第一幕・第二話 若村長の旅立ち


 あれから二ヶ月。
 俺は元気に野良仕事や村長業務をこなせるほどに復活した。後遺症が残ってもおかしくない大怪我ではあったが、五日ほどで完全に癒えた……というより、癒した。
(まさか本当に聖者っぽいことができるとは……)
 痛むところを手でさすっただけだが、腫れや痣があっという間に引いていき、それよりも時間はかかったが、骨もちゃんとくっついたようだ。ロッシ先生には驚かれたが、若いから回復も早いのだろうという事にされた。
(「手当て」っていうくらいだからなぁ)
 試しに、転んだ子供の擦り傷を撫でたらきれいに治ったので、この能力は自分以外にも有効のようだ。
 俺のステータスには回復魔法とあるけれど、呪文なんて知らないし、そもそも魔法のたしなみもない。死者をよみがえらせるとか、そういう大それたことができるとは思わないが、謎天賦ギフトでも村の役に立つようなことができればいいと思う。
 俺は村にある小さな教会の礼拝堂で長椅子に腰かけたまま、ぼんやりと考え事をしていた。
(この世界はたぶん、『ラヴィエンデ・ヒストリア』じゃない)
 それが、この二ヶ月で出した俺の答えだ。より正確に言うならば、『ラヴィエンデ・ヒストリア』だけじゃない・・・・・・。これが少々厄介なところだ。
 まず、この大陸はラヴィエンデではなく、ハートルド大陸という名前らしい。そして、俺のいる国は大陸の西の端にあるエルフィンターク王国。『ラヴィエンデ・ヒストリア』には、エルフィンタークという名前の国はなかった。
 ところが、このエルフィンターク王国に隣接する国のひとつが、セントリオン王国と言って、これは『ラヴィエンデ・ヒストリア』に登場する強国だった。
(だけど、国教はアスヴァトルド教なんて名前じゃなかった)
 いま俺がいる教会も、女神を奉じたアスヴァトルド教の教会で、総本山がセントリオン王国にあるという。『ラヴィエンデ・ヒストリア』のセントリオン王国の国教は精霊を信奉するアリーシャ教で、一神教のガレガザル聖帝国と争っていたはずだ。
(いや、面倒くさく考えるのは止めよう。ここは、いま、俺が、生きている、現実だ)
 ここはゲームの世界じゃない。俺が生まれて、養父が死んだ、現実の世界だ。俺が理解しやすいように、たまたま馴染みのあるUIが出てきてきただけだと思えばいい。
(それに、ゲームみたいに、俺が国取り合戦をやるわけじゃない)
 そこが、一番肝要だと思う。俺は一農民であって、国王ではない。謎天賦はあるが、俺はせいぜい【若村長】でしかないのだ。
 前世の記憶を取り戻した俺は、家の中をあさって、養父が残した情報がないか探したが、なにも見つけられなかった。
 村長としての日誌は、俺が継いだ時に全部確認している。だが、養子である俺の出生に関する情報がなかったので、日記でも隠されていないかと思ったのだけど……。チェルにも聞いてみたが、気になることは何もなかった。
 俺の出生に関する情報も、養父は文字通り墓まで持っていったらしい。
(前世の記憶が戻る前に、知識チートみたいな思い付きはあったけど、なにか聖者っぽいことをやらかしていたとか、そういうことはなさそうだ。……それはそれで、現在の俺にはノーヒントってことだなぁ)
 俺は長椅子から立ち上がり、古びた女神像の前に跪いた。彼女は女神アスヴァトルド。陽と豊穣を司る。
「どうか、この村が平和で豊かでありますように」
 その都度補修はしているが、そろそろこの礼拝堂も建て替えなきゃいけないかなぁ、なんて頭の隅で考えながら祈ったら、女神像から眩しい光が溢れだした。
「ぅおぁ……ッ!?」
 ぎゅっと目を瞑った俺の体を、温かな空気が包んだ。それと同時に、体の中にもほわりとした熱が湧いて、爪先や頭の中まで沁み渡っていった。
(……な、なんだったんだ?)
 光と共に温もりが消えて、俺は恐る恐る目を開けた。そこは、相変わらず古い礼拝堂の中で、くすんだ女神像が俺を見下していた。
(まさかな)
 嫌な予感がしてステータスを開いてみると、果たして変化があった。

リヒター(24)
レベル:11
職業 :農民
天賦 :【聖者の献身】
称号 :【優しい若村長】

能力 :【空間収納】【幸運】【女神の加護】【身代わりの奇跡】
特技 :農作Lv5、牧畜Lv3、果樹栽培Lv1、回復魔法Lv1、神聖魔法Lv1

武勇 :10  統率:38  政治力:25
知略 :33  魅力:72  忠誠心:10

 パラメーターはたいして変わっていないが、レベルがひとつ上がって、特技スキルに「神聖魔法」が生えていた。あと、称号に「優しい」が付け足された。
(どういう理屈なのか、まったくわからん!)
 おそらく、一人で女神像に祈ったのがフラグだろう。ただ、こういうのにありがちな経験値とか、そういう内部数字が見えない、あるいは存在しないかもしれないせいで、俺にはこのステータスに出ている表面上のことしかわからない。
(神聖魔法……神聖、ねぇ。また聖者っぽいものが……)
 ただし、どういう効果があって、どうやれば発動するのか、その辺の説明はステータスに出てこない。
(……せめて、ヘルプ機能はつけてほしかった)
 ない物ねだりをしても仕方がない。俺はひとつ溜息をつくと、礼拝堂を後にした。


 村は至って平和だ。爽やかな初夏の日差しのもと、人々は畑や川に出て、家畜たちはのんびりと草を食んでいる。ティーターも来ていない。それというのも、とうとう終戦したからだ。
(ひどいもんだな)
 戦争は終わったが、戦地となった南隣のディアネスト王国は滅亡した。数年前に魔獣のスタンピードが起こり、国土の半分が蹂躙され、やっと落ち着いてきたところに、我がエルフィンターク王国に攻め込まれたのだ。我が国としては領土が広がって嬉しいかもしれないが、平和を愛する俺の個人的な意見としては、災害で弱っているところを侵略するなんて気分が悪い。
(これはゲームじゃないんだ)
 架空の戦争ゲームなら、俺は効率を重視して躊躇わずに侵略しただろう。だけど、これは現実で、実際に命が奪われている。
(いや、現実だから、攻め込んだんだろうな)
 この国の上層部は、現実だからこそ、弱った隣国を侵略したのだろう。戦うのならば、勝たなくては意味がない。
 俺はそれ以上考えるのを止めて、両手で頬を叩いた。いまの俺は、プレイヤーでも国王でもない。この国には、平民の選挙権もないのだ。
 さて、うちの領主であるフーバー侯爵は、現在威勢は急降下中。やはり、戦争中の失敗が響いているようだ。なにしろ、戦闘負けしたのがフーバー侯爵の部隊だけだそうで、よほど馬鹿なことをしでかしたか、運が悪かったかとしか思えない。
 ただ、その部隊には、俺の村からも何人か徴兵されて行っている。無事に帰ってきてくれることを祈るばかりだ。
(戦後処理もそろそろ終わる。どれだけ税が上がることか……)
 ランディからの手紙を手に、俺はため息をついた。ただでさえ戦時中に税が上がり、さらに接収もされている。これ以上税を重くされたら、飢饉の時に持ち堪えられないどころか、満足に食わしてやることができなくなるかもしれない。
(子供は増えたが、労働力とするには早い。農地を増やせばそれだけ持っていかれるだけだ。それよりも、子供や老人でもできる産業を考えるべきだろう)
 うーんうーんと頭を抱えて唸っていると、ボルトンが慌てた様子で家に飛び込んできた。
「どうした?」
「侯爵家の使いだ、リヒター」
 ついに来たかと眉間に力が入ったが、俺は努めて平静を装って外に出た。

 フーバー侯爵家からの命令は、『男女それぞれ二十人を、新領地へ移住させる』こと。
「はぁ!? そんなことをしたら、この村の生産力が一気に落ちる!」
 護衛を従えた代官に、俺は無茶だと立ちはだかった。
 村民の三割近くを持っていくなんて、許せるわけがない。しかも、若い労働力を引き抜かれたら、この村の平均年齢が上がり過ぎる。老人だらけの過疎った村なんか、すぐにつぶれてしまうだろう。
 戦争で活躍できなかったフーバー侯爵は領地の没収を言い渡され、その代わりに戦争で得た新領地の開拓を命じられたらしい。
「この村の税収が減るがいいのか?」
「とにかく、命令だ!」
「断る!! 徴兵された村民も戻っていないのに、そんなに人を出せるか!」
 主に次男や三男だが、村にいるよりはと徴兵に応じた男が何人もいる。彼らが無事に身を立てたか連絡もないのに、さらに人を出せとは、借金を返していないのに金を借りようとするものだ。
「若造が知った口をきくな!」
「村長として、この村を守るのが俺の仕事だ!」
「生意気な……ッ! ならば貴様を黙らせて連れて行くだけだ! やつを殺せ!」
 あ、これヤバいやつだ。
 護衛が二人とも剣を抜き、足がすくんだ俺に素早く向かってくる。俺の名前を叫ぶボルトンの声が聞こえたが、どうしようもない。
(誰か、この村を助けてくれ……!!)
 俺は死の痛みに耐えるべく、ぎゅっと目を瞑った。
「ッ!」
 ヒュンと風を切った鋼が肩口に当たり、ゴツンとした痛みはあった。
「…………?」
 それ以上、いっこうに体に食い込んでこない剣先に、俺は恐る恐る片眼ずつ開けた。そこには、剣を落として両手をあげる護衛達が。
「リヒター! リヒター、こっちへ来い!」
 俺の腕を抱えるように、青い顔色をしたボルトンが俺を引きずっていく。
「な、なに?」
 状況を把握しようと、きょろきょろ見回せば、護衛と代官それぞれに、騎士の剣がつきつけられていた。
「この村は王家直轄となったはずだ! なにゆえ、フーバー家が村民を害しようとするか!?」
「えっ……」
 どうやら、没収された領地に、この村が含まれていたらしい。フーバー侯爵はずる賢く労働力を抜くつもりだったが、間一髪で王家の手が間に合ったようだ。
「……た、助かった」
 ボルトンに腕を掴まれたまま、俺はへなへなと座り込んだ。ちょっぴりちびったのは、誰にもバレていないはずだ。


 代官の護衛に斬りつけられたところは、少し血がにじんだだけで、軽い打撲ですんだ。それも、助けてくれた王国騎士団の騎士が、回復魔法で癒してくれたので、今は傷ひとつない。
 その時に聞いた回復魔法の呪文は、なんだか長ったらしい祈りの言葉だったが、要は対象者の回復力を上げる効果を理解して、その方向と力加減の指標になれば、なんでもいいらしい。とりあえず俺は、わかりやすさを優先させて『ヒール』と唱えることにした。
「本当に行くのか?」
「ああ。少しでも逆恨みされる可能性を下げたいからな」
 俺は村を出て、フーバー侯爵家の開拓団に加わることにした。
 王家の直轄領になったとはいえ、この村はフーバー家の屋敷がある町から比較的近く、侯爵家の人間が全員王都の屋敷に移るのだとしても、土地勘のあるこの場所で嫌がらせをしないとは限らない。俺が開拓団に同行すれば、近くの俺をいびりはしても、遠く離れた村への嫌がらせは減るだろう。
「新しい代官殿にも、ご納得いただいている」
「それはそうだが……」
 せっかく王家直轄領になったのに、俺が出ていく必要はないと、ボルトンをはじめとする村のみんなには言われた。それでも、養父が先代の侯爵の縁者だったらしいこともあり、村に留まるよりは難癖をつけられる心配が少なくなる。
「ボルトン、チェル、すまないが、後を頼んだ」
 チェルは俺の跡を継いで、村長代理を受け持ってもらった。若い妻と幼い息子や娘を抱えたボルトンでは、この混乱時期に何かあった時、命を懸けることは難しい。
「年寄りの首を差し出せる立場になれて、ほっとしているわ。これでやっと、リヒター坊やのわんぱくに、ハラハラさせられることもなくなるってものよ」
「チェル……」
 血色の良い頬を持ち上げるチェルを、俺は精一杯抱きしめた。彼女には重い責任を負わせてしまうことになるが、養父や俺の傍で長年仕事を手伝ってくれていたから、村の運営には問題ない。
「いつでも逃げ帰って来いよ。リヒターひとりくらい匿えるんだ」
「逃げ帰るほどひどい前提か!」
「楽観できる要素がどこにもないだろうが」
 大真面目な顔で唇を引き結ぶボルトンに、俺は頭をかいた。心配しすぎだと軽口を叩けるほど、この兄貴分に世話になっていないわけじゃない。
「なるべくがんばるよ」
「リヒターの命が一番大事だ。みんなの為にも、むこうで腰を落ちつけなかったなら、せめて生きて帰ってこい」
「ああ」
 猟師であるボルトンが、餞別として用意してくれた新品のナイフを、俺はありがたく受け取った。いつでも新鮮な水が入っている高価な水筒型魔道具、大切な種と苗、かき集められた銀貨が、背負ったバックパックに入っている。
「それじゃあ、行ってくる。みんな、元気で」
 この春生まれたばかりの、よく太ったひよこを三羽ほど籠に入れ、大きな荷物を背負った俺を、村のほとんどの住民が見送りに来てくれた。俺は大きく手を振って、住み慣れた村を離れた。