第三幕・第六話 若村長とダンジョンの謎


 とりあえず、この森はヤバすぎるという事をフィラルド様に報告して、攻略には慎重な準備が必要だと説得した。
「たしかに。君たちが来た時には、リッチと遭遇したんだったね」
「はい。先日の襲撃でアンデッドの数はだいぶ減ったと思いますが、そのぶん大型の魔獣の活動範囲が広がってしまったのかもしれません。サルヴィア様が言うには、原因となった『永冥のダンジョン』は、ここから領地を挟んで反対側だそうです。ということは、領土中がこの森のような状態と変わらない可能性も、十分に考えられます」
 俺はノアに頼んで、あの河馬魔獣のドロップ品をフィラルド様に見せた。ベルベットのような手触りの皮革には驚いていたけど、巨大すぎる魔石に、完全に顔が引きつっていたよ。
「やっぱり、国軍で対処するしかないか」
「お言葉ですが、瘴気で逃げ帰った我が国の軍に、それが出来ましょうか」
「無理だろうね。あの瘴気で騎士団も大きな被害を出しているから、陛下がお許しになるとは思えない。がめついことに定評がある陛下たちだが、これだけの見返りを得られたとしても、それ以上の被害を受けたら、尻尾を巻いて逃げるだろうね」
 国王をこき下ろすフィラルド様だけど、その声音は淡々としていて、むしろ白い表情だったのが印象的だった。ブランヴェリ家にされた仕打ちを恨んでいるというより、呆れているのか、目元に浮かんだ笑みは冷ややかだ。
「そんなことをするよりも、我が家に献上させた方がいい。そうだろう?」
「最低ですね」
「はははっ。むろん、サルヴィアが黙っているはずがないよ。ああ、もういいよ。ノアの大切な宝物を見せてくれて、ありがとう」
 フィラルド様が返してくれたドロップ品を、ノアのリュックに入れ直していると、ソファに大人しく座っていたノアが元気に両手を上げた。
「なあの、ちなうよ! びあと、めろりに、あげりゅ!」
「なんだって?」
 フィラルド様の目が丸くなっているが、俺もそれは初耳だ。
「びあの、ぽしょん、おいち、から! めろりはね、なあに、いろいろくれた! ……びあのにちゃまも、ほしい?」
「私にも、くれるのかい?」
「うーん、つぎに、とれたら、ね。 びあのにちゃまと、たーにも、あげりゅ!」
「そうか……そうか。では、よろしくお願いしよう」
「うん!」
 花丸笑顔のノアに頷くフィラルド様の笑顔が、柔らかく蕩けている。苦労のせいで刻まれた険が無くなると、この人はこんなにも透き通った笑顔をするのか。
「……リヒターくん、私は、ヴィアに聞いたときは、正直半信半疑だった。現実味がないというか、話が大きすぎてね。でも、『永冥のダンジョン』攻略とゼガルノア救出、全力で協力させてもらうよ」
「フィラルド様……」
 サルヴィアと同じ緑色の目が、コッケ達を見るときとは違う光を宿している。この人も、まぎれもなくブランヴェリ公爵家の人間なんだ。
「私とて、この国には愛想が尽きている。あんな国に尽くすくらいなら、魔王と手を組む方が、よっぽどいいと思わないかい?」
「はい。そう思います」
 魔王に賄賂を贈ることにしたらしいフィラルド様は、木の実が入ったクッキーをノアに進呈して喜ばれていた。


 戦場などからは位置的に外れた『風の遺跡』周辺に浄化玉を設置するにあたり、墓石のような慰霊碑の効果は薄いと考えられて、別のモニュメントを作成することになった。地形的に風が強いので、あまり背が高すぎては倒れるし、低すぎても砂埃に埋もれてしまう。転がっていかないような、安定感のあるデザインが求められた。
「なるほど、四角錐ピラミッド。ある意味、慰霊」
「前方後円墳形よりは、世界観近いかなぁ?」
「帝国領になら、砂漠ある」
「マジか」
 『大地の遺跡』辺りは、旧国境に近いからそうでもないけれど、旧ディアネスト王国って、けっこう南国な風土なんだよな。ヤシの木みたいなのが生えているとか、サトウキビっぽい農産物があるとか。俺としては稲作しているところが、ポイント高い。米を食べたい。
 それはそれとして、観光とかバカンス用の事業がいけそうな気がするなぁ。海岸線長いし、『風の遺跡』がある谷とか、風光明媚な場所を……。
「リヒターが、聖者がしてはいけない顔をしている」
「隙間から目だけが見えているの、不気味だぞ。領地運営に金儲けは大事だ。実際にやるのはサルヴィアだけどさ」
 メロディだって金儲け好きだろうに。いや、どっちかって言うと、儲けた金で自堕落に暮らすのが好きなのか。「不労所得」とか好きそうだ。俺も大好きだけど。
「今回は慈善事業。私の『さっぱり浄化玉くんDX』が、とても優秀なことはわかっている。再確認の報告ありがとう。自己肯定感が天元突破。ふっふーい」
 パーテーションの向こうでギッシギッシ音がするが、放っておこう。
「ああ。それと、聞きたいことがあって来たんだ。メロディは『フラ君』やっていなくても、【十連ガチャ】で出た攻略本を持っているんだろ?」
「うん」
「『大地の遺跡』の近くに、廃村を見つけたんだ。まだサルヴィアが帰ってこないし、そういうイベントがなかったか知りたい」
「水神リューズィーの村?」
「それだ」
 メロディによると、やはりあの村は過激なアスヴァトルド教徒から逃げ隠れしていた、水神リューズィーを崇める一派のものだったらしい。あの村は、『大地の遺跡』のそばにある川と、もう一つの川に挟まれた位置にあるんだとか。……その川に、あの河馬魔獣が住んでいたのか。
「ゲームでは、主人公たちが魔獣を退治して、村を助ける。村人のアスヴァトルド教徒への不信感や攻撃性はなくならないけど、攻略対象たちからの好感度パラメーターが変動する」
「うわぁ、それ成功させると、リヒターからの好感度下がりそう」
「ご明察。いくら戦闘があるからといって、このイベントに回復要員のリヒターを連れて行ってはいけない」
 ゲームでのリヒターって、バリバリのアスヴァトルド教徒だからなぁ。
「その討伐対象の魔獣って、どんな奴?」
「黒狼の親玉みたいな」
「ああ、じゃあ違うか」
「なにが?」
「その村で、でっかい河馬みたいな魔獣に襲われたんだ」
「それはイベントに出てこない」
「だろうな」
 一郎ホープに給仕してもらったミックスジュースをごくごく飲んでいたノアに、メロディに渡すよう促した。
「ノア、メロディにあげるんだろ?」
「うん。これ、めろりにあげる!」
 ごそごそと小さなリュックから皮革を取り出したノアは、大きすぎて自分では運べないので、一郎ホープに渡した。それが、パーテーションをまわってメロディの元へ。
「ファッ!?」
「マスター!?」
 メキメキガッタバキバキバキドスンと、凄い音がした。ついに椅子がお亡くなりになったか。
「ナニコレーッ!? 待って待って待って待って!!」
「どこにも行かないが。ヒール」
「だって、ちょ……お、サンクス。腰が生き返った。ってこれ、キングヒポポタンクの毛皮じゃないのさ!!」
「キングヒポポタンク?」
「『ハンティング・フロンティア』知らない?」
「あー、狩りゲーか」
 やった記憶はないが、名前だけはなんとなく。
「メロディはやってたのか」
「誘われてやったことあるけど、挙動が慣れなくて無理だった。画面酔いする」
「なるほど」
 FPS一人称視点が、どうしてもダメな人っているらしいな。
「よく、倒せた……」
「バフありでノアが二確した。大口開けたところをサマーソルトで上顎カチ上げて、横倒しになったら魔法で地面から棘が頭貫通」
「ガチ魔王パネェ……」
「そのキングヒポポタンクなんだが、ダンジョン産みたいなんだよ。死体が残らなかった。村から人がいなくなったのも五年前で、スタンピードよりも前だ」
「マジか。じゃあ、イベント用のエネミーは、ダンジョン産に喰われて死んでるかもなー」
 一郎ホープが用意した新しい椅子に座って、メロディはぎゅふふふぇふぇと気色悪い笑い声をあげはじめた。
「キングヒポポタンクさぁ、結構なレアボスで、ゲームでも毛皮は高かったんだよぉ。あぁ、やっぱり高性能だねえ。ありがとねぇ、ノア〜」
「うん! これで、めろり、ふくつくれりゅ!」
「ほぁぐぅッ!?」
「ノア、それは、かすっても致命的なやつだ」
 魔王の攻撃力というより、幼児による聖域なき発言により、深刻なダメージをこうむったメロディではあるが、貰った皮革には大満足のようだ。河馬の皮が毛皮になってるなんて、ファンタジーというか、古代生物的な趣があるな。
「そうかぁ……。いや、『ハンフロ』が混じっていることは知っていたんだ。ワールドガイドが【十連ガチャ】で出たから。でも、モンスター自体を見たことがなかったんだよ。別の大陸にいるのかと思っていたけど、ダンジョンの中にいたのか」
「なあ、もしかして、他の大陸でダンジョンを潰しまくったせいで、新しいダンジョンが成長する前に、『永冥のダンジョン』に魔素が集中しすぎたって、考えられるか?」
「その可能性は大。私も全部の大陸をまわったわけじゃないけれど、帝国に住んでいる時でも、三つくらいダンジョンが攻略されて消えたって聞いた」
「……穏便に、新しくダンジョンを発生させる方法は?」
「地上に溢れたダンジョン産の魔獣を狩りまくって、世界に魔素を還元するのがひとつ。ごくまれに発見される、未発動のダンジョンコアを使って、誰かが適当な所でダンジョンを作る。このくらい」
「ダンジョンって、人間でも作れるのか」
「コアを取り込んでダンジョンマスターになるから、人間やめることになるけど」
 おう、それは覚悟のいる選択だな。
「あっ……」
 突然、なにかを思い出したらしいメロディが止まった。
「どうした?」
「『永冥のダンジョン』でゼガルノアが困っているの、原因わかったかもしれない」
「なんだと」
 ノアは俺たちと会話しているうちに、喃語なんごからはっきりと幼児言葉を話すようになったが、ダンジョンや自分の本体に関して、まったく知らないのか、こちらの質問に答えられないことが多い。そのせいで、『永冥のダンジョン』で何が起こっているのか、俺たちには知るすべがなかった。
「ゴー……私がやっていた、『グローリー・オンライン』のレイドボスに、ダンジョンイーターっていう奴がいた」
「ダンジョンイーター?」
 なんだそれはと首を傾げる俺だったが、メロディの説明に背筋が凍った。
「ダンジョンを喰って、自分のものにする化物。宝箱に化ける、ミミックっているでしょ? あれのダンジョンサイズが、できあがる」
「……ヤバいな」
「ヤバい。早くダンジョンから引っぺがさないと、本当に、手が付けられなくなる」
 俺たちは頭を抱えたが、今はどうすることもできない。
シャンディラ王都まで一直線に浄化したとしても、強い護衛がいてくれないと……」
「キングヒポポタンクを狩れる人間……S級冒険者くらいかな」
 最低でも、サルヴィアクラスの人間を集めないといけないってことか。ハードル高すぎる。勘弁してくれ。