公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―8―
僕は家の仕事をこなしながら粛々と学業を修め、夏も終わりごろになると、学友とパーティーを組んで依頼をこなしたことによって、冒険者ランクもAになった。
「いやああああああっ!!」 「きゃああああ!!」 討伐ランクBクラスの魔獣を相手に、前衛たちが大変賑やかだが、僕が護っているので問題はない。 「皆様、落ち着いてくださいませ。フォーメーションが崩れていますわ。・・・・・・少し休憩にいたしましょう」 「っはぁー。はぁー・・・・・・」 「あーもうっ、無理無理無理無理無理ィ!」 「どうしてこれを選ぶのよぉ!」 「そんなことをおっしゃられても、これが一番効率がよろしいんですもの」 僕たちのまわりには、ズタズタになった巨大な蛭の死体がいくつも転がっている。ギガントリーチは、とにかく見た目が気持ち悪いが、小さくて対処に困る普通の蛭よりも余程殺しやすい。しかも、経験値がうっはうはな優良魔獣ときている。魔獣素材なんて魔石以外には採れないが、討伐報酬はなかなかの金額だ。 『フラ君』には実際に戦闘をするシーンはなかったけれど、僕はセージとして冒険者活動をしているうちに、魔獣の生態や倒し方も覚えた。いまはパーティーを組んだメンバーに、ホープ産の経験値アップ薬をがぶ飲みさせて鍛えているところだ。僕のランクだけが高くても、受けられる依頼が限られてしまうんだよね。 (うーん、初めてステータス画面を開いたときから気になっていたけど、もしかしてこの世界って『フラ君』以外のゲームも混ざってる?) なんとなくそんな気はしていたが、混ざっているほかのゲームを僕が知らないので、対処のしようがない。前世での友達が誘ってくれた時に、もっと色々やっておけばよかったなと、ちょっぴり後悔した。 木々が茂る、湿り気の多い山の中で敷物を敷き、僕らは揃って腰を下ろした。みんなに飲み物を配る僕だけが元気で、ティアベリー、オフィーリア、ロビンの三人は、疲れ果ててぐったりしている。三人とも『フラ君V』でのライバルキャラで、けっこう地力があるものだから、僕が引っ張り回してパワーレベリングしている。 (・・・・・・うん、みんなレベルが上がってる。まだ一年なのにレベル40超えたのすごいわ) ギガントリーチ様々である。人間よりもデカくてキモイ蛭だけど。 「身を護るために強くなることはやぶさかではありませんが、強くなる前に私の美的感覚が壊れそうですわ」 綺麗な物が好きなオフィーリアにとって、ギガントリーチ狩りは想像を絶する苦行だったようだ。うん、ごめん。オフィーリアの氷結魔法が便利すぎなんだよ。 「でも、サルヴィア様のおかげで、戦場に召集されても何とかなりそうな気がしてきたよ」 何人も優秀な騎士を輩出している武家の出であるロビンは、この四人の中でスカウト性能が飛びぬけて高く、すでにその辺の暗殺者なんか返り討ちにできるレベルだろう。 「戦場?やっぱり戦争をするんでしょうか?」 メガネの位置を直しながら不安そうな顔をするティアベリーに、僕も唇を噛んだ。 スタンピードのせいで国土の半分も人が住めなくなった隣国ディアネストを、我が国エルフィンタークは襲おうとしていた。国力が落ちた今が狙い目だと。 「そんな火事場泥棒のような真似、わたくしは絶対に反対ですわ・・・・・・!」 「サルヴィア様・・・・・・」 転生前の平和に暮らしていた記憶から、僕は救援物資を送るなり、人道的支援をするべきだと考えるのだが、この国の上層部はそうは考えないらしい。見返りのない支援に金をかけるよりも、征服するための戦費にするべきだと。 僕はダニエル兄様を通じて主戦派の言い分を聞いて、こいつらの頭には脳みそが詰まっていないのかと呆れた。そもそも、国土も財力も最底辺まで落ちた国を征服する旨味など何処にもないと思うのだが、彼らはスタンピードで溢れた上級魔獣の素材で金儲けを企んでいるらしい。ディアネスト王国軍が蹴散らされ、S級冒険者のパーティーですら進撃スピードを遅らせるくらいしかできなかった氾濫なのに、その魔獣たちをどうやって倒すのか、まったく考えていないのだろう。 「サルヴィア様は、嫌となったら相手が誰だろうと言葉に遠慮が無くなるね」 「よろしいのではありませんこと?私だって他に適切な言葉を知りませんわ」 「でも、もし開戦となったら、ブランヴェリ公爵家として、何か命令を受けることになってしまうんじゃ?」 「・・・・・・・・・・・・」 まさに、ティアベリーの言う通りだ。領民から徴兵するなんて一番やりたくないし、それでもなにかしろと言われたら、最悪は僕が作った回復薬でお茶を濁そうと思っている。 (でもなんか命令されるんだろうなー・・・・・・) うだうだ考えていたら気分が駄々下がってしまい、その日の修業は終わりにしてしまった。オフィーリアたちの顔がほっとしていたのを、僕は見逃していないぞ。 それから一ヶ月後、血相を変えたロビンが、教室にいた僕のところへ駈け込んで来た。 「サルヴィア様!サルヴィア様!」 「ロビン、いったいどうなさったの?」 遮音結界の中で、さらにヒソヒソと耳打ちされた内容に、僕はあんぐりと口を開きかけて、慌てて両手で覆った。 (ブランヴェリ家が出兵賛成だと王太子が言っている????) いったい何がどうなってそんな話になったのか、僕は数秒の混乱の後、おそらく正解にたどり着いた。 (マーガレッタの阿呆か!!いや、後ろにお母様がいると考えるべきだ。すぐに手を打たないと!) 「ありがとう、ロビン!」 「どういたしまして!」 僕は屋敷に戻ってすぐに、執事たちに夜会の予定やお茶会を開く手順を聞いていたが、今日もほんわかとした笑顔のエルマから、一通の招待状を受け取った。 「これは?」 「アデリア様主催の、お茶会のお誘いですよ」 僕は椅子ごとひっくり返りそうになった。そうだよ、エルマは第二王妃のアデリア様にご縁があるんだった! 「喜んで参加させていただきますわ。ところで、アデリア様はどんな方かしら?」 「そうですねぇ、好奇心の旺盛な方ですよ。なんでも聞きたいし、なんでもやってみたいと思われる方です。そんな方ですから、交友関係も広いし、社交界一の情報通でいらっしゃいますよ」 これぞ天の救けだ。僕はすぐにアデリア妃に返事を書いて、手土産は何がいいかと前向きな悩みに頭を使うことにした。 |