公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―6―


 ひっそりとした新年を過ごし、僕は喪が明けると早々に、学院への入学準備に追われていた。ダニエルとフィラルドは自分の家に戻り、マーティンもさっさと寮に入ってしまったので、いまブランヴェリ邸にいるのは、僕とお母様、あとは使用人たちばかりだ。
 おじい様たちがいなくなってしまったので使用人も再編成され、お兄様の執事だったエリックを筆頭に、ペローザの領主館へ何人も送っている。僕が学院を卒業してペローザに行くまでに、きれいにして使いやすくしておいてくれるって。パッファリアも交通の便が良いところだから、いずれマーティンかフィラルドが結婚した後も住めるよう、屋敷のリフォームを兼ねて拡張工事中だ。
 僕の入試はもちろん問題ない。順位は特に見ていないが、まあ、上位には入っているだろう。春の内にクラスに馴染んで、夏のデビュタントで社交界に顔を売り、秋冬には修行を再開しなくてはならない。
「お館様、お客様でございます」
 執事のレンバーに呼ばれ、僕は今年の作付けに関する書類から顔を上げた。こうして、領地運営の仕事も少しずつ始めている。その補佐をしてくれているレンバーは、僕が最初に王都のブランヴェリ邸に来た時に抱っこしてくれていた、元お父様の執事だ。他に、おじい様の執事だったイヴァンも、後ろ盾がないまま社交界に放り込まれる僕の補佐をするために、王都に残ってくれている。
 この堅苦しい呼び名も試行錯誤の結果で、「坊ちゃま」も「お嬢様」もそろそろ卒業したいし、「サルヴィア様」はこれから大勢の同年代がそう呼ぶようになる。「奥様」ではお母様と被るし、いずれ正式に爵位を継承すれば「旦那様」と呼ばれるはずだけど、今の見た目ではギャップがひどいという事で、「お館様」に落ち着いた。
「どなたかしら?」
「行商人のホープ様でございます」
 ビキィっと僕のまわりの空気が凍ったのは、言うまでもない。
「あいつか・・・・・・いえ、んんっ、お会いしますわ。外商室にお通しして」
「かしこまりました」
 僕は一人になると、【空間収納】にしまってある金貨の袋を確認した。これは生前のお父様たちが、会えないながらも仕送りしてくれていたサルヴィアのお小遣いだ。ざっと三千枚ほどあるので、いますぐ市井に放り出されても、生活に全く困らない。
(入学前のいいタイミングで来た。在庫を搾り取ってやる)
 僕は外商室に向かい、真意の読めない営業スマイルに向き合った。
「お久しぶりね。お仕事は順調かしら?」
「覚えていていただけて光栄です、閣下。ええ、おかげさまで」
 僕が覚えていたのが嬉しかったのか、ホープの頬がちょっと赤くなっている。
「わたくしも、ようやくホープのお店が利用できる年齢になったということね」
「今後とも、どうぞよろしくお願いします」
「さっそく品を見せてちょうだい」
「どうぞ、オススメはこちらになります」
 ホープが出した品揃えは定番商品ばかりだったが、今の僕にはどれも必要だった。幸い、値段が高騰しているということもない。
「全部いただくわ」
「ありがとうございます!」
 僕はどしゃりと金貨の袋を出して、入れ替わりにホープ産のアイテムをごっそり【空間収納】に放り込んだ。
 いい取引に満足したので、僕はメイドが運んできた紅茶に口を付けながら、ゲームの時にはなかった穴がないかと探りを入れた。
「ねえ、ホープ。あなたのお店では、こういう品以外の物も扱っているのかしら?」
「と、いいますと、例えば?」
「情報」
 レアアイテムや呪いの品なんて物もホープは扱うが、そんなことは僕も知っている。でもだからこそ、ホープしか知らないような情報が出てこないといは言いきれないだろう。
「閣下は良いお客様でいらっしゃる。真偽の定かでない、噂程度でよろしければ」
(よっしゃ!)
 嬉しそうな糸目に、僕も穏やかに微笑みかけた。なにしろ相手はホープなので、ガセを掴まされる可能性は五分だが、なにも情報がないよりよほどマシだ。
「とりあえず、これで足りるかしら?」
 僕はスターサファイアの指輪をテーブルに置いた。これはパッファリアにいた時に、旅人を襲う盗賊をとっちめて手に入れた戦利品だ。台座のデザインは古めだけど純度の高い白金だし、石は大きくて傷も見当たらない。ホープも気に入ってくれたようだ。
「これは良い石ですねぇ。ようございます、値段の分だけお話しましょう」
 ホープが教えてくれたのは、お母様の愛人が一人ではない事と、今年流行するドレスの形についてだった。
「ありがとう。とても楽しいお話だったわ」
「恐れ入ります。では、またのご利用をお待ちしております」
 いそいそと帰るホープを見送り、僕は手の中の扇子をへし折れそうな力で握った。
(愛人が複数いるだとぉ!?!?!?)
 ふーふーと荒い呼吸をなんとか整えて、僕はくらくらしてきた頭を押さえた。これはすぐに裏を取って、お兄様たちに言っておいた方がいいだろう。
(社交界デビューする前に知れてよかった。僕まで軽く見られたとしても、原因がわかっているなら態度の決めようがある)
 だからといって、不快なことに変わりはない。しかも、父親候補が何人もいる義妹なんて存在がいるのだ。
(勘弁してくれ・・・・・・)
 僕はよろよろとした足取りで、お父様が使っていた執務室に戻ったが、その夜にもっと衝撃的な出来事に遭遇して、翌日に熱を出した。
 お母様がブランヴェリ邸に連れてきた養女を見た時、僕はホープに会うと起こる悪いことだと自分に言い聞かせて、卒倒を免れた。
「今日からこの家に住まわすわ」
「マーガレッタと申します。よろしくお願いします、サルヴィア様」
 藍色の大きな目は、愛嬌があって可愛い。オレンジ色の強いふわふわの金髪は、お母様に似ていると言えなくもない。だが彼女は・・・・・・。
(嘘だろ・・・・・・。『フラ君V』の主人公じゃないか・・・・・・!)
 どうしてこうなったと、僕は見えない誰かに大声で文句を言いたかった。