公爵令息サルヴィアのサバイバル男の娘生活 ―4―


 その夜、僕のおじい様であるブランヴェリ公爵ヘリオスと、お父様のアーダルベルト卿、そして一番上のお兄様ロディアスは、一緒の馬車に乗って、夜会のあった貴族の屋敷から、自分たちの屋敷に戻る途中だった。お母様は体調がすぐれないからと、急遽夜会の出席を取りやめたそうで、馬車には三人だけだったらしい。
 王都の道だといっても、貴族街は普段から歩いている人は少なくて、夜中で雨も降っていたら、まず目撃者は期待できない。通りすがった他の貴族の馬車が、車輪が壊れて立ち往生している馬車に気付いたときには、おじい様たち三人と御者は、皆殺しにされていたそうだ。
 ブランヴェリ公爵家の柱が三本ともへし折られた僕たちは、ほとんど呆然として、葬儀が終わるまで涙も出なかった。ただ一人、お母様だけは、ベールの下にハンカチを当てていた。
 二番目のダニエル兄様は、すでに婿に行っていて、次の当主は、留学から戻ってきた三番目のフィラルド兄様がなるのだろうけれど、兄弟たちが重苦しい沈黙を囲っている中に、僕はひっそりと入っていった。
「お兄様方、少々よろしいでしょうか?」
「どうしたんだい、ヴィア」
 疲れた顔をしていても末弟に微笑みかけてくれる兄たちを、僕はおじい様の書斎に誘った。遮音結界を張ったのは、この屋敷の何処にスパイがいてもおかしくないからだ。
「これからサルヴィアが言う事は、たいへん無礼であると自覚しております。でも、わたくしはお兄様方に生きていてもらいたいのです」
「・・・・・・どういうことだ?」
 書棚に寄りかかって腕を組んでいるマーティン、悲し気にデスクの上を撫でていたフィラルド、ソファに座って僕を見上げているダニエル、三人の顔をゆっくりと見回し、僕は覚悟を決めて口を開いた。
「わたくしが、公爵家を継ぎます。これ以上、お母様に罪を重ねてもらいたくありません」
 書斎の空気が一気に固形化したかのように、三人の兄は目を見開いて僕を見つめてきた。誰もが薄々感じていても、どうにもならなかったことを、僕が動かそうとしているからだ。
「・・・・・・サルヴィア、ここに」
 ぽんぽんと隣を示したダニエルの傍に座ると、頭を抱え込まれるように抱きしめられた。その両腕が震えていて、僕は兄たちの苦悩を改めて感じた。
「気が付いていたんだな」
「はい。わたくしたちに、父親の違う妹がいることも、存じております」
「そこまで・・・・・・」
 愕然としたダニエルの頬を両手で包み、僕は淑女の微笑を浮かべて見せた。
「わたくしが生まれたすぐ後、お母様は療養としてパッファリアとは別の地方に向かわれました。そこで密かにお子をもうけたと聞いています。・・・・・・おじい様とお父様がいなくなった今、お母様はわたくしたちの妹を、養女としてこの王都の屋敷に呼ぶ可能性が高いと思います。次に邪魔になるのは、跡継ぎのお兄様たち」
「やっぱりそう思うか」
 苦々し気なマーティンの声に、僕ははっきりと頷いた。
「ダニエル兄様はもう結婚され、ルトー公爵家の後継ぎと決まっていますから、ひとまず安全でしょう。フィラルド兄様にも、伴侶となる方を探していただきます。できれば、婿に行けるようなお家柄がいいでしょうが、このさい平民との駆け落ちでも問題ありません。わたくしが援助いたします」
「おいヴィア・・・・・・!」
「いや、いいんだマーティン」
 やや癖のある黒髪をかき回し、ため息とともに顔を撫でると、フィラルドは恥ずかしそうに告げた。
「実は、好きな人がいるんだ。一緒にディアネストから逃げてきた、むこうの下級貴族の女性なんだが・・・・・・やはり身分がネックでね」
「では、がんばって口説き落としてくださいませ。フィラルド兄様の事だから、お相手は同じ研究をされている方でしょう?論文ばかり書いていても、女性は嫁になってはくれませんよ。恋文のひとつもしたためて、根性をお見せになってくださいまし」
「わかった」
 フィラルドが苦笑いで頷くのを確認して、僕は最後に、ひとつ違いのマーティンを見上げた。
「マーティン兄様は、とにかく学院を卒業することです。在学中に良いご縁があると思いますが、確信はできません。わたくしと同学年で、青い髪の大人しそうなメガネっ娘がいたら、絶対に放さないでくださいませ。一番の優良株ですわ」
「お、おい?」
 ほぼ断定した僕に戸惑うマーティンだけど、これ以上は自分で頑張れとしか言えない。僕だって忙しくなるんだ。
「お母様が、ご自分の娘とお兄様とを婚姻させたいと考える可能性もあります」
「ありうるな。対外的には血が繋がっていないことになっているし、公爵家としても血統が保たれる」
「半分でも血が繋がっている妹だぞ!?勘弁してくれ、気色悪い!」
 生真面目に頷くフィラルドに、マーティンが悲鳴を上げた。僕も近親相姦は嫌だ。
「マーティン兄様、学院で商売や文化を重点的に学びなさいませ。きっと良縁の後押しになるはずですわ」
「サルヴィア、さっきからなぜそんなにもはっきり語るのだ?ディアネスト王国のスタンピードを予見したお前だから信じるが、ずいぶん急ぎ過ぎではないか?」
 ダニエルの言う通りなので、僕は奥の手のハッタリをかますことにした。
「・・・・・・これは、他言無用に願います。わたくしは、天賦として【魔女の叡智】を授かっております。どうぞ、天命として胸に収めてくださいませ」
 僕は赤ちゃんの時から【鑑定】スキルを使いまくっていたけど、天賦・・・・・・いわゆるギフトを持っている人は、ほとんどいなかった。一般人の認識も、天賦持ちは「すごい才能の持ち主」「その分野の天才」みたいな認識でしかなくて、研究もほとんどされていないみたいだった。
 だから、わざと勘違いさせることだって、不可能じゃない。
「・・・・・・そうか、サルヴィアは天賦持ちだったのか」
「黙っていてごめんなさい、お兄様」
「いや。サルヴィアはこの家から遠ざけられていたのだから、秘密にしておいて正解だ」
 しおらし気に俯けば、ダニエルは気にするなと背を撫でてくれるし、フィラルドもマーティンも納得したようにうなずいてくれた。
「【魔女の叡智】・・・・・・それなら、助言には素直に従っておくべきだろうな」
「ああ。サルヴィアが俺たちに道を示してくれるなら心強い」
(よっしゃ。お兄様たちごめんね。【魔女の叡智】は、魔法薬関連にしか効果がないんだよ)
 僕が予知めいたことを言えるのは、単に前世でのゲームの記憶があるからだ。だけど、スムーズに話しを進める為なら、それっぽい雰囲気で押し切ってしまうのがいい。
「だが、我々がサルヴィアを推したとして、国に認められるだろうか?」
「認められないわけがないだろう。フィラルド、忘れているようだから言うが、サルヴィアは男だ。母上よりも継承順位が上だぞ」
「あ・・・・・・」
「おう、そうだった」
「マーティン、お前もか・・・・・・」
 下のお兄様たちは、僕が男だって忘れていたようだ。まあ、僕かわいいからね。大きくなって美人度が上がったし。
「女児を望んだのは、お母様です。養女を迎え入れるのならなおさら、お兄様たちがこの家にいるよりは、わたくしが居座った方がまだいいかと」
「たしかにな。養女とやらに迫られる前に、俺は学生寮に入ることにする」
 マーティンはもう引越しする気で、そわそわし始めた。
「では、領地の運営はどうする?」
「いままで通り、お父様やロディアス兄様の部下だった人にやってもらいます。とりあえず、報告や大きなお金が動く修繕などの可否だけわたくしに上げていただいて、ダニエル兄様に監査をお願いしたいと思っております。わたくしにお父様の執事だったレンバーを補佐として就けてもらえれば、バラバラに引き継ぐよりも、混乱がないでしょう」
「そうだな。母上に手を出される前に、いっそ領地運営の実務グループだけ、兄上の補佐をしていたエリックに任せて王都から引き離してしまってもよいかもしれない。できるだけ早くペローザに向かわせよう。監査の件は任せておきなさい」
「ありがとうございます」
 こうして必要な根回しを兄弟の間で共有して、僕は堂々とブランヴェリ公を名乗る為に動き出した。