幕間 ある重課金勢の独り言


 龍城志帆子タツキシホコは、ひねた性格をしていた。
 つまり、無気力で、嫉妬深く、金銭にルーズで、常に自分と世の中が嫌いだった。唯一の救いは、それを自覚していて、特に無口であったところだろうか。
 不満を言う事すら面倒くさい、その怠惰さが、かえって彼女の大人しいという印象を悪くしていなかったのは、なんという皮肉か。
 志帆子の家庭は裕福だった。兄と姉と弟がいるが、四人とも希望の大学へ進学させ、それぞれに留学や一人暮らしの仕送りをしてやれるほど、恵まれた環境にあった。だから、志帆子は金に困ったことはなく、物欲らしい物欲もなかった。
 ただ、兄弟たちに比べてなんとなく周囲から期待されているという感触が薄く、それなりに目立たず過ごしてきた。もちろん、志帆子自身に意欲的なところがなかったのは確かだが、それを指して「怠け者」と当然のように言われるのは腹立たしかった。
(お兄ちゃんもお姉ちゃんも良哉リョーヤも、みんな働きすぎなんだよ)
 留学したと思っていたら知らない間に教授職に就いていた兄、美人で当然のように一流企業に勤めてキャリアを積んでいく姉、社交的で軽い印象だが意外と堅実で要領のいい弟。三人とも、いつの間にか恋人を作って、自分たちの家庭を持とうとしていた。
 志帆子だけが、上場企業に務めてはいても万年下っ端で、恋人もなく、なにも目標のない人生を歩んでいた。意欲的で結果を出して褒められている人たちを、羨ましいとは思うが、彼等のように努力したいとは思わない。結局、そこが志帆子の限界なのだ。
 なんとなく生きて、キラキラした生き方をしている人を羨んで、何もしなかった自分をつまらないと思いながら、なんとなく死んでいくのだろう。
 そう思っていた志帆子の人生を変えたのが、同僚たちが話していて興味をもった、『グローリー・オンライン』というゲームだった。プレイヤーは放浪者となり、あらゆる手段で成りあがるのが目的だ。
 時間をかければ、それだけ「経験値」という目に見える形で努力したと評価される、ゲームとしてはごく基本的なシステムが、志帆子には心地よかった。
 いろいろなジョブに手を出し、スキルランクを上げ、ゲーム内通貨を稼ぎ、アバターを着飾らせ、名声を獲得していく。時には他のプレイヤーと協力して強敵を倒すこともあったが、このゲームはPKが容認されており、他のプレイヤーから自分の身を護ることも、プレイヤースキルのひとつだった。
 快適にプレイをするためにゲーミングPCを新調し、ストレージ機能などのユーティリティ関係をフル解放し、リアルでは興味のなかったオシャレをアバターにさせる。その為なら……いや、その為に、志帆子は仕事をした。
(お金なら、いくらでもある)
 同年代では、ブランド品を集めたり、ホストに貢いだりして、身を持ち崩す者もいると聞く。そんななか志帆子は、かろうじて社会人としての体面を保ちつつも、毎月の課金額が生活費を圧迫するほどの、立派なネトゲ廃人となっていった。

 そんな志帆子がリアルを去ったのは、突発的な病死だったようだ。おかしいな、と思った数秒後には意識が無くなり、気が付いたら別世界に生まれおちていた。

 来月の大型アップデートを楽しみにしていたのに、ただ死んだだけでなく、また別の人生を生きなくてはならないなんて、志帆子には耐えがたい苦痛だった。
「どうしたんだ、メロディ。そんな不機嫌な顔をして」
「だって父さま、わたし……」
 そこで、ようやく志帆子は、自分が『グローリー・オンライン』で使っていたアバターと同じ、メロディという名前だと自覚した。

 そして、絶望する。
 志帆子はリアルの快適な室内でゲーム生活をしたいのであって、オンラインゲームのような殺伐とした世界で、実際に生きたいわけではない。
(冗談じゃないわ!!)
 ハーフダークエルフといえば、かなり異端な種族、忌み子と蔑まれるイメージがあった。もちろん、志帆子はそれを承知でアバターにしていたが、メロディという名の幼女も同じ異端児であることに頭を抱えた。人間の父がメロディを育ててくれているが、ダークエルフの母は出奔したまま行方不明だ。
(どうやって生きていけばいいの……)
 さいわいなことに、メロディが暮らしていたのは、過去を詮索されたくない人間が寄り集まった、長閑な隠れ里だった。ただし、最初の村にありがちなことではあるが、燃やされた。
(ふっざっけんなよ!!)
 どうやら住人の中に帝位継承権を持つ者がいたらしく、里の人間は逃げられたメロディをのぞいて皆殺しにされてしまった。メロディの父も、ダークエルフとの子供をもうけただけの普通の人間であったから、武器を持った殺し屋たち相手に、ろくな抵抗もできなかった。
 互いを詮索しない里で一生暮らしていたかったのに、メロディは人生のチュートリアルな村から、危険蔓延る世界に蹴り出されてしまった。

 もちろん、メロディは自分のステータスを把握していた。

メロディ(29歳)
種族 :ハーフダークエルフ
レベル:30
職業 :ファイター
天賦 :【富豪の余裕】
称号 :【重課金勢】【識者】
冒険者ランク: C

能力 :【空間収納】【分析】【アノニマス】【十連ガチャ】
特技 :身体強化Lv8、帝国軍式体術Lv7、ナンセイ流武術Lv3、
     算術Lv10、空間魔法Lv2

 一時的に国に仕えたのは、帝位継承権争いを勝ち抜いた、ライオネルという少年と仲良くなったからだ。出会った頃は、彼も冒険者として身分を隠しており、メロディの隠れ里が滅ぼされたことを、ひどく悲しんでくれた。
 皇帝ライオネルの天下泰平な治世で、知識チートを用いた魔道具作りに目覚めたメロディは、職人たちと協力してひと財産を築くと、ライオネルの崩御と共に帝国を去った。皇帝という後ろ盾が無くなった状態で、大金を所持したまま大都市に留まるのは危険だったからだ。

 メロディは、割と早い時期に、この世界が『グローリー・オンラインGO』ではないと気付いていた。自身のステータス画面が複数ページに及び、『GO』にはない要素が表示されていたし、帝国に住んでいた時に学んだ世界地理は、明らかに『GO』のワールドではなかった。もちろん、似ているところや流用されているシステムなどはあったが、それだけでは【十連ガチャ】の景品の説明もつかなかった。
(知らないゲームの攻略本や、公式ノベライズ本がSR品ってなんなのよ。暇つぶしにはいいけど)
 人間よりもずっと長生きするハーフダークエルフには、時間が有り余っていた。【十連ガチャ】は金貨をつぎ込めば、一日に何回も出来るが、よくわからないアイテムが増えすぎたので、ログインボーナス代わりに、一日に一回だけ無料でできる分だけで良くなった。
 そして、「SSR人造人間」を引き当て、その味気ない素体がホープの姿形になったのをきっかけに、ディアネスト王国にひっそりと腰を落ち着けることにした。ここが、『フラワーロードを君に』という乙女系育成RPGの舞台であることはわかっていたので、ホープを行商人としてガチャ産アイテムを扱わせれば、近いうちに面白いものが見られるだろうと思ったのだ。
 ところがそれは大誤算で、メロディが『フラ君』の登場人物と邂逅できたのは、時代が『フラ君V』にまで進んでからだった。

(やっばい、ちょーイケメン!!!!)
 やや傷んだ長い銀髪を背中でくくった青年は、『フラ君U』に登場するはずだったリヒターだ。ゲーム内では十八歳だったが、いまは二十四歳にまで成長しており、繊細で神経質という印象はなく、優しそうで、どこか包容力のある大人だった。
 そのリヒターが親し気に視線を交わしているのは、『フラ君V』に登場するサルヴィアで、彼女のステータスを能力【分析】を使って覗き見たメロディは度肝を抜かれた。
(おっ、おっ……おとっ、おとこのこ!? 男!?)
 逃げるように自室に駆け込んで、【空間収納】から『フラ君V』の攻略本を引っ張り出して確認すると、そこには確かに、サルヴィアの性別が「男」だと書かれていた。
(誤植じゃなかったぁーーー!?!?!?!?)
 うっそだろ、うっそだろ、と頭の中で繰り返しているうちに、二人からお手紙が届いた。
 メロディが攻略本から知った『フラ君』の歴史から大きく外れた現在、メロディと同じ転生者であるサルヴィアとリヒターは、この汚染された旧ディアネスト王国を、元の人が住める土地にすることを目指しているらしい。それはとても崇高で、立派なことだと思う。
「…………」
 昔過ぎて、もう朧気になってしまった前世の記憶が、ちりちりと心を焦がした。人から褒められるような何かを成すという事が、イコール面倒くさい事であると、相変わらずメロディは思っている。だが、サルヴィアとリヒターは、メロディに「一緒にやらないか」と誘ってくれているのだ。
(そうか、共闘クエストだと思えば)
 思い返せば、ライオネル少年もそうだった。メロディに「一緒に来てくれないか」と誘ってくれていた。
「ふぅーーー」
 サルヴィアとリヒターには、瘴気で死にそうになっていたところを助けてもらった恩もある。たまには「良い事」をするのもいいだろう。
(なにより、イケメンと美少女とお友達でいたい!! 生まれながらにして未亡人ママ属性持ちイケメンと、ハイスペック美少女なのに下にも付いている百点満点お得な男の娘なんて、私に対するご褒美ですかぁぁーーーーー!!!!)
 神様ありがとう、と信じてもいない神に感謝をささげ、メロディは久しぶりに魔道具の研究室の扉を開けた。約束の明後日までに、必ず最高の品を仕上げてみせると意気込みながら。