第五幕・第三話 若村長とS級冒険者パーティー
森の中に道を通すには、何ヶ月もかかるだろうと予想されていたが、意外なところから助っ人が出たおかげで、かなりの工期が短縮されることになった。
「はぁ、素晴らしいですね。一回であんな遠くまで効果を及ぼせることもそうですが、キッチリとした範囲、ブレのない切り口、これだけ精密な魔法を操れるなんて、お見事です。ノアくん、次に木を伐る時は、ぜひ私もご一緒させてください」 「いいよ!」 感動しながら二体のゴーレムに倒木を運ばせているのは、うっとりと頬を染めたジェリドだ。褒められて得意げになっているノアの前にしゃがみながらも、ジェリドが操るゴーレムたちはテキパキと働いていて、魔法の操作なら、ジェリドもたいがいだと俺は思う。 ゴーレムの作成には、金鶏が産んだミスリル卵と、川岸に転がっていた岩石を使っているらしい。精霊魔法って、そんなこともできるんだな。呪いにかかっている間、自分のまわりに張り巡らせていた結界も、精霊魔法の一種なんだとか。なんでもできるじゃないか、と思うのだが、ジェリドに言わせると器用貧乏なんだよなぁ。 ジェリドが魔法を使っている間、ノアが何もない空間を見詰めていたりするので、その辺に精霊がいるのかもしれない。こっちの世界の精霊って、どんな姿をしているんだろうな。 「魔獣退治の前に、土木作業が必要なんてな」 「日当も弾んでもらえているし、安全に稼げるならいいことだよ」 斧を片手に次々と切り株を壊している冒険者がいるが、まわりにいる人間や木々との比率が若干おかしい。俺の遠近感が狂っているのではなく、彼等は巨人族の末裔らしい。セントリオン王国の領土には、ずっと昔に 普通サイズの人間達は何の作業をしているかと言うと、木の枝を切り落とし、冬の間の薪にするべく、次々と手頃な大きさの束にして、保管所に積み上げていっている。 「一番に、『赤き陣風』に来てもらえるとは思わなかったわ! ありがとう、アイアーラ!」 「ふふん。アタイらの稼ぎを、エルフィンタークに奪われちゃなんないからね」 サルヴィアに対しても不遜な態度を崩さない彼女は、S級冒険者パーティー『赤き陣風』のリーダー、アイアーラ。彼女を含めたメンバー六人全員が、巨人族の末裔、通称マグヌムだ。その破壊力は言わずもがな、鉄壁の防御が町や村を救ったことは数知れないという。 『赤き陣風』は、メンバーの体格もあって、大型の魔獣と戦うことに強みを持っている。だから、ディアネスト王国でスタンピードが起こった時も、真っ先に駆け付け、最後まで残っていた冒険者パーティーだそうだ。 「アンタが、瘴気を浄化しているって奴かい?」 「え? ああ、そうだ……が」 上からかけられた声に俺は振り仰ぎ、一歩だけ後ろに下がった。全身バキバキに盛り上がった筋肉や、ぶっきらぼうで大きな声が怖いというより、単純に相手の背が高いので、見上げる首が痛いんだ。だって、女性のアイアーラでさえ、二メートル以上あるぞ。 戦闘時は鉄兜をかぶるらしいアイアーラは、ワインレッドの髪をベリーショートにまで刈り込んでいて、ぱっと見は中性的なゴツさが目立つが、意外と愛嬌のある目元をしている。なにより、革製の上着すらはちきれさせそうな胸が、ばるんばるん揺れているので、ガラガラした銅鑼声でも女だとわかる。 「『赤き陣風』のアイアーラだよ。アンタが進むのに合わせて、アタイらが一緒に行くことになりそうだ。よろしく頼むよ」 「リヒターです。こちらこそ、よろしくお願いします」 大きな手と握手を交わすと、アイアーラはにやりと笑った。 「はァン、本当に神官じゃないんだね」 「そうだけど……なにか変ですか?」 たしかに神殿に所属していないのに神聖魔法が使える人間は珍しいが、アイアーラにはそれ以上に納得するものがあったのだろか。 「何人か会ったことがあるけど、神聖魔法を使う神官は、そんな手をしていないよ」 「手?」 「ああ。アンタの手は、力仕事をしている手だ」 「そういうことか」 たしかに俺の手は、ずっと畑仕事をしてきたから、皮膚が硬くなってタコができているし、ガサガサして綺麗とは言い難い。 年に数回、故郷の村を訪れた巡回神官は、そんなに優雅な様子ではなかったけれど、神殿に常在している神官は、見習いや奉公人に任せて、あまり力仕事をしないのかもしれない。 「公爵閣下には聞いたけど、デカいのが多いんだって?」 「ああ」 視界に広がる、壁のような森を見渡すアイアーラに、俺は頷いた。 「残された素材からわかる名前では、キングヒポポタンク、ヘルグリズリー、アンバードラゴン、グレーターブラックセンチピード……」 「待ちな」 「へ?」 見上げると、アイアーラは怒っているような呆れているような、なんとも言えない表情を俺に向けていた。 「残された素材って言ったね? どうやってそれだけの特大型魔獣を倒したんだい?」 まあ、不思議だよな。どいつもこいつも、小さな砦なら一匹で壊せそうなサイズだし。 「ノアが倒しました。あの子の強さは、単純に言って魔王クラスですから」 「ハァ?」 俺が示した小さな男の子を、アイアーラは信じられないと言いたげに首を振る。 「ノア、ちょっといいか?」 「なぁに?」 ジェリドのそばからトコトコとやってきたノアを抱きかかえ、アイアーラに紹介する。 「俺が保護している子で、ノアです。ノア、アイアーラさんだ。ご挨拶して」 「のあでしゅ! こんちには!」 「あ、ああ……こんにちは。アイアーラだよ」 びしっと手を上げて、若干怪しい言葉遣いで挨拶するノア。アイアーラも、きちんと挨拶をする幼児相手にムキになれないのか、毒気を抜かれたようにポリポリと頭をかいている。 「そうだ、ノア。これから、アイアーラさんたちと一緒に行くけど、アイアーラさんたちが倒そうとしている魔獣を、ノアが倒しちゃダメだぞ」 「?」 こてん、と首を傾げたノアに、なんと説明すればいいのかとしばし悩む。助太刀とは違う、MMOでの横殴りの定義とか、ドロップ品の所有権とか、理解できるかな。 「ええっとな、ノアが倒そうとしているのを誰かに横取りされたら、嫌だろ? だから、アイアーラさんたちが相手をしている魔獣を、ノアが倒しちゃダメだ」 「ん……うん、よこどり、めっ、ね」 「そうだ」 強い奴がすべてを手にするのが当たり前、みたいな考えだったらどうしようと思ったが、なんとかわかってくれたようだ。 「本当に、このチビッ子が?」 「そこの、木を倒した範囲だけど、あれを腕の一振りで出来る子ですよ?」 「……」 「俺が直接見た範囲では、フォレストジャイアントの首が一刈りだったし……」 「わ、わかったよ」 納得はできなくても、ただの幼児ではないと思ってくれたのだろう。いまはそれでいい。深く突っ込まれても困るし。 「三ヶ月くらい前に瘴気の大波があって、この辺までアンデッドが押し寄せてきました。それは全部倒したから、森の中のアンデッドは、森の向こう側よりは多くないと思います。森の中は小型から大型の魔獣でいっぱいだから、思う存分に狩りまくってください」 「ハン、腕が鳴るねえ。他の連中が来る前に、じゃんじゃん稼がせてもらうよ」 こちらとしても、S級冒険者が来てくれるのはありがたい。にんまりと唇の端を吊り上げるアイアーラを、俺は頼もしく見上げた。 シームルグをフィラルド様に預け、俺とノアは、アイアーラたち『赤き旋風』をはじめとする冒険者たちと、森の中を切り拓いていった。 サルヴィアは難民キャンプとリューズィーの村を行き来し、メロディがいるウィンバーの町へも行っているようだ。いよいよ、港に船を迎えることになりそうだ。 ジェリドはブランヴェリ印の騎士たちと一緒に、難民キャンプと最前線の俺たちとの間を行き来し、地図を作っている。まだボコボコな道を綺麗に均し、冒険者から素材を買い取って、水や食糧を供給し、外の様子を俺たちに伝えてくれるのも、ジェリドたちの役目だ。 ノアが木を伐って、アイアーラたちが切り株を壊し、みんなで木を運び、俺が浄化をして……と、そんな感じで繰り返し、一週間たった。 さすがにキャンプまでは運びきれないので、道の途中にも空き地を作り、そこに伐ったままの木を積み上げて進む。いずれはこの空き地も、休憩所として使われることになるだろう。 「まったく、とんでもない森だね」 ややうんざりした様子のアイアーラに、俺は苦笑するしかない。 『赤き陣風』の強さは、聞きしに勝る豪快さだった。盾役の二人は、どんな魔獣の打撃にも耐え、戦斧を振りかざして突進するアイアーラたちアタッカーの連携は、驚くほど息がぴったり合っている。 この一週間で、アイアーラたちが倒した大型から特大型魔獣は七体。同時に襲ってきた分をノアが倒して三体。その他、黒狼や大猿のような、群れで襲ってくる中型の魔獣は、A級以下の冒険者パーティーもがんばり、なんとかペースを落とさずにやってきていた。 俺は初めて、邪妖精のボギーを退治した。見た目はゴブリンの幽霊みたいなんだけど、すばしっこくて、軽薄な感じがすごくムカつくやつだった。神聖魔法で作った棺桶に捕まえて圧殺したが、『赤き旋風』のメンバーには、あんなに凶悪な神聖魔法は見たことがないと言われた。 荷馬車がゆったりとすれ違える幅で、定規で引いたように、真っ直ぐ開けた道を振り返ってみるが、突き当りのキャンプはもう見えない。途中に何回か小さな川を越えたが、こうしてみると、上り下りが何度もあることがわかる。 「半分くらいは出来たかなぁ」 「はじめは、わざわざ道なんか作らずに、そのまま行けばいいなんて思っていたけど、こりゃ無茶だね。道を作って正解だよ」 アイアーラたちマグヌムなら、歩いた場所が道になりそうだが、この森の中では木々が邪魔で戦いにくい。それに、ある程度の広さがある方が、体の大きな魔獣にもいいらしく、道の上を真っ直ぐに向かってきてくれる。迎え撃つにも、その方が魔獣の動きがパターン化されてやりやすいそうだ。 木々を運び、地面を均し、行ったり来たりしながら進み、そろそろ半月が過ぎようとしたころ。ある時、ノアが伐り倒したむこう側に、続きの木が見えなくなった。また川かなと思ったが、空気に湿り気が混じってこない。 「たー、くちゃい」 眉尻を下げて口を尖らせるノアが言う通り、瘴気に混じって腐臭が鼻を突くようになる。 「抜けたぞ! アンデッドに注意してください!! ノア、そこにいつもの広場を作ってくれ」 「うん!」 「みんな、急いで木を片付けるんだよ! アンデッドはリヒターに任せな! 足場の確保が先だよ!!」 「了解!!」 俺たちはついに、北の森を縦断して、人里まで道を通すことに成功した。 だがその先は、魔獣だらけの森の中よりマシだとは、到底思えなかった。 |