公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―5―
王都のブランヴェリ公の屋敷にも、一応十四年前から僕の部屋がある。実際に使ったのは片手の指で足りるほどの回数だけど、客間に泊まらされるよりは家族として認められている気がして嬉しい。
丸みを帯びた可愛らしい家具と、優しい色合いで整えられた、女の子らしい部屋だ。僕はけっこう気に入っているけど、おじい様やお父様たちは、どう思っていたんだろう。 (・・・・・・おとうさま、おじいさま・・・・・・ロディアスにいさま・・・・・・) 僕は天蓋付きのベッドの中で、お葬式の時に出てこなかった涙が止まらなくてしゃっくりを上げた。 「うっ・・・・・・うぅ、ひっく・・・・・・うぅ・・・・・・っ」 たまにしか会えなかったけど、僕に優しくしてくれる大事な家族だった。こんな理不尽に奪われるなんて、許されるはずがない。 (むこうの家族も、僕が死んでから、こんな気持ちだったのかな) 死んだ実感が薄いままに、女の子として生きなければならない裕福だけどサバイバルな人生をスタートさせてしまったので、いままでナーバスになる機会がなかった。いまさら染谷誠司が死んだことを悲しいって思うとか、むこうに帰りたいなんて思わないけど、今だけはどちらの家族の事も思っていたかった。 (今の僕の家族、兄様たちに、これ以上手出しさせるもんか) サーシャはサルヴィアと血のつながった母親だけど、むこうがこちらを家族とみなさないのならば、こっちが付き合ってやる必要もない。そもそも僕は、生まれたての時に性器を潰されかけている、明らかな被害者だ。 僕は決意も新たに涙をぬぐい、亡くなったおじい様たちに、兄様たちや僕を守ってくれるよう祈った。 翌朝、僕の目の周りはひどく腫れていて、侍女たちに気の毒がられると同時に、人前に出られる顔になるまで、ずいぶん手間取らせてしまった。 ブランヴェリ公爵家の相続に関して、ダニエル兄様がほとんど片付けてくれた。さすがは次期ルトー公爵。あ、ルトー公爵家は、サルヴィアたちのおばあ様の実家だよ。直系の跡継ぎが病弱な方で夭折してしまったものだから、ダニエル兄様に跡を継がせる条件で、一族の女の子と結婚させたんだって。 亡くなったロディアス兄様より不真面目・・・・・・いや、自由な性格のダニエル兄様だけど、法律に詳しくて、官僚的な仕事が得意らしい。あっという間に僕が爵位を継ぐ手続きを済ませてくれたけど、それには条件が付いたって不満そうだった。 「サルヴィアが学院を卒業することが条件だ。それまでは、国王預かりになってしまった」 「・・・・・・わたくしが若輩で、また女装しているからでしょうか?」 「うーん・・・・・・まあ、そういうことだな」 隠しても仕方がないと思ったのか、ダニエルは苦々し気に唇の端を下げた。 「サルヴィアが女として振る舞う事情は、陛下もご存じだ。おじい様が陛下に話している。それでも、マーティンが継げばいいと思っていらっしゃるんだ」 「それはそうですわね」 健康で知能にも人格にも問題がない兄がいるのだ。本来、サルヴィアが爵位を継ぐ可能性はとても低い。 それに、おじい様たちの暗殺に、お母様が関わっているという決定的な証拠がない。だけど、この国の重鎮で特に敵もおらず、社交界でも安定した地位を持っているおじい様たちがいなくなって得をするのが、お母様しかいないのだ。 「おじい様たちを惜しみこそすれ、邪魔に思う者は、お母様とその不倫相手、そしてその娘のみ。陛下だって、おじい様をお慕いしていたではありませんか」 「ところが、おじい様はディアネスト王国と不仲だった経緯があってな。フィラルドを推したいディアネストの陰謀だと・・・・・・」 「えぇ・・・・・・突飛すぎやしませんか。いくら公爵の孫とはいえ、王位継承権も無ければ、王宮の官吏でもないのに。フィラルド兄様は、鳥の研究が大好きな、ただのオタクですわ」 「フィラルドも、ディアネスト王家や貴族たちから、特別接触は受けていないと言っていた。もちろん、好いている女性の実家からもだ。・・・・・・母上の手の者が、王宮で暗躍している可能性がある。それに、陛下が望むようにマーティンが跡を継げば、母上は養女にした自分の娘と結婚させるに違いない」 マーティンが嫌がるからそう簡単にはいかないだろうが、大いにあり得る話だ。 「ヴィア、そうなったら次に狙われるは、間違いなくお前だ」 サルヴィアさえいなくなれば、ブランヴェリ公爵家を思いのままにできる。そうお母様は思うだろうと、ダニエル兄様は僕を心配してくれる。 だけど、僕はダニエル兄様を見上げて、ゆっくりと唇を笑みの形にした。 「望むところです。それに、皆々様は、マーティン兄様を舐めすぎですわ」 マーティンはアホな遊びも全力でやりたがる、よく言えば天真爛漫な元気っ子、言葉を選ばなければ悪知恵の働くクソガキだ。それに、自分の意志を曲げない頑固なところがあるので、気に入らない奴の言う事を大人しく聞くようなタマではない。 「お兄様、サルヴィアはお兄様方に幸せになっていただきとう存じます。フィラルド兄様も、マーティン兄様も、そしてダニエル兄様も、わたくしは絶対に護ってみせます」 「ヴィア・・・・・・」 僕は手に持っていた扇をばらりと広げ、さっと顔の下半分を覆ってみせた。 「それにわたくし、売られた喧嘩は高値で買う主義ですの。支払われた代価の重みで、ぎゅうぎゅう苦しめばいいんですわ」 まだお兄様たちも、僕が本当にどういう人間なのかわかっていない。元々どういう性格で、どう成長したのかも。もちろん、転生者だってことも。たまに会うだけで、生まれてから十四年間、一緒に暮らしてこなかったからね。 僕は雌伏の時を終え、戦うことに決めた。それを、まずはお兄様たちにわかっていてもらいたい。 僕たち兄弟は、みんなお父様譲りの黒髪で、目はお父様と同じ緑か、お母様やおじい様と同じ灰色をしている。そのうちの一人、ロディアス兄様はもういない。このまま、なにも手が出せずに兄弟が失われていくのは、絶対に嫌だ。 「お母様にも事情がありましょうけど・・・・・・わたくしは、男をやめさせられそうになったこと、お父様を裏切ったこと、おじい様たちを弑したこと、ロディアス兄様を未来のブランヴェリ家から奪ったこと、どれも許していませんわ」 やや悲観気味になっていたダニエルの灰色の目を、僕は真っ直ぐに見ていたが、やがてふわりと柔らかく微笑み返された。おじい様に似て、少し悪戯っぽい、だけどとても優しい笑い方だ。 「・・・・・・わかった。この家は、サルヴィアに任せる。困ったことがあれば、遠慮なく兄様たちを頼りなさい。それから、危険なことはしないでくれ。兄様たちだって、ヴィアを大切に思っているということを、絶対に忘れないように。いいね?」 「はい、ダニエル兄様。ありがとうございます」 僕はすっと背筋を伸ばし、楚々と膝を折って礼をしてみせた。 |