公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―10―


 さてどうしたものかと、僕は他の貴族たちと王宮の謁見場に並んで憮然とした。まわりの貴族たちは額を寄せ合ってひそひそと談義中だが、僕には話しかけてこない。僕がこの戦争に大反対だったのを、みんな知っているからだ。
 戦争に勝ったはいいが、手に入れるはずだった領土のほとんどが瘴気まみれになってしまった。これでは採算が取れないどころか、難民がエルフィンタークに流れ込んで治安の悪化が懸念される。特に、衛生面の不備から疫病が流行ってしまったら、目も当てられない。
 戦勝による論功行賞の場だというのに、集まった貴族たちの顔は一様に浮かない。これから凱旋だという時に、瘴気によって大勢の部下を失った騎士団長なんて、普段の剛毅さが影を潜めて、可哀そうなくらいやつれてしまっている。
 国王が入場し、武功のあった者から名前を呼ばれて恩賞をもらっていくが、ろくな実入りがなかったのにずいぶん太っ腹だなと首を傾げた。
「ブランヴェリ公爵代行、サルヴィア殿!」
「は?」
 まさか自分が呼ばれるとは思っていなくて、僕は戸惑いを隠しつつ赤い絨毯を踏んで進み出た。国王の前で深く膝を折ると、僕の功罪が読み上げられた。
「此度の戦に際し、エルフィンターク王国貴族としての責を全うせず、国内に留まり続けた。これを利敵行為と判断し、公の領地と財産を没収するものである」
「!?」
 謁見場が一気にざわついた。サルヴィアは当主だがまだ学生であるし、さすがに言いがかりではないか、領地没収はやりすぎだと、あちこちから非難と同情の囁き声が聞こえてきた。僕の処分を事前に聞いていなかったらしいルシウス殿下や、ダニエル兄様の義父であるルトー公爵なんて、ショックすぎて声が出ていないようだ。この論功行賞で出された恩賞は、国庫からではなく、ブランヴェリ公爵家の財産で賄おうとしているのだから。
「同時に、旧ディアネスト王国の住民を、人道的な立場により保護した功績をもって、ブランヴェリ公爵代行に旧ディアネスト王国の土地を、領土として下賜するものである。その場所は、ライダム以東全域、マルバンド及びヘイリン以南全域とする」
 今度こそ、謁見場は大きなざわめきでうねった。新しい領地と言われたのは、瘴気が発生して魔境と化した、旧ディアネスト王国のほぼ五分の四に及ぶ広大な土地だったからだ。上級魔獣を狩れれば莫大な儲けが出るかもしれないが、それ以前に人が住めない土地だ。それをこれから浄化しつつ開墾しろと言う。
「静粛に!!」
 宰相が声を張り上げてうるささを鎮めていったので、僕は少なくとも罰が重すぎると思ってくれる貴族たちが、国王に抗議する前に声を上げた。
「寛大なるご恩情に感謝いたします。御領、謹んでお受けいたします」
 その二言で、謁見場はしん・・・・・・となってしまった。まさか僕が受けるとは思わなかったのだろう。僕もこんなことになるなんてびっくりだけど、拒否すれば僕の爵位が取り上げられてしまう。それはつまり、お兄様たちにまで累が及ぶという事だ。
「新たな領地へ行く前に、陛下に二つだけ、お願いがございます」
「なんだ、申してみよ」
 僕は跪いたまま国王を見上げ、できるだけ冷たい声にならないよう気をつけた。
「ひとつめは、ブランヴェリ公爵家の財貨は、すべて旧ディアネスト王国からの難民救助にお使いいただきたく・・・・・・」
「それは約束できん。没収した財貨は国庫の一部となり、その使い道は公平に分配されるものだ。とはいえ、公代行が保護し、またこれよりも国境付近で困窮しているだろう難民を救助することは、我が国としても尊ぶことである。いくらかは、公代行の希望にも沿えるであろう」
(業突く張りめ!)
 ブランヴェリ家の財産がなければ、恩賞だけで国庫を圧迫しかねないことはわかっている。無様に視線を泳がせないようにがんばっている国王を、僕は睨む一歩手前の無表情で視線を下げた。
「ふたつめは、陛下にお預けしている、わたくしの爵位を返していただきとう存じます。これより領地に向かうことになれば、学院には通えなくなります」
「ならん。そなたに爵位を返すのは、王立高等学院の卒業をもってしてのことである」
「では、いますぐ卒業資格を得ましょう。卒業試験など、あと一年半も待つ必要はございません。それでも拒否なさるのならば、一年半後に、わたくしはここに戻ってまいりましょう」
「なにを・・・・・・」
 僕は背筋を伸ばして立ち上がり、周囲を見渡した。いい加減にキレてもいいよね?
「この場にいる皆様が、証人でございます。陛下、どうぞお約束くださいませ。わたくしたちの祖父、父、長兄が身罷った時に交わされた、我がブランヴェリ公爵家との契約の履行でございます」
「なんと生意気で可愛げのない!」
 僕と国王の間に割り込む勢いで声を上げたのは、馬鹿王太子のアドルファスだ。これは完全にマーガレッタにやられているな。
「兄たちの推薦をいいことに増長し、法を無視して爵位を望むなど呆れ果てる傲慢!大人しく刺繍でもしていれば良いものを、他の令嬢たちを連れ回して魔獣討伐などをしているそうだな。じゃじゃ馬も過ぎれば、ただの愚か者だ。冒険者遊びはほどほどにして、茶会でも開いていればよかろう。健気で慎ましい妹を見習ったらどうだ!」
 こいつは呆れたことに、いまだに僕が女だと思っているらしい。僕はばらりと扇を広げて口元を隠し、勇敢な殿方たちに配慮して健気に慎ましく隠していた魔力を解放した。
「っ・・・・・・!?」
 階に立っていたアドルファスは、僕の魔力の圧を受けて、情けなくすっころんだ。レベル20台が、レベル80台の僕にかなうわけがないだろう。
「お言葉ですが、殿下。わたくし、自分より弱い殿方に侮られるのを容認するほど、自己評価が低くありませんの。弱った相手しか攻撃できないような方が、国内にはびこっている魔獣被害をどれだけ把握していらっしゃるのかしら?」
 謁見場全体がビリビリと震え、空気すら重量を持ったかのように、並み居る貴族や近衛兵たちを押さえつける。この場には、僕といい勝負ができそうなのが、騎士団長ぐらいしかいない。その騎士団長ですら、いまはメンタルが本調子じゃないんだ。
「陛下、わたくしは陛下から、一年半後には必ず契約を履行するとのお言葉をいただきとう存じます」
 返事がないのでよく見たら、国王は酸欠の金魚みたいに口をパクパクさせていたので、少し魔力の出力を抑えてあげた。
「陛下?」
「っはー、はー・・・・・・わ、わかった。一年半後に、余と、ブランヴェリ公爵家とで交わした、爵位に関する契約を必ず履行する。そなたに・・・・・・サルヴィア・アレネース・ブランヴェリに、公爵位を返還する」
「では、本日中に公文書でいただけますね?」
 僕はぱちんと扇を閉じ、かくかくと頷く国王にたおやかに微笑みかけた。
「では、失礼いたします」
 僕は体に染みついた完璧なカーテシーをすると、乱れた貴族たちの列には戻らず、謁見場を後にした。これ以上、馬鹿馬鹿しい茶番に付き合っていられない。
 それなのに、謁見場から出て歩いていたら、ずいぶん気取った足取りの女の子に前を塞がれた。
「サルヴィア様、ちょっとよろしいですか?」
 僕の後ろには案内の近衛兵が付いているのだけれど、目の前のマーガレッタは一人だ。官吏や近衛兵でもないのに、王宮の中を一人でうろうろしているのは、不審者ですと言っているようなものだ。案の定、前に出ようとした近衛兵を、僕は扇を上げて制した。
「何か御用かしら、マーガレッタさん。あいにくと急いでいるものですから、手短にお願いしますわ」
「できればお人払いを」
「不要です。そんなに聞かれたくないなら、屋敷まで我慢なさってくださいな」
 マーガレッタが言いたいのは、おおかた嫌味だろう。僕が謁見場で理不尽な処罰を受けることを知っていたに違いない。
「まあ、よろしいんですか。サルヴィア様が男性だって知られても」
 背後でぎょっとした気配がしたが、わざとらしく目を大きくして口元に手を当てたマーガレッタを、僕はムカつきがオーバーフローしたせいで何も出てこない顔のまま眺めた。
「わたくしが女装していることなど、マーガレッタさんが不義の子であることに比べたら、なにも隠すことではありませんわ。それで、なにか御用ですの?」
「ぁえ・・・・・・な・・・・・・っ!」
 僕は首を傾げたが、特大ブーメランが刺さったせいか、マーガレッタは顔を赤くして固まっている。
「失礼しますわ」
 僕は近衛兵がマーガレッタを退かしてくれた廊下の真ん中を、堂々と歩いて王宮を後にした。近衛兵たちがどんな噂話をするのか、ちょっと心が弾んだことは言うまでもない。