアンデッドを倒す戦力になってくれたらいいな。ガウリー、ちょー強いし。 「非才なる身ではありますが、どうか御身の盾となり剣となることを、お許しいただきたい」 「えっ、それって……」 「まぁっ」 小さく声を上げたキャロルが、頬を染めている。つまり……。 「剣を捧げられたぞ。受けてやれよ、どうせ大神殿には戻れないんだ。リヒターだけの騎士にしてやんな」 「……まいったな」 生涯をかけて護ってくれるなんて、俺はお姫様じゃないんだぞ。 「報酬なんて出ないぞ」 「すでに、返し切れないほどの御恩をいただいておりますれば。わが身以外に、お返しするすべがないことを、恥じております」 うーん、そこまで言われるとな。まあ、ガウリーの戦力は欲しかったし、誇りと等しいものをくれるって言っているのを拒むのは、粋じゃないし。 「それじゃ、よろしく頼む。ただし、俺はただの農民だ。気楽にな」 俺が差し出した手を、俺よりもはるかにゴツイ、剣を握り慣れた手が握り返してきた。 |