第三幕・第七話 若村長と秘密基地建設


 サルヴィアが出掛けてから、もう一ヶ月以上が過ぎており、そろそろ何かしらの連絡が来てもおかしくない。森の木を伐って作り直された桟橋に、下流からの船が近づいてきた時、俺はなんとなく胸騒ぎを感じた。

「リヒターくん。良いニュースと、悪いニュースがある」
 フィラルド様に呼び出されて対面に座った俺の前に、紅茶が出される。
「良いニュースから聞きましょう」
「あと一週間ほどで、サルヴィアが帰ってくる。友人の家との交易も繋げそうなので、ウィンバーの町と港の浄化を進めておいてほしいそうだ」
 ウィンバーっていうのは、メロディが早めに浄化してくれって言っていた町のことだ。
「わかりました。町の浄化はほとんど終わっているので、港を優先します」
「そうしてくれ。それから、スタンピードで戦った冒険者たちの協力を得られるかもしれない、ということだ」
「スタンピードで……というと、個人A級からS級ですか」
「そうだ」
 スタンピードが一応収まった後も、冒険者たちはディアネスト王国に広がった魔獣を狩っていたが、戦争が始まってしまったので、やむなく脱出していたのだ。彼等が侵略側のエルフィンターク王国に協力するとは思えないが、戦争に反対していたサルヴィアの個人的な武勇伝は冒険者たちの間でも有名らしく、サルヴィアがお願いするのなら、ということらしい。
「サルヴィア様の人望の厚い事、果てが見えませんね」
「ありがとう。自慢の弟だ」
 強い冒険者たちが護衛についてくれるのなら、王都シャンディラの攻略も、『永冥のダンジョン』の攻略も、可能性が出てくる。手詰まりを感じていた俺は、胸をなでおろした。
「それで、悪いニュースというのは?」
「以前お願いされていた、リヒターくんが住んでいた村のことだよ。肥沃で税収もいいからと、第二王子アドルファス殿下の領地になっていた」
 時々忘れそうになるが、サルヴィアは乙女ゲーの登場人物であり、ゲーム上では対になる攻略対象が存在した。アドルファス王子はサルヴィアと対になる攻略対象らしいが、現在馬鹿王子っぷりを発揮しているらしく、やらかしの巻き添えにされないよう、良識のある周囲からは遠巻きにされている状態らしい。
「いまのところ、横暴や不正を働く代官ではないようだが、フーバー侯爵領時代の無理な税率を適正値に下げたせいで、殿下から不興を買ったらしい。首のすげ替えも時間の問題だ」
「……」
 俺は顔を覆って、溜息を堪えた。いまの俺では、どうすることもできない。故郷に残してきた親しい人たちの顔が浮かんで、胃がキリキリと痛んだ。チェル、ボルトン、マートル……!
「……これに関して、時間はかかるが、まったく手がないわけじゃない、とサルヴィアは言っている」
「?」
「消極的かつ褒められた方法ではないが、アドルファス殿下の失脚を狙う。つまり、合法的に領地を取り上げるわけだ。我々がされたようにね」
 フィラルド様の表情は少し悪戯っぽく、陰謀・謀略とも取れる方法にも動揺しないのは、大貴族の一員として育ってきたからだろう。
「もうひとつは、領民に負担をかけてしまうが、新天地への移住。つまり、このブランヴェリ公爵領に、村ごと引越してこないか、ということだ」
「しかし、農耕地を放棄しての、領民の勝手な移動は罰せられるのでは?」
「夜逃げしちゃえばいい、とヴィアは言っていたが……領主としては、夜逃げされるのは辛いね」
 くすくすと堪えきれないようにフィラルド様は笑い、その方法が決して無理なことではないと示している。……少し、希望を持てた。
「もうひとつ、悪いニュースがある」
 表情を改めたフィラルド様は、今度は俺自身についてのことだと、声音を固くした。
「神殿が、リヒターくんを嗅ぎつけつつある。早急に身を隠せ、と言ってきた」
「そんな……」
 瘴気の浄化を続けていれば、いずれは俺の事に気付くだろうけれど、それにしては早すぎるのではないか。
「スパイでも?」
「その可能性がないとは言い切れないが、そもそも瘴気を浄化できる手立てが、神殿以外にあるという状況が、どうしても目立ってしまうんだ。いくらヴィアが誤魔化したとしても、神殿が力任せにこちらに乗り込んでくる可能性は高い」
 自分たち以外に神聖魔法を使える人間がいることが許せない、っていうことか。参ったな。
「……わかりました。先日見つけた廃村に、とりあえず生活拠点を移すことにします。なにか、連絡手段があるといいんですが」
「一方通行で良ければ、私からメッセージを飛ばせるよ」
「こちらからも、なにか探してみます」
「うん。それから、これを。サルヴィアから、君宛だ」
 小脇に抱えられそうなほどの、ちょっとした小包は、濡れないように厳重に梱包されていた。開けてみると、そこには神聖魔法や回復魔法に関する本と、手紙が一通添えられていた。
「これで練習しろってことかな……」
 俺の苦笑いは、手紙を見て強張った。


―― 緊急事態

   賢者ジェリドを見つけたかもしれない。
   ただし、場所はセントリオン王国で、本人は強力な呪いで死にかけている。

   助ける方法はないだろうか。
   資料と地図を添付する。

           サルヴィア――


「……」
「リヒターくん?」
 俺は手紙を折りたたみ、代わりに地図を広げた。簡易的な大陸の地図と、セントリオン王国のものらしい限定的な地図だ。
「フィラルド様、縮尺……いや、ここまで行くのに、馬車で何日くらいかかりますか? エルフィンターク王国からでいいです」
「王都ロイデムから出発したとして、セントリオンの王都アタナスまで、だいたい三週間弱かかる。途中が船旅になるから、確実には言えないな」
 ガーズ大河か。今回は、それを無視していい。
「地方への地形がどうなっているのかはわからないけれど、セントリオン王国はアスヴァトルド教の総本山がある関係で、全国的に街道が整備されているから、そんなに日数はかからないと思うよ」
 目的地のフライゼル侯爵領は、辺境というほど王都から離れているわけではないので、一日から二日もあれば着くだろう。
ここ・・から、飛んで行けるか?)
 たぶん、大丈夫だろう。一日で往復は難しいかもしれないが、二日か三日見積もって……。あとは、探し当てられれば……。
「フィラルド様、二、三日留守にしますので、その間、ノアと金鶏の世話をお願いします」
「構わないよ。ヴィアの指示だね?」
「ええ。これが成功すれば、神殿の圧力を無視できるかもしれません」
「それはいい。全力で取り組んでくれたまえ」
「はっ」

 フィラルド様の執務室を退出してから、俺はすぐに行動を始めた。
 資料によると、俺にとっても十分危険なミッションであるが、こっちにはシームルグがいる。きっと、なんとかなるはずだ。
「これはリヒター殿」
「ホープ、ちょうどいい所に!」
 連絡船に載ってきた物資が目当てだったのか、集積所にいた二郎ホープを運よく捕まえることができた。
 これこれこういう事態なので、こういう物とこういう物とこういう物が欲しいんだけど……あとついでに、前から欲しかったこういうのとかこういうのとか……。
「ございますよ」
「さっすがホープ商店」
「それでは、こちらが本日のオススメでございます」
 さらっと提示された一覧を見て、全部買うことにした。ホープが背負っていたマジックバッグから、大量のアイテムが取り出され、俺の前に並べられていくが、値段は気にしない。俺には金鶏という金策チートがいるからな。
「これで足りる?」
「十分でございます」
 金の卵をふたつも手にして、二郎ホープもにっこりだ。
「もし知っていたらでいいんだけど、セントリオン王国のフライゼル侯爵家の領地にある、侯爵家所有の家の場所ってわかる? たぶん、普段使いしている屋敷じゃなくて、小さな……そう、たぶん、厄介者を閉じ込めておくような……」
 声を低めた俺に、ホープの眉間が少し険しくなり、やがていつもの慇懃な笑顔に戻った。
「情報のお代をいただいても? ……毎度ありがとうございます。地図はございますか? ええ、ここに、モーラトレという村があります。ベズの町から東に行ったところです。何もない小さな村ですが、侯爵家の屋敷にある、松の大木がランドマークですね」
「ベズの東にある、モーラトレ。松の大木だな。ありがとう!」
 追加の銀の卵一個で、十分な情報を買えた。ホープがなんでそんなことまで知っているかなんて、詮索するのは野暮だ。あのメロディがカスタムした人造人間なら、なんでもありだろ。
「明日一日でウィンバーの港を全部浄化するから、管理よろしく頼む」
「かしこまりました。マスターに伝えておきます」
 俺はホープから買い取ったものを、自分の【空間収納】に放り込み、秘密基地を作るために走り出した。

 留守番をお願いしたノアは不満そうだったが、『帰ってきたら、この前の村に一緒に住んで、魔獣狩り放題』と約束したら、ころっと笑顔になった。ダンジョンの奥に引っ込んでいるイメージだったけど、ゼガルノアって、意外と狩り好きなのかな。
 忙しく準備を整え終わった俺は、水神リューズィーの村で、シームルグとサンダーバードにお願いをしていた。
「いまいるのが、ここ。目的地は……ここ。行きはサンダーバード、帰りはシームルグにお願いするよ」
「「コケーッ」」
 あらかじめサンダーバードの胴にベルトをまわしておいて、ぶわっと巨大化すれば、あっという間にカゴ……もとい、風圧や離着陸の衝撃に耐えられる装甲を施したコンテナをぶら下げた、生体飛空艇の完成だ。
 世の中には、テイマーって職業もあるのかな。勝手にサイズや角度を調整してくれるベルトが便利だ。飼いならした魔獣用の、手綱や騎乗具もあるそうだ。
「よし、行こう!」
 クッション代わりに藁や毛布を敷いたコンテナに、俺はシームルグを抱えてもぐりこむ。
「いいぞ、サンダーバード。飛んでくれ!」
「コッケコッケコォォーーーー!!!」
 がたがたっと揺れた数瞬後には、俺たちが乗ったコンテナは宙に浮き、森の木々をその下に置き去りにした。

 まあ、ジェットコースターくらいは覚悟していたよ。
 でもさ、終着まで減速が無いトップスピードとは考えていなかった。
 ……体が潰れて、内臓がどっかに飛んで行くかと思った……うっぷ。