第二幕・第四話 若村長と青い希望
俺たちが今いる、難民キャンプにしている遺跡だが、これは『フラ君Ⅱ』に登場するファストトラベルシステムで、一種の安地になっているらしい。実際に転移の魔法陣らしきものも発見してあるそうだ。同様の遺跡は旧ディアネスト王国内にいくつかあるが、一度は実際に訪れないと使えないため、サルヴィアはここを拠点に、他の遺跡までの道を優先的に浄化していく予定らしい。
「いつか、ディアネスト王国の民に、この地をきちんと返すのが、わたくしの夢ですわ」 自分の領土ではなく、そこに住む人の領土だと、サルヴィアは言う。とても立派なことだと思う。 「ところで、ここでは地面を耕すような生産業はできるのか? 見た所、構造物が妙に作りものっぽい」 「ああ、ここにある瓦礫は壊せませんわ。落ちている石など、多少移動はできますけど」 やはり、ゲームでの設定が強く反映された場所は、『そういうもの』として強固なプロテクトがかかっているそうだ。失われたSF的超古代文明、みたいなもんだな。 「逆に、壊れないのをいいことに、色々無茶はできますわ!」 「お、おう」 やっぱり思考がマッチョだ。 「じゃあ、まずはこの遺跡の周辺の浄化が必要だな。食料を調達できるほど畑を広げるなら、森も切り拓かないと」 「お願いしますわ。それと、一番重要な設備をご案内します」 そう言って遺跡の端に連れてこられてあったのは、なんと川だった。森の中に、崖のように削られた、けっこう深い川が流れていた。そこに、桟橋と、船が浮かんでいる。 「これは……」 「この川は、エルフィンターク王国と、東隣のセントリオン王国との国境である、ガーズ大河の支流です」 「なるほど。これを使って物資の運搬をしていたのか」 「ええ。難民の亡命にも使っているの。セントリオン王国に伝手がある人はそちらに、エルフィンターク王国でもよいのであれば、わたくしの二番目の兄が婿入りしているルトー公爵領に住んでもらっていますわ」 いずれは返したいと思っている土地でも、いまは住むことさえ困難な魔境になっている。浄化がすんで、人が住めるようになったら、少しずつ戻ってきてもらうつもりらしい。 「いまも難民キャンプに残っている方たちは、どうしてもこの地に残って復興させたいと望んでいる人です。まずは彼らが働けるようにしなければ」 あらためて、俺の仕事の重大さを噛みしめる。サルヴィアへの協力は、多くの人の生活に直結するという事だ。 その時、サルヴィアを呼ぶ声がして振り向いた。俺より少し年下に見えるその娘は、仕立ての良いワンピースを着ているが、袖はまくり上げているし、化粧気もなく、榛色の癖毛をひっつめている。 「ミリア様。あぁ、紹介しますわ。こちら、フィラルド兄様の婚約者で、ディアネスト王国の子爵令嬢ミリア様。ミリア様、彼が瘴気の浄化をしてくれるリヒターですわ」 「まぁっ、本当に!?」 こげ茶色の大きな目を瞬いて、ミリア嬢はぐいぐいと俺に迫ってくる。近い。近いっ。 「ありがとうございます! この瘴気に立ち向かってくださるなんて、なんて徳の高い方なのかしら!」 「え? えぇ?」 がっしりと握られた手を、ぶんぶん振られた。この人一応貴族令嬢だよな? しかも、フィラルド様の彼女だし……。 「ミリア様、お茶をご一緒されませんか? リヒターも起きたばかりで動き回って、お疲れになったでしょう」 「ぜひ、お供させていただきますわ」 こうして、俺たち三人はテントのひとつに落ち着いて、お茶と軽食をいただくことになった。もちろん、乏しい物資の中で贅沢ができるわけもないが、長期化する避難生活には、安価でも嗜好品の存在は大きい。 「サルヴィア様は、わたくしたちの大恩人ですわ」 ミリア嬢はそう言って、手放しでサルヴィアを褒める。 彼女は元々野生動物の研究者で、ディアネスト王国に留学していた野鳥オタクのフィラルド様と意気投合したらしい。やっぱりフィラルド様は研究畑の人だったか。うちの なんでも、サルヴィアは先のスタンピードを予見してフィラルド様を通じて警告を出し、エルフィンターク王国からの戦争にも大反対した。力及ばず開戦にはなってしまったが、ブランヴェリ公爵家は一貫して難民救助に尽力したそうだ。 「サルヴィア様からスタンピードの警告をもらっていながら、それを軽視して防げなかったのは我が国の誤りです。それなのに、その後もわたくしたちを見捨てずに、身を粉にして助けてくださっています」 「リヒターの言葉を借りるなら、わたくしはわたくしの意思で、やれることをやっているだけですわ」 サルヴィアは柔らかく微笑みながら、優雅な所作でティーカップを傾ける。茶葉は安くとも、それを淹れる技術は一流であり、テントの中にはうっすらと良い香りが漂っている。 俺は二人を眺めながら、野菜と鶏肉が挟まったホットサンドにかぶりつく。公爵家の料理人が作っているのだろう。チーズと香辛料が効いていて実に美味い。丸一日ぶりの食事は、かなりのご馳走になった。 「戦争に敗れて瘴気が発生して以降、我が国の貴族はもとより、聖職者たちも逃げ出しました。その力があるにもかかわらず、誰も、立ち向かおうとはしません」 ミリア様は悔しそうにそう言うが、命あっての物種だともいう。そもそも、この瘴気の始末は、征服したエルフィンターク王国がどうにかする責任があるはずだ。 「あのぅ、ちなみにディアネスト王国では、どんな宗教が?」 国家戦争の始末をしたはずが、宗教戦争を持ち込むことにはならないだろうかと心配したが、ディアネスト王国も同じアスヴァトルド教徒が大半らしい。よかった。 「リッチと遭遇されたのでしょう? ご無事でよかったわ」 「え、あ、まぁ……」 雷を操る神獣が出てきてオーバーキルしました、とは言えない……。 「スタンピードや戦争から生き延びたのに、瘴気から逃げきれずに犠牲になった民が相当数に上るのは、疑いもありません。この辺りにまでリッチが出没したのは、おそらくそのせいかと」 ということは、これからの浄化の旅は、しばらくはゾンビサバイバルになりかねないという事か。 「あ、そうだ。サルヴィア様、慰霊碑を作ったらどうでしょう? 瘴気の元になりかねない死者を慰めることができれば、簡易女神像よりも効果が高いと思うんですが」 「いい考えだわ。さっそくお兄様に相談して、石材と石工を手配しましょう」 そこらへんが慰霊碑だらけになりそうだが、せっかく浄化しても放っておくと再浸食されてしまう現状を押し返すには、地道な足場作りは不可欠だ。俺の負担も減るし。 具体的な数字や文章を検討しようとしたところで、テントの入り口からエルマさんが入ってきた。 「失礼いたします。お館様、お客様がお見えです」 「誰かしら?」 「行商人のホープ様です」 「は、ぁっ!?」 思わずといった体でサルヴィアは立ち上がったので、予想外の人物が来訪したようだ。 「わかりました、すぐに行きます。リヒターも来てちょうだい」 「はい」 「では、わたくしはこれで」 ミリア嬢は去る前に、また俺の手を握ってぶんぶん振っていった。余程俺への期待が大きいらしい。 「その行商人って、知り合いか?」 後ろに付いていく俺に、サルヴィアはしっかりと頷いた後、扇で口元を隠し、俺にだけ聞こえるように囁いた。 「行商人ホープは、『フラ君』にシリーズ通して登場するアイテム屋だ。経験値アップポーションとかのレアアイテムを売ってくれるんだけど、会うと必ずなにか不運がおこる。ゲームの中でも、この現実でも」 「なんだそれ」 「マジで、厄介ごとが起こるんだよ。リヒターの【幸運】にあやからせてくれ」 「わ、わかった」 思わずセージの口調に戻ってしまうほど焦りがあるらしいサルヴィアに、俺はそれ以上何も言わずに従った。 物資の集積所に近いテントのひとつに入ると、そこには青い髪の糸目な青年が待っていた。 「ご機嫌麗しゅう、ブランヴェリ公爵代行閣下」 「ホープ! 貴方、アドルファス殿下のところにいたんじゃないの?」 慇懃に礼をする青年が、行商人ホープらしい。彼は顔を上げると、俺の方をちらりと見て、さらに笑みを深くした。 「それは、三番目のホープでございます。手前は、二番目のホープでございまして」 愕然とした顔で、サルヴィアがこちらを見る。きっと、俺も同じ表情をしていたに違いない。 さっきサルヴィアは、ホープは『フラ君』シリーズ通して登場する、と言っていた。歴史はかなり変わっているとはいえ、『フラ君』はこの世界でも時間に沿ってシリーズが進んでいる。同一人物が年も取らずに存在するとは思えない。そして、二番目のホープ、三番目のホープというのは、『フラ君』の二番目、三番目ということだろう。 (何者だよ) 彼は、自分が『フラ君』の登場人物だと知っているのだろうか。サルヴィアはホープが転生者だとは思っていないようだし、どういうことなのか、俺にはさっぱりわからない。 その存在自体が謎に包まれた行商人ホープは、にこにこと笑みをたたえていたが、ほんの少しだけ眉尻を下げた。 「実は、閣下にお願いがあって参上いたしました。お礼といたしまして、旧ディアネスト王国領内にある、ここと同様の遺跡すべてにご案内する用意がございます」 「!」 それはサルヴィアにとって、無視できない報酬だ。ファストトラベル機能を使うには、一度そこを訪れないといけないが、現状では何カ月もかかることだろう。それが一気に解決すれば、離れた場所に物資を集積することも容易になるし、各地の攻略を始める前に、様子を見ることも可能だ。 「どうやら、かなりお困りのようね。報酬に見合う成果が、わたくしに出せればよいですが」 「閣下には、リヒター殿をお貸しいただきたいのです。手前どもの 「貴方たちの、主人……!?」 「はい」 驚き固まるサルヴィアと俺に、ホープは深々と頭を下げた。 「どうか、手前どもの主人を、お助けください。お願いいたします」 |