第二幕・第七話 若村長と神罰の対象者
その後、俺とサルヴィアは対応策を考え、ホープたちの主人であるメロディと、なんとか意思疎通を行うことにこぎつけた。
「まさかの文通ですわ」 「しかも、サルヴィア様が解読してくれないと、俺にはわからないときた」 控えめな社交文を入れつつ、こちらの状況を簡潔に述べ、仲良くしましょうという意味合いで送り出すと、自分のこれまでの出来事を長々と書き連ねたものの最後に、浄化結界として慰霊碑の改良をする(彼女の独断による確定)と返ってきた。 「浄化結界?」 「おそらく、いままでリヒターが女神像を要としてやっていることを、慰霊碑に何らかの仕掛けをすることで、より強固に長続きさせる、という事ではないかしら?」 サルヴィアの予想を肯定するように、一郎ホープがこの屋敷には瘴気を押しとどめ排出する設備があると教えてくれた。 「ただ、急なことでしたので、主人が手掛けたものとしては、完成品とは程遠かったようです」 「なるほど。それで外からの浄化が、屋敷の中には及ばなかったのか」 「ある種の結界のように、リヒターの魔力まで阻まれていたのね」 続いて、いくつかの鉱石や宝石、拳大の水晶玉のような物まで届けられた。 「これに? 浄化の魔法を込めるの? 範囲指定される魔法なのに、意味あるのかな?」 「とりあえず、やってみてはいかが?」 瘴気を浄化する魔法は一定範囲を指定して発動するものだから、たとえ要を動かしても、浄化された範囲が動くことはない。要に込められるのは、その場を浄化し続けるための、魔法に紐づけられた俺の魔力だけだ。 「慰霊碑の改良には、わたくしも賛成ですわ。細かい仕様やデザインは、お兄様と相談していただきたいのですけれど」 「わかりました。まとまり次第、難民キャンプのフィラルド様をお訪ね致します」 「お願いね」 サルヴィアとホープたちの間で話が進んでいる横で、俺は魔法を込め終わった石たちをどかして、浄化の魔法に関する所見を便箋にしたためた。研究の一助になってくれるといいのだが。 「恒常的に発動させるなら、神聖魔法の仕組み的なものを刻んで、あとは住んでいる人たちが盆踊り的に、楽しく歌って踊ることで魔力を供給する、みたいなことができればいいんだけどな」 「それ、書いてくださいな」 「わかった」 国中の浄化を一人でやるのだから、なるべく俺が楽をできるように作ってもらいたいものだ。 メロディの自室と、俺たちがいる応接室の間とで、幾度か文通することで、おおまかな協力体制の枠組みを確認することができた。文通には、俺たちに付き合っている人はいないか、などという質問まで混じっていたが。 「『明後日までに作る。また来て。あと、お礼。三郎もお世話になった。ありがとう』だそうだ」 「うふふ。本国でわたくしと取引をしていたのが、三郎ホープなのね」 メロディが持つ最も有用な 手紙と一緒に届けられた包みを開けると、飾り気はないが丈夫そうな長杖が一本と、『フラ君』用ブーストアイテム一式だった。 「この杖は、リヒター用ね。悟りの聖杖。主な素材は菩提樹で、効果は神聖魔法のレベル+1」 何が起きるかわからない魔境を進むにあたって、実力以上の力を引き出してくれる効果はありがたい。大切に使わせてもらうとしよう。 「まさか、ホープから買っていたアイテムが、メロディの【十連ガチャ】の産出品だったなんて」 「ゲームのタイトル関係なしに出てくるなんて、メロディも困っただろうな」 彼女の【空間収納】には、こんな使いように困るアイテムも、大量にしまわれているに違いない。 「では、明後日にもう一度来るわ」 「その前に浄化範囲が消えそうだったら、無理せず先に教えてくれ」 「かしこまりました」 俺たちはメロディの屋敷を辞去すると、各地のファストトラベル地点を巡るために、二郎ホープと一緒に『風の遺跡』に戻った。屋敷が見えなくなるまで、どこからか見つめられているような気配がして背すじが寒かったのは、きっと気のせいだろう。 まずは、火山地帯にある『炎の遺跡』。この辺りが、一番瘴気の被害が少ないが、元々有毒ガスが漂い、火山棲の魔獣が多くて危険な場所だ。地熱もさることながら、大小の岩や砂でできた足元は崩れやすく、滑落したらただでは済まないだろう。 次は『海の遺跡』。ここも崖に囲まれた入江の奥にあり、人からは見つかりにくいが、海に棲む魔獣からは出入り口が丸見えになっている。近付くためには船に乗らなくてはならないが、もちろん、水面の下から魔獣が襲ってくるだろう。しかしここを使えれば、国内最大の港町バーレークは目と鼻の先だ。 一応、フーバー侯爵領内にある『空の遺跡』の近くには、最終的な目的地のひとつとしてあげられる、スタンピードの原因になった『永冥のダンジョン』がある。ダンジョンから溢れ出した強大なモンスターが跋扈しているはずで、いまのままでは安全地帯の遺跡から出ることはできない。 最後に、旧王都となるシャンディラにある『星の遺跡』にワープする。 「この遺跡は、シャンディラ魔術学園の地下にあります」 「図書館に入れるかしら? 王都がどうなっているかも、見ておきたいわね」 二郎ホープとサルヴィアについていき、いつもどおりに遺跡の外側へ一歩出て瘴気の浄化をする。 「!?」 ぞわぁっと首の後ろがそそけ立ち、俺はすぐに遺跡の内側に逃げ込んだ。 「ヤバい。ヤバい」 「どうしたの?」 「すごく嫌な感じのがいる。リッチが出てきた時よりも、ヤバい」 俺は首を振って悪寒を振り払おうとするが、ねっとりとした気持ち悪さが肌に張り付いているようだ。 「この建物だけじゃない。……むこうの方角に、とてつもなく気持ち悪い気配を感じた。たぶん、ここにいるのを気付かれた」 俺が指差す方向にあるのは壁だったが、ホープにはわかったようだ。 「……王宮ですね」 「処刑された王族かしら。厄介ね」 「えぇ……こんな強そうなのも相手にしなきゃいけないのか」 「コッケ達に手伝ってもらったら?」 「それだ」 神獣様万歳。いまからたくさん機嫌を取っておかなくちゃならないだろうな。 「そうだ、ホープ。もしかして、神獣(鳥)の餌、みたいなアイテムは……取り扱ってないよな?」 「ございますよ」 あるのか。どのゲーム出身のアイテムなのかは、気にしないでおこう。 「メロディの【十連ガチャ】って、すごいな」 「圧巻のラインナップね」 使えるものと使えない物の差も激しそうだが。 俺たちはひとまず王都の探索を諦めて、難民キャンプがある『大地の遺跡』まで戻ることにした。これで、旧ディアネスト王国内にある、すべてのファストトラベル地点の使用が可能になった。 「ありがとう、ホープ。助かったわ」 「いえ、助けていただいたのは手前どもの方でございます。今後とも、閣下やリヒター殿とは、末永く御縁をいただきたいと思っております」 「贔屓にさせていただくわ」 「恐れ入ります」 俺も、ホープ商店で また明後日に会う事を約束して、ホープは自分の主人の元へ帰っていった。 「結局、一日がかりになったなぁ」 朝から出発したのに、帰ってきたのは夕方近くなってしまっていた。得るものが多かったとはいえ、少し疲れた。 転移魔方陣のある深部から出ると、なにか空気がピリピリとしておかしい。遺跡の中なのに、瘴気の気配がした。 「変だな」 「急ぎましょう」 遺跡の奥から難民キャンプへ戻ると、そこは救護所、野戦病院と化していた。怪我をしているのは、ブランヴェリ家の兵も難民も隔てなく、何十人も地面に寝かされていた。 「なにがあったの!?」 「お館様!」 サルヴィアにもたらされた報告は三つ。川の中から魔獣が現れて桟橋が壊され、係留されていた船三隻の内、二隻が流されてしまったこと。フィラルド様が怪我をしたが、命に別状はないこと。そしてついさっき、森の中から大量のアンデットが湧き出して、全員がこの遺跡に閉じ込められたこと。 「まずは、怪我人の治療だな」 「リヒター……!」 俺は怪我人たちの中に入っていき、その程度をざっと確認した。擦り傷が多い者、出血が多い者、骨や内臓を傷めた者、手足がちぎれそうな者……とにかく数が多い。 (一人一人やっていたら、間に合わない) 効率的に治療するために魔力を練り始めた俺の元に、尾羽の長い、白く大きな鳥が飛んできた。その体躯のわりに体重を感じさせない動きで、もらったばかりの長杖の柄にふわりと降り立つ。 「シームルグ。力を貸してくれ」 ばさり、と広げられた翼が、了承の合図。俺は自分にバフをかけ、人体の修復とそれを包む温もりをイメージした。 「ブレス……癒しの翼!」 雨粒からひなを守るように、脆い卵を優しく抱くように、その癒しは傷付いた者たちを温かく包み込む。 痛みが薄れて呆然としている軽症者たちを周囲の人に任せ、俺は重傷者に回復魔法を重ねがけしていく。 「リジェネレート! エクストラヒール!」 シームルグがコツコツと嘴で指し示し、バサリと翼を広げるたびに、俺の中に適切な魔法が浮かんでくる。ああ、やっぱりこいつは神獣なんだな。 最後にフィラルド様の顔に付いた擦り傷を消し去った俺の元からシームルグが飛び去り、代わりにサンダーバードがやってきた。その鋭い眼差しに、俺は頷き返す。 「頼む」 桟橋が壊れた川縁を見下ろし、サンダーバードを放つ。みるみるうちに川幅を覆うほどの大きさになった鳥影から、不自然にうねる川面のふくらみに落雷一発。 「……ウナギかドジョウみたいだな」 轟音の後にぷっかりと浮かんできたのは、ぬめぬめした長大な体を持つ魔獣だった。 「リヒター……!」 「大丈夫、これで終わらせる。サルヴィア様も、手伝ってよ」 怪我人の治療でだいぶマナを消費したが、ふつふつと湧いてくる怒りが脚を動かしている。 「……国を滅ぼされて、死んだのは気の毒だよ。だけど、元々スタンピードの警告を軽視したのはあんたたちだし、俺がいたら、ゲームでのように俺を犠牲にしたんだろう!」 『星の遺跡』で感じた嫌な気配は、瘴気を激しく励起させ、生き残った自国の民すらも飲み込もうとしている。俺は、そんな身勝手さが許せなかった。 安全な遺跡から出た俺とサルヴィアは、ぞろぞろと蠢くグールやゴーストたちに向き合った。 「ファイヤーウォール! ソードダンス!」 「ターンアンデット!!」 俺は悲しみに満ちたこの地を、必ず再征服して人が住める場所にしてやると、固く心に誓った。 |