序幕 断罪劇と不屈の瞳


―― 此度の戦に際し、エルフィンターク王国貴族としての責を全うせず、国内に留まり続けた。これを利敵行為と判断し、公の領地と財産を没収するものである。

―― 同時に、旧ディアネスト王国の住民を、人道的な立場により保護した功績をもって、ブランヴェリ公爵代行に旧ディアネスト王国の土地を、領地として下賜するものである。その場所は、バルザル地方を除く、ライダム以東全域、マルバンド及びヘイリン以南全域とする。

 謁見の間にて、居並ぶ王侯貴族や名だたる騎士たちの目の前で、ブランヴェリ公爵代行サルヴィアに厳しい沙汰が言い渡された。
 併合したディアネスト王国の領土、そのほとんどを下賜するという。だがその下知に、新領地を与えられることを栄誉だと思う者も、過分だと不満を覚える者も少なかった。
 人が住めない魔境をもらって、誰が喜ぶというのか。
 さらに、利敵行為者扱いされた現ブランヴェリ公爵代行は、開戦前から侵略戦争に大反対の立場をとってきたし、なによりデビュタントも間もない学生で官吏でもなく、国政に責任を負わせるのは道理が通らない。
「寛大なるご恩情に感謝いたします。御領、謹んでお受けいたします」
 だから、特に動揺を見せずに返された声に、ざわめきが広がるのは無理もなかった。
「新たな領地へ行く前に、陛下に二つだけ、お願いがございます」
 跪いた若きブランヴェリ公爵代行が要求したのは、以下の二点。
 すなわち、『王家が没収したブランヴェリ公爵家の財貨は、すべて旧ディアネスト王国からの難民救助に使うこと』、もうひとつは『国王預かりになっているブランヴェリ公爵の爵位を、現代行であるサルヴィアに授与すること』。
 だが、これは両方とも退けられた。一度国庫に納められた金は、厳正に分配されること。爵位の授与は学院を卒業した時、という取り決めがあることが理由だ。
「……では、いますぐ卒業資格を得ましょう。卒業試験など、あと一年半も待つ必要はございません。それでも拒否なさるのならば、一年半後に、わたくしはここに戻ってまいりましょう」
「なにを……」
 サルヴィアは背筋を伸ばして立ち上がり、周囲を見渡した。凛とした表情こそ感情をあらわにしていなかったが、扇を握りしめた拳が怒りに震えている。
「この場にいる皆様が、証人でございます。陛下、どうぞお約束くださいませ。わたくしたちの祖父、父、長兄が身罷った時に交わされた、我がブランヴェリ公爵家との契約の履行でございます」
「なんと生意気で可愛げのない!」
 サルヴィアと国王の間に割り込む勢いで声を上げたのは、サルヴィアと同い年の第二王子だ。王妃の子で、一応の王太子であるが……。
「兄たちの推薦をいいことに増長し、法を無視して爵位を望むなど呆れ果てる傲慢! 大人しく刺繍でもしていれば良いものを、他の令嬢たちを連れ回して魔獣討伐などをしているそうだな。じゃじゃ馬も過ぎれば、ただの愚か者だ。冒険者遊びはほどほどにして、茶会でも開いていればよかろう。健気で慎ましい妹を見習ったらどうだ!」
 あからさまな蔑みと嘲笑は、爆発的な魔力の威圧で迎え撃たれた。たった一人から放たれている、息が詰まるほどのプレッシャーは、この場にいるほとんどの人間が経験したことのないものだった。
 絢爛たる謁見の間に降り注ぐ光の中、論功行賞の場に集った王侯貴族と騎士たちは、その半数以上が無様に這いつくばらされた。先刻まで居丈高に臣下を非難していながら、みっともなくひっくり返って階に尻餅をついている第二王子はもちろんの事、恰幅の良い体を玉座からずり落としかけながら、脂汗を流して喘いでいる国王と、そのそばに控える近衛騎士団長すらも。
 プライドの高い貴族たちにとって、それはまさに屈辱的なことではあったが、自分たちを押さえつける暴威を発している者が、決して怒らせてはいけない者だったことに、いまさら気が付いたことも事実だった。
 ぱらり、と扇を開いて口元を隠し、緋色の絨毯の上で膝も折らず、ただ一人すっくと立っているのは、華美ではないが品の良い紺色のドレスを身にまとった黒髪の令嬢。
「お言葉ですが、殿下。わたくし、自分より弱い殿方に侮られるのを容認するほど、自己の矜持をないがしろにしてはおりませんの。弱った相手しか攻撃できないような方が、国内にはびこっている魔獣被害を、どれだけ把握していらっしゃるのかしら?」
 謁見場全体がビリビリと震え、空気すら重量を持ったかのように、並み居る貴族や近衛兵たちを押さえつける。女性にしては低めのセクシーな声と共に発せられる魔力は尋常ではなかったが、普段のサルヴィアは才色兼備な淑女の鑑として慎ましい態度を崩してこなかった。
 それがここにきて、堪忍袋の緒が弾け飛んだのだ。
「陛下、わたくしは陛下から、一年半後には必ず契約を履行するとのお言葉をいただきとう存じます」
 若干十六歳の、しなやかな立ち姿。
 しかしその濃い緑色の目は、身分も年齢も踏み越えて、鋭く輝いて国王を射抜いていた。誰もそれを、無礼と咎めることすらできない。
「陛下?」
 返事がないのでよく見たら、真っ青になった国王は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていたので、サルヴィアは少し魔力の出力を抑えてあげた。
「っはー、はー・・・・・・わ、わかった。一年半後に、余と、ブランヴェリ公爵家とで交わした、爵位に関する契約を必ず履行する。そなたに・・・・・・サルヴィア・アレネース・ブランヴェリに、公爵位を授ける」
「それは、本日中に公文書でいただけますね?」
 サルヴィアはぱちんと扇を閉じ、かくかくと頷く国王にたおやかに微笑みかけた。
「では、失礼いたします」
 完璧なカーテシーを披露したサルヴィアは、乱れた貴族たちの列には戻らず、謁見場を後にした。これ以上、馬鹿馬鹿しい茶番に付き合っていられなかった。


 南に隣接するディアネスト王国を攻め滅ぼしたエルフィンターク王国であったが、最終的な戦果は目を覆うばかりのものだった。
 数年前にスタンピードにみまわれたディアネスト王国は、国土の半分を魔獣に蹂躙され、国民の四割を失うという大災害に苦しんでいた。そこからようやく復興の兆しが見え始めてきたところへ、エルフィンターク王国に攻め込まれた。
 国軍の立て直しも出来ていなかったディアネスト王国は、刈り取られるかのようにあっさりと敗北した。
 だが、戦勝に沸くエルフィンターク王国にも予想外だったのが、瘴気の発生だ。
 これにより、ディアネスト王国だった場所のほとんどが、人の住めない魔境になってしまった。
(手前は瘴気に当てられたアンデッドの庭。王宮の向こう側は、まだスタンピードの被害から立ち直っていない森林と荒野。原因のダンジョンは、そのさらに向こう側……)
 最初から戦争に大反対していたサルヴィアは、祖父から受け継いだ豊かな領地と莫大な財貨を没収され、代わりに魔境を領地として賜ることになった。戦費をかけた割に実入りが少なくなってしまった王家の財政破綻を回避するために、サルヴィアの生家であるブランヴェリ公爵家の資産をぶんどられたのだ。
「お館様……」
「大丈夫よ、エルマ」
 額に手を当てて溜息をついていたサルヴィアは背筋を伸ばし、敏腕侍女のエルマに微笑んでみせた。
「わたくしならやれるわ。お兄様たちだって、手伝ってくださるもの」
 敬愛する兄たち、優秀な使用人たちや、大切な領民たち。
 サルヴィアには守りたいものがたくさんあったが、いまは心配ばかりかけていることに胸が締め付けられた。
「……大丈夫。さあ、新しい領地に向かいましょう」
 薄い胸を張り、長い黒髪をなびかせたサルヴィアは、艶やかな唇を引き締め、濃い緑色の目に不屈の微笑を浮かべるのだった。