公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―9―


 アデリア第二王妃と面識を持てたのは、本当にラッキーだった。エルマを侍女にしてくれた亡きお父様には、感謝してもしきれない。
 アデリア妃は本当に快活な人で、多趣味で友人が多い。さらに聞き上手で話し上手ときたもんだ。僕もすっかりアデリア妃の事が好きになったけど、彼女も僕に興味を持ってくれたようだ。
「社交界において一番の武器は、お金でも美貌でもなくて、噂話の豊富さと正確な情報よ」
 おっほほほ、と高らかに笑うアデリア妃は、僕が男だと知ると目を輝かせたが、特に隠しているものではなく国王も知っている情報だとわかると、ちょっと残念そうにテンションが下がった。だけど、僕がそうやって生きてこざるを得なかった経緯の再構築に、アデリアアーカイブなる分厚い本をばらばらと捲り始めた。
「ええ、確かにサーシャ夫人は十五年前から、頻繁にトリアの保養地に行っているわね。サーシャ夫人は昔からモテたのよぉ。そう、今の貴方くらいの年齢からね。婚約のお誘いがひっきりなしだったそうよ。だけど、父親のブランヴェリ公・・・・・・貴方のおじい様ね。彼が選んだのは、子爵家の三男だったアーダルベルト様だったの」
 僕のおじい様は、婿選びに際し、身分や武功や美貌や持参金の多さではなく、現実を見据える聡明さや経営力の高さ、穏やかで慎重な性格であることを基準に選んだようだ。実際問題、公爵家を潰しては困るのだから、ちょっと奔放なところのある娘には、しっかりした人を夫にしたがるのは当然だろう。
 政略結婚なんてそんなものだが、あまりにも身分が離れているせいで、お父様は社交界で苦労したらしい。おじい様が後にいるので表立って危害を加えられることはなかったけど、お母様が浮気すれすれを繰り返すので、嫌味が挨拶代わりなんて日常茶飯事だったとか。ダディ・・・・・・僕、もっと親孝行がしたかったよ。
「それで、サーシャ夫人の養女、マーガレッタ嬢だったわね。デビュタント以降、あちこちの夜会に出ているそうよ。もちろん、アドルファス王子も一緒に」
 アデリア妃が扇で口元を隠したのは、舌打ちしたい気分だったからだろうか。アドルファス王子は王太子だが、実は第二王子だ。第一王子はアデリア妃のお子でルシウス様という。母親が正室か側室かの違いで、王位継承順が決まってしまうのだ。
 実は、このルシウス様にお茶会で初めて会った時、僕は口説かれた。僕が男だと知っているアデリア妃は、ニヤニヤするばっかりで止めてくれなかったし!
 僕が男で現在のブランヴェリ家の当主で公爵代行であると理解してくれたら、ルシウス様はものすごく恐縮して謝ってくれたけど、やっぱりいまでも時々口説いてくる。自分は王太子じゃないからって開き直っているので、もうちょっと自重してほしい。
 話を戻そう。マーガレッタとアドルファス王子の事だ。
「マーガレッタがアドルファス殿下と親しくされるのは構わないのですが、養女の立場でブランヴェリ家を代表するような言動をされるので、わたくしも兄たちも迷惑していますの。特に、最近は他国に攻め入ろうなどと不穏なことを話しているようで・・・・・・本当に頭が痛いですわ」
「サーシャ夫人の差し金かしら?」
「十中八九。ただ、アドルファス殿下が主戦派で、その追従をしているだけともとれますが」
「どう思う、ルシウス?」
 アデリア妃によく似たストロベリーブロンドの美青年が、僕の隣でティーカップを置いて薄い唇をほころばせた。
「アドルファスが主戦派なのは確かですが、結果を見据えての事ではありません。時流に乗って、それがかっこいいと思っているからですよ。マーガレッタ嬢にいい所を見せたい、男らしいと思われたい、そんな程度でしょう」
 ルシウス様は二十歳を過ぎているので、ダニエル兄様くらい大人だ。男だとわかっていて僕を口説くくらいおかしな人だけど、見識は確かだし、味方も多い。
「サーシャ夫人が主戦派だった場合、その狙いはどこか。アーダルベルト卿のお子である、サルヴィア嬢や兄君たちを戦場に送り出し、戦死してもよし、生きて帰ってきたならば、名誉や恩賞がブランヴェリ家にくる。サーシャ夫人にとって、どちらに転んでも損はありません」
 ルシウス様の洞察に、僕はぞっとした。僕たち兄弟がお母様に疎まれているとはわかっていたけれど、理詰めで詳らかにされると胃が痛い。
「逆に、そこまで考えていなくて、単にアドルファスを持ち上げておけというだけの指示だったとしても、現状二人で夜会を練り歩いているのですから、ブランヴェリ家が王太子派だと印象付けることができます」
「はぁ・・・・・・」
 僕は思わずため息をついて、慌てて背筋を伸ばした。
「んんっ、申し訳ありません。不調法をいたしました」
「気にしないで。こんな状況になったら、私だって頭が痛くなるわ」
「そうですよ。当主であるサルヴィア嬢とブランヴェリ家の兄弟は反戦派であると、僕も広めておきますから。・・・・・・最近、あまり眠れていないのではないですか?」
「ぁ、いえ、そんなことは・・・・・・」
 ルシウス様やアデリア妃から心配そうな視線を向けられて、僕は赤面して俯いた。今朝もクマがあるってエルマに泣かれたからな・・・・・・。

 僕の必死のロビー活動に、アデリア妃がお茶会で、ルシウス様も夜会でエスコートしてくれるなど手伝ってくれて、なんとかブランヴェリ公爵家は反戦派だと周知させることができた。
 だけど結局、官僚でも重鎮でもない僕では開戦を止めることはできなくて、次の年明けには宣戦布告がされた。
 数年かけて落ち着きを取り戻し、やっとスタンピードの被害から立ち直りかけていたディアネスト王国は、あっという間に蹂躙されてしまい、王族をはじめ多くの国民が犠牲になった。
 僕は特技を生かして回復薬を作りまくり、婚約者と一緒に難民の救援に向かったフィラルド兄様に渡したり、マーティン兄様やティアベリーたちとパーティーを組んで、手薄になった国内で頻発する魔獣討伐で使ったりした。
 そして、数ヶ月後、戦勝報告と共に、スタンピード以上の瘴気が発生し、旧ディアネスト王国のほとんどの場所が魔境と化したという、最悪の凶報がもたらされた。