公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―7―


 王立高等学院は、言ってみれば官僚育成機関だ。貴族学院は貴族しか行けない代わりに、アホでも入学できる。魔法学園は、その名の通り魔法使いたち専門で、宮廷魔導士になりたいなら、ここで学ぶのが一番の近道だ。
 将来国の中枢で働くとか、上級士官を目指すとか、地方で領地経営をする跡取りとか、豪商の跡取りとかが、王立高等学院に入学する。学費はかかるが、それなりに頭が良ければ平民でも入学できるので、立身出世の登竜門ともいえた。
 僕は入学してすぐに、『フラ君』の登場人物をはじめ、クラスメイトと面識を持った。僕の身分が高いから、大抵の人は僕からの挨拶を待っている。気さくに挨拶をするだけで僕に対する好感度が上がるので、我ながらコミュチートだと白目をむきたくなった。なお、ほとんどの生徒には、僕はまだ女の子だと思われている。
 問題は、マーガレッタだ。彼女は早生まれなので、四月生まれの僕と同学年になっていた。もちろん、ゲームでも同学年だったが、こんなところまでつじつまを合わせてくるのかと嫌になる。
 僕と彼女は同じ屋敷に住んでいるが、登校には別々の馬車を使っている。一緒に乗った方が仲良さそうに見えるが、まだ爵位を預けられているとはいえ、僕はブランヴェリ家当主だし、そもそも男だ。未婚の男女が二人きりで馬車に乗るのは避けて当然だ。
 彼女との不仲説が流れるたびに、僕は少し困ったような笑顔でこう言ってやることにしている。
「本当に残念ですが、わたくしには仕事がありますので、家でもなかなかマーガレッタさんとはお時間が合わないのです。あの方もデビュタント前に淑女教育が始まっているでしょうし、お忙しいと思いますわ」
 すごーく嫌味に聞こえるけど、言っていることは事実だから仕方がない。僕は生粋の貴族で、彼女は書類上貴族になったばかりの元平民。スタートラインも違えば、いま手掛けている仕事量だって全然違うのだ。
 僕はゲームのシナリオに沿って、学院での冒険者登録のチュートリアルが終わってから、最低のFから始まる冒険者ランクを爆速で上げていった。試験に必要なアイテムは先に入手していたし、ザコ魔獣なんて赤ちゃんの時から鍛えまくっていた僕の敵じゃない。時間のある時に、ちょうどいい依頼が出てさえすれば、ランク上げはそう難しい事じゃない。

サルヴィア・アレネース・ブランヴェリ (15歳)
レベル:63
職業 :ブランヴェリ公爵代行
天賦 :【魔女の叡智】
称号 :【公爵令息】【男の娘】
冒険者ランク: B(サルヴィア)・B(セージ)

才能 :【空間収納】【鑑定(全般)】【魔女の大鍋】【お忍び行動】
特技 :製薬Lv6、薬草栽培Lv1、弓術Lv5、短剣術Lv2、火魔法Lv8・・・・・・
     経営Lv5、社交Lv5、礼儀作法Lv8・・・・・・

武勇 :75  統率:20  政治力:38
知略 :60  魅力:80  忠誠心:10

 しかし、可もなく不可もなく、というステータスだ。忠誠心が低すぎなのは、たぶん対象が国家なんだと思う。お兄様たちに対しては忠誠心あるもん。
 一般人よりははるかに強いけど、英雄級と言えるほどの武勇はない。公爵令息とはいえ、デビュタントも経験していない社交界童貞である。ここから三年で、どれだけ伸びるかが勝負どころ。
(厄介なのが、お母様の方が社交レベルや政治力が高いところだよな。完全に先手を取られていると考えてかからないといけない)
 その辺は素直にお兄様たちの力を借りたり、頼れる執事たちの意見を取り入れたりした方が、危険が少ないだろう。

 そういうわけで、僕はマーティンにデビュタントのパートナーを頼んである。お母様はマーガレッタのエスコートをさせたかったらしいけど、僕の方が先約だってマーティンが突っぱねてくれた。
 あとは、どれだけ僕を盛れるかだ。
「お任せください、お館様」
 蕩けるように柔和な笑顔で請け負ってくれたのは、侍女頭のエルマ。なんと彼女は、お父様の従姉であるそうな。僕にとっては信頼できる親戚のおばさんだけど、彼女の経歴を聞いたときには思わず仰け反った。
(陛下の側室であるアデリア妃の侍女だったなんて・・・・・・!)
 結婚して王宮を下がって、子育てがひと段落したけれど離婚してしまったので、僕の侍女にならないかとお父様に誘われていたらしい。僕がホープに聞いた、今年流行のドレスの形が本当かと聞いたら、その通りだと返ってきた。
「わたくしにはドレスや宝飾品を見るセンスがないし、お化粧も・・・・・・のんびりとした田舎育ちですから、野暮ったくて、手間をかけると思いますわ。よろしくお願いしますね」
「まあ、それは腕の揮い甲斐があるというものですよ。ご心配なく。えぇ、本物の貴族令嬢とはどういうものか、どこぞの養女さまに格の違いを見せて差し上げましょう」
(こ、こえぇ・・・・・・)
 エルマにとって、マーガレッタは従弟を裏切られてできた子供だからな。
 元国王の側室の侍女というだけあって、エルマの腕は確かだった。僕はエルマ率いる侍女集団に朝から全身エステされ、この日のために用意された夜色と銀色のグラデーションがかかったドレスを着せられ、銀の台座にダイヤモンドをちりばめたティアラを載せられた。
(これは・・・・・・間違いなく、トップレベルだ)
 姿見の前で、僕は呆然と自分に見惚れてしまった。第二次性徴で目立ってきたゴツさを上手く隠しつつ、若者らしいシャープさと華やかさを前面に押し出してきている。モデルみたいな中性的美人と言うか、女の子にモテる凛とした女の子と言えば伝わるだろうか。
「サルヴィア・・・・・・すごい化けたな」
「どういう意味ですの、マーティン兄様」
「そうですよ。お館様は、普段から大変お綺麗です」
「ありがとう、エルマ」
 僕はマーティンにエスコートされながら、王宮のデビュタント会場に足を踏み入れた。それはもう、面白いほど注目を浴びたね。人混みが割れて道ができるよ。僕はモーゼか。
「俺の弟はモテそうだな」
「お兄様の弟ですもの。当然ですわ」
「おっ、そうか。照れるなぁ」
 兄弟でクスクスと笑い合っていると、僕は見知った少女を見つけた。
「ティアベリーさん、こんばんは」
「こっ!?こここんんばんはっ、サルヴィア様!わ、ぁあの、きれい・・・・・・!」
 かみかみで挨拶を返してきたのは、夜会でも分厚いメガネをかけて、もっさりと青い髪をまとめた、だいぶ芋臭い令嬢だ。彼女は『フラ君V』のライバルキャラの一人で、見た目に寄らず豪快に大剣を振り回すギャップ萌えキャラだ。そしてなにより、胸がデカい。
「お兄様、こちらリンドロンド商会のご令嬢で、ティアベリーさん。わたくしと仲良くしてくれるお友達よ。これはわたくしの四番目の兄で、マーティン。学院でひとつ上の学年にいるわ」
「なんか雑な紹介をされたけど、マーティン・ラス・ブランヴェリだ。弟が世話になっている」
「こここちらこそっ、てぃ、ティアベリー・リンドロンドと申しますっ。ああの、こ、光栄ですっ」
 カーテシーをするのではなく、握手を求めてきたティアベリーに、マーティンは一瞬ぽかんとした後、朗らかに笑いながら応えた。
「っはははは!お前の友達めっちゃ面白いな、ヴィア。俺もこういう子と友達になりたいわ」
「お兄様、素が出ておりましてよ。素が」
「えっ、えっ!?」
 緊張のあまり社交界のマナーが頭からすっ飛んでいるティアベリーを、マーティンは気に入ってくれたらしい。ゲームでもマーティンは、主人公が芋っぽい反応を返さなければティアベリーとくっつくのだ。
(よしよし、その調子だ)
 ティアベリーの実家は、中堅ながら貿易商を営んでいる。この国にいるのが難しくなったとしても、マーティンを国外に逃がしてやることができるだろう。マーガレッタなんかに見向きもせず、ぜひこのまま突き進んでもらいたい。
 突然、僕たちが入ってきた時よりも大きなざわめきが起こり、何事かと参加者たちが振り返る。ティアベリーが小さく声を上げたが、僕にはわかっていたことなので、怪訝そうなマーティンに説明してあげた。
「あれは、王太子殿下・・・・・・と?」
「彼女がマーガレッタよ」
 途端に険しい表情になったマーティンを宥めつつ、僕はマーガレッタの手を取るアドルファス王子を眺めた。
(これはゲームのイベントのまま・・・・・・だけど、なんか胸騒ぎがするな)
 僕は扇を広げて、表情を隠した。