第二幕・第五話 若村長と難人物の予感
行商人ホープが言うには、彼の主人はここから西のライダム地方にある、『風の遺跡』の側に住んでいるらしい。
いま俺たちがいるのが、北の森の中にある『大地の遺跡』。東の火山帯にあるのが『炎の遺跡』。南東の海辺にある『海の遺跡』。最終目的地バルザル地方のダンジョン近くにある『空の遺跡』。旧ディアネスト王国王都にある『星の遺跡』。ファストトラベル機能が使える遺跡は、これら六ヶ所。 「手前どもの主人は、なんと言いますか外に出るのが嫌いなお方でして。加えて、人付き合いが苦手な癖に寂しがり屋な、難儀なお人でございます」 この時点で、出来れば受けたくない面倒くさい依頼だと、俺とサルヴィアは察した。 「……もしかして、ひきこもっていて逃げ遅れた?」 思わずポロっと出てしまったが、ホープの苦笑いを見るに、大当たりだったようだ。サルヴィアは畳んだ扇を額に押し当てて、言いたいことを我慢しているのがよくわかる。俺も言いたい。 位置的に、スタンピードの被害がギリギリ及ばず、戦争の戦闘区域からも外れていたが、瘴気の発生には巻き込まれたようだ。 「南は魔獣が溢れ、北から東は敵国の兵がいる。逃げるなら西の海しかないわけだけど……風の遺跡が使えるなら、ここまで逃げることも可能でしょうに」 「先ほども申し上げましたように、主人は家の外、できれば自室からも出たくないという人間でございます」 「…………」 サルヴィア、そんなに扇で叩くと、おデコが赤くなっちゃうぞ。気持ちはわかるが。 「いままでは手前どもが外出の用事をこなしてまいりましたが、瘴気は酷なる一方。最近は魔獣がうろつくことも多くなりまして、手前どもだけでは主人の望む生活を確保することが難しくなってしまいました。せめて、瘴気の浄化だけでもお願いしたいのです」 「俺は構わないよ。サルヴィア様は? 悪い話じゃないと思うけど」 救出対象が、外に出るくらいなら死ぬという、ひきこもり過激派なのは仕方がない。頼まれたのは瘴気の浄化だけで、なにも安全な場所まで連れ出せと言うわけではないのだ。 「……わかりました。その依頼、お受けましょう」 「ありがとうございます!」 『風の遺跡』からホープの主がいる屋敷までは、通常なら馬で二十分ほどらしい。俺たちは徒歩で行くので、出発は明日の朝と決められた。 ようやく解放された俺は、同じフーバー侯爵家の農夫たちと合流することができた。彼らと今後のことも話し合わなくてはならない。 「よう、もう大丈夫なのかい?」 「お嬢様が、ずいぶん心配していたぞ」 「ああ、ありがとう。自分でもよくわからないまま魔法を使ったせいで、ひっくり返っちまったんだ。最後まで浄化できなくて、申し訳なかった」 俺が頭を下げると、あの激マズ浄化ポーションを味わった経験を共有していたせいか、農夫たちはおおらかに迎え入れてくれた。俺が倒れたせいで自分たちまで不味い物を飲むハメに、とならなかったのは、本国の大神殿が神官を出し渋ったという話を、どこからか聞いたからのようだ。 本人も知らないうちに神聖魔法をもっていたリヒターをサルヴィアが見出しただけで、素人同然のリヒターがここまで頑張ったのは本当にすごい事だ、という話になっているらしい。 「そういえば、一緒に来た冒険者や傭兵は?」 「半分ぐらいは、難民の護衛をしながら、船で本国に戻るってよ。残っているのは、ここで魔獣討伐をやっていくらしい」 「そうか」 「あのアンデッドが襲ってくる前に、もっと数が多いのが来るって言ってただろ? あれ、黒狼の群れだったらしい」 「おっそろしいこった」 俺たち農民からすれば、黒狼は森の中で遭遇する危険第一位の座を、大熊あたりと常に争っている魔獣だ。人里に出てくることは滅多にないが、襲われたらまず逃げきれない。 「それで、リヒターはお嬢さんと一緒に行くんだろう?」 サルヴィアは公爵代行で男なのだが、田舎のおっちゃんたちにとっては、見た目のお嬢さんで定着しているようだ。 「うん。この国……ブランヴェリ公爵領を、全部浄化しないと。フーバー侯爵領もね」 「頑張るのはいいが、おめぇ一人で、あんまり無理するんじゃあねぇぞ」 「おらたちは、ここから動けねえからなぁ」 ブランヴェリ公爵家で預かると宣言した以上、フーバー侯爵家の人間をルトー公爵領に連れていくわけにもいかないだろう。ある程度土地が回復するまでは、この『大地の遺跡』の周囲で暮らすことになる。 「この遺跡のまわりを浄化してから行くから、そこを開墾して耕してもいいって、サルヴィア様が言っていたよ。難民でもない俺たちが、いつまでもブランヴェリ公爵家の物資にかじりつくわけにもいかないし」 「そいつはありがてぇ」 「水場もあるし、寝床も用意してもらっているし、腰を据えて取り掛かれる。秋の収穫には間に合うだろう」 「森を伐っていいなら、薪も建材も手に入る。冬の準備も考えておこう」 長年大地と苦楽を共にしてきた男たちは、逞しく頼もしい。ここからしばらく別れても、大丈夫だろう。 翌朝、コッケの鳴き声で起きだした俺は、鶏舎に行って、さほど予想外とは言えない人と顔を合わせた。 「おはようございます、フィラルド様」 「うっ……お、おはよう」 平服に剣を吊っただけの護衛を待たせて、箒で鶏舎を掃除しながら、キラキラした目で突然変異的なコッケ達を眺めていたフィラルド様。うん、鳥大好きだって聞いてたし。 「すまない。飼い主がいるのに、勝手なことをして……」 「構いませんよ。それより、この鶏舎や餌を用意してくださったんでしょう? ありがとうございます」 「い、いやぁ……コッケがすごい進化をしたって聞いて、どうしても近くで見ていたくて……」 (進化したわけではないような……) 顔を赤くしてしどろもどろになるフィラルド様は、やっぱり貴族というより、ただの鳥オタクだ。サルヴィアと比べるのは失礼だが、彼が煌びやかな場所にいる姿も、権謀術数を弄する姿も、ちょっと想像できない。 「このコッケ達は、一体どうしたんだい? ヴィアに聞いても、『飼い主に了解を取ってから』って言われてしまって。ねえ、本当にコッケのヒナからこうなったのかい!? こんなに美しいコッケは、いままで見たとこも聞いたこともないよ!」 「ぅあ、あの、そのっ……」 ぐいぐいと近寄ってくるフィラルド様の顔が近い! 近いっ! 「んんっ、フィラルド様」 「おっと」 俺が仰け反ってきたので、さすがに護衛が咳払いで止めてくれた。おや、このおじさんは見たことある人だな……ああ、魔境に入ってからサルヴィアの護衛をしていた騎士だ。 「たしかに、この三羽は俺が連れてきたコッケのヒナです。俺にもどうしてこうなったのかよくわからないので……」 秘密ですよ、と耳元に口を寄せて、俺の特技にある神獣召喚のせいだと教えた。 「召喚魔法?」 こそこそと囁くフィラルド様に、これは魔法と言えるのかわからない俺は首を傾げた。 「俺には知識がないので、なんとも……」 「他国に召喚魔法が使える者がいると聞いたことがあるが、それは精霊を一時的に顕現させる程度のもので、こうして召喚者以外の者が触れ合うことなどできないはず。……ふむ、コッケのヒナに憑依、あるいは肉体を得ることで、このように我々の前にいてくれるという事か……素晴らしい!!」 「……」 なにが素晴らしいのか俺にはさっぱりだが、精霊よりも神の方が上な気がするので、受肉とかそういうこともできるんだろう。 「もちろん、秘密にするとも。私の研究対象は野鳥であって、神の如き存在ではない。ただ、ここにいる間だけは、私にお世話せてもらえ……」 「あ、はい。お願いします」 「ありがとうっ、リヒターくんッ!!」 全力で抱きしめられる俺。嬉しそうでなによりです。 「よかったな、お前たち。フィラルド様のお世話なら間違いないし、大切に敬ってもらえるぞ」 「「「コケーッ」」」 「姿はそんななのに、鳴き声はコッケなのか」 「ふむ、興味深いね!」 「……」 フィラルド様は大興奮だが、まぁ、害はないだろう。 うっきうきで掃除をして藁を整え、餌場に餌を、水桶に水を満たしたフィラルド様は、つやつやした顔で鶏舎から出てきた。 「ヴィアに君のような盟友が出来て、とても嬉しいよ。私は、こんなだからね」 たしかにフィラルド様は、あまり政治向きといえる人柄ではないと思う。そもそも三男坊であるからして、研究者として身を立てる予定だったのは不思議ではない。 「立派に難民キャンプを運営されているではありませんか」 「それは、ミリアと結婚するためだよ。彼女に嫌われたくないからね。それも含めて、ヴィアには、いつも苦労ばかりかけているよ」 フィラルド様が少し苦し気に口を噤んだタイミングで、俺はブランヴェリ公爵家の人間である彼にたずねてみた。 「身の程をわきまえぬ質問をすることを、お許しください。サルヴィア様の敵とは、いったいどのような人物なのでしょうか。魔境をほとんど丸ごと押し付ける様な……そんな判断すら国王にさせることができるのでしょう?」 そう考えると、エルフィンターク王国には、国王すら凌駕する権力行使者がいるか、国王の力が衰えているという事になる。しかし、フィラルド様は苦笑いを浮かべて首を横に振った。 「うーん、そこはまわりまわっての結果、かな。サルヴィアの……ひいては我々兄弟の敵というのは、実母のことだよ」 「は……?」 フィラルド様から飛び出した意外な人物に、俺は間抜けな顔をさらしたことだろう。いや、まさか親子喧嘩しているとは思わなかった。 「御母堂、ですか」 「うん。サルヴィアが女装しているのはね、女の子を欲しがった母に、生まれてすぐ殺されかけたからなんだよ」 「!?」 いきなり重い話になった。殺されかけただと? 「彼女は……我らが母であるサーシャには、自分の父と、夫と、息子を殺した疑惑がある。最大限の警戒をしても、し過ぎることはないね」 不意に見せた眼差しは、 「しかし、さすがに母上も魔境にまで手を出すとは思えない。私たちの兄であるダニエルが、本国で動きを注視しているし、そちらは安心してくれ」 「はい」 笑顔に戻って護衛と一緒に去っていくフィラルド様の背から目を離し、俺はわずかに痛むこめかみを揉んだ。 (サーシャ……サーシャ? なんだろう、なにか、思い出せそうだ) 母親、娘を欲しがった、サーシャという名前……。その三つが俺の中でグルグルとまわり、答えが出そうで出ないもどかしさに、俺は眉間にぎゅっと力を込めた。 |